青春の幕間

河瀬みどり

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第五章 椎名匡貴

第四十六話

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こんなはずじゃない、はずだった。ひとたび俺たちがなにかを言えば、みんなそれに乗ってくる。それが能動的なものだろうと、雰囲気による強制だろうと。

「なんかそれ、不公平じゃない? バド部だけそうなるのはおかしいだろ。ホームルームのときに俺たちと高濱とで『これから文化祭まで放課後はずっと準備します』って言えばそこそこ来るだろ。橋本や富田も含めて。来なかったら来いって言えばいい。そっちの方が当たり前のやり方だろ?」

俺は理屈をこねた。

「それ、ホームルームで言えるの?」
「言えるよ」

俺は強情を張った。

「仲悪くはないんだもんね」
「まぁな」

大丈夫、いざとなったら言える。富田だって田島だって本質はダサいやつだし、橋本もそこで強気にモノを言うやつじゃない。

「じゃあ、先に言っておこうよ」
「先に?」
「うん。橋本くんと富田くんだけじゃなくて、部活に熱心そうな人とか、あんまり積極的じゃなさそうな人にいまから先に謝っとくの」
「なんで?」
「だって、参加してもらうんだから。お願いしなきゃ。文化祭を盛り上げたいのはわたしたちの我儘だし」
「いやいや、する必要ないだろ。そんなの。ちゃんと自分から来てるやつらがやる気なくすよ」
「そうかな。このクラスは大丈夫だと思うよ。そんなのでやる気なくすくらい『しぶしぶ自分から来てる人』はいないと思う。明真の特進科だからかもしれないけど、でも、最初のよそよそしい頃からはずいぶん変わった。頑張るのかっこ悪いとか、変にだらけるとかないし、逆に積極的なのが恥ずかしいっていう雰囲気もない。だから、気をつけることは、このいい雰囲気を当たり前だと思わないことだと思う。富田くんなんかは、他に自分の目標があるけど、文化祭の準備にも参加してくれてる。もちろんそれは義務だから、当たり前だと言えば当たり前だけど、でも、そういう時って、やらされてるんだって気持ちになってて、わだかまりがある。だから、お互い目標は一致してないかもしれないけど、譲ってくださいって。義務だから来いっていうのじゃなくて、あなたにお願いしたいんですって言っておいた方がいいよ。義務だから来いっていうのも正しいけど、正しさを一歩超えた態度が優しさで、人を動かすのはそういうことなんじゃないかって思うから」

高濱の、熱弁だった。

しぶしぶ自分から来てる人、それが全くいないっていうのは、多分、夢見すぎだと思う。高濱はやっぱりステレオタイプの学級委員長的なところがあって、みんなのやる気をすぐ上に上に見積もろうとする。

それでも、義務とか、正しさだけじゃないって言葉が出てくるのは、ただの委員長じゃない。高濱はそういうツボを心得てるから、こんなキャラでも認められてきたんだろうな。小学校高学年になっても、中学校生活でも。

「ごめんね、変なこと言ってたら、ばしばし突っこんで」
「いや、変じゃないよ。なんか委員長って感じ」
「副委員長だけどね。でも、自分がめんどい委員長気質だって分かってるよ」

自覚あるんだ。それも珍しい。

「委員長気質だから、人の心とか全然分かんないけど、分かってないってことを意識しながら行動しなくちゃとは思ってる」

俺の心を読んだように、高濱は続けた。

「じゃあ、昼休みにでもお願いしにいくか。それで、放課後のホームルームで準備のことアナウンスだな」
「ありがと」

高濱は微笑んで、俺の机から一歩、二歩と離れていく。可愛くない女子は笑ってもやっぱり可愛くないなと俺が思った矢先に、高濱は振り返って戻ってきた。

「いつも男子のこと仕切ってくれてほんとにありがと」
「俺が?」
「いつも男子の前に立ってるのって、橋本くんか椎名くんじゃん」

橋本は本当の求心力だけど、俺は声と態度がでかいだけだよ。ほかのやつらはびびってるだけ。そんな構造も分かってないのか。でも、まさか感謝されるとは思ってなかったから。少し嬉しかった。

「べつに、そんな仕切ったりしてるわけじゃないよ」
「椎名くんはそう思ってるかもしれないけど、でもすごいよ。男子でクラスの中心みたいな人って、もっとやんちゃというか、態度悪いし、暴れるし、他の男子いじめて笑ってるし、酷い感じだけど。椎名くんは限度が分かってるというか」

違うんだ。俺はそれになりきれないだけ。

「そんなの意識したことないけどなぁ。男子はだいたいそんな感じじゃね?」

俺はうそぶいた。明真学園高校の特進科に入って、急に存在しなくなったあいつらのことを、意識していると言ったらかっこ悪いし、批判して正義面してもかっこ悪い気がした。俺たちくらいが普通だと言って、普通より格好良く見せたかった。

「そんなことないよ。悪口も悪態も少ないと思う。わたしの通ってた中学が特別悪かったのかもしれないけど」

このクラスに入って、調子に乗って、心無いことを、悪口もたくさん言ってきた。だから、高濱がそう言うのを聞くと、罪悪感がこみあげてくる。

「そうか? 多少はそういうのあるだろ。このクラスも」
「あるよ。でも、椎名くんの言う通り、男子ってみんな、多少はそんな感じじゃん。いじりあうというか。口悪いし。その中でも、限度が分かってるよ。このクラスは。やっていい範囲が分かってる」

それは疎いよ高濱。このクラスでも、みんな相応に傷ついてる。いじられて辛いこともあるし、悪口を叩かれたら気にしてる。その場では笑っててもだ。

「委員長ぽいことばっかり言ってごめん。また昼休みに」

俺がなにかを答える前に高濱はそう言って、今度こそ去っていった。

チャイムが鳴って、始業式が終わってからロングホームルームが始まるまでの、妙に長い休み時間の終わりを告げた。クラスメイト達がばらばらと席に着く。

俺の隣は田島で、小学生の時から微塵も変わってないような髪型はいつも通りだったけれど、少し顔の線が細くなった気がする。

凛々しさのようなものさえあって、そういえばこいつら、二学期初日の今日も自主朝練をやってきたんだろうな、と俺はなんとなく想像した。
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