天上院時久の推理~役者は舞台で踊れるか~

巴雪夜

文字の大きさ
13 / 29
二.舞台に残された役者

12.ミステリー小説のようにはいかない

しおりを挟む
 昇降口へと向かう最中、廊下ですれ違う生徒たちの中にはひそひそと声を潜めて事件の話をしている者もいる。耳をすませばさまざまな憶測や噂が飛び交っていて、中には犯人を決めつけるようなものもあった。

「あれでしょ、半沢さんでしょ」
「喧嘩してたってわたしも聞いたことある」
「こっわー……」

 案の定と言ったらよいのか、美波を犯人だと言っている生徒もいて時久は噂というのはすぐに広まるものだなと実感する。

 まだ決まったわけでもないというのにそれを風潮するはどうなのだろうか。そう思うけれど、人は詮索を止めることはできない。それは殺人犯が近くにいるかもしれないという恐怖や不安があるからだろう。

 身近に潜んでいるかもしれないと想像すれば誰だって怖いと感じ、誰なんだと捜してしまうのは仕方ないことだ。その心理を否定することはないけれど、噂されている本人が聞こえるだろう場所でいうのはいかがなものかと思わずにはいられない。

 そう思うのは時久だけでなく、飛鷹も同じだったようであまり良い顔はしていなかった。きっと、美波の様子を間近で見て叫びを聞いているからだ。注意をしたところでやめはしないというのはその雰囲気で察しているようだ。

 靴を履き替えて時久は学校を出ると講堂のほうへと歩いていけば扉前に警察官が立っていた。一般の生徒ならば追い払われるだろうけれど、時久は警官に「東郷刑事はまだいますか?」と話しかける。

 警官はなんだと時久を見遣るも、自身の名を名乗ってもう一度、問えば話を聞いていたらしく、「今、丁度きていますよ」と扉を開けて東郷の名を呼ぶ。

 駆け寄ってきた東郷は時久を見てから「そろそろ来るかなと思っていた」と人良さそうな笑みを見せていた。

「何か分かったことはあるかい?」
「分かったことは少ないです。少なくとも犯人は何かしらの恨みを持って行ったことなのでしょう」

 計画的に殺人を犯したということは、相手に対して恨みを憎しみを持っているのは確かだ。ただ、時久にはそれが歪でへし曲がっているように感じた。

「前島先生に話を聞いたのですが、やはり鍵は二つだけ。彼自身も白鳥先輩の問題行動には気づいていました」
「話には聞いている。自分のせいかもしれないと後悔している様子だったと」
「話を聞けば聞くほど、白鳥先輩の悪い面ばかりが目立つんですよね」

 誰に聞こうとも葵の問題行動を知っているし、彼女がいかに面倒な人間であるのかを教えてくれる。それが本当のことであるのは事実なのだろうけれど、それが何だか気になった。

 それはまるで犯人を遠ざけるような感覚を時久は感じた、葵の悪い面に隠れるように。

「半沢さん、かなり精神が追い込まれています」
「どれほどだろうか?」
「泣き叫んで誰の話も聞かない程度です」

 時久の返事に東郷はなんとも言えないといった表情を見せる。彼からすれば容疑者の一人なので、事情を何度か聞きたい相手だ。その彼女の精神が不安定となると会話はできないだろうことは想像できる。

 東郷は「話は無理か」と分かっていながら聞いてきたので、時久は「無理でしょうね」と即答した。

「私も会話を試みましたが、無理でした。誰も信じてくれないと嘆いていたので。ただ、彼女自身も白鳥先輩には良い印象がなく、両者ともに嫌い合っていたのは確かです」

 時久は美波の口から出された言葉を東郷に話す、これ以上は聞き出せませんでしたよと言うように。東郷は難しげに眉を寄せてながら腕を組んでいた。

「こちらでは半沢美波が最有力として上がっているんだ」
「でしょうね。動機が明確にありますから」
「ちょっと! まだ犯人って決まってないじゃん!」

 東郷の言葉に飛鷹が反応してそれはどうなのかと声を上げれば、「これは仕方ないんだよ」と返された。

 証拠はまだ上がっていなくとも、動機やアリバイで犯人を絞っていくのは普通のことなのだ。文句を言われてもそうなっているとしか答えることができない。

「まだ決まったわけじゃないんだ。候補に挙がっているだけで、今すぐ逮捕するというわけではない」
「そうかもしれないけどさ……。まだ証拠もないのに……」
「そういうものですよ」

