千物語

重なる偶然

足元に何か当たった感覚があって下を見ると、500円玉が一枚転がっていた。
身をかがめてそれを拾って立ち上がると、
「すみませーん！」
という声が前方から聞こえてきた。
声のする方を見ると、一人の女性がこちらへ小走りで向かってきていた。

女性は僕の前に立つと、少し肩を上下させながら
「すみません、自販機でジュースを買おうとしたら落としてしまって…」
と言った。
「あー、そうだったんですね、はい」
と彼女に拾った500円玉を渡すと、
「ありがとうございました！」
彼女は頭を下げて、自販機の方に戻っていった。



そんなことがあってから一週間ほど過ぎた、ある日の晩。
僕は仕事帰りに入った居酒屋で食事をしていた。
「すみません、揚げ出し豆腐下さい」
僕が注文すると、
「あ、わたしも！」
と、隣から同じ注文をする女性の声が聞こえてきた。
何とはなしに声がした方を見ると、向こうも同時にこちらへ顔を向けていた。
すると女性が何かに気づいたようで、
「あ！」
と声を上げた。
あまり人の顔を覚えるのは得意ではないけれども、その整った顔を見て僕も思い出した。
「あー、自販機の」
僕が言うと、彼女の方も
「覚えていてくれてたんですか？」
と、嬉しそうな声で言った。

既に面識があるせいもあって、そこからは結構盛り上がった。
おかげでとても楽しい時間を過ごすことができ、その日は彼女にお礼を言って店を後にした。



「…あれ？もしかして…」
不意に後ろから声をかけられて僕が振り返ると、彼女がいた。
なんという偶然だろう…

「よくこのスーパーでお買い物をしているのですか？」
彼女が聞いてきたので、
「ええ、最近引っ越してきたばかりなんですけど、便利なのでよく使っています」
僕がそう答えると、
「本当に偶然ですね。わたしもここをよく使っているんですよ」
彼女も驚いた表情でそう返してきた。



「ここまで偶然が重なると、なんだか『運命』みたいなものを感じちゃいますね」
彼女が少し冗談めいた口調で言う。
確かにこう何度も顔を合わせると、「偶然ではない何か」を感じてしまう。
そんなことを考えていると、
「それでは。またどこかで会っちゃうかもしれませんけれども」
彼女は微笑みながらそう言い、この場を離れようとする。
思わず僕は
「あの…」
と、声をかけた。



電気もついていない、真っ暗な部屋の中。
スマートフォンに表示されている、さっき交換したばかりの男の連絡先を眺めながら、
「うふふ…計画通りね」
そう女は呟いた。