鋼鉄の魔女と孤独の城

田中マーブル(まーぶる)

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前編

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 荒れた平原にそれは存在していた。

 何も無い中に突然、異彩を放つ、ただ一つの建造物。

 短髪の美人女性探検家、間宮凛子(まみや りんこ)はようやく探していた物を見つけた喜びにうち震えていた。

 壁に囲まれた城。

 薄茶色のレンガと白い土壁で構成された十数メートルはある高い壁は、所々ひび割れがあるもののしっかりとその役目を果たしている。壁の端には尖塔がありその屋根は崩れかかっていた。

「ここが伝説の……」

 城の入り口に立つと凛子は城門を見上げる。
 固く閉ざされた錆び臭い鉄の門は彼女の背丈よりも遥かに高い。往時は山積みの荷物がこの門を何度も行き来していた事だろう。
 その大きな門の隣に小さな扉があった。
 人が出入りするのに丁度頃合いの木製の扉。むしろ、長い歳月を経てボロボロに朽ち果てた〈扉だった物〉と言った方が当てはまるかもしれない。その人間用の入り口から中を覗き込んでから凛子は中に入った。

 中は外の壁と同じようなレンガと白い土壁で出来た城があった。
 しかし正面には入り口はなく、ただ壁があるだけ。
 凛子の足元から蟻が列をなして何処かへと行進している。

 彼女はいつか読んだ本を思い出した。

 城という物は敵に攻撃された時に大軍で正面突破されないように道を真っ直ぐにはしないという。

 側面に回り込むとそこにはぽっかりと開いた入り口が彼女を待っていた。

 背負っていたリュックからライトを出すと、早速城の中へと足を踏み入れる。

「思ったより明るいわ」

 城の中は何処かから光が入っているようで、ライトがなくても困らない程度の明るさがあった。

 埃っぽい空気、下に転がっている装飾品が放置された年月を物語る。そして朽ち果てた絨毯が通路の奥まで続いていた。

 凛子は装飾品を調べ写真に収める。甲冑、石膏像、落ちたシャンデリア、元は何が描いてあったか分からない絵画。

 しばらく進むと明るい中庭に出る。

 そこには植物が生えていて、石の仕切りのような物が残っていた。スコップや籠などが屋根だけの簡素な小屋に置いてあり、何かを栽培していた形跡がある。

 彼女はここでも写真を撮った。

 それからしばらくして、彼女はバルコニーに来た。
 大きく息を吸い込む。
 ふと、彼女が横を向くとプレートが並んでいた。

「これはソーラーパネル?」

 凛子がプレートを触りながら呟く。
 プレートからはコードが伸びて、頑丈そうな金属箱に繋がっている。

 電気を使っていたんだろうか。
 そういう事もあるかもしれない。
 そう凛子は考えた。

 ボックスをじっと見る。

 今現在も稼働しているように凛子には見えた。

「暑いわ」

 何も無い平原にある城、それも昼間なのだから暑くなるのも当然だった。太陽の光が直接凛子の肌を焦がし、体力を奪おうとしている。

 凛子はバルコニーを離れ階段を降り、休める所を探す。

「ここは……、食堂かしら」

 布が引かれたテーブルに椅子が二脚。テーブルには花瓶が置いてある。マントルピースの上には写真が飾られていた。年老いた男性と女の子が写った写真。

 隣にあるキッチンは荒れていて床には割れた食器が散乱していた。

 凛子はスティック状の補給食を口にした。青錆の着いた水道を捻ると錆の臭いが強い赤茶色の水が出た。しかし、それも直ぐに止まる。
 凛子は仕方なく持ってきた水筒から水を飲んだ。帰りの事を考えると少々心許ない量しか残っていない。
 彼女は探索を急ぐ事にした。

 次に来たのは玉座のある部屋。

 かつて王様がいた証。

 壁に掛かっていた幕も当時は豪奢だっただろうイスもボロボロのガラクタになっていた。

「布は穴まで空いてビリビリのボロ、イスも塗装は剥げるわあちこち欠けてるわで酷い状態ね。これじゃ元がどんなだったか全く分からないわ」

 部屋を出ようとした所でネズミが凛子の前を横切る。

「ネズミがいるのね。水が何処かにあるのかもしれない。人が飲めるかどうかは分からないけど」

 今度凛子が着いた場所は牢屋だった。
 鉄格子と鍵付きの鉄の扉が部屋の真ん中を区切るようにして設置されていた。奥の壁には囚人を拘束するための枷が鎖に繋がれている。更に部屋の中には白骨が転がっていた。
 彼女はここには何も無いと判断すると直ぐに立ち去った。

「そろそろベースキャンプに戻らないと」

 彼女が城に来てから数時間は経っていた。帰りを考えたら戻らねばならない時間だった。足早に来た道を戻る。食堂の前を通りバルコニーへと続く階段の側を通り過ぎる。中庭を横目に出入口の方へ向かう所で凛子は気になる部屋を見つけた。

「!?」

 そこに見たのは人間の足。

「誰!?」

 動かないその足。生きているのか死んでいるのか。
 恐る恐る凛子は近寄る。

「大丈夫ですか?」

 横たわっていたのは女性だった。赤い髪の若い女性。

「死んでいるのかしら」

 死んでいるにせよ、ここにいるという事は、つい最近まで彼女はここに住んでいたという事だ。

 たった一人で?

 そう凛子は思った。

 何処か違和感があった。

 全く動かない赤髪の女性。
 凛子は女性に触れてみる。
 冷たい。
 やはりこの女性は死んでいるのだ。

 しかし違和感の正体の掴む事はできなかった。

 写真を撮る。
 ここに人が住んでいた証拠だ。
 一度ベースキャンプに戻ってからまた来よう、と凛子は考えた。

 帰る途中、イスは二つあった事を思い出す。遠くから城の方へ振り返る。

 まだ誰かいるのかもしれない。

 夕焼けに照らされた城は、燃え盛る炎の中で最後の時を迎えているようにも見えた。


後半へ続く
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