 納得いっていない飛鷹に時久は言う、無いからこそ疑うのだと。容疑者の周辺を洗って見逃している箇所がないかを探すのも捜査の一つだ。

 証拠を後から探すというのだってある。疑わしい人物は疑ってかからないといけない。容疑者に同情などをかけては捜査にはならないのだ。

「本来の事件というのは、ミステリー小説のように上手くはいきませんし、捜査は人間を簡単に追い詰める行為にもなるんです」

 ミステリー小説のように物事がスムーズに進むことなど早々ない。完璧な犯罪など、誰もが理不尽を強いられない捜査などこの世には存在しないのだ。

 疑われた人間は理不尽さを感じ、怒りを悲しみを抱く。人が死んだという現実は残り、犯人が近くに潜んでいる。それらはフィクションとは違って簡単に人生を終わらせることができてしまう。

「現実というのは残酷なものなのです。ミステリー小説のように綺麗に終わることはないのですから」

 淡々と告げる時久の言葉は冷えていた。それは現実を見続けてきたようで。たったそれだけで彼は残酷な世界というのを見てきたのだと飛鷹は察することができた。


「時久くんはさ。犯人だと思ってる?」

 真っ直ぐな瞳を向けられて、時久は少し考えるように顎に手をやってからゆっくりと目を細めた。

「違うような気はしますけどね」

 確証というのはないけれど、彼女への疑いがあまりにも向きすぎている気がしなくもなかった。

 たったそれだけで犯人は他にいるとは言えないけれど、もう少し慎重に調べていったほうがいいだろうというのが時久の考えだ。それには東郷も「慎重に調べている」と同意する。

「ただ、時久君から話しを聞くに、半沢美波に事情を聞くのは難しそうだね」
「聞くにしても慎重にしないと発作のように泣き叫ぶかと思います」

 美波への事情聴取は気を付けたほうがいいという時久のアドバイスに東郷はそうしようと頷く。

「あぁ、そうだ。犯行で使われた凶器って見つかりましたか?」
「あぁ、ビニール紐が見つかった」

 小道具置き場の倉庫と舞台裏からビニール紐などが見つかっており、これが凶器になっているようだ。ただ、ビニール紐は演劇部の小道具の一つなのでその場にあっても珍しいものではないらしく、いつからそこにあって誰が購入したのかは分からないのだという。

「演劇部にあってもおかしくないですし、備品を使ったのならば演劇部員の誰もが使えますね」
「今のところは演劇部の中の誰かでこちらはみているが……」
「他に容疑者がいないかの確認ですか」

 演劇部の事情を知っている何者かがいる可能性を考慮しなくてはならない。東郷は「こちらでも調べている」と話す。時久は事件のことを思い出しながらふと、気になったことを思い出した。

「あえて、他殺だと分からせるために分かりやすい工作をした……」
「それはどういうことだい?」
「いえ、不出来なんですよ。自殺に見せかけるにしても、もっとやりようはあったでしょうし、密室にしなくてもいい」

 ただ、自殺に見せかけるためならば密室にする必要はない。絞殺痕があるというのに自殺に見せかける、これが引っかかっていた。

 工作しているのをあえて気づかせているような気がしなくもないと、そう時久は現場を見て思ったのだ。

「これは他殺だぞと知らせているのか」
「多分、意図は分かりかねますが」
「えーっと、殺したのは私だって気づいてほしいとか?」

 二人の話を聞いて飛鷹が言う、犯人は気づいてほしいのではないかと。ならば、さっさと自首してほしいというのが素直な感想なのだが、殺人を犯す人間の心理というのは時に理解ができないので否定はできなかった。

「まぁ、知らせているかというのはあくまでも私がそう感じただけなので、確証というのはないですけどね」

 あまり参考にはしないでくださいと時久は言って、聞いた話をまとめるように空を見上げた。殺人事件が起こっているというのに空は晴れわたっていて日常と何ら変わっていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...