鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

兎森りんこ

文字の大きさ
34 / 78

誤解同士・1

しおりを挟む
 
 泣いて部屋から出ようとした鎖子の腕を、要が掴む。

「罰だって? 何を言っているんだ」

「も、申し訳ありません」

「怒っていない……俺にとっての罰とは、どういう意味なんだ」

 要は決して声を荒げず、鎖子の腕を掴む手も引き止めるためで、強い力ではない。

「そのままの意味です。か、要様にとって、この結婚は罰ですから……私なんて」
 
「お前は、俺の大切な花嫁だ」

「でも……」

「俺にとっては罰ではない。……鎖子の方こそ俺を軽蔑しているだろう?」

 いつもは無表情な要が、辛そうな顔をする。
 
「私が要様を……軽蔑?」
 
「なんの罪もない、お前を巻き込み、俺の花嫁にした。鎖の儀がいくら柳善縛家の使命だとしても……女として、許せることではないだろう」

「……そんな……私は……」

 確かに、要以外の男の元へ嫁ぐ事になっていたら……どれだけ辛い思いをしたことになっただろうか。
 でも要の花嫁になり、鎖の儀で抱かれ……感じていたのは幸福だった。
  
「だから鎖子は、俺を憎んでいるはずだ」

「いいえ! 憎んでなんかおりません! 要様の方が……私のことなんか、お嫌で憎んでいるのでは……と思います」

 鎖子の瞳から、また涙が溢れてしまう。
 
「何故そんなことを思うんだ」

「私が要様の力を……」

「だから、それは鎖子の罪ではない。使命だ」

「……でも、でも、避けられているって、私になど触れたくもないんだと……思ってしまって……」

「俺は……お前に触れて、これ以上嫌われるのが怖かっただけだ」

「えっ……これ以上……嫌う? そんな」

 まさかの言葉に、鎖子はよろけたが要が抱きとめた。
 触れたくないなど、思うわけがないと言うように。

「俺は罪を犯して鎖の儀で罰せられた。でもお前を花嫁にしたいと望んだのは俺だ。罰だの命令でもない。お前にとって非道なことを強制することになっても……それでもお前が欲しかった。他の誰にも渡さない」

 要の口から語られる言葉は、予想外のものばかりだ。

「未練たらしい男で、軽蔑するだろ?」

「……未練……たらしい……? 要様が? どうして……」

 要は、自嘲気味に笑った。

「二年前に送った求婚の手紙に返事はなかったから……鎖子は俺との婚姻は望んでいない。返事がなかったのは、そういう事だろう」

「求婚の手紙……二年前に?」

 二年前といえば、要の父の葬儀の時だ。
 
「鎖子に送った手紙を読んだだろう? 父の葬儀の時に、酷い態度をとってしまった詫びと、帰国した際に俺と結婚してほしいと書いた……でも返事はこなかった……まぁ当然だとも思う」

「……そ……そんな手紙は……私のもとに届いておりません……」

「……届いていない?」

「はい……」
 
 要が自分に求婚の手紙を?
 あの時に、嫌われたと思っていたのは誤解だった……?
 二人の間を、困惑した空気が流れる。

「俺はずっと求婚を断られたと、思っていたんだ……」

「そんな……! わ、私は要様の手紙を読んでいません。届いた事も知らなかったのです。し、信じてください」

「そうではないかと思った時もあった。……でも届いていないのかと思って、二度も求婚の手紙を送るわけにもいかないだろう? お前を傷つけた過ちのせいだと思っていた……」

