青春の幕間

河瀬みどり

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第四章 高濱弥生

第三十五話

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こんなことがあったから、栢原さんと黙って階段を降りているあいだ、「やりすぎたんだよ、きっと」と、もう一人のわたしが繰り返しささやいた。

明真学園高校特進科の生徒は、わたしが通っていた中学校の生徒たちとは明らかに違う。学校行事にも真面目だし、突飛な声をあげて教室で騒いだりしないし、「いじる」という建前のもと誰かに心無い言葉を投げかけたりはしない。

誰かが侮辱されているとき、わたしの胸は苦しくなる。

義憤が湧き上がってくるわけでもないし、立ち上がれない自分への悔しさがあるわけでもない。ただひたすら、息が詰まって、胃から何かがこみ上がってくるような気がするのだ。でも、そんな感覚にはもう一年以上遭っていない。

そんなクラスだから、わたしが仕切ったりしても、むしろ歓迎の雰囲気があったし、誰もが何か協力できないかとうずうずしているように見えた。

でも、そんなときこそ、わたしは浅間くんの言葉を思い出す。誰もが学校行事の結果を気にかけているわけじゃない。体育祭や、合唱大会、文化祭が上手くいって欲しいというのは、わたしの正義、わたしの価値、わたしの我儘に過ぎないのだ。

だから、この積極的な雰囲気の中でも、わたしは気を遣っているつもりでいた。嫌々やっている人がきっといて、その人にこそ感謝と謝罪の気持ちを持って接しなきゃいけないんだと。

それでも、わたしの意志は弱かったのかもしれない。一年も経つと、すっかり環境に慣れてしまう。だから、きっと失敗したんだ。音楽の授業での最後の発表。好きな人同士で自由に班を組んで演奏する。わたしと栢原さんと、普通科の女子三人。上手にできたほうがいいに決まってる。みんなの前で恥をかかないようにしなきゃ。というか、できれば、あっ、と思わせたい。そんな過剰さが出てしまったのだ。普通科の三人はきっと嫌だったに違いない。それを栢原さんが伝えようとしているんだ。

いや、栢原さんも嫌だったのかもれない。栢原さんはなんとなく、他人と合わせようとするところがあって、それなのにどこか達観しているところがあって、たとえば、文化祭の準備でも言われたことはやるけれど、お喋りしながらだらだらやる感じ。体育祭の種目決めでも、「栢原さん、これでいい?」と言えば必ず頷くけれど、でも、それまで、「面倒な種目を当てるな」っていう顔で黒板を見てるから、結果的には栢原さんに配慮してしまう。合唱大会のときも、「わたしはこのレベルに達してるからいいでしょ」という表情を練習中に見せる。

わたしは栢原さんがあんまり好きじゃないけど、でも、わたしが少数派で、わたしが変な人なんだということを胸に刻んで接しなきゃいけない。

「ベンチに座ろっか」

中庭に出ると、わたしは栢原さんに促されて木製風のベンチに座った。

木のような色合いと木目があるのだけれど、手触りは明らかに違う。深緑色の湾曲した細い肘置きがついていて、中世ヨーロッパの貴族の庭にありそうな風体。なんとなく安っぽいけれど、学校側の努力はわかる。木や花壇の配置、石畳と芝生、見上げる校舎の古風なデザイン。なんとなくメルヘンな中庭になっている。

「ごめんね、呼び出して」
「ううん、全然いいよ」

どんなことを言われるんだろう。わたしは栢原さんの横顔をそっと覗きこむ。

先ほどまで背中を見ていたから気づかなかったけれど、栢原さんはなぜか浮かない顔をしている。普通科の人に何かを頼まれただけで、栢原さんは気が進まないのかもしれない。

「音楽の発表のことじゃないんだ」
「えっ?」
「教室ではああ言ったけど、あれは言い訳で、高濱さんに相談したいのは別のこと」

栢原さんはこちらを向いて、気弱な微笑みを見せる。握り拳がスカートの上に置かれていて、スカートを巻き込んで手を握っている。生地に大きくしわが寄っていた。

「別のことって」
「祐斗のことなんだけど……もう一人来るからちょっと待ってて」

わたしたちが通ってきた、校舎から中庭に通じる扉に栢原さんは視線を向ける。
栢原さんを語るうえで外せないのは、富田くんの彼女であるということだ。
衝撃的なダンスが披露された文化祭のあの日から二人は付き合っている。
わたしは教室で片づけをしていたから、生で見たわけじゃない。
でも、校内で出回っている動画からも熱気が伝わってきた。
みんなを楽しませるための卓越したパフォーマンス。
その裏にある、入念な準備、三人の団結。
それを想像するだけで、わたしは目頭が熱くなった。

踊っていた三人の中でも、わたしが最も心惹かれたのは富田くんだった。

成績優秀で、部活でも活躍していて、でも、無口で飾らない。

目立ちたがり屋ではないのに、行事にも協力的だ。

もちろん、橋本くんみたいに、普段から面白い人の方がまわりを幸せにできるのかもしれない。

でもそれは、凡人には無理な話だ。瞬発的な冗談や、笑いを誘える特技なんてない。でも、努力してなにかを達成する。これは凡人にでもできる。富田くんはわたしを全面的に一回り大きくしたような、もしかしたらなれたかもしれない自分を見ている気持ちにさせられるような、そんな人物だった。

そんな富田くんが、壇上で、女装までして踊る。誰かを楽しませたいという気持ちを、彼も内に秘めていたんだ、とわたしは感極まらずにはいられなかった。どんな努力も一切馬鹿にせず、果敢に挑戦するところが好きだった。
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