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アルヴィス•トレバー 3
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アルヴィスは母とめずらしく顔を出していた父に、都会のスクールに通うことを伝えた。だが、返ってきた答えは、「だから?」と一言のみ。
もはやこの両親にとって、息子とはただそこに居る他人に近しい存在になっていた。
しかし彼はこれに傷つくことはなかった。わかりきっていたからだ。
スクールに行くまでの期間は同じように、ボロ小屋か図書館でスピカと共に過ごして生活をしていた。
館長が気を使い、自分の家の一部屋を彼に提供しようとしたが、それを断った。そこまで迷惑をかけられないという、彼なりの配慮でもあった。
ただもし、館長の自宅に間借りしておけば、彼は何事もなく進学ができていたかもしれない。
ある日、彼は自宅にある自室に用があり家に立ち寄った。美しい白い毛皮の相棒を玄関の前に待機させ、自室に入ったアルヴィス。
目当ての荷物をまとめていた彼の耳に入ったのは、めずらしく上機嫌の父と母の酔ったような声。
そしてそれは徐々に艶めいたような、下卑たような声へと変わっていく。
アルヴィスはこの時、思わず部屋を飛び出し、両親のいる部屋とは別方向、裏口から思わず飛び出して行ってしまった。
しばらく走ってから、自分が「家族」であるスピカを玄関先に置いてきてしまった事に気づいた。心が耐えきれず、何も考えずに走りだしてしまっていた。
しかし、いつもなら気配を感じ取って追いついてくるスピカが、自分の後を追ってこなかった。いくら待っても鳴き声も聞こえず、やってくる気配もない。
嫌な予感がした
アルヴィスが再度慌てて自宅に戻ると、玄関にいるはずの、相棒はどこにもいなかった。
周囲を探すアルヴィス。名前を呼んでも反応がない。
ふと、自宅の小さな庭の片隅にある物置小屋に目が止まる。
その陰に隠れるように見えた、あの白い足。
ゆっくりとそこへ近づく。
そこに、スピカはいた。いや、
スピカ「だった」ものが、そこに横たわっていた。
ショックを受けて泣き叫ぶことも忘れたように、彼は、それを見つめたままその場で立ち尽くしていた。目の前の出来事を理解したくなかった。悪い夢を見ているかもしれないとさえ思った。
しかし、ひしゃげたような頭と、赤く汚れた美しかったはずの白い体。そして潮風にのって香る鉄のにおいが、彼にこれは現実だと教えているようだった。
家からは、あいかわらず両親の下品な声が聞こえてきていた。無意識にそちらへと歩いていくアルヴィス。
静かに家の中に入ると、どうやら酒を取りに来たらしい父と鉢合わせた。
父の顔を見据えたアルヴィスはただ一言「なあ、俺の犬は?」と、驚くほど冷えた声で尋ねた。
それに対して、父親は舌打ちをすると
「庭に転がってただろ?」
さらに続けて、酒瓶から直接酒を飲みながら、
「急に吠えだしたかと思ったら、庭を抜けて走っていこうとしてよ。うるせぇから軽く小突いたらあれだよ……さっさと埋めとけよ」と、言い捨てた。
悲しみと絶望、そして胸の奥で何かが煮えたぎるような感覚に陥ったアルヴィス。
館長の言葉が頭に何度も繰り返される。
「子どもは親を選べない」
「だからこそ、自分で道を選ぶことが大切」
自分にとっての道とはなんだ?
誰よりも大切にしてきた家族を、目の前でゴミのように扱われた自分の気持はどうなる?
子どもは親を選べない。
だからこそあの白銀に近い色の犬こそが、自分の親代わりでもあった。
そしてその「親」なら、スピカならこの時どうする?
もしこの場にスピカがいたのなら、自分はなんて命令をする?
