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陽だまりの二人
奇跡
しおりを挟む奇跡が起きた。
あの「村の鼻つまみ者」である源蔵のボロ長屋が、今や村一番のサロンになっていたのだ。
「おしんちゃーん!今日は芋の煮っ転がし持ってきたわよ!」
「おしん様、こないだ教えてもらった『重い荷物を軽くするコツ(魔法)』、あれ凄いですな!」
縁側には、ひっきりなしに村人が訪れていた。
その中心にいるのは、銀髪を布で隠し、村娘の着物を着たおしんだ。
彼女の屈託のない笑顔と、誰にでも分け隔てなく接する優しさは、瞬く間に村人たちの心を掴んでしまった。
かつて源蔵を「役立たず」と罵っていた爺さんや、遠巻きにしていた女衆までが、今では「源蔵さん、いい嫁御をもらったねえ!」と掌を返したように褒め称えている。
「……解せぬ」
源蔵は、部屋の隅で腕組みをしながら呟いた。
以前は握り飯一つ恵んでもらえなかったのに、今や夕餉(ゆうげ)の膳には、村人からの差し入れで豪華な魚や野菜が並んでいる。
おしんが来てから、世界が色を変えたようだった。
「源蔵様、見てください!おばあちゃんが綺麗な簪(かんざし)をくれました!」
おしんが花のような笑顔で振り返る。
その眩しさに、源蔵は思わず目を逸らした。
「……ああ、似合ってる。……凄く、な」
「本当ですか?えへへ」
おしんは嬉しそうに源蔵の隣に座る。
近い。
甘い匂いがする。
だが、源蔵は石像のように動かない。
この男、ヘタレである。
否、あまりにも彼女を神聖視しすぎて、指一本触れられずにいたのだ。
夜、布団を敷く時も、おしんには上等な煎餅布団を譲り、自分は板の間に筵(むしろ)を敷いて寝ていた。
「あの……源蔵様。寒くないですか?一緒に……」
「馬鹿野郎!武士が女の布団に入れるか!」
源蔵は顔を真っ赤にして怒鳴り、背中を向けた。
心臓が早鐘を打っているのを悟られないように。
(こんな幸せが、俺にあっていいのか……?)
彼は闇の中で、自分の手をじっと見つめた。
今まで血と脂にまみれ、人を斬ることしか知らなかった手だ。
それが今、誰かを守り、誰かと共に生きるためにある。
戦場の修羅場よりも、この穏やかな日々の方が、よほど心臓に悪い。だが、同時に……死ぬほど愛おしかった。
源蔵は誓った。
この陽だまりを、何があっても守り抜くと。
たとえそれが、天を敵に回すことになろうとも。
その日、陽だまりのような平穏は、下品な土足によって踏み荒らされた。
「へっへっへ。噂は本当だったようだな、源蔵」
長屋の入り口に、あの男が立っていた。
山吹屋の黒兵衛。
彼はねっとりとした視線を、部屋の奥で茶を淹れていたおしんに突き刺した。
その視線の卑しさに、おしんは思わず身を縮めた。
「……何の用だ、黒兵衛」
源蔵の声が低くなる。部屋の温度が数度下がったようだった。
「借金のカタだよ。その女、俺が引き取ってやる」
黒兵衛は懐から証文を取り出し、パタパタと扇いで見せた。
「お前の借金は雪だるまだ。だが、その極上の女を俺の『慰み者』として差し出すなら、チャラにしてやってもいいぞ?」
ブチリ。
源蔵の中で、何かが切れる音がした。
自分を罵るのはいい。道具扱いするのもいい。
だが、この純白の魂(おしん)を、汚れた欲望の代償にするだと?
「……失せろ」
「ああん?聞こえねえな」
「その女(ひと)は、モノではない!!」
源蔵の怒号が、長屋を震わせた。
彼は刀に手をかけず、ただ殺気だけで黒兵衛を射抜いた。
「借金は返す。どんな手を使ってもだ。……だがな、こいつには指一本触れさせん」
源蔵は、震えるおしんを背に隠し、はっきりと言い放った。
「こいつは俺が守る。……一生かけて、命に代えてもだ!!」
その言葉は、源蔵自身も驚くほど熱く、重いものだった。
黒兵衛は、その剣鬼の迫力に腰を抜かし、這うようにして後ずさった。
「お、覚えてやがれ!後悔させてやるからな!!」
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