 要の初めて見る表情、困惑して傷ついた男の顔だ。

 二人の手はいつの間にか、強く握り合っていた。

 ニ年前の手紙……。
 
 配達事故なのか、いや愛蘭か女中達に見つかって捨てられたのか……。
 普段は葉書だったのが、封書が届いて叔母達が、怪しみ奪ったのかもしれない。

 要が二年前、自分に求婚していた。
 信じられない思いで、鎖子は要を見る。

 要にとって鎖子は、己の求婚を断った女だったのだ。
 それでも、あの夜鎖子を救いに来てくれた。

「では葬儀の時の謝罪も……伝わってはいなかったんだな」

「はい……でも謝罪なんて……」

「二年前の葬儀で、俺は半狂乱になりそうだった。父の死の原因が義母にあるのではないかと、あの女と金剛が通じているのではないかと疑惑が深まったからだ」

「えっ……」
 
「……そんな時、お前が傍に来てくれて、なんとか正気でいられた。でも突き放すような事を言ってしまった。悪かった。金目当ての奴らも大勢集まってきていて……あんな穢れた場所にいてほしくなかったんだ」

 あの時の要の殺気は、鎖子に向けられたものではなかった。
 葬儀に集まった穢らわしい鬼達に向けた、絶望と怒りの炎だったのだ。

「私がそんな状況だと知らずに……お声をかけてしまったから……」

「鎖子は悪くない。暴れだしそうだったのをなんとか抑えるのに必死で……情けない俺も見られたくなかった。でも鎖子を見て、なんとか正気を保てたんだ。俺は……」

「情けないなんて思いません。そんな……そんな想いを一人で抱えていらっしゃったなんて……」

 鎖子は自分を抱きとめてくれている男の胸に、顔を寄せた。
 もっと、もっと察してあげられていたなら……と。

「手紙なんかじゃなく、直接会いに行けばよかったんだな。でも同盟国へ戻った途端に狂ったように任務が舞い込んで帰国もできず……あれも金剛の企みだったのかもしれない」

 寄り添いながら、二人はまた手を握り合う。
 お互いを想いすぎて出来た心の氷が、溶けていく。

「……もう、逃げないよな? 座って話さないか」

「はい……あの、私は手紙が届いていたら……」

 自分の想いをすぐにでも伝えたい。
 要からの求婚を断る事など、あり得ない。
 
「鎖子。返事は統率院で、何があったかを聞いてからにしてくれないか」

 繋いだ手を離さぬままに、二人でソファに座る。

「要様。統率院で……何があったのですか?」

「……金剛が俺を失脚させたい事はわかっていた。それでお前を花嫁にできるのならば、乗ってやろうと……目の前で、あの女を斬り殺してやったんだ」

 斬り殺した。
 あまりの言葉に驚くが、鎖子は要から離れようとはしなかった。

「……眞規子さん……ですか?」

「そうだ、眞規子だ。父と再婚して俺を計画的に留学させた。九鬼兜の財産を食いつぶし……屋敷の者達に酷いふるまいをして……二年前……眞規子は父を殺した。あの女は金剛の愛人なのだと葬儀の時、勘づいた……」

「えっ……そんな」

 壮絶な話に、絶句してしまう。
 屋敷の皆の話を聞いて、酷い女性だったという事は察していたが、まさかそこまでとは……。

「留学先で、岡崎とやり取りをしながら二年証拠集めをした。帰国後に統率院で金剛とあの女に問いただした。でも逆にあの女を餌にして、金剛が俺を煽りだしたんだ。この女は確かに自分の愛人で、父を殺した犯人だと……」

「なんて事……」

「あいつは、腐った鬼だ。でもあの男は俺が留学している間に、政府にも軍部にも腐りきった手を伸ばしていた……俺が金剛達を、父を殺害した犯人だと訴えたところで無駄だとな。帝国はもう……私利私欲の奴らに支配され……麗しい太陽の国ではなくなっていた……」

 悲痛な要の言葉。
 幼い頃から、帝国のために努力し続けてきたのに……鎖子の心が痛む。
 
「……刀を振るえば謀反と見なし、柳善縛鎖子に断罪を執行させると金剛が煽り笑った……俺の失脚狙いは明らかだったが、俺はそれを利用しようと思った。女を斬り殺し、俺を罰すればいいと言ったんだ」

