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第五章 椎名匡貴
第四十七話
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思い返せば、高濱と長い会話をしたあの時間あたりが、俺の絶頂期だったように思える。橋本のおかげか、高濱のおかげか、もしかしたら、富田のおかげか、いや、学校の持つなんかしらの力みたいなものなのかもしれないけれど、明真学園高校特進科は着々と、高濱が言いそうなところの「いいクラス」になっていた。
結局、その時流に乗り遅れたのが俺たちで、時流に乗ったのが高濱で、そんな時流は関係なく、イケてるやつはイケてるのだと思い知らされたのが文化祭だった。
文化祭初日、俺のシフトは最後の時間帯に入っていて、あれほどたくさん来ていたお客さんが急にぽつりぽつりになったなと思って時計を見上げると、もう終了時刻の間際だった。忙しすぎて時間を見る余裕もなかったけど、充実した時間だった。
自分が主導して作った計画が現実のものになって、お客さんも、そして迎えるこっち側も楽しめるというのはいいことだ。俺はやっと、明真学園高校に入学したなという気持ちになっていた。
「マサタカおつかれー」
終了時刻の案内放送が流れて、最後のお客さんが出ていって、お化け屋敷に明かりが灯る。衣装を脱いでTシャツ一枚のヒロミが笑顔で寄ってくる。顔にはグロテスクで生々しいペイントが施され、その上に大量の汗が伝っていた。
「ヒロミこそおつかれ」
お化け役ではない俺は制服姿で、間違って入ってきたお客さんみたいに浮いていた。
「片付け?」
「そうだな」
衣装を畳んで、暗幕を取り外して、小さな破損箇所はその場で修復してしまって、という具合で片づけは進む。とはいっても、俺はそんなに器用じゃないし、片付けには気だるさしか感じないから、ヒロミや女子たちと適当に喋りながら適当に作業していた。
湿度の高い教室で、疲れの中にちょっとした満足感を秘めた表情のクラスメイトたち。片付けを手伝おうという生徒がぽつぽつと教室に戻ってくる。衣装やら小道具やらを作成していたやつらが多い。
「マサタカ、ヒロミ、ちょっと」
そんな中で、息を切らして駆け込んできたのはノブだった。俺とヒロミが同時に顔を上げる。
「なんだよ」
「校庭、めっちゃすごいことになってる」
ノブは親指を立てて真後ろにある校庭の方角を指している。俺とヒロミは顔を見合わせて、そして、高濱に視線を向けた。
「行っていい?」
「全然いいよ」
こういうときって、なんだかんだ仕切ってる感じの女子の許可をとるよな。まぁ、ダメって言われても行くんだけど。なんて思いながら、俺たちは教室を出て廊下と階段を駆けた。
俺たちがステージ前に到着したときには、もう席が全部埋まっているばかりか、背伸びしてようやくステージが見えるくらいの人だかりだった。
三年生が校舎の窓から身を乗り出して見ていて、恋人らしき二人組が小さな窓から詰め込むように身体を出しているのを発見してしまい、俺はつい舌打ちをする。
でも、そんな苛立たしさは一瞬で吹き飛んだ。ステージの上、この熱狂を生み出している人間の正体。それは橋本であり、富田であり、田島だった。俺が憧れていたこと、でも、ダンスなんて自信がなくて、自分で言い出せなくて、ヒロミあたりが提案してくれないかななんて思ってたこと。
こういうのは三年生がやるもんだと自分を無理やり説得させてきた夏休み。あいつらがいつも早々に教室を去る理由。
強く背中を押される感覚があって、俺を押した人物の顔が俺の真横に現れる。
「あっ、中島」
中島は会釈して、人ごみをかき分けてずんずんと前に進んでいった。温かい感触が背中から脇腹にかけて残った。キャミソールが透けたブラウスの後ろ姿はすぐに見えなくなった。
「美晃やっぱすげぇなぁ」
曲の合間にヒロミが、興奮した様子で言って、俺は曖昧にうなずいた。
次の日から、橋本たちは学校中の有名人になった。動画も出回っていて、多分生徒の半分以上はあの三人の名前と顔が一致するんじゃないかってくらいだった。あいつらが廊下を歩いてると、スポーツ推薦クラスだったり、普通科の先輩たちだったりがにやりと笑って振り向いた。
そりゃあ、ダンスを踊った団体はいくらでもある。それこそ、ダンス部だって踊ってた。でも、あの三人のダンスはクオリティが違いすぎた。
特進科の中でも、あいつらはまるで英雄のような扱いだった。もちろん、時間が経つにつれ熱も下がって、あのダンスの話題も時おりにしか出てこなくなった。
でも、スターって言うと表現が古臭いけど、一目置かれるべき存在が誰なのか、それがはっきりした、っていう感じだった。
そしてその時以来、俺たち三人は空元気だけの集団になった。いや、前から空元気だけの集団だったのかもしれないけど、俺がそれを強く意識するようになった。
