転生先はパラレルワールドだった

こぶたファクトリー

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68話 暗澹心鬱

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 押し寄せるグールを必死で切り続ける。息が上がっても、その背に守るべき存在がある以上、戦いを中断する事は許されなかった。


 疲れ果て、最後に渾身の力を振り絞って二体のグールを切り捨てた。…ようやく、グールの波が途切れた。

 …もうダメだ…これ以上動けない。


 …しかし何故、背後に守っている筈の桜と日菜子が転がって…

「…ッ!」
 慌てて二人の顔を掻き抱いた。…嘘だ…そんなはずは…

「大淵殿ぉ」

 斬り捨てたグール…兵達の生首が自分を恨めし気に見上げている。

「俺達は悪くないのにぃ」

「生きていられたのにぃ」

「大輔君…」

「大輔くん…」

 嫌だ、止めてくれ…こんなのは嘘だ…俺は…うまくやったはずなのに…


「大輔くん!?しっかりして!」

 香山と斎城に腕を抑え込まれていた。

「さ、桜…日菜子…」

 眩い朝日が荒れた宿舎の壁から、隙間風と共に差し込んでくる。…離れて浮田、射方がこわごわと自分の様子を覗っていた。

「な、なぁ、何があった…?俺は居眠りでもしてたのか?」

 …できれば、この記憶にある物全てが夢であって欲しい…自分は居眠りで悪夢を見ていただけで、まだ戦いすら始まっていない…そんな期待を抱きながら訊ねた。

「…敵が…あんな酷い兵器を使ったから…」

 …望みは呆気なく打ち砕かれた。
「じゃあ、俺が味方を…」

「違う!アレは敵がやったの!大輔君は私達を守ろうとしただけ!」
「大輔君が居なければ今頃私達も…」

「そ、そうですよ!…あんなの、他にどうしようも無かったですよ!」
 片腕に包帯を巻いた浮田もフォローしてくれた。
「浮田、お前、腕…」
「あ、ああ、香山さんが直してくれたんで。念の為に消毒してあるだけです」
「…よく耐えてくれたな。 …射方、大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です」

 化物を見る目…視線を極力合わせようとしない射方と、人ならざるモノを見たような浮田の顔色に耐え切れず、体を起こした。戦闘服の上は脱がされ、体のあちこちを噛まれていた為、それらすべてを香山が消毒とガーゼを張り付けて処置した後があった。

「…現在の状況は?」
 
「…味方は牧場に待機していた百人の騎士中隊以外、大隊長以下全滅。…捕虜も同じく。今、遺体の最終確認を済ませているけど…行かない方がいいかもしれない」 

「死体なら見慣れているよ」

「そうじゃなくて…」

 言い辛そうにした斎城の顔を見てようやく意味を悟った。

 味方殺し…
 
 彼らの同胞だけを殺し、この通り全員、生きている。…何と言い訳しようと、それが厳然たる事実だった。

「…俺の服は?」 
 浮田が慌てて壁に掛けてあったボロボロの戦闘服を取ってきてくれた。
「ありがとう」

「…どうしても行くの?」

「このまま黙っておく方が気まずい。…例え憎まれようが、一言謝って挨拶しといたほうが、自分が楽になる。…自分の為だ」

「…」

「あの、大輔くん、それならせめて、これも」

 香山が騎兵刀を持ってきた。

「…いや、良いよ。大丈夫だ」

 酷く不安そうに顔を曇らせる香山に微笑みかけ、宿舎を出た。
 …やはり現実なんだな、と思い知らされた。通りには布を掛けた遺体が場所ごとに整理されて幾つも並び、掛けられた布には血がどす黒く滲んでいた。

 大隊の400人の内、少なくとも半分は自分が…

 …ちょうど、建物内から遺体を搬出する騎士の組に出会った。牧場にいて難を逃れた中隊だ。
 …自意識過剰かもしれないが、騎士達は自分の姿を認めると、微かな殺気を放ったような気がした。

「すまなかった」

「…仕方の無い事です」
 そうは言ってくれるものの、騎士の顔には割り切れない感情が滲んでいた。

「…中隊長殿はどこに?」
「ご案内します」

 向かう先は教会方面だった。…最も死体が集中している場所。

 五十人ほどの兵が教会の中から遺体を丁寧に搬出し、敷地に並べていた。…かつてフレドが遊んでいたであろう、広々とした芝生の上には、シーツが足りずに毛布やむしろを掛けられた遺体も目立った。 作業をしていた騎士達が大淵の姿を認めると、複雑な面持ちでこちらに視線を送ってくる。

