46 / 76
第五章 椎名匡貴
第四十六話
しおりを挟む
こんなはずじゃない、はずだった。ひとたび俺たちがなにかを言えば、みんなそれに乗ってくる。それが能動的なものだろうと、雰囲気による強制だろうと。
「なんかそれ、不公平じゃない? バド部だけそうなるのはおかしいだろ。ホームルームのときに俺たちと高濱とで『これから文化祭まで放課後はずっと準備します』って言えばそこそこ来るだろ。橋本や富田も含めて。来なかったら来いって言えばいい。そっちの方が当たり前のやり方だろ?」
俺は理屈をこねた。
「それ、ホームルームで言えるの?」
「言えるよ」
俺は強情を張った。
「仲悪くはないんだもんね」
「まぁな」
大丈夫、いざとなったら言える。富田だって田島だって本質はダサいやつだし、橋本もそこで強気にモノを言うやつじゃない。
「じゃあ、先に言っておこうよ」
「先に?」
「うん。橋本くんと富田くんだけじゃなくて、部活に熱心そうな人とか、あんまり積極的じゃなさそうな人にいまから先に謝っとくの」
「なんで?」
「だって、参加してもらうんだから。お願いしなきゃ。文化祭を盛り上げたいのはわたしたちの我儘だし」
「いやいや、する必要ないだろ。そんなの。ちゃんと自分から来てるやつらがやる気なくすよ」
「そうかな。このクラスは大丈夫だと思うよ。そんなのでやる気なくすくらい『しぶしぶ自分から来てる人』はいないと思う。明真の特進科だからかもしれないけど、でも、最初のよそよそしい頃からはずいぶん変わった。頑張るのかっこ悪いとか、変にだらけるとかないし、逆に積極的なのが恥ずかしいっていう雰囲気もない。だから、気をつけることは、このいい雰囲気を当たり前だと思わないことだと思う。富田くんなんかは、他に自分の目標があるけど、文化祭の準備にも参加してくれてる。もちろんそれは義務だから、当たり前だと言えば当たり前だけど、でも、そういう時って、やらされてるんだって気持ちになってて、わだかまりがある。だから、お互い目標は一致してないかもしれないけど、譲ってくださいって。義務だから来いっていうのじゃなくて、あなたにお願いしたいんですって言っておいた方がいいよ。義務だから来いっていうのも正しいけど、正しさを一歩超えた態度が優しさで、人を動かすのはそういうことなんじゃないかって思うから」
高濱の、熱弁だった。
しぶしぶ自分から来てる人、それが全くいないっていうのは、多分、夢見すぎだと思う。高濱はやっぱりステレオタイプの学級委員長的なところがあって、みんなのやる気をすぐ上に上に見積もろうとする。
それでも、義務とか、正しさだけじゃないって言葉が出てくるのは、ただの委員長じゃない。高濱はそういうツボを心得てるから、こんなキャラでも認められてきたんだろうな。小学校高学年になっても、中学校生活でも。
「ごめんね、変なこと言ってたら、ばしばし突っこんで」
「いや、変じゃないよ。なんか委員長って感じ」
「副委員長だけどね。でも、自分がめんどい委員長気質だって分かってるよ」
自覚あるんだ。それも珍しい。
「委員長気質だから、人の心とか全然分かんないけど、分かってないってことを意識しながら行動しなくちゃとは思ってる」
俺の心を読んだように、高濱は続けた。
「じゃあ、昼休みにでもお願いしにいくか。それで、放課後のホームルームで準備のことアナウンスだな」
「ありがと」
高濱は微笑んで、俺の机から一歩、二歩と離れていく。可愛くない女子は笑ってもやっぱり可愛くないなと俺が思った矢先に、高濱は振り返って戻ってきた。
「いつも男子のこと仕切ってくれてほんとにありがと」
「俺が?」
「いつも男子の前に立ってるのって、橋本くんか椎名くんじゃん」
橋本は本当の求心力だけど、俺は声と態度がでかいだけだよ。ほかのやつらはびびってるだけ。そんな構造も分かってないのか。でも、まさか感謝されるとは思ってなかったから。少し嬉しかった。
