18 / 94
伝説
出撃
しおりを挟む出撃の前夜。
源蔵とおしんは、寝息を立てるシンジを挟んで、静かに語り合っていた。
「……いいか、おしん。勘違いするなよ」
源蔵は、研ぎ終えた刀を布で拭いながら言った。
「俺たちは死にに行くわけじゃない。勝つために行くんだ。……だが、万が一の時は、ためらうな」
「はい。……術式は組み込んであります」
おしんは、シンジの小さな胸元に、見えない魔法陣を指でなぞった。
それは、彼女が持てる知識を総動員して編み出した、起死回生の転移魔法だった。
「もし、私たちが敗れ、この子の命に危険が及んだ瞬間……この術が発動します。行き先は、私の故郷とは逆の位相にある『地球』の、さらに遥か未来」
「未来だと?」
「はい。マナが枯渇し、魔法が存在しない時代です。そこなら、ブラックドラゴンの感知も届きません。……最も平和で、安全な場所へ、この子を飛ばします」
源蔵は頷いた。
時を越える。それなら追手も来ないだろう。
「それと、もう一つ」
おしんは、少し言い淀んでから続けた。
「私たち『竜種』には、特殊な防衛本能があります。もし肉体が滅んでも、魂さえ無事なら、長い眠り――数百年規模の封印状態を経て、再び蘇ることができます」
「……つまり、死んでも死なねぇってことか?」
「ええ。ただの『敗北』なら、また四百年後に会えます」
源蔵の顔色が少し明るくなった。
それなら勝機はある。
最悪、自分が盾になって死んでも、おしんとシンジさえ逃げ切れば、おしんは数百年後に復活できる。
(俺の命一つで、二人が助かるなら安いもんだ)
源蔵は腹を決めた。
いざとなれば、自分の全生命力を燃やしてブラックドラゴンを足止めする。その隙に、おしんはシンジを連れて転移すればいい。
だが、おしんもまた、腹の中で全く別のことを決意していた。
(……ごめんなさい、あなた。嘘をつきました)
彼女は、伏し目がちに唇を噛んだ。
ブラックドラゴンは、ただの敵ではない。魂ごと存在を「喰らう」捕食者だ。
奴の前では、竜の再生能力など無意味。捕まれば、輪廻の輪からも外され、永遠の無となる。
それを防ぐ方法はただ一つ。
術者が自らの魂を砕き、その莫大なエネルギーで「強制転移の壁」を作ること。
(私の命と引き換えにすれば、シンジだけでなく、源蔵様も逃がせる)
おしんは、源蔵の手をぎゅっと握りしめた。
彼女の作戦はこうだ。
戦闘が始まったら、自分が全魔力を解放してブラックドラゴンを押さえ込む。そして、その瞬間に源蔵とシンジを地球へ飛ばす。自分一人が、この場に残って消滅すればいい。
「……源蔵様。約束してください」
「ん?」
「何があっても、最後まで……私のそばにいてくださいね」
それは「一緒に死んで」という意味ではない。
「私があなたを逃がすその瞬間まで、そばにいて」という、悲しい願いだった。
「当たり前だ。……離せと言っても離さん」
源蔵は力強く頷いた。
互いに「自分が犠牲になる」と決めたまま、二人は笑い合った。
翌朝。
二人は武装した。
源蔵は二本の愛刀を腰に差し、おしんは一族の誇りをかけた白銀の法衣を纏った。
まだ眠っているシンジの枕元に、源蔵は自分が削った木刀をそっと置いた。
「……強くなれよ、シンジ」
その言葉は、遺言ではない。未来への命令だ。
振り返ることは許されない。
二人の親は、愛する我が子を隠れ家に残し、死地へと続く荒野へと歩き出した。
その背中には、悲壮感よりも、守るべきものを持った者特有の、静かで熱い闘志が宿っていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
