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第1章:アンドロイドの少女

アンドロイドの少女と祭りの日

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 祭り当日の午前中。
 立派な山車が街を練り歩く。
 ロボットたちが引く、カラクリ人形が乗った三台の山車。
 お囃子は録音された物が流れる。
 ロボットには演奏する能力が無いから。
 保管庫を出てから神社の前でスタンバイ。ビルの並ぶ大通りを真っ直ぐ進む。その後、引き返す形で神社の前まで行くルート。
 僕が来た時にはすでに戻る所だった。
 見物客は僕以外いないはずだ。
 ニンゲンが僕一人だけしかいないから。
 華やかなように見えるけど、どこか寂しい。
 だから、見に行こうとは今まで思わなかった。
 でも今年は違った。
 自分でも気付かない内に、何かに引き寄せられていたのかもしれない。
 何故なら……。

「!」

「…………」

 あの子がじっと山車を見ている。
 大通りから神社へ戻る山車に合わせてゆっくりと歩き始める。
 会いたかったあの子。
 アンドロイドのあの子。
 美しい赤い髪は遠くからでも分かった。

「…………」

 熱心に見入る彼女に掛ける言葉が見つからない。
 どうやって声を掛けたら良い?
 僕は拒否された身。
 自分から声を掛ける勇気が出ない。

「…………」

 ドンドン、ヒョーロロロ。
 リズムを刻む太鼓に笛の音色が重なる。
 静かな街に響く祭囃子。
 そして、たった二人の見物客。
 二人の距離は縮まらない。
 縮められない。
 遠くから見ているだけ。
 優しい風が吹く。
 彼女の赤い髪が揺れた。
 ああ、まるで本物のニンゲンのようだ。
 僕の胸は高鳴った。
 触れたい。
 そう思った。

「…………」

「…………」

 無言で山車を見つめる彼女。

 無言で彼女を見つめる僕。

 周りはロボットしかいない。
 祭囃子だけが聞こえる。
 二人だけが、街に取り残されたように、無言で立っている。
 僕の前を彼女が通り過ぎる。
 彼女の視線は山車に向けられたままだった。

 神社の前で三台の山車が横並びに止まる。
 何メートルあるのか。間近で見ると、ただただその大きさ、迫力に圧倒される。
 
 ふと、音楽が止む。
 カラクリ人形が動き出す。
 曲調が変わって、再び祭囃子が賑やかに鳴り響き始める。
 女の人形に鬼の面が被さり、鬼に変身する。
 武士のカラクリが矢を射ると、鬼は元の女性に戻り倒れた。
 伝染病を患ったとある女が、村から見捨てられ鬼になった。
 鬼女は村を怨み暴れるものの、最後には村の勇気ある若者に退治されるという物語。
 矢を射る武士はその女の息子。
 成長した息子に女は気付かない。
 倒された時に、息子は正体を明かし、息子の腕の中で女はようやく人間として死ぬのだ。

 アンドロイドの彼女が見ていたのは、この親子の物語を表現した山車だった。
 
「ケンタロー、だったわね」

 突然、彼女がこちらに向く。

「ふふ。驚いた顔して。私の後を付けてきたんでしょ?」

「…………」

「ずっと気付いていたわ」

 この前と違って、彼女は穏やかな雰囲気を纏っていた。

「僕は……」

 話そうとした所で彼女が僕の言葉を遮った。

「ごめんなさい。アナタも私と同じような思いをさせてしまったと反省してるわ」

「え?」

「ニンゲンだもの。私よりも感情が豊かで、私よりもずっと繊細な心があるのよね。なのに、私の気持ちばかりで、感情的にアナタを拒絶してしまった」

「いや、良いんだ。僕の方こそごめん。君の事、何も知らないのに、ずけずけと君の領域に土足で踏み込んだから」

「お墓の事?」

「う、うん」

「そうね。なら、今度お墓参りに付き合ってもらおうかしら」

「行って、良いの?」

「ええ」

「そういえば、君の名前は?」

「エリー」

「エリー、か。良い名前だね」
 素直に思った事が口に出てしまう。
 変な事は言ってないよな。

「ありがとう」

 エリーの言葉にホッとする自分がいた。

「じゃあ、約束の日は……」
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