「べつに、そんな仕切ったりしてるわけじゃないよ」
「椎名くんはそう思ってるかもしれないけど、でもすごいよ。男子でクラスの中心みたいな人って、もっとやんちゃというか、態度悪いし、暴れるし、他の男子いじめて笑ってるし、酷い感じだけど。椎名くんは限度が分かってるというか」
違うんだ。俺はそれになりきれないだけ。
「そんなの意識したことないけどなぁ。男子はだいたいそんな感じじゃね?」
俺はうそぶいた。明真学園高校の特進科に入って、急に存在しなくなったあいつらのことを、意識していると言ったらかっこ悪いし、批判して正義面してもかっこ悪い気がした。俺たちくらいが普通だと言って、普通より格好良く見せたかった。
「そんなことないよ。悪口も悪態も少ないと思う。わたしの通ってた中学が特別悪かったのかもしれないけど」
このクラスに入って、調子に乗って、心無いことを、悪口もたくさん言ってきた。だから、高濱がそう言うのを聞くと、罪悪感がこみあげてくる。
「そうか? 多少はそういうのあるだろ。このクラスも」
「あるよ。でも、椎名くんの言う通り、男子ってみんな、多少はそんな感じじゃん。いじりあうというか。口悪いし。その中でも、限度が分かってるよ。このクラスは。やっていい範囲が分かってる」
それは疎いよ高濱。このクラスでも、みんな相応に傷ついてる。いじられて辛いこともあるし、悪口を叩かれたら気にしてる。その場では笑っててもだ。
「委員長ぽいことばっかり言ってごめん。また昼休みに」
俺がなにかを答える前に高濱はそう言って、今度こそ去っていった。
チャイムが鳴って、始業式が終わってからロングホームルームが始まるまでの、妙に長い休み時間の終わりを告げた。クラスメイト達がばらばらと席に着く。
俺の隣は田島で、小学生の時から微塵も変わってないような髪型はいつも通りだったけれど、少し顔の線が細くなった気がする。
凛々しさのようなものさえあって、そういえばこいつら、二学期初日の今日も自主朝練をやってきたんだろうな、と俺はなんとなく想像した。
「なんかそれ、不公平じゃない? バド部だけそうなるのはおかしいだろ。ホームルームのときに俺たちと高濱とで『これから文化祭まで放課後はずっと準備します』って言えばそこそこ来るだろ。橋本や富田も含めて。来なかったら来いって言えばいい。そっちの方が当たり前のやり方だろ?」
俺は理屈をこねた。
「それ、ホームルームで言えるの?」
「言えるよ」
俺は強情を張った。
「仲悪くはないんだもんね」
「まぁな」
大丈夫、いざとなったら言える。富田だって田島だって本質はダサいやつだし、橋本もそこで強気にモノを言うやつじゃない。
「じゃあ、先に言っておこうよ」
「先に?」
「うん。橋本くんと富田くんだけじゃなくて、部活に熱心そうな人とか、あんまり積極的じゃなさそうな人にいまから先に謝っとくの」
「なんで?」
「だって、参加してもらうんだから。お願いしなきゃ。文化祭を盛り上げたいのはわたしたちの我儘だし」
「いやいや、する必要ないだろ。そんなの。ちゃんと自分から来てるやつらがやる気なくすよ」
「そうかな。このクラスは大丈夫だと思うよ。そんなのでやる気なくすくらい『しぶしぶ自分から来てる人』はいないと思う。明真の特進科だからかもしれないけど、でも、最初のよそよそしい頃からはずいぶん変わった。頑張るのかっこ悪いとか、変にだらけるとかないし、逆に積極的なのが恥ずかしいっていう雰囲気もない。だから、気をつけることは、このいい雰囲気を当たり前だと思わないことだと思う。富田くんなんかは、他に自分の目標があるけど、文化祭の準備にも参加してくれてる。もちろんそれは義務だから、当たり前だと言えば当たり前だけど、でも、そういう時って、やらされてるんだって気持ちになってて、わだかまりがある。だから、お互い目標は一致してないかもしれないけど、譲ってくださいって。義務だから来いっていうのじゃなくて、あなたにお願いしたいんですって言っておいた方がいいよ。義務だから来いっていうのも正しいけど、正しさを一歩超えた態度が優しさで、人を動かすのはそういうことなんじゃないかって思うから」
