狩人達と薔薇の家

琴葉

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加工場の床に縛られ、投げ出される襲撃者たち。
時間的には彼らが家に訪れてから2時間弱。
あまりの呆気なさにギルは馬鹿にしたように笑いながら、

「道の途中にしかけてたセンサー、上手くいったな」

と、隣りでタバコを咥えながら同じように眺めているレオに声をかけると、彼はゆっくりとタバコを摘み煙を吐き出す。
まっすぐ上に煙が昇っていくのを見ながら、低い声で、

「普通、何か防犯されてるって思いそうだけどな」

呆れたように転がる二人に言い捨てる。
先に捕まったベンと、途中気を失ったイブリンの二人だ。
オリバーだけは別の処置を先に施してたため、別室で寝かされていた。

冷たい地面に放り出された二人は、先程死ぬのではないかという衝撃を受けていたにも関わらず、奇跡的に意識を取り戻し、まるで処刑待ちの囚人のように絶望に落ちていた。

おそらく、せいぜい見つかっても警察を呼ばれるくらいで済むと思っていたのだろう。
事の重大さにようやく気づいたのか、落ち着きなく目線を動かし、脂汗をかいている。

そんな中、耳障りな軋む音が響く。
必死にイブリンは首を動かし、ドアの方を伺うと、アリエラが振られたと騒いでいた例の黒髪の男が姿を見せた。

肩には見覚えのある女。

アリエラだ。

意識を失っているらしく、ぐったりとして動かない。

男は面倒くさそうにアリエラを床に放り投げると、急にコンクリートの床に急に叩きつけられ、低い呻き声をあげ悶えた。

「おいおい、食べ物を雑に扱うんじゃない」

いつの間にか同じようにタバコをくわえていたギルがアルに注意するが、その声は特段変化なく、本心ではないことがみえた。

すると、アルは床で呻いている派手な女を目の前にし嫌悪感を丸出しにし、

「なんか、こういう女を見てると腹が立つんだよ」

と、今回の出来事の発端になった店でのやり取りを思い出しながら悪態をつく。

露骨に苛立ちを隠さない彼を見ていたレオは、這いつくばっている三人を見下ろすと冗談交じりに声をかけた。

「こういう女…って、じゃあ逆に聞くが、どんな女が好きなんだよ」

「ロザリー」

背後から投げかけられた質問に、間髪入れずに答えを出すアル。

それを聞くなりおいおい!、と大袈裟な身振りでギルが不機嫌な男の側へ近寄っていき、胸ポケットからタバコの箱を取り出すと、その一つを差し出した。

「同じ女に惚れてるとはな。記念に一本やるよ」

そんな様子を見るなり、レオも低く笑い、

「偶然だなあ、俺もだ」

と付け足した。

笑う二人にあてられ、少し落ちつきを取り戻したアルは、タバコを一つ引っ張り出すと軽く礼を良い火をつける。
いつもと違う香りを肺に入れ、ゆっくりと口内で燻らせると多少気持ちが楽になってきた。

もっとも、それでも足元にいる崩れた化粧顔を見ていると、今すぐタバコの火を押し付けたくなる衝動に駆られるのだが。

ひとしきり味わったのか、ギルは火を揉み消し今夜の獲物たちを吟味しはじめる。
蛍光灯の白々とした灯りに照らされた肌は、その光にあてられ余計に作り物に見え、下から見上げている人間たちには気味が悪く見えていた。

無遠慮な手付きでそれぞれの肉付きを確認すると、考え込むような仕草をした。

どうやらベンに着目したらしい。
猿轡を噛ませられ、手足を拘束されている男は血走った目を限界まで見開き、息苦しそうな呼吸音が聞こえてくる。

ギルは後ろにいる二人に手招きをし、近くまで呼び寄せた。
囲みように近づき、しゃがみこんだ二人は、急に男たちに囲まれ、目に見えて狼狽しているベンの様子を見て何かおかしいことに気づく。

ただ単に今の状況を怯えているだけではなさそうだ。

三人は顔を見合わせると、示し合わせたようにそれぞれ手を伸ばし、ベンの衣服を弄りはじめた。
それに対し、激しく体を動かし抵抗を試みているが、あっという間に薄汚れたジーンズの右ポケットに入っていた小さなパウチに入った錠剤と、左腕にある注射痕が晒された。

「やっぱりな」

「前にもあったよな、いざ捕まえたら薬中だったこと」

手の中の薬を弄びながら呟くギルに、思い出すような仕草をしながらアルが付け足す。

いざ捕獲し、飼育時や活き締めしようと拘束だけをして生かしていた際に、尋常ではない様子で暴れ喚き、調べてみたら薬漬けだった。と、いうことが以前にも何度か経験していた。

気分的な問題か、彼らはそのような肉は好まない。

『取引先』経由の獲物であったら、軽く文句もつけたものの、今回のような自分たちで調達したケースだと、ただただ気が滅入ってしまう。
しかも今回はそれだけではない。

「それもだが、この体格も問題だろ。いくら何でも痩せすぎている」

レオは、横たわっている薬物中毒者の片手を乱暴に持ち上げる。
骨と皮しかない軽く叩けば折れるような腕は、まるで正反対な男性的で節太な手に掴まれ、余計に弱々しく見えた。

少し痩せている程度なら、管理をすればある程度は食えるほどの肉質となり、そうでなくても内蔵部分は味わえるようになる。
だが、ここまで痩せていては時間がかかる上に薬物中毒とくれば、もはや食すに値しない。

「廃棄だな」

ギルがため息混じりに告げると。

「いつもどおりに」

と、続けた。

これまでも何度かあったが、その度に食べ物を無駄にしている気分になる。
彼らは廃棄の肉を、単にゴミとして処理はしない。
ミンチ肉にしてから、森のあちこちに撒き自然に還す方法をとっていた。

レオは廃棄となった肉の処理のため、両足の拘束具に天井からぶら下がっているフックを取り付けると、壁のスイッチの一つを押す。
ゆっくりと巻かれていき、ベンは逆さ釣りの状態となった。

ぶらぶらと天井からぶら下がっている男は、頭に血が上っていく感覚を味わいながらも、今の状況に理解ができないでいた。

どうせ失敗してもお巡りを呼ばれる程度の予定だった。
運が悪くても数年入ることになるだけだと思っていた。

なのにこれはなんだ?
こいつらは何て言った?
廃棄?
何が?どれが?

薬が切れかけ、先ほどまでの高揚感もなくなった。

走馬灯のようにいろいろなシーンが頭をよぎる。

そうだ。あの時あのベッドをめくった時。
出てきたのは女物のワンピースを着せた、毛布の固まりだった。
今思うと、まるでベッドに目線をいかせるように不自然に目立つ形をしていた。

間違ったのはそこからか?
それとも、この家に忍び込もうとした時から?
それとも...

ベンの目に、怯えた表情でこちらを見ている女が捉えられ、それと同時に自分を易々と運んできた男が黒いエプロンを身に付け、こちらに歩いてくるのが見えた。

片手には大きめのバケツ、そしてもう一つの手には

ベンはくぐもった悲鳴をあげた。
必死に腹の奥から声を出すが、気にも止められず、頭の下に赤いシミのついたバケツが置かれる。

頭を必死しに振り、涙と脂汗で顔を汚しながら慈悲を乞うベンの首を、作業用の手袋をつけた手が伸びてくる。

その様子につられ、女が叫ぶと同時に、ベンの首に鉈が食い込み、激しい水の落ちる音が辺りに響き渡った。

    
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