 こちらに背を向け部下に指示と打ち合わせをしていた中隊長が、部下の険悪な視線に気づき、大淵を振り返った。
「大淵殿…」

 中隊長はさすがに将校だけあって顔に否定的な感情は現さなかったが、その代わりに寒気を感じたように口元を微かに引きつらせていた。

「…この度はすまなかった。…言い訳するつもりは無いが、ああするしかなかった」

 どこからか、鞘と鍔が離れる微かな金属音が聞こえた気がした。
 それを戒めるように中隊長は隊を一瞥した。

「…あのままでは同胞を獣として生き恥を晒させ続けるような物でした。…むしろ、代わりに同胞を救って頂いて感謝します」
 最後の言葉は重々しかった。

「グールにされちまった味方もこの通り穏やかな顔してますよ。ありがとうございます、死神・オルカ様」
 若い騎士が青筋を浮かべた満面の笑みで血の滲んだ蓆をはぐると、眠るような死に顔を浮かべた顔が胴体と切り離されていた。…グールは頭を切り落とさないと活動を止めない。大淵に殺害された者とグールになった同胞に殺された者との判別は、極めて容易だった。

「止めろ!」
 中隊長が鋭く叱責したが、騎士は表情一つ変えなかった。

「…自分の兄貴です」

「…」
 大淵も返す言葉が無かった。…お悔みの言葉など口にすれば、斬り掛かられる予感があった。

 …いっそ、自分にその度胸があるなら、憎まれ役になってやるのも一つの手なのかも知れない。それで彼らの憤懣のやり場になるのなら。
 …自分らしくこのまま低姿勢にペコペコしている方が、彼らの憎しみも燻ぶり続けるだろう。
 …背後から刺されるリスクは極めて高まる上、自分のスタイルに極めて反するが…

「…気の毒だったな」
 淡々とした口調で言った。

 瞬時にバスタードソードが抜き払われ、その騎士が突進してきた。
「セイガ、よせッ!」

 中隊長の制止も聞かずに剣が突き出された。
 手の甲で払いのけつつ、懐に組み入って腕を止めた。 
「どの口が言いやがる!? …俺の兄貴をッ!」
「勘違いするな、味方をグールにしたのはシバ軍だ」
「テメーの女だけはしっかり守りやがって!」
「自分だったらどうしていた?何ができた?」
「減らず口がッ…!」

 セイガと呼ばれた若い騎士は、同僚の騎士達に羽交い絞めにして引き剥がされた。

「英雄様も憎まれたもんだ」
 
 敢えて皮肉を抜かすと、明らかな殺気を感じた。
 …内心で縮み上がりながらも中隊長に視線を向ける。

「こちらは一足先にブレメルーダに帰還し、次に備えます。ここはお任せします」
「はっ…」

 …背筋にそれと分かる憎悪を感じながら、宿舎へと向かって最大限の警戒をしながらゆっくり歩いた。


 …なんで俺がこんな目に遭わねばならないのか…
 ふと、仄暗い感情が芽生えた事に、傷心の大淵自身すら気付かなかった。


「いやぁ~、良いですなぁ、良い!良いですよ、ダイス様!そうです、それがあなたに足りない苦労でございます!これはその第一歩にございます!やはりあの時、あなたを永遠に殺せないと決めた私の判断は間違ってなかったようですなぁ!」

 無人となった牧場の藁小屋の中から高性能オペラグラスを目も無いマスクに押し当てながら、銀色頭は一人、ハイテンションに身を躍らせながら上機嫌にベラベラとしゃべり続けた。

「ダイス様はこれまで、その人徳故あまりに周囲に恵まれ過ぎました。…嫉妬や怨恨、羨望…何より悪意…そうした人間らしい汚さ、醜さが足りないのです!周囲にロクな人間が居なかった前世に於いてすら純情なまま天に召されかけましたからね!…料理で言えば、灰汁が無いのです、灰汁が!無すぎると料理そのものが味わいの無い、無菌室育ちのつまらないものになってしまいます。私はシチューの灰汁など、一泡たりとも取らない派でしてね! …これからどんどん、その純真まっさらな精神にどす黒い灰汁を溜め込んで、私好みのダーティでセクスィーな味わいに育って欲しいものですなぁ♪」
 
 …音もなく小屋の戸が微かに開けられ、隙間からアラクネが何事かと覗き込んだ。銀色頭が即座に振り向き、互いに身をのけ反らせた。…銀色頭は遥かにオーバーリアクションで、藁の山にバックダイブしていたが。