高濱の、熱弁だった。
しぶしぶ自分から来てる人、それが全くいないっていうのは、多分、夢見すぎだと思う。高濱はやっぱりステレオタイプの学級委員長的なところがあって、みんなのやる気をすぐ上に上に見積もろうとする。
それでも、義務とか、正しさだけじゃないって言葉が出てくるのは、ただの委員長じゃない。高濱はそういうツボを心得てるから、こんなキャラでも認められてきたんだろうな。小学校高学年になっても、中学校生活でも。
「ごめんね、変なこと言ってたら、ばしばし突っこんで」
「いや、変じゃないよ。なんか委員長って感じ」
「副委員長だけどね。でも、自分がめんどい委員長気質だって分かってるよ」
自覚あるんだ。それも珍しい。
「委員長気質だから、人の心とか全然分かんないけど、分かってないってことを意識しながら行動しなくちゃとは思ってる」
俺の心を読んだように、高濱は続けた。
「じゃあ、昼休みにでもお願いしにいくか。それで、放課後のホームルームで準備のことアナウンスだな」
「ありがと」
高濱は微笑んで、俺の机から一歩、二歩と離れていく。可愛くない女子は笑ってもやっぱり可愛くないなと俺が思った矢先に、高濱は振り返って戻ってきた。
「いつも男子のこと仕切ってくれてほんとにありがと」
「俺が?」
「いつも男子の前に立ってるのって、橋本くんか椎名くんじゃん」
橋本は本当の求心力だけど、俺は声と態度がでかいだけだよ。ほかのやつらはびびってるだけ。そんな構造も分かってないのか。でも、まさか感謝されるとは思ってなかったから。少し嬉しかった。
「べつに、そんな仕切ったりしてるわけじゃないよ」
「椎名くんはそう思ってるかもしれないけど、でもすごいよ。男子でクラスの中心みたいな人って、もっとやんちゃというか、態度悪いし、暴れるし、他の男子いじめて笑ってるし、酷い感じだけど。椎名くんは限度が分かってるというか」
違うんだ。俺はそれになりきれないだけ。
「そんなの意識したことないけどなぁ。男子はだいたいそんな感じじゃね?」
俺はうそぶいた。明真学園高校の特進科に入って、急に存在しなくなったあいつらのことを、意識していると言ったらかっこ悪いし、批判して正義面してもかっこ悪い気がした。俺たちくらいが普通だと言って、普通より格好良く見せたかった。
「そんなことないよ。悪口も悪態も少ないと思う。わたしの通ってた中学が特別悪かったのかもしれないけど」
このクラスに入って、調子に乗って、心無いことを、悪口もたくさん言ってきた。だから、高濱がそう言うのを聞くと、罪悪感がこみあげてくる。
「そうか? 多少はそういうのあるだろ。このクラスも」
「あるよ。でも、椎名くんの言う通り、男子ってみんな、多少はそんな感じじゃん。いじりあうというか。口悪いし。その中でも、限度が分かってるよ。このクラスは。やっていい範囲が分かってる」
それは疎いよ高濱。このクラスでも、みんな相応に傷ついてる。いじられて辛いこともあるし、悪口を叩かれたら気にしてる。その場では笑っててもだ。
「委員長ぽいことばっかり言ってごめん。また昼休みに」
俺がなにかを答える前に高濱はそう言って、今度こそ去っていった。
チャイムが鳴って、始業式が終わってからロングホームルームが始まるまでの、妙に長い休み時間の終わりを告げた。クラスメイト達がばらばらと席に着く。
俺の隣は田島で、小学生の時から微塵も変わってないような髪型はいつも通りだったけれど、少し顔の線が細くなった気がする。
凛々しさのようなものさえあって、そういえばこいつら、二学期初日の今日も自主朝練をやってきたんだろうな、と俺はなんとなく想像した。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる