シャッター・ガール

松田 かおる

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第2話 「味のある」新入部員

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-1-

そんな事があってから数日後。
藍梨が部室に顔を出すと、見慣れない男の子が一人部室の椅子に座っていて、その周りを部長や美絵たち、写真部員が囲んでいた。
別によってたかっていじめている訳ではなく、その男の子を中心に盛り上がっている、といった雰囲気であった。
その証拠に、部室に入ってきた藍梨に向けられた顔は、全員が「今まで楽しんでいました」という表情だった。
「誰?」
手近な机にカバンを置きながら藍梨が尋ねると、部長が
「入部希望の一年生 スドー君」
と、うれしそうな表情で答えた。
「スドー?」
藍梨が聞くと、その「入部希望の一年生」は、
「首藤 一生かずおです」
そう自己紹介すると、頭を軽く下げた。
「ふぅん…」
藍梨は興味ありそうなのかなさそうなのか、微妙なニュアンスのリアクションを返し、部長の方を向きながら、
「でも珍しいですね。 今時期に入部希望の一年生がいるなんて」
と、素直な感想を口にした。
「あら、気になる?」
美絵がそう言いながら、
「説明してあげなよ、スドー君。 どうして今時期入部したいのか、って」
続きを促すと、「首藤君」は
「これを見ました」
そう言って、制服のポケットから一枚の切り抜きを出した。
それを見て藍梨は、「あー、またか」といった表情をあからさまにして見せた。
例の「最優秀賞」の写真が掲載してされている新聞の記事であった。
「この写真を見て、自分もこんな写真を撮れるようになりたいと思って…」
と、新聞記事を見ている藍梨に向かって、一生は言った。
「…そう」
藍梨は動機について特に興味なさそうな口調で答えると、一生に向かって
「えっと、首藤君…だっけ? 入部希望はいいけどさ、写真のキャリアは?」
と聞いた。
それに対して一生は、
「…あの、経験者じゃないと、ダメですか?」
半分おっかなびっくりな感じの口調で聞き返す。
藍梨が口を開こうとすると、美絵が横から口をはさむように
「あ、それさっきあたしらが聞いた。 『特に経験があるほどでもないけど、趣味程度に』だって」
と言った。
「キャリアはあってもなくても別にいいんじゃないか? ただでさえウチは部員が少ないんだから、一人でも部員が増えた方がうれしいし」
部長がそれに続けて言った。
藍梨が特にそれに答えずにいると、
「あ、そうそうハラッチ。 このコのカメラ、すごいのよ」
美絵が思い出したように口を開いた。
「…すごい?」
藍梨が聞くと、美絵は、
「ふっふっふ、見て驚くな」
などと、まるで自分の事のような口調で言うと、
「スドー君、あれ見せて」
一生に声をかけた。
それを聞いて一生は、ひざの上に乗せていたバッグのようなものを開けて、中身を取り出した。
藍梨は取り出されたそれを見て、
「…すごい」
思わずつぶやいてしまった。
「でしょーでしょー? すごいでしょー? あたしらも同じリアクションだった」
美絵は自分と同じようなリアクションをした藍梨の様子が、面白くてたまらなさそうな口調で言った。
バッグから取り出されたそれは、今となっては「骨董品」に近い部類のカメラだった。
「祖父が使ってたものです」
一生が付け加えるように説明した。
かろうじて一眼レフタイプだが、ピント,絞り,シャッタースピード,フィルム巻き上げに至るまで、すべてが手動操作の代物。
オートフォーカス,オート露出,自動フィルム巻き上げといった機能が勢ぞろいの「今どきカメラ」を使っている人から見れば、確かに「すごい」カメラではある。
しかもかなり使い込んでいるらしく、あちこちに擦り傷や凹みがあるため、残念ながらコレクターズ・アイテムにはなりそうもない。
「…これ、動くの?」
思わず藍梨が聞くと、一生は
「触ってみます?」
と、カメラを差し出す。
「いいの?」
藍梨が聞くと、一生は、
「どうぞ」
そう言ってあっさりカメラを渡した。
藍梨はカメラを受け取り、ためしに構えてみる。
「……」
ファインダーの隅に曇りがあった。
多分ミラーあたりに、シミかキズのようなものが付いてしまっているのだろう。
レンズのリングを回してピントや露出をあわせてみる。
これは思ったよりスムーズに動いた。
次にフィルムを巻き上げてみると、なんとも味のある、それでいてかなり大きい音を出した。
そして最後にシャッターを切ってみると、これもまたフィルム巻き上げの時に負けず劣らず大きく、それでいて味のある音でシャッターが切れた。
それでも大きな音がいちいち出ても、その音に不快な感じはしなかった。
ただしバード・ウォッチングや隠し撮りには向かなさそうな代物だった。
「ありがとう」
藍梨はそう言いながら一生にカメラを返した。
返しながら、
「そういえばさっき、『趣味程度に』って聞いたけど、どんな写真撮るの?」
と聞くと、
「そうそう、ちょうどその話題になった時だったの。 そしたらちょうどハラッチが来てさ」
美絵が口をはさんできた。
そして一生の方に向き直ると、
「どんな写真撮るの? 何か得意な分野は?」
と聞いた。
一生は
「風景,人物,その他諸々… 一通り撮ってみてはいるんですけど、どれが得意かは、自分ではちょっとわかりません。 …そうだ、皆さんに見てもらえばわかるかも」
そう言いながら、カバンの奥をごそごそと探り始めた。
「あ、あったあった。 これなんですけど…」
そう言いながら一生は、一冊のミニアルバムを差し出した。
部長が受け取ってアルバムを開く。
藍梨や美絵、他の写真部員が揃ってアルバムを覗き込む。
そこに写っていたものは…
全員が揃って目をつぶってしまっている集合写真。
早く流しすぎて完全にぶれてしまっている新幹線の流し撮り。
手前の被写体と奥の被写体の間にピントがあってしまっている風景写真。
シャッタースピードやピントはOKなのに、露出設定をミスったため中途半端に暗い花火の写真。
まるまる一冊分がこんな感じの写真ばかりであった。
一枚一枚見進めていくうちに、全員の目が少しずつ「点」になっていく。
ある意味「味のある」写真ではある。
「…えっと、まぁあれだ。 技術は後からついてくる、という事で…」
写真を見終わった部長が、フォローになっているかどうかわからないコメントを付けながらも、
「とにかく、歓迎するよ」
そう言いながら、入部届を引出しから取り出した。