「ややっ!?そこに居られるのはアラクネ様ですね!? 覗きとは感心致しませんなぁ!」
「な、何者ですか、あなたは…!? …人でも、モンスターでもありませんね…」

「朝蜘蛛は吉、夜蜘蛛は凶とやら。お互い不干渉といきましょう。あなた方程、古来から人間の殿方と縁がある種も居らんでしょうなぁ」

「一体何を言って…」

「それでは!」

 その姿は掻き消え、小屋の戸口に立つアラクネだけがぽつねんと取り残されていた。

 …と、大淵に渡された上着に取りつけた無線機が鳴った。教えられた使い方を思い出しつつ、慎重に操作した。

『アラクネ、ブレメルーダに戻るぞ。今どこにいる?』
「あ、はい、牧場におります。…あの、奇妙なものを見ました」 
『…どんな?』
「銀色のボウルを被ったような頭の、上等な洋服を着込んだ魔物でした」
『…あいつだ…何もされなかったか?』
「は、はい」
『そこまで迎えに行くから、待っていろ』

 程なく、大淵のバイクが牧場に向けて草原を駆けてきた。
「奴は何か話したか?」
「話すというほどでは…やたら煩い声が聞こえるので覗いてみれば、その窓から村の方を覗いて訳の分からない事をべらべらと」 
「…とにかく無事で良かった。収納に入ってくれ」

 車両を失った他のメンバーも収容していた。そのままバイクでブレメルーダへと帰還した。

 
 城内においても、大淵を見る目は若干冷ややかなものになっていた。唯一同情的なのはリノーシュと各騎士団の団長、そして交流もある紫心騎士団の少女騎士達だった。

 同胞殺しの烙印を押され、自分を冷ややかに見る騎士達を憎むことはできなかった。事実、自分の仲間は誰一人失われず、こうして全員無事に戻ってきたのだから。

「…すまない、大輔。だが、王として彼らに何かを命ずることはできない。…許してくれ」

「当然だよ。…逆に、王命で抑え込もうとすれば却って俺の印象が悪くなるだろう。…ここは堪えて、時間をかけて元に…可能な限り元の関係に修復していくしかない」

「まぁ、しばらくはパープルハートの宿舎に居候してようぜ。…ほら、お前の可愛い教え子も大勢いる事だしな!」

「…そうだな。あー、その前にリノーシュ、各騎士団長を集めて件の兵器について俺が見た限りの事と、対策を練ろう」 
「わかった。早速会議を始めよう」

 …二度とあんなクソ兵器を使わせて堪るか。形は覚えた。…アレを使ったシバの親玉と、あのパチンコ玉みたいな野郎は絶対に許さない…

 王の執務室の隣にある会議室で四騎士団の団長と、軍議の時と同じく…撃沈して欠番、艦長も戦死した一番艦艦長代理として急遽、軍歴が最も長い二番艦スノーの艦長が艦隊長として出席していた。 因みに提督は代々の王であり、リノーシュである。

 大淵は自らのアーマーに内蔵されているカメラのデータを黒島と共に画像とし、備品として収納に持ち歩いている報告用のパソコンとプリンターで人数分の「手配書」を用意していた。

「…これが例の兵器だ。長さ一メートル程の鉄串を千本前後発射する。…呪術か毒かは知らんが、これで傷付けられた者は食人鬼化し、生者を襲う。食人鬼化してしまうと全てのステータスが著しく上昇し、ブラックレオンの騎士などは精鋭であったため、俺の右腕である竜騎兵でも後退を余儀なくされた。…殺害方法は頭部を切り落とす事のみ。胴体を斬ってもすぐに修復して、逆に反撃を食らってしまう。 また、敵味方の区別は無く、捕虜まで襲っていた。 問題の射程距離は…この写真で見る限り、仰角はまだ上げられそうだな。そうするとこのリーデ近辺の地形図と照らし合わせると…うむ、最大射程は400メートルは出るな。…余裕を見て600メートル…3.6アレディオとしておくか? 更に、串の拡散範囲は、村の端部にあって被害の無かった俺達の宿舎から捕虜収容所…そしてここまで…直径約55メートル…こちらで言う⅓アレディオか。 …貫通力も高く、家屋や宿舎の壁や屋根板を易々と貫通している。石造りの建物で無いと防げないな」

