シャッター・ガール

松田 かおる

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第3話 どうせやるなら堂々と

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-1-

藍梨がカウンターに乗ったラーメンを受け取ろうとしたら、突然横から手が伸びてきて、藍梨の丼はあっと言う間に掠め取られてしまった。
その手の先に視線を移すと、いつもは愛妻弁当のはずの「裕樹おにーちゃん」がいた。
藍梨が何かを言おうとすると、
「モデル料だ。 一杯くらいおごれ」
と、自分がそのラーメンを食べるのが当たり前の様な口調で言った。
藍梨は黙って肩を軽くすくめると、
「おばちゃん、ラーメンもう一杯」
そう言って財布の中にぎっしり詰まっている食券の束から、「ラーメン」と書いてあるチケットを一枚引き抜いた。

「どうしたんですか『先生』? 今日は愛妻弁当じゃないんですか?」
藍梨が新しいラーメンを持ってテーブルにつくと、裕樹はまだラーメンに手をつけずに
「なんとなく学食のラーメン食いたくなってな。 弁当は独身の同僚に分けてやった」
と答えた。
「あら、優しいのか残酷なのか微妙なお心遣い」
藍梨がそう言うと、裕樹は
「いいんだよ、たまには『家庭の味』を味わわせて結婚願望を燃え上がらせてやらないと、いつまで経っても独身のままだ」
そう言いながら割り箸を割り、ラーメンに手をつけ始めた。
藍梨はそれには特に何も答えず、同じく割り箸を割ってラーメンを食べ始めた。

「…結構イけるな」
ラーメンを半分くらい片付けた頃、裕樹が言った。
「だから言ったじゃないですか、学食のラーメンは結構おいしいって」
ゆっくりとラーメンを片付けながら、藍梨が答えた。
「さすが食券山ほど持ってる奴の言う事にウソはないなあ」
丼から顔を上げずに裕樹が言ったが、藍梨は特にそれには何も答えずにラーメンを食べ続けた。
やがて裕樹の丼からラーメンがなくなる頃、
「…やめろって言ったはずだけどなぁ」
裕樹がおもむろに口を開いた。
「…? 何の事?」
藍梨が聞き返すと、裕樹は
「言わなくてもわかるだろう」
とだけ答えた。
「言ってくれなきゃわかんないよ。 あたしはエスパーじゃないんだから」
藍梨はそれを聞いて、そう言い返す。
「まぁとにかく、あまりセコい真似ばかりしてるとせっかくのウデが泣くぞ、って言っておきたくて」
「…何の事言っているかよくわかんないけど、お話だけは聞いておきましょ」
裕樹はそれに何か言い返す訳でもなく、
「ま、そんな訳だ。 じゃお先」
そう言って席を立つと同時にポケットから何か紙切れのようなものを何枚か取り出すと、藍利のラーメンが乗っているトレイに乗せた。
藍梨が何かを言おうとすると、
「先生が生徒におごってもらっちゃ示しがつかないからな。 ラーメン代」
それだけ言うと、さっさと自分の丼を持って行ってしまった。
藍梨がその紙の一枚を手に取って見た瞬間、一瞬だけ藍梨の表情がぴくりと動いた。
ただそのすぐ後にそれを制服のポケットにしまいこんで、何事もなかったかのようにラーメンを食べ続けた。

