千物語

松田 かおる

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青空高座

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「…」
「…」
重苦しい沈黙が部屋中に広がっていた。



俺はとある落語家の弟子として修行していて、この間何とか前座になることができた。
そして今日、初めての高座に上がったのだが、あろうことか大勢の客の前で緊張してしまい、まともに噺ができないという失態を犯してしまったのだ。
どもる、トチる、果ては途中で噺の内容が飛んでしまい、散々な初高座になってしまった。

「…教え方が悪かったのかねぇ」
師匠が重い空気を破るように口を開いた。
もちろん、師匠の教え方が悪かったなんてことはなく、全て俺のせいなのだが、
「…勉強し直してまいります」
そう返すのが精一杯だった。

師匠がタバコに火をつけようとする。
抜けきらない前座見習いの頃の癖で火をつけようと身を乗り出したが、師匠はそれを手で制しながら自分で火をつけて、
「じゃあ、お前さんの言う通り『勉強』し直してきてもらおうかねぇ」
と言った。
事実上の三下り半を突きつけられてしまった。
吹き付けられたタバコの煙が、やけに目に染みた…



俺は「勉強」をし直し始めた。

とにかく大勢の人の前で話すことに慣れるため、公園で「青空高座」を始めた。
当然、物珍しそうに集まってくるギャラリーがいる。
そんな中で噺をするんだから、緊張感は半端じゃなかった。
最初は本当にひどいもので、最初の高座の時のようにどもったりトチったり、噺が飛んだりした。
そんな時は容赦なく、ギャラリーからヤジが飛んだ。
だが、それを繰り返しているうちに次第に人の前で話すことへの緊張が薄まっていき、そのおかげで心に余裕ができたせいか、噺の内容も飛ばなくなってきた。
やがてギャラリーから飛んでくる言葉にもヤジが減っていき、
「面白かったよ」
という言葉ももらえるようになった。
もちろんいつも同じ噺ばかりしている訳にもいかないので、色々な噺を覚えていった。
気がついたらギャラリーの中にも、俺の噺に笑ってくれる人が現れてきた。

そんなある日。
「青空高座」に一番見られたくないギャラリーが現れた…

「『面白い落語家が公園にいる』って聞いてねぇ」
その人はそう言って、俺の真正面に立った。
もちろん相手が誰でもすることは変わらない。
俺はいつものように噺を始めた。



噺が終わった後も、その人は黙って立っていた。
しばらくして、懐からタバコを取り出して一本口にくわえた。
俺が黙って突っ立っていると、その人はタバコをくわえた口をちょっと突き出して
「火」
と、一言だけ言った。
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