千物語

松田 かおる

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辿り着く場所

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先月、会社を定年退職した。
それを機会に、前から一度やってみたかった「各駅停車の鉄道の旅」に出ることにした。
もちろん、家族にはちゃんと断りを入れた上でだ。

特に予定も立てず、気の向くままにのんびり各駅停車を乗り継いでいく旅は、特急列車では体験できない楽しみがある。
今まであくせく生きてきた分、ゆっくりと流れる風景を見ながら行く旅は、ちょうどいいリセットになるかもしれない。

そんなことを考えながら車内を見回していると、一人の乗客と目が合った。
年恰好は自分よりも10歳ほどは年上だろうか、落ち着いた感じの老人だ。
目が合った手前、会釈を交わす。
そして会釈はいつしか会話に変わる。
どことなく親しみを感じさせる雰囲気が、そうさせたのかもしれない。

聞けばこの老人も、自分のように「鉄道の旅」をしているのだと言う。
ただ、自分とは少し目的が違い、
「自分がいつか辿り着くかもしれない『終着地』を探している」
のだそうだ。
老人曰く、
「この先のどこかに、自分が辿り着く場所があるような気がするんです」
とのこと。
今までも「ここだ」と思った場所で電車を降りてみたけれど、「ここじゃない」と感じて乗り直す…ということを何度も繰り返してきたのだと言う。
「自分自身の『辿り着く場所』を探しながら旅を続ける…人生はこう言うものなのかもしれないですね」
老人は少し自嘲気味に微笑みながら言った。

そんな会話を交わしているうちに、やがて車内に終点駅に到着するアナウンスが流れる。
結局老人は途中下車することなく、自分と一緒に終着駅に到着した。
「今回も見つかりませんでしたねぇ」
老人はそう言うと、少し肩をすくめながら心なしか寂しそうな表情を見せた。

終点はターミナル駅なせいもあって周りにはたくさんの人がいて、今までとはまるで違う雰囲気に包まれている。
「やっぱりまだこれからも、『行き先』を探すんですか?」
老人に聞くと、
「もしかしたら次の駅がそうかもしれないので、もう少しだけ続けてみようかと思います」
そう言って少し寂しそうに微笑んだ。
ただその表情とは裏腹に、目の奥には何か強い決意を感じさせるような輝きがあった。

「じゃあ、またもしどこかで会うことがありましたら」
老人はそう言うと背中を見せて、人混みの中に消えていった。

『それじゃあ、またいつか』
ほとんど見えなくなった、きっともう二度と会うこともないであろう背中にそう声をかけて、次の乗り場へと向かった。
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