 リノーシュが頷くと、上級参謀が席を立った。そしてリノーシュの正面にある壁に張り出されたブレメルーダ近隣の精細な作戦地図に、王国を中心に赤い円を引いた。そして敬礼し、一堂に向かって考え付いた対応策を述べた。

「…王国内に撃ち込まれるとしたら、地形の高低差を考えてもこの範囲内が限界です。この忌まわしい兵器をこのラインまでで阻止・破壊する必要があります。現在城にある遠距離兵器の中ではファランクスとオーガハンマー、そして上級銃士に配備されているロングレンジスナイパーによる操作者の射殺が最も有効でしょう。これに加え、状況に応じて大淵殿の提案にあった、湾内に浮かばせた各軍艦からの艦砲射撃で対処しましょう。これら我が軍の最新兵器の威力を見れば、敵も少なからず戦意を削がれるでしょう」

 最早敵兵をなるべく殺さず、などという幻想は捨て去っていた。…あんなことになるなら、最初から…

「大輔?」
 
 隣のリノーシュが頬杖をつき、優しげな微笑を浮かべて顔を覗き込んでいた。
「そんな怖い顔して、何を考えているんだい?…作戦内容に気になるところが?」

「い、いや…続けてくれ」
 しどろもどろになりながら首を振った。



「大淵殿!」
 会議が終わると、黒獅子騎士団長、ハンス・エデレットが、その長身巨躯・軍人らしい端正な顔立ちに似合う、きびきびとした動きでこちらに歩み寄ってきた。 …刈り上げた金髪碧眼の表情は思い詰めたように厳しい。

「…あ、ああ」
 …また何か言われるのだろうか…

「…今回の我が騎士団の非礼、どうか許して頂きたい。…隊は家族ゆえ、どうしてもその責を他者に擦り付けてしまう事は往々にしてある。…しかし、よりにもよって最も命懸けで我が軍に貢献してくれている貴殿に非礼を働くとは…全団員を預かる者として謝罪する」

「あ、ああ、それは仕方ない。それだけ団に強固な絆があるという事だ。…気にしないでくれ」 
「そう言ってくれるとありがたい。…この戦いで連中にツケを払わせてやろうじゃないか!」
「ああ、そうだな。たっぷり後悔させてやろう」

 ハンスの背を見送ると、今度はリノーシュから声を掛けられた。他の幹部は全員、部下への伝達と敵兵器対処徹底の為、先を争うように退室していった。
「ハンスは良い騎士だよ。そんな彼が育てた団員達だ、いずれ自分の過ちに気付いてくれるさ」
「…そうだな」
 おもむろに背後から抱き竦められた。
「お、おい…」
 柔らかな身体を感じながら上ずった声を上げる事しかできない。

「大輔、聞いてくれ。僕はどんな困難にも悪意にも決して打ち負けず、粛々と進んでいく君が好きだ。…君の前世らしきものを見た」

「…ひでー外見のオッサンだったろ?」
 照れ隠しも込めて冗談めかして言うが、リノーシュは笑わなかった。

「君はどんなに周りに冷たくされようと虐げられようと、どんなに孤独だろうと…それでも起き上がる麦や竹のように強く生き抜いた。…何もかもを与えられたその新たな身体と命を謳歌する今でさえ、その清らかな強さを持ったままでいてくれることが、僕にはたまらなく眩しくて愛おしいんだ」

 そんな事を言われても…困る。…何が言いたいんだ、リノーシュ?
「…馬鹿な俺にも分かるように言ってくれ」

「…悪魔の甘言に乗らないでくれ。一時の快楽に身を委ねないでくれ。…悪魔の誘いを受ければ、確かに君は…あのレイスですら及びもつかない力を手に入れるだろう。だがそれは破滅への契約となる。 …悩み、傷つき…それでも前に進み続ける君が好きだよ」

「…わかった…頭の片隅に置いておくよ」


「あっ、ダイス様、実は…」
 部屋に飛び込んで来たクロエがそのまま…時代遅れデバイスの画面よろしくフリーズした。

「…ん? あっ、クロエ、これはだな!?」
 今更状況を理解して大淵は慌てて取り繕おうとしたが、肝心な言葉が出ない。
「親友と熱い語らいをしていたのさ」
 リノーシュがニコニコ顔で声を被せてきた。

「し、親友と熱い語らい…」

 待てクロエ、何故赤くなる?何を想像している?

「そう…男同士の熱い愛という奴かな」

 テメーは…男じゃねーだろ!

「し、失礼しましたぁッ」
「待てーっ、クロエぇ!誤解だ!」

 王城内に大淵の叫び声が響いた。
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