決して騒がなくても、目立たなくても、クラスの誰もが橋本や富田や田島を気にかけているのが分かる。ヒロミはそのことをあまり気にしていないみたいだけど、俺とノブは自分の立場の変化を分かっていて、分かっていることを決して口には出さなかった。
結局、その時流に乗り遅れたのが俺たちで、時流に乗ったのが高濱で、そんな時流は関係なく、イケてるやつはイケてるのだと思い知らされたのが文化祭だった。
文化祭初日、俺のシフトは最後の時間帯に入っていて、あれほどたくさん来ていたお客さんが急にぽつりぽつりになったなと思って時計を見上げると、もう終了時刻の間際だった。忙しすぎて時間を見る余裕もなかったけど、充実した時間だった。
自分が主導して作った計画が現実のものになって、お客さんも、そして迎えるこっち側も楽しめるというのはいいことだ。俺はやっと、明真学園高校に入学したなという気持ちになっていた。
「マサタカおつかれー」
終了時刻の案内放送が流れて、最後のお客さんが出ていって、お化け屋敷に明かりが灯る。衣装を脱いでTシャツ一枚のヒロミが笑顔で寄ってくる。顔にはグロテスクで生々しいペイントが施され、その上に大量の汗が伝っていた。
「ヒロミこそおつかれ」
お化け役ではない俺は制服姿で、間違って入ってきたお客さんみたいに浮いていた。
「片付け?」
「そうだな」
衣装を畳んで、暗幕を取り外して、小さな破損箇所はその場で修復してしまって、という具合で片づけは進む。とはいっても、俺はそんなに器用じゃないし、片付けには気だるさしか感じないから、ヒロミや女子たちと適当に喋りながら適当に作業していた。
湿度の高い教室で、疲れの中にちょっとした満足感を秘めた表情のクラスメイトたち。片付けを手伝おうという生徒がぽつぽつと教室に戻ってくる。衣装やら小道具やらを作成していたやつらが多い。
「マサタカ、ヒロミ、ちょっと」
そんな中で、息を切らして駆け込んできたのはノブだった。俺とヒロミが同時に顔を上げる。
「なんだよ」
「校庭、めっちゃすごいことになってる」
ノブは親指を立てて真後ろにある校庭の方角を指している。俺とヒロミは顔を見合わせて、そして、高濱に視線を向けた。
「行っていい?」
「全然いいよ」
こういうときって、なんだかんだ仕切ってる感じの女子の許可をとるよな。まぁ、ダメって言われても行くんだけど。なんて思いながら、俺たちは教室を出て廊下と階段を駆けた。
俺たちがステージ前に到着したときには、もう席が全部埋まっているばかりか、背伸びしてようやくステージが見えるくらいの人だかりだった。
三年生が校舎の窓から身を乗り出して見ていて、恋人らしき二人組が小さな窓から詰め込むように身体を出しているのを発見してしまい、俺はつい舌打ちをする。
でも、そんな苛立たしさは一瞬で吹き飛んだ。ステージの上、この熱狂を生み出している人間の正体。それは橋本であり、富田であり、田島だった。俺が憧れていたこと、でも、ダンスなんて自信がなくて、自分で言い出せなくて、ヒロミあたりが提案してくれないかななんて思ってたこと。
こういうのは三年生がやるもんだと自分を無理やり説得させてきた夏休み。あいつらがいつも早々に教室を去る理由。
強く背中を押される感覚があって、俺を押した人物の顔が俺の真横に現れる。
「あっ、中島」
中島は会釈して、人ごみをかき分けてずんずんと前に進んでいった。温かい感触が背中から脇腹にかけて残った。キャミソールが透けたブラウスの後ろ姿はすぐに見えなくなった。
「美晃やっぱすげぇなぁ」
曲の合間にヒロミが、興奮した様子で言って、俺は曖昧にうなずいた。
次の日から、橋本たちは学校中の有名人になった。動画も出回っていて、多分生徒の半分以上はあの三人の名前と顔が一致するんじゃないかってくらいだった。あいつらが廊下を歩いてると、スポーツ推薦クラスだったり、普通科の先輩たちだったりがにやりと笑って振り向いた。
そりゃあ、ダンスを踊った団体はいくらでもある。それこそ、ダンス部だって踊ってた。でも、あの三人のダンスはクオリティが違いすぎた。
特進科の中でも、あいつらはまるで英雄のような扱いだった。もちろん、時間が経つにつれ熱も下がって、あのダンスの話題も時おりにしか出てこなくなった。
でも、スターって言うと表現が古臭いけど、一目置かれるべき存在が誰なのか、それがはっきりした、っていう感じだった。
そしてその時以来、俺たち三人は空元気だけの集団になった。いや、前から空元気だけの集団だったのかもしれないけど、俺がそれを強く意識するようになった。
決して騒がなくても、目立たなくても、クラスの誰もが橋本や富田や田島を気にかけているのが分かる。ヒロミはそのことをあまり気にしていないみたいだけど、俺とノブは自分の立場の変化を分かっていて、分かっていることを決して口には出さなかった。
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