-2-

「アイちゃーん、入るわよー」
そう言いながらも返事を待たずに襖を開け、部屋に入ってくる女の人が一人。
「あ、陽子さん」
「梨むいたから持ってきた。 よかったらどうぞ」
陽子と言われたその女性は、梨の盛られた皿を見せた。
「あ、ありがと」
藍梨が文机の上に皿を乗せられるほどのスペースを作ると、陽子はそのスペースに皿を乗せながら、
「何か見てたの?」
と、藍梨の手元を覗き込む。
「まぁ、見てたっていうか…」
言いながら藍梨は、手元のそれを陽子に渡し、その手で皿に盛られた梨を一つ。
陽子がそれを手に取ってしばらく眺めると、
「こっちはいいわね。 なんとも絶妙なタイミング」
くすりと笑いながら言った。
藍梨が陽子に渡したのは、二枚の写真だった。
一枚目は「絶妙なタイミング」と陽子がコメントした写真。
職員会議の最中だろうか、他の先生が沢山集まっている中、大口開けてあくびをしている先生の写真だった。
ちなみにその大口開けてあくびしている先生は、学校一厳しい生活指導の先生であった。
授業中に生徒があくびでもしようものなら、即座に怒鳴り声が飛んでくるようなタイプの先生だった。
そしてもう一枚は、
「で、こっちは… これ…アイちゃん?」
聞きながら藍梨にそれを返すと、藍梨は受け取りながら、
「んー、多分そうだと思う」
と答えた。
ただ後姿な上に、かなり遠い所から望遠レンズで撮ったらしく、ブレはまったくないものの、さすがに写りは少し不鮮明である。
藍梨だと言われれば藍梨に見えない事もない、と言った程度の写り具合だった。
「どうしたの、これ?」
「昼、裕樹おにーちゃんがくれた」
「ダンナが? なんでまた」
陽子が聞くと、藍梨は
「…たまたまあたしの写った写真を手に入れたから、渡してくれたとか…」
言ってはみたものの、全然信じていないような口調で答えを口にした。
「それにしても後姿で遠くからなんて、なんだかストーカーみたいな写真の撮り方ね」
陽子が言うと、藍梨は
「んー…」
あまり気の入っていない口調で答えた。
陽子がそれを見て、
「やっぱり気味悪い?」
少し心配げに聞くと、藍梨は
「別に気味悪くはないけど、なんか腹立つ」
と答えた。
「腹が立つ?」
「そう」
「どこが?」
「どうしても隠れて撮らないといけないような写真ならまだしも、こんな普通の写真、なんでいちいち隠れて撮るんだか。 別にあたしは撮られて困るような事はないんだから、あたしの写真撮りたかったら望遠なんてケチくさいモノ使わないで、もっと堂々と撮れってーの」
藍梨はそこまで言うと、梨をもう一切れ口に入れた。
陽子はその様子を見て、
「…アイちゃんらしい」
くすくす笑いながら言った。
「…………」
まだ梨が口の中に入ったままなので、藍梨が言葉にならない言葉で口をもごもごさせていると、陽子は
「だってそうじゃない。 普通の女の子だったら、こんな写真撮られたら『気味悪い』って言うのに、アイちゃんは『撮りたければ堂々と撮れ』なんて言うんだもん。 そこがアイちゃんらしいな、って」
と言った。
「どこの誰だか知らないけど、こんなのいちいち隠し撮りするようなもんじゃないよ。 もし見つけたらその事ハッキリ言ってやらないと」
口の中の梨を片付けた藍梨が、少し意気込みながら言った。
「『シャッター・ガール』としては許せない、と?」
陽子がそれに応えるように言うと、
「ま、そんなとこかな」
藍梨はくすっと笑いながら答えた。
そこで話が一段落したので、陽子は、
「その写真の出所については、ダンナにそれとなく聞いときましょ。 でもアイちゃんに似て少し頑固なところがあるから、クチを割るかどうか…」
そう言いながらお盆を持って立ち上がり、襖を開けて部屋を出て行った。

-3-

「…???」
藍梨と陽子との間でそんなやり取りがあって何日か経った、ある日の朝。
昇降口の下駄箱を開けた藍梨は、愛用の健康サンダルの上に何かが乗っているのに気づいた。
どうやら写真を裏返しにして置いてあるようだった。
それをどかさないとサンダルを出せないので、それをサンダルの上からどかして、ついでに表に返して見てみる。
するとそこに写っていたのは、ちょうど校門を出て行く時に写されたであろう、斜め後ろ姿の藍梨の姿であった。
今度の写真は前ほど遠距離からの望遠ではなかったようで、ひとめで藍梨と判るほどハッキリと写っていた。
「……あれ?」
写真の中身に目が行っていたせいで気が付かなかったが、写真の左上に何かがクリップ留めしてある事に気づいた。
電車の切符と同じくらいの大きさの紙の真ん中に、大きな文字で
「ラーメン」
と書いてある、学食の食券であった。
「…???」
藍梨は首をひねりながらも、留めてあった食券を財布に、写真を制服のポケットにしまうと、サンダルに履き替えて教室へ向かった。

そしてそれをきっかけにするかのように、ほとんど日を置かずに藍梨の「写真」が下駄箱に入るようになった。
しかも日を追うごとに、藍梨に「近い」写真になっていった。
後姿から斜め後ろ、そして横向き。
長距離から中距離、そして近距離。
とはいえさすがにあまり近づき過ぎるのもよくないと思ったのか、望遠レンズを使った撮影である事だけは変わらなかった。
それともう一つ変わらない事。
必ず写真の左上に学食の食券、しかも決まってラーメンの食券が一枚、クリップ留めしてあった。
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