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人間関係が広がるお年頃

父上、海の死神を咀嚼する

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帝都へ行った日から数日後。オリヴァを遣いに出して、定食屋の料理人旦那さんさんを宮殿に召喚することになった。突然皇帝父上に呼び出しくらって、今頃定食屋はてんやわんやだろうな。お疲れ様です。すみませんうちの父上が好奇心旺盛で。

後からオリヴァから聞いた話だが、オリヴァが皇帝父上からの招集状を渡したら、旦那さんは「海の死神を食っちゃいけねえって法律があんのか?アアン!?」とガン飛ばし、その場にいたお客さんも挙って「ここの料理人は海の死神なんぞ料理するゲテモノ料理人だけど、腕は確かだし、悪人じゃない!」と旦那さんを庇ったらしい。多分、海の死神を料理したことに対して、皇帝父上が旦那さんを何らかの形で罰しようとしていると思ったんだろうね。愛されてるね、旦那さん。

オリヴァもそのことに気づいて慌てて「逆です。陛下は海の死神料理にご興味を示し、召し上がりたいとお思いになったのです」と説明すると、今まで旦那さんを擁護していたお客さんたちは掌を返して「やめとけ!ゲテモノ料理人が作った、とち狂った料理だぞ!?」とdisり始めたらしい。旦那さんが「てめえらワイの味方じゃねえのかよ!アアン!?」とキレてたそうだ。何それめっちゃその場で見たかった。

まあそれはそれとして。

ただ今旦那さんは玉座の間にて父上の前で跪いて頭を垂れている。平民が手に入れることが出来る最上級の衣装に身を包んで。なんか……失礼だけど、似合わないな。定食屋にいた時の、あの雑い服装のイメージが強いからだろう。まあ皇帝父上と謁見するのにあの服装は失礼すぎるから、仕方ないけど。

ちなみに俺は父上の側に控えている。変装してないから、旦那さんは俺のことに気づいていないみたいだけど。

父上が顔を上げるように促すと、旦那さんは緊張の面持ちで頭を上げた。流石の旦那さんでも、皇帝父上相手にいつもの調子ではいられないだろうね。父上強面だし。

「今日は我の呼び出しに応じてもらい、感謝する。我はおぬしの作る料理に興味がある。食材は一通り用意させてあるからな。自由に作って、我に献上せよ」

「……か、かしこまりました。このウーノ・アスタラ、陛下のご希望に添えるよう努力致します」

旦那さんは事前に教えられていた定型文を読み上げる。緊張で少し噛んだけど、父上は気にしない。大丈夫だよ、そんな顔面蒼白しなくて。

て言うか旦那さん、ウーノさんって言うんだね。そう言や名前聞いてなかったな。おばちゃんはなんて名前何だろう?

「さて、早速調理場に……と言いたいところだが、気になることがあるようだな。今なら質問すれば答えてやれるぞ」

父上は何の質問が来るかわかっているようにそう尋ねる。ウーノさんは目を泳がせて迷っていたが、おずおずと口を開く。

「……その、何故私のことをご存じで?」

「うむ。我の息子がおぬしの料理を食べて、絶賛していたからな。しかもそれが海の死神ときた。これは食べてみるしかなかろう」

「……え?私の料理を、皇子殿下が?」

ウーノさんは目を瞬かせる。父上は俺の方に視線を寄越したので、俺は一歩前に出る。普通に動いただけなのに、何故かウーノさんから感嘆の溜息が微かに零れた。やっぱり俺の天使力は健在みたいだね!

「数日ぶりですね。私はハーララ帝国第四皇子、エルネスティ・トゥーレ・タルヴィッキ・ニコ・ハーララと申します。先日は美味しい料理をありがとうございました」

「えっ。わっ、私はウーノ・アスタラと申します。その、失礼ながら、いつお会いしましたか……?」

「それはですね……サムエル」

「かしこまりましたあ」

俺は玉座の間の入口付近で警備をしていたサムエルを呼んだ。前もって話はしていたので、サムエルは返事だけして俺に変装魔法をかける。

俺が平民坊主の顔になると、ウーノさんは瞠目して「あっ!あの時の坊主!」と俺を指差した。だが直ぐに俺が皇子であることを思い出し、顔面蒼白で手を引っ込めた。そして頭を地面に擦り付ける。所謂土下座と言うやつだ。

待って土下座はやめて!?俺怒ってないから!

「申し訳ございません!殿下に失礼なことを!」

「頭を上げてください!大丈夫です!あの時は皇子とバレないようにしていたので!今のも気にしてませんから!」

「あっ……ありがとう、ございます……」

ウーノさんは少しやつれたように安堵の溜息をついた。平民であるウーノさんが俺に思いっきり怒鳴ったもんね。俺が何か言えばすぐにウーノさんの首が床に転がっちゃう。

「先日の料理はとても美味しかったです。今日も楽しみにしていますね」

「は、はい……ご期待に添えるよう、頑張ります……」

ウーノさんは弱々しく返事をした。今だけで凄い疲労だろうな。大丈夫?寿命半分ぐらい縮んでない??


* * *


数時間後。

ウーノさんは料理を完成させて、父上の前に持ってきた。手も足もブルブルと震えていて、その振動で微かに料理を乗せているワゴンまで揺れてる。まあ皇帝父上に自分の料理食べてもらうなんて、失敗しないか恐ろしいわな。

「ふむ。紛うことなき海の死神だな」

「……は、はい。何の料理を作るか悩んだ末に、殿下にお出ししたものと同じ料理を作らせていただきました……」

「なるほど。これをエルネスティも食べたのか」

父上は少し上機嫌になって、ナイフとフォークを手に取った。何だよ父上、俺とお揃いで嬉しいのかよ。いや、俺の味覚を信頼してるから、不味くはないと思っただけだろうけど。

「両方だぞ」

父上は俺を一瞥して一言零した。ウーノさんや枢長さんは唐突な言葉に目を瞬かせたが、俺は曖昧に微笑んでおいた。待ってなんでわかったんだよ父上!

「お前は顔に出やすいからな」

「……そうですか」

凄いな俺専用の読心能力だなこんちくしょう!

「……あの、陛下。本当にこれを召し上がるのですか……?」

「なんだ?枢長。我が嘘を言うとでも思ったか?」

「いえ、そうではないのですが……その、ちょっと見栄えが……」

枢長は躊躇い気味に、心配気にタコ料理を見つめる。確かにタコ丸ごと塩茹でしたやつまであるもんな。俺が大丈夫だって言っても、信じられんか。

「見栄えなどどうでもいい。要は美味であれば良いのだ。では早速」

父上はひょいとタコのカルパッチョを一切れ取ると、躊躇なく口に含んだ。枢長は思わず引きつった声を出す。ウーノさんは今にも倒れてしまいそうなほど顔を青くして、息を止めて陛下を見つめている。

父上は目を閉じてじっくり咀嚼する。その場に沈黙が流れた。やがて飲み込む音が聞こえて、父上がゆっくりと目を開ける。そして。

「……美味いな」

その一言によってウーノさんは安堵で今までの緊張の糸が切れたかのように座り込み、そのまま気を失ってしまった。

えっ!?大丈夫!?
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