上 下
30 / 32
第3章:ロボットとニンゲンの距離

目覚め

しおりを挟む
 エリーは眠っていた。

 機械に繋がれたカプセルの中でエリーは微動だにしなかった。頭や体にコードだかチューブだかがいくつも刺さっている。脇のモニターには残り時間が表示されていた。もう少しでゼロになるところだ。
 
 あと数分。

 前に来た時に現れたホログラムのおじいちゃんはいなかった。

 僕は傍らのイスに座って彼女をじっと見つめる。

 ところどころにチラリと覗く機械を除けば本当に一人の女性のようで。

 彼女が目覚めたら何を話そうか。

 家を出た事?

 寺に行った事?

 寺で見つけたノートの事も話さなきゃ。

 それから寺で出会ったタイチの事や、キッチンでの出来事も。

「ねえ、エリー。聞こえてる?」

 僕は知らず知らず話し掛けていた。

「エリー。君と出会ってから僕の人生はすっかり変わってしまったよ。たった十年と少ししか生きてないけど。初めて誰かと出掛けて、旅をして、冒険して、友達が出来て、美味しい料理も食べたし、追いかけ回されて逃げ回って……」

 視界が滲む。

「やっと人間になれた気がしたんだ。ロボットと過ごした今までが嫌だったわけじゃないよ。でも、エリーと出会ってからの方が人間として生きてるって感じたんだ。エリー。早く会いたいよ、エリー」

 モニターの表示時間が減っていくスピードがいやにゆっくりに見えた。

 エリーの入った透明なカプセルに手をやる。
 近いのに遠いもどかしさ。

 目の前にいるのに触れる事も話す事もできない。

 モニターとエリーを交互に見ながら時が経つのを待つ事しかできなかった。

「…………エリー」

 僕は目元を拭う。

 少しだけ泣いてた。

 何の涙かも分からなかった。

 そして、タイマーはゼロになる。

「エリー!」

 カプセルは微動だにしない。

 メンテナンスは終わったはずなのに。

 タイマーは間違いなくゼロになっている。

 何で、

 何で、

 何で。

 僕はカプセルを叩く。

 何度も、何度も。

 カプセルを叩く音が聞こえたのか、エリーがゆっくり目を開けた。
 僕をじっと見る。

「エリー!」

 僕はカプセルに貼り付くようにしてエリーの名前を呼ぶ。

 エリーはある場所を指差した。

 指した所にはスイッチがあった。

 恐る恐るそのスイッチを押す。

 カプセルが開きようやくエリーと触れあえるようになる。

 僕が触れようとするのをエリーは制止した。

 繋がれていたコードが外され、彼女が上体を起こす。

「久しぶりね。ケンタロー」

「うん。うん。エリー。会いたかったよ」

「何で泣いてるの?」

 エリーの手が僕の頬に触れた。

「分からない。分からないけど、嬉しいよ。エリーにやっと会えて、凄く嬉しいんだ」

「そのノートは?」

「あ、こ、これは……」

 寺から持ってきたノート。

 このノートと寺にあったあの写真。

 きっとエリーの過去に繋がる物。

「そう。寺で見つけてしまったのね」

 エリーは過去を思い出すように遠くを見つめた。

「ケンタロー。もう、あなたには本当の事を伝える時期なのかもしれないわ」
しおりを挟む

処理中です...