伝説の英雄は復讐の旅路を行く

こぶたファクトリー

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流浪の剣士

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 金属板を金槌で打ち鳴らす、耳に響く耳障りな警鐘が鳴らされた。 …既にダイスは険しい顔で敵襲を察知し、空間から刀と騎槍を抜き出した。

「…トレーシー、宿に隠れていろ。…あちらが敵から最も遠いだろう」

「…ううん。避難所の警備くらいはできるよ」

 ダイスは住民の避難所である町役場と外壁、敵集団の位置情報…それらを総合的に勘案した挙句…難色を示した。

「…危険だ」

「私以外は危険でも良い?」

「…」
「…なんてね。ウソウソ、冗談。 …でも、避難所の防衛は手伝いに行くよ」

「…わかった」
 弁当を綺麗に平らげると、ダイスは刀を抜き払いながら…攻めて来る異形の群の方角を振り返った。
「…忙しくなるな」

 そう言うとダイスは敵が押し寄せてきている方角に消えた。

 …ン?
 …今のって、ダイスなりの冗談だったのか…? …だとしたらまた大進歩だ。


「無理をするな!ダイス殿のアドバイスを思い出せ!身の危険を感じたら下がり、退く時も引き付けた敵の側面・背後を味方と連携して倒せ!」

 …戦闘は驚くほど順調だった。あの得体の知れない異形相手に自警団は互角以上の戦いを繰り広げていた。…負傷者も出始めていたが、まだ戦える。

 そして別方向からの敵軍団を塀を越えて撃破してきたダイスが戦列に加わった途端、戦況は完全にこちらのものとなった。

 総数200以上の異形が次々と消滅していく。…死体が残らない為、正確な撃破数をカウントする事は不可能だった。

「…何かしらのモンスターか動物を模したような姿もあるが、これは?」
 シュミットが消え行く異形を見下ろしながらダイスに訊ねた。

「他の生命体を取り込むこともあるようだ。…まだ直接見た事は無いが、それらしい気配を感じた」
「しかし何のために…」
「…擬態のつもりと、その生命体の肉体強度を自身に付与できるようだ」
 ダイスは言葉を切り、山岳地帯の方角を見た。
「では……?…」

 …微かな地響き。
「ぎ、ギガントの大軍が来ます! けど、なんだか様子が変です! 黒いギガントなんて…!」

 物見櫓の兵が警鐘を鳴らしながら声を上げた。

 シュミット達も昇降梯子から塀の上にのぼった。

 …2アレディオ(330m)先の山岳地帯の麓の森から、4ロディオもの黒い巨人が続々と春の緑鮮やかな森を抜け、餌…人肉を求めて人里へ降りてくるアルパンベアのようにこちらへ向かって来ていた。
 …食料を必要としない大型モンスターで、他の魔族やモンスター達からの協力要請が無ければ、滅多に人を襲うモンスターでは無かった筈だ。

「…リンゴ砲用意!」

 その名の通りリンゴ大の砲弾を発射する小型大砲が、その射角を担当できる南と東の櫓から向けられた。北と西の砲座は構造上、こちらに向けて方を旋回して射角を確保する事が出来ない。…万が一にも町中に砲弾を放ってしまう事故を防ぐためでもある。

 可愛らしい名前と口径の方ではあるが、その分このような中小の町の防衛装備としては最適なパートナーであった。これでも後方装填式で、口径が小さい分、慣れれば速射も可能で、精度も高めだ。

 その砲が競い合うように櫓の上の砲兵によって発射された。…だが、ギガントは歩みを止める事無く進んでくる。4ロディオもある大型モンスターを撃破するには決して威力十分とは言い難かった。
 …ようやく一体が力なく倒れ伏したが、とても処理速度が間に合わなかった。まだ30体近いギガントが、もう1アレディオほど先に迫っていた。…あんなものが来ればこの外壁は一たまりも無い。

「俺がやる」
 空間から長い和弓を取り出したダイスが、弦を空引くと共に番えられる実体化した矢を…放った。

 射貫かれた一体とその後ろに並んでいた数体がそのまま消滅し、周囲に居たギガント二体も体の一部を大きく削られてその場に崩れ落ちた。…不思議な事に、それだけの威力がありながら、周囲の地面や森へは何の被害も無い。 …黒いギガント…異形に寄生されたギガントに踏まれずに済んだ、白い花が風に揺れていた。


 皆が呆気に取られる中、その動作を五度も繰り返すと、ギガントの大軍は全滅していた。
 …黒々としていた死体も消え、ギガントに踏み均された以外は何の被害も無く、草原は春の穏やかな景色を取り戻していた。

「…凄まじい力だな」
 シュミットが感嘆…半ば呆れて呟いた。
「…武器に恵まれているだけだ」
 ダイスは淡々と答えた。…更に応じるように腹の虫が鳴って、シュミットは顔を綻ばせて笑った。




「…あんなものを見てしまった以上、町長の言う通り、これでお別れと言わず滞在を延長して欲しい所だが…君達にもやらねばならぬことがあるだろうしな。だが、アレだけのギガントを討伐してもらえれば、この辺りも当分は大丈夫だろう」