彼の頭は、1つの決断を下した。
次の瞬間、父に掴みかかると、アルヴィスはその喉笛を噛みちぎった。
吹き上がる血しぶきと声なき男の叫び。
アルヴィスはこの時、獣と成り下がった。
まるで、失った「家族」をその身に宿したかのような獰猛さであった。
床に倒れる男を見つめ続けるアルヴィス。
すると、物音に気づいた母親が現場へとやってきた。
彼女がそこで見たものは、既に首元を食われて力尽きた夫と、獲物を捕食した野生動物のごとく口元を血で濡らして低く唸っている息子。
絹を裂くような悲鳴をあげて、逃げ出そうとする母親の前に彼は壁のように立ち塞がった。
この時、母親が謝罪の言葉や優しい言葉で宥めれば、アルヴィスは落ち着き、少しは人間性を取り戻すことができたかもしれない。
しかし母のかけた言葉は
「あんたが産まれてからろくなことがなかった!」
「産まなきゃよかった!」
「さっさと死ねよ!クソガキ!!」
頭に響く母の声。
その言葉をすべて言い切る前に、母は父と同じように床に転がった。
恐怖の表情のまま、首から下を餓えた獣に食われたような姿であった。
悲鳴を聞きつけて、警官が現れたときにはアルヴィスは家のリビングの椅子に座り、遠くを見つめていた。
連行される際、彼は抵抗を一切しなかったという。
精神分析にかけられたアルヴィスは、刑が決まるまでの間、小さな個室に閉じ込められていた。
その期間、館長が何度も面会に来たらしいがすべて彼の意思で断っていた。
弁護士をつけ、彼の量刑を軽くしようと動いていてくれた老紳士に、手紙で「もう関わらないでくれ」と送り、すべての連絡を断った。
アルヴィスは全てを失い、そして捨てることを決めていた。
身体の中が空洞になったかのような虚無感を抱えたまま、ただ日々を過ごしていたことを覚えている。
毎日のようになにやらテストを受けさせられ、良くわからない薬を飲まされ、点滴までされた。
そのせいかここからの記憶は、薄ぼんやりとしか覚えていない。
ただ、断片的に覚えているのは、
そのうちに知らない男たちが自分を連れに来たこと
そして連れてこられた建物で、自分よりも年下の少女を見せられたこと
遠目から眺めた、日傘を片手に散歩しているその少女は、
あの自分の「家族」と同じ、美しい純白の姿をしていた。
「あの子に話しかけたいか?」
「側に行きたい?触れてみたい?」
次々と聞かれる質問に、ただ頷いていくアルヴィス。その目はあの少女に釘付けなまま。
「もしお前が、ここでの「教育」を受け入れて耐えきれたなら」
「あの子の側にずっといられるようにしよう」
その言葉はアルヴィスにとって天啓のように聞こえた。
「自分の道は自分で選ぶことが大切」
全てを失った男は、再度無くした「白」を手に入れようとした。
かくしてアルヴィスは、「アル」になった。
もはやこの両親にとって、息子とはただそこに居る他人に近しい存在になっていた。
しかし彼はこれに傷つくことはなかった。わかりきっていたからだ。
スクールに行くまでの期間は同じように、ボロ小屋か図書館でスピカと共に過ごして生活をしていた。
館長が気を使い、自分の家の一部屋を彼に提供しようとしたが、それを断った。そこまで迷惑をかけられないという、彼なりの配慮でもあった。
ただもし、館長の自宅に間借りしておけば、彼は何事もなく進学ができていたかもしれない。
ある日、彼は自宅にある自室に用があり家に立ち寄った。美しい白い毛皮の相棒を玄関の前に待機させ、自室に入ったアルヴィス。
目当ての荷物をまとめていた彼の耳に入ったのは、めずらしく上機嫌の父と母の酔ったような声。
そしてそれは徐々に艶めいたような、下卑たような声へと変わっていく。
アルヴィスはこの時、思わず部屋を飛び出し、両親のいる部屋とは別方向、裏口から思わず飛び出して行ってしまった。
しばらく走ってから、自分が「家族」であるスピカを玄関先に置いてきてしまった事に気づいた。心が耐えきれず、何も考えずに走りだしてしまっていた。
しかし、いつもなら気配を感じ取って追いついてくるスピカが、自分の後を追ってこなかった。いくら待っても鳴き声も聞こえず、やってくる気配もない。
嫌な予感がした
アルヴィスが再度慌てて自宅に戻ると、玄関にいるはずの、相棒はどこにもいなかった。
周囲を探すアルヴィス。名前を呼んでも反応がない。
ふと、自宅の小さな庭の片隅にある物置小屋に目が止まる。
その陰に隠れるように見えた、あの白い足。
ゆっくりとそこへ近づく。
そこに、スピカはいた。いや、
スピカ「だった」ものが、そこに横たわっていた。
ショックを受けて泣き叫ぶことも忘れたように、彼は、それを見つめたままその場で立ち尽くしていた。目の前の出来事を理解したくなかった。悪い夢を見ているかもしれないとさえ思った。
しかし、ひしゃげたような頭と、赤く汚れた美しかったはずの白い体。そして潮風にのって香る鉄のにおいが、彼にこれは現実だと教えているようだった。
家からは、あいかわらず両親の下品な声が聞こえてきていた。無意識にそちらへと歩いていくアルヴィス。
静かに家の中に入ると、どうやら酒を取りに来たらしい父と鉢合わせた。
父の顔を見据えたアルヴィスはただ一言「なあ、俺の犬は?」と、驚くほど冷えた声で尋ねた。
それに対して、父親は舌打ちをすると
「庭に転がってただろ?」
さらに続けて、酒瓶から直接酒を飲みながら、
「急に吠えだしたかと思ったら、庭を抜けて走っていこうとしてよ。うるせぇから軽く小突いたらあれだよ……さっさと埋めとけよ」と、言い捨てた。
悲しみと絶望、そして胸の奥で何かが煮えたぎるような感覚に陥ったアルヴィス。
館長の言葉が頭に何度も繰り返される。
「子どもは親を選べない」
「だからこそ、自分で道を選ぶことが大切」
自分にとっての道とはなんだ?
