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陽だまりの二人
賭け
しおりを挟むその日の夕暮れ。
黒兵衛は、金で雇える限り「最悪の殺し屋」を差し向けた。
村外れの森。薪を拾いに出た源蔵の前に現れたのは、身の丈七尺(約2メートル)あろうかという巨漢の野盗、「人斬り五山(ござん)」だった。
「ギャハハ!お前が源蔵か!その細腕で女が守れるかよォ!」
五山が振り回す巨大な金棒が、大木をへし折りながら迫る。
だが、今の源蔵は、いつもの「めんどくさがり屋」ではなかった。
(俺は言った。一生守ると)
その誓いが、彼の剣を極限まで研ぎ澄ませていた。
源蔵は金棒を紙一重でかわすと、すれ違いざまに一閃。
音もなく、五山の両腕の腱だけを斬り裂いた。
「ギャアアアアッ!?」
「……二度と俺たちの前に現れるな。黒兵衛にもそう伝えろ」
源蔵は血振りをし、冷徹な瞳で言った。
「次は、命をもらうとな」
***
夜。
襲撃者を退け、家に戻った源蔵は、急激な気恥ずかしさに襲われていた。
狭い部屋。行灯の灯り。
向かい合って座るおしんの顔を、まともに見られない。
(一生守る、だと?……俺は何を口走って……)
顔から火が出る思いだった。
おしんは、源蔵が帰ってきた時、頬を朱に染めて瞳を潤ませていた。
「嬉しかったです」と。
だが、今は違った。
彼女は正座をし、膝の上で強く拳を握りしめ、何かを耐えるような神妙な顔をしている。
「……どうした、おしん。怪我でもしたか?」
「いいえ、源蔵様」
おしんは、意を決したように顔を上げた。
その瞳には、かつてないほど強い意志と、深い悲しみが宿っていた。
「源蔵様は、命に代えても私を守ると仰ってくださいました。……そのお心が、嬉しくて、たまらなくて……」
「だ、だから、あれは勢いでだな……」
「だからこそ、隠しておけないのです」
おしんの周りで、空気が変わった。
部屋の中にある小物が、ふわりと浮き上がったのだ。
重力の歪み。
源蔵は目を見開いた。
「源蔵様。……私は、人間ではありません」
彼女は、震える声で告白を始めた。
自分の故郷のこと。
空に浮かぶ二つの月のこと。
そして、自分を狙う「黒き災厄」が、いずれこの世界まで追ってくるであろうこと。
「私と一緒にいれば、あなたは……黒兵衛などとは比べ物にならない、本当の『悪魔』と戦うことになります。それでも……」
おしんの目から、涙が一筋こぼれ落ちた。
「それでも、私のそばにいてくださいますか?」
行灯(あんどん)の揺れる光が、おしんの銀色の髪を頼りなく照らしていた。
「……信じていただけますか?源蔵様」
おしんの告白は、あまりにも壮絶だった。
人間界とは異なる次元にある「竜界」。
そこで行われている、光と闇の終わりのない戦争。
そして、彼女の一族「シルヴァードラゴン」が代々担ってきた、世界の均衡を保つための「守り手」としての宿命。
「母は……ティアマットは、私を逃がすためにブラックドラゴンの牙にかかりました」
おしんは膝の上で拳を握りしめた。
その爪が食い込み、赤い血が滲む。
「奴らは必ず来ます。私の匂いを嗅ぎつけ、空間を食い破って。……その時、そばにいる人間は、魂ごと消滅します。源蔵様の刀がどれほど凄くても、相手は理(ことわり)そのものを喰らう悪魔なのです」
おしんは立ち上がり、背を向けた。
その肩は小刻みに震えている。
「だから、私は行きます。……ここでの暮らしは、夢のようでした。でも、夢から覚めなければ」
彼女は、風呂敷に包んだわずかな荷物を手に取った。
嘘だ。
行きたくない。
背中で泣いているのが、源蔵には痛いほど分かった。
彼女は待っているのだ。「行くな」という言葉を。だが、同時に「行くな」と言えば、源蔵を死なせることになるという恐怖とも戦っている。
(……なんて不器用な女だ)
源蔵は、胡座(あぐら)をかいたまま動かなかった。
だが、その胸の内では、今まで感じたことのない熱い何かが渦巻いていた。
これは、情けか?義理か?
いや、違う。
自分の心に嘘をつくのは、もうやめだ。
「おい」
源蔵が低く呼んだ。
「お前が化け物だろうが、竜だろうが、そんなことはどうでもいい」
「……源蔵様?」
「俺はな、おしん。……お前がいないと、もう飯が不味くて食えねえんだよ」
源蔵は立ち上がり、おしんの前に立ちはだかった。
そして、真っ直ぐに彼女の濡れた瞳を見つめ、**ある「提案」**を口にした。
「賭けをしよう」
「……賭け、ですか?」
「ああ。お前が出て行くと言うなら止めはせん。……だがその前に、俺に一つだけ**『修行』**をつけろ」
源蔵の瞳に、剣鬼の光が宿る。
「お前は言ったな。奴らには人間の剣など通じないと。……なら、俺に教えろ。竜を殺す剣を。お前の世界の理(まほう)に対抗する術を」
「無理です!人間の体では、マナの負荷に耐えられません!」
「やってみなきゃ分からんだろうが!」
源蔵が一喝する。おしんがビクリと震えた。
源蔵は、ふっと表情を緩め、彼女の小さな手を自分のゴツゴツした手で包み込んだ。
「もし、俺がその修行に耐えられず、死んだら……その時は諦めて、お前一人で行けばいい」
それは、実質的な心中宣言だった。
「だが、もし俺がその『竜の剣』を極めることができたら……」
源蔵は、顔を真っ赤にしながら、しかし決して目を逸らさずに言った。
「その時は、俺の嫁になれ」
「そして俺と一緒に、そのブラックドラゴンとかいうトカゲ野郎をぶっ飛ばしに行くぞ」
おしんは、ぽかんと口を開けた。
時が止まったようだった。
この男は、何を言っているのか。
私から離れるどころか、自ら死地に飛び込み、あまつさえ敵の本拠地(竜界)へ殴り込みに行こうと言っている。
「……馬鹿です。大馬鹿者です、源蔵様は……」
おしんの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
それは悲しみの涙ではなく、愛しさが爆発した涙だった。
「……知りませんよ?本当に死んでしまうかもしれませんよ?」
「はん。俺を誰だと思っている。……天下無双の、源蔵様だぞ」
源蔵はニカッと笑い、泣きじゃくるおしんを、今度は迷いなくその胸に抱きしめた。
風呂敷包みが、畳の上に転がり落ちた。
こうして、二人の「契約」は成立した。
それは、伝説の「竜殺しの剣(ドラゴンスレイヤー)」を生み出すための、地獄の修行の始まりであり――。
同時に、種族を超えた夫婦の、命がけの旅路の始まりでもあった。
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