「すみません。…皆さんのご無事を祈っています」

「…ありがとう。 …それに、彼がこれ以上滞在すると、町のお嬢さん達が今に皆、心奪われてしまうからな」

 これにはトレーシーも若干引きつった笑みを浮かべて頷いた。…その通りだ。さっさと出て行こう。

「…幸運を祈る」

 ダイスは見送りに来たシュミット達にそれだけ言うと、正門を出ていった。



 …その先のセレイアでは立ち寄るなり、村長自ら出迎えていきなり感謝をされ、記憶の無いというダイスは勿論、トレーシーも恐縮するほどに歓迎を受けた。

 …住民の話の内容をトレーシーなりにまとめると、これまた五年前、この村を襲っていた2000の元シバ軍兵崩れの盗賊団が襲ったという。 …村の娘達を乱暴目的で攫われた上に殺され、更には村を徹底的に略奪しようとやって来た盗賊団を皆殺しにしたのが、ダイスの率いていた500名の少女騎士大隊だった。

「…ダイスは直接戦った訳じゃないんだ? なんか意外だね」
「…そうらしい」
 
 …エーデンベルトの城下町であの男に魔族疑惑だ、異端審問だ、などと脅された時は正直内心穏やかでは無かったが、スノーダリアのシュミット自警団長の話や、この村での活躍を村人から聞かされ、トレーシーはそれが杞憂に過ぎなかった事を確信して安堵した。

 何かと少々…規格外なだけの、伝説的な英雄だったのだ。 ダイスは化物なんかじゃない。


「お陰様で、あれからこの一帯は平和です。どうか何日でも滞在していって下さい」

「ありがとうございます。それじゃ、一泊だけお言葉に甘えさせて頂きますね」
 まさかこんな形でダイスの功績にあやかろうとは。…しかし、スノーダリアでもそうだったが、本人に記憶が無いのは村人たちやダイスにとっても残念な事だった。 …お互い、積もる話もあっただろうに。

 当然ながらダイスは何も思い出せないらしく、黙り込んで料理の皿を見つめている。…そうか、今日は戦闘をしていなかったんだ。

「あの、さっきお話した通り、ダイスは記憶喪失になっていまして。…この先の旅路についてお聞きしたいのですが」

「それならご安心ください。ここからリーデを経由して、後は港湾都市・ブレメルーダまで一直線ですよ。…ブレメルーダからアルダガルドまでは、歩きだと相当な日数が掛かりますが…」

「大丈夫です、用があるのはブレメルーダですから」

 ブレメルーダからは物資の輸送及び連絡の為、月に一度輸送船が北の大陸に往来するという。…それにダイスを乗せてやれれば、彼の目的地であろう北の大陸…上位者との最前線である彼の大陸に送り届けられるはずだ。

「それなら問題ありませんね。 …ああ、それと、道中の街道沿いに遺跡がぽっかりと穴を開けていますが、モンスターとトラップの巣窟になっているだけで大した宝は一切ありませんので、立ち寄らない方が賢明です。…その遺跡のボスもダイス様が退治したと聞いております」

「そ、そうなんですね!」
(あっぶな…聞いて無ければ路銀稼ぎに入って、くたびれ儲けしてたかも…)


 翌朝、セレイアの人々に見送られながら出発した。 …確かに街道上にこれ見よがしに口を開けるダンジョンの入り口があった。…この近辺は特に寒冷地のようで、永久凍土も多く見られ、ダンジョンの入り口にも巨大な氷柱がちょうど牙のように垂れ下がっていた。

 ダイスは一瞬だけその入り口を無表情に見たが、立ち止まることなく歩み続けた。

 …更に二日が経った朝、再び穏やかな草原地帯が現れると、暖かな海風が潮の香りを運んできた。 スノーダリアで調達したコンパスと地図を照らし合わせて進むと、草原地帯の先になだらか下り坂が見え…その先に漁村が見えた。
「あれがリーデね。 …どうする?寄っていく?」
 まだ午前の八時にもならない。…休憩には早すぎるが、もしかしたらダイスに所縁のある人物がいるかもしれない。
 
 ダイスは一瞬だけリーデを見て考え込んだが…首を振った。

「…いや、先を急ごう」
 ダイスは村に寄らず、ショートカットするようになだらかな草原を進んでいった。

「…?…わかった」

 ダイスの後を追い、トレーシーも草原を進んだ。 ダイスの足は心なしか早まっているように思えた。…少し、ついていくのが辛い。

「ね、ねぇ、ちょっと早くない? 何か気配でも感じるの?」

「…わからん。…すまん、知らずに足が早まっていたようだ」
 ダイスはトレーシーの歩調に合わせ、その隣を歩いた。

「ここからは海岸沿いを一本道だけど、まだ7レディオはあるから、そんなに急いでも疲れちゃうよ。…休憩を入れながら歩いても、遅くても夕方までには着けるね」

「ああ」
 …いつもと同じ、そっけない返事だったが、やはりその足は少しずつ早まっていき、その都度トレイシーが駆け寄ってダイスが気付き、自分の歩行に合わせた。

 …もうじきお別れか…

 ポリミナ村を出て二週間。半月と少しの付き合いに過ぎなかった。

 …左手の海岸から波の音と共に流れてくる穏やかな潮の匂いを感じながら、トレーシーはまた少し前を歩き始めた男の横顔を見つめた。
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