誰よりも大切にしてきた家族を、目の前でゴミのように扱われた自分の気持はどうなる?
子どもは親を選べない。
だからこそあの白銀に近い色の犬こそが、自分の親代わりでもあった。
そしてその「親」なら、スピカならこの時どうする?
もしこの場にスピカがいたのなら、自分はなんて命令をする?
彼の頭は、1つの決断を下した。
次の瞬間、父に掴みかかると、アルヴィスはその喉笛を噛みちぎった。
吹き上がる血しぶきと声なき男の叫び。
アルヴィスはこの時、獣と成り下がった。
まるで、失った「家族」をその身に宿したかのような獰猛さであった。
床に倒れる男を見つめ続けるアルヴィス。
すると、物音に気づいた母親が現場へとやってきた。
彼女がそこで見たものは、既に首元を食われて力尽きた夫と、獲物を捕食した野生動物のごとく口元を血で濡らして低く唸っている息子。
絹を裂くような悲鳴をあげて、逃げ出そうとする母親の前に彼は壁のように立ち塞がった。
この時、母親が謝罪の言葉や優しい言葉で宥めれば、アルヴィスは落ち着き、少しは人間性を取り戻すことができたかもしれない。
しかし母のかけた言葉は
「あんたが産まれてからろくなことがなかった!」
「産まなきゃよかった!」
「さっさと死ねよ!クソガキ!!」
頭に響く母の声。
その言葉をすべて言い切る前に、母は父と同じように床に転がった。
恐怖の表情のまま、首から下を餓えた獣に食われたような姿であった。
悲鳴を聞きつけて、警官が現れたときにはアルヴィスは家のリビングの椅子に座り、遠くを見つめていた。
連行される際、彼は抵抗を一切しなかったという。
精神分析にかけられたアルヴィスは、刑が決まるまでの間、小さな個室に閉じ込められていた。
その期間、館長が何度も面会に来たらしいがすべて彼の意思で断っていた。
弁護士をつけ、彼の量刑を軽くしようと動いていてくれた老紳士に、手紙で「もう関わらないでくれ」と送り、すべての連絡を断った。
アルヴィスは全てを失い、そして捨てることを決めていた。
身体の中が空洞になったかのような虚無感を抱えたまま、ただ日々を過ごしていたことを覚えている。
毎日のようになにやらテストを受けさせられ、良くわからない薬を飲まされ、点滴までされた。
そのせいかここからの記憶は、薄ぼんやりとしか覚えていない。
ただ、断片的に覚えているのは、
そのうちに知らない男たちが自分を連れに来たこと
そして連れてこられた建物で、自分よりも年下の少女を見せられたこと
遠目から眺めた、日傘を片手に散歩しているその少女は、
あの自分の「家族」と同じ、美しい純白の姿をしていた。
「あの子に話しかけたいか?」
「側に行きたい?触れてみたい?」
次々と聞かれる質問に、ただ頷いていくアルヴィス。その目はあの少女に釘付けなまま。
「もしお前が、ここでの「教育」を受け入れて耐えきれたなら」
「あの子の側にずっといられるようにしよう」
その言葉はアルヴィスにとって天啓のように聞こえた。
「自分の道は自分で選ぶことが大切」
全てを失った男は、再度無くした「白」を手に入れようとした。
かくしてアルヴィスは、「アル」になった。
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