龍血の系譜

盤上の観察者

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伝説

出撃

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 出撃の前夜。
 源蔵とおしんは、寝息を立てるシンジを挟んで、静かに語り合っていた。

「……いいか、おしん。勘違いするなよ」
 源蔵は、研ぎ終えた刀を布で拭いながら言った。

「俺たちは死にに行くわけじゃない。勝つために行くんだ。……だが、万が一の時は、ためらうな」
「はい。……術式は組み込んであります」

 おしんは、シンジの小さな胸元に、見えない魔法陣を指でなぞった。
 それは、彼女が持てる知識を総動員して編み出した、起死回生の転移魔法だった。

「もし、私たちが敗れ、この子の命に危険が及んだ瞬間……この術が発動します。行き先は、私の故郷とは逆の位相にある『地球』の、さらに遥か未来」

「未来だと?」
「はい。マナが枯渇し、魔法が存在しない時代です。そこなら、ブラックドラゴンの感知も届きません。……最も平和で、安全な場所へ、この子を飛ばします」

 源蔵は頷いた。
 時を越える。それなら追手も来ないだろう。

「それと、もう一つ」
 おしんは、少し言い淀んでから続けた。

「私たち『竜種』には、特殊な防衛本能があります。もし肉体が滅んでも、魂さえ無事なら、長い眠り――数百年規模の封印状態を経て、再び蘇ることができます」

「……つまり、死んでも死なねぇってことか?」
「ええ。ただの『敗北』なら、また四百年後に会えます」

 源蔵の顔色が少し明るくなった。
 それなら勝機はある。
 最悪、自分が盾になって死んでも、おしんとシンジさえ逃げ切れば、おしんは数百年後に復活できる。

(俺の命一つで、二人が助かるなら安いもんだ)

 源蔵は腹を決めた。
 いざとなれば、自分の全生命力を燃やしてブラックドラゴンを足止めする。その隙に、おしんはシンジを連れて転移すればいい。
 だが、おしんもまた、腹の中で全く別のことを決意していた。

(……ごめんなさい、あなた。嘘をつきました)
 彼女は、伏し目がちに唇を噛んだ。
 ブラックドラゴンは、ただの敵ではない。魂ごと存在を「喰らう」捕食者だ。
 奴の前では、竜の再生能力など無意味。捕まれば、輪廻の輪からも外され、永遠の無となる。

 それを防ぐ方法はただ一つ。
 術者が自らの魂を砕き、その莫大なエネルギーで「強制転移の壁」を作ること。

(私の命と引き換えにすれば、シンジだけでなく、源蔵様も逃がせる)

 おしんは、源蔵の手をぎゅっと握りしめた。

 彼女の作戦はこうだ。
 戦闘が始まったら、自分が全魔力を解放してブラックドラゴンを押さえ込む。そして、その瞬間に源蔵とシンジを地球へ飛ばす。自分一人が、この場に残って消滅すればいい。

「……源蔵様。約束してください」
「ん?」

「何があっても、最後まで……私のそばにいてくださいね」

 それは「一緒に死んで」という意味ではない。
「私があなたを逃がすその瞬間まで、そばにいて」という、悲しい願いだった。

「当たり前だ。……離せと言っても離さん」
 源蔵は力強く頷いた。

 互いに「自分が犠牲になる」と決めたまま、二人は笑い合った。

 翌朝。
 二人は武装した。
 源蔵は二本の愛刀を腰に差し、おしんは一族の誇りをかけた白銀の法衣を纏った。
 まだ眠っているシンジの枕元に、源蔵は自分が削った木刀をそっと置いた。

「……強くなれよ、シンジ」
 その言葉は、遺言ではない。未来への命令だ。

 振り返ることは許されない。
 二人の親は、愛する我が子を隠れ家に残し、死地へと続く荒野へと歩き出した。
 その背中には、悲壮感よりも、守るべきものを持った者特有の、静かで熱い闘志が宿っていた。

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