-2-

めでたく一生は写真部に入部し、藍梨はじめ部長,美絵と一緒に活動するようになった。
とは言え、一週間や二週間くらいで急に写真の腕が上がる訳もなく、相変わらず「味のある」写真を撮り続けている。
その都度その都度部長や他の部員からのアドバイスをしてもらえる。
一生はそれにキチンと耳を傾け、少しでも「いい写真」を撮ろうと努力しているようではある。
中でも藍梨が一番のお気に入りのようで、何かというと「先輩先輩」といいながら、藍梨の後についている。
「まるでカルガモの親子」
とは美絵のコメント。
入部の動機が「藍梨が撮るような写真を撮れるようになりたい」なのだから、勢いそうなるのも無理はない。
けれどもこそこそ後をつけまわしてストーカーみたいな真似をするわけでもなく、純粋に藍梨の技を身に付けようとしての行動なので、藍梨自身はまったく気にしていないし、キチンとアドバイスもする。
ただ…
「ただ?」
美絵が白玉あんみつを口に運ぶ手を止めて聞くと、
「あるって言えばあるんだよね、気になる事…」
藍梨は何か引っかかるものがあるような口調で言いながら、梅昆布茶をひとくち飲んだ。
ある日の部活終了後。
通学路の途中にある甘味処で、藍梨と美絵はテーブルをはさんで向かい合っていた。
「何が気になるの? ホントにストーカー被害にでも遭いそうだとか?」
美絵が茶化すように聞くと、藍梨は塩昆布を口に放り込み、
「そっちじゃなくて、こっち」
指でシャッターを切る真似をしながら、少しまじめな口調で答えた。
「ああ、そっち。 何が気になるの?」
美絵が聞くと、
「スドー君、ウチに入部してどのくらいになったっけ?」
藍梨は次の塩昆布をつまみながら聞き返した。
「えっと… …そろそろ2ヶ月くらいだね」
と、美絵は指折り数えながら答える。
「そのくらい経ってるのに、全然ウデが上がらない」
藍梨が塩昆布をつまんだまま言うと、
「でもホラ、最初見た写真が『ああ』だったから、そうそう簡単にウデは上がらないんじゃない?」
美絵は特に気に留める様子もなく、白玉あんみつを口に運びながら軽く聞き流す。
「…上がらなさ過ぎなの」
そう言いながら藍梨は、塩昆布を口に放り込んだ。
「上がらなさ過ぎ?」
藍梨は口をもぐもぐさせながらうなずき、言った。
「…普通ならさ、2ヶ月も経てば少しくらいはウデが上がるはずじゃない? それに彼はいつも誰かしらの後につきながらアドバイスしてもらったりとか、ノウハウを見て覚えたりとかしてるじゃない? そのくせしていつまで経っても、最初に見たあの写真と『同じ写真』なのよ」
藍梨はそこまで言うと一息つくように、梅昆布茶をひとくち飲んだ。
「…上げ止まりなんじゃないの?」
白玉あんみつから視線を上げて美絵が言うと、藍梨は
「にしてもさ。 『いつどんな写真を撮っても同じミスしかしない』っていうのはどうかと思わない? ヘタならヘタなりにミスっぷりが毎回違うのが普通なのに、彼の場合まるで『狙ってミスりました』って感じに見えちゃうんだなぁ」
何かが引っかかってしようがないような口調で言った。
「狙って…?」
美絵が聞くと、藍梨は
「そう。 耳先の切れたウサギの写真とか、奥と手前の被写体のちょうど真ん中にピントが合ってる風景写真とか、いつもそんな写真ばっかり。 並みのヘタならそうそう同じミスはしないよ」
と一気に言った。
「でも、何でわざわざ?」
美絵が聞くと、
「…わかんない」
藍梨は素直に答えた。
「案外さ、ハラッチにかまって欲しくてわざわざミスってるのかもよ?」
美絵が言うと、藍梨は
「何のために?」
と聞き返す。
「さぁねぇ、あたしは一生君じゃないから… どっちにしてもさ、少し気にし過ぎなんじゃないの? ハラッチいっつも彼に引っ付かれてるから」
美絵は軽い口調で受け答えする。
「気にし過ぎかなぁ」
藍梨が納得行かない口調でつぶやくと、
「そう、し過ぎし過ぎ。 カルガモ母さんは少し育児ノイローゼ気味。 実害ないんだったらほっとけば?」
美絵は軽い口調で答えながら、白玉あんみつの最後の一口を口に入れた。
「そんなもん?」
「そんなもんよ」
「……」
藍梨はやはりどこか納得の行かない表情で、残っていた梅昆布茶を飲み干した。
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