「どうして……ですか……?」

「鎖子を俺の花嫁にしたかったからだ」

 要は、紅い瞳で鎖子を見つめた。


しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

社長に拾われた貧困女子、契約なのに溺愛されてます―現代シンデレラの逆転劇―

砂原紗藍
恋愛
――これは、CEOに愛された貧困女子、現代版シンデレラのラブストーリー。 両親を亡くし、継母と義姉の冷遇から逃れて家を出た深月カヤは、メイドカフェとお弁当屋のダブルワークで必死に生きる二十一歳。 日々を支えるのは、愛するペットのシマリス・シンちゃんだけだった。 ある深夜、酔客に絡まれたカヤを救ったのは、名前も知らないのに不思議と安心できる男性。 数日後、偶然バイト先のお弁当屋で再会したその男性は、若くして大企業を率いる社長・桐島柊也だった。 生活も心もぎりぎりまで追い詰められたカヤに、柊也からの突然の提案は―― 「期間限定で、俺の恋人にならないか」 逃げ場を求めるカヤと、何かを抱える柊也。思惑の違う二人は、契約という形で同じ屋根の下で暮らし始める。 過保護な優しさ、困ったときに現れる温もりに、カヤの胸には小さな灯がともりはじめる。 だが、契約の先にある“本当の理由”はまだ霧の中。 落とした小さなガラスのヘアピンが導くのは——灰かぶり姫だった彼女の、新しい運命。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

国宝級イケメンとのキスは最上級に甘いドルチェみたいに、私をとろけさせます

はなたろう
恋愛
人気アイドルとの秘密の恋愛♡コウキは俳優やモデルとしても活躍するアイドル。クールで優しいけど、ベッドでは少し意地悪でやきもちやき。彼女の美咲を溺愛し、他の男に取られないかと不安になることも。出会いから交際を経て、甘いキスで溶ける日々の物語。 ★みなさまの心にいる、推しを思いながら読んでください ◆出会い編あらすじ 毎日同じ、変わらない。都会の片隅にある植物園で働く美咲。 そこに毎週やってくる、おしゃれで長身の男性。カメラが趣味らい。この日は初めて会話をしたけど、ちょっと変わった人だなーと思っていた。 まさか、その彼が人気アイドル、dulcis〈ドゥルキス〉のメンバーだとは気づきもしなかった。 毎日同じだと思っていた日常、ついに変わるときがきた。 ◆登場人物 佐倉 美咲(25) 公園の管理運営企業に勤める。植物園のスタッフから本社の企画営業部へ異動 天見 光季(27) 人気アイドルグループ、dulcis(ドゥルキス)のメンバー。俳優業で活躍中、自然の写真を撮るのが趣味 お読みいただきありがとうございます! ★番外編はこちらに集約してます。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/693947517 ★最年少、甘えん坊ケイタとバツイチ×アラサーの恋愛はじめました。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/408954279

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

《完結》追放令嬢は氷の将軍に嫁ぐ ―25年の呪いを掘り当てた私―

月輝晃
恋愛
25年前、王国の空を覆った“黒い光”。 その日を境に、豊かな鉱脈は枯れ、 人々は「25年ごとに国が凍る」という不吉な伝承を語り継ぐようになった。 そして、今――再びその年が巡ってきた。 王太子の陰謀により、「呪われた鉱石を研究した罪」で断罪された公爵令嬢リゼル。 彼女は追放され、氷原にある北の砦へと送られる。 そこで出会ったのは、感情を失った“氷の将軍”セドリック。 無愛想な将軍、凍てつく土地、崩れゆく国。 けれど、リゼルの手で再び輝きを取り戻した一つの鉱石が、 25年続いた絶望の輪を、少しずつ断ち切っていく。 それは――愛と希望をも掘り当てる、運命の物語。

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

処理中です...