千物語

松田 かおる

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ラスト・ステージ

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「中止!?」
今日開催されはずの「引退ライブ」の楽屋で、あたしは思わず大声を出してしまった。



今日はあたしの「引退ライブ」が開催される日だったのだが、開場まで2時間ほどになったタイミングで急に施設管理者から、
「観客席で防災設備上の大きな問題が発生した」
という理由で急にライブ中止を言い渡されたのだ。



「最後の最後でやられたな…」
マネージャーが絞り出すような口調で言う。
そう、あたしは今まで何度となく、とある筋から「いやがらせ」を受け続けてきたのだ。
「とある筋」とは、あたしが前に所属していた事務所だ。
そしてその理由は至って簡単、前の所属事務所の「拝金主義」のやり方に猛反発して、事務所と大揉めに揉めたのだ。
連中はそれを根に持っていて、事あるごとにあたしに嫌がらせをしてきたのだ。
ある時はSNSでの悪評、ある時は「迷惑客」の乱入と、大小さまざまな嫌がらせをしてきた。
それでもファンの協力のおかげで大事にならずに済んでいたが、あたしは引退することになった。
その理由も簡単で、マネージャーと結婚して家庭に入るためだ。
これもファンのみんなには、好意を持って受け入れてもらえた。
本当にファンはありがたいと心底感じた。
そんな気持ちを持ちながら、今日の「引退ライブ」も楽しくできると思っていた矢先の出来事だった。
さすがに当日の開始直前にやられると、手の打ちようがほとんどなくなってしまう。



「どうする?」
マネージャがさすがに心配そうに聞いてくる。
ファンのみんなも入り口で「ライブ中止」を告げられて、中に入れずにいる。
これではファンのみんなの力も借りられない。

「…『観客席』っていう話なら、ステージは大丈夫なのよね?」
あたしが言うと、マネージャーは
「まぁ、観客席以外なら」
と答える。
少し考え、そして思いつく。
…まだ手はある。
あたしはスタッフに向かって、「あるもの」を用意するよう声をかけた。



二時間後。
「引退ライブ」を無事スタートさせることができた。
手持ちのスマホを使って、動画配信サイトでのライブ配信に切り替えたのだ。
会場の外の様子を見に行ったスタッフ曰く、
「開始前から盛り上がってますよ」
とのこと。



さすがにこんな展開になるとは思っていなかったが、こういうのもあたしらしいかもしれない。
きっとみんなの思い出に残るライブになるだろう。
そんなことを考えながら、一台のスマホの向こうの「何万人もの客」に向かって一曲目を歌い始めた…
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