龍血の系譜

盤上の観察者

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伝説

伝説の剣豪

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 戦況は、意外にも拮抗していた。
 いや、ブラックドラゴン側が戸惑っていたと言うべきか。

 ヒュンッ!!

 源蔵の姿が掻き消え、次の瞬間、巨大な竜の頭上に現れる。
 岩を動かすだけではない。
 源蔵は、この決戦のために隠していた切り札――**「自己転移」**を完全に習得していたのだ。
 マナを持たぬ人間が、肉体ごと空間を跳躍する。それは神域の業だった。

「……生意気ナ!!」
 ブラックドラゴンが爪を振るうが、そこにはもう源蔵はいない。
 源蔵の刃が竜の鱗を削り、火花を散らす。
 だが――浅い。

(……届かん!)
 源蔵は焦りを募らせていた。

 「速さ」は追いついた。だが、決定的に足りないものがある。
 それは**「次元戦闘の経験」**だ。
 ブラックドラゴンは、数千年にわたり空間を支配してきた王者。源蔵が「どこへ飛ぶか」を、筋肉の動きや視線ではなく、空間の揺らぎで先読みしているのだ。

 あと一歩。その一歩が、無限に遠い。

「ハァッ!!」
 一方、竜化したおしんも必死だった。

 彼女は白銀の翼を広げ、戦場全域に「重力磁場」を展開しようとしていた。
 源蔵の動きをサポートし、敵の動きを止めるために。
 だが、

「無駄ダ」

 ブラックドラゴンの角が妖しく光り、おしんの魔術式を中和・封印していく。

 一進一退。
 ギリギリで食らいついているが、ジリ貧だ。
 このままでは、いずれスタミナが切れた源蔵から狩られる。
 その、絶望的な均衡が崩れかけた時だった。

「――うおおおおおおッ!!」

 戦場に似つかわしくない、幼い咆哮が響いた。
 瓦礫の影から飛び出してきたのは、小さな影。
 五歳のシンジだった。

 その手には、父が削ってやった木刀が握られている。顔は恐怖ではなく、両親を傷つけられた**「怒り」**に満ちていた。

「シンジ!?なぜ出てきた!!」
 源蔵が叫ぶ。

 だが、次の瞬間、源蔵とおしんは信じられない光景を目にした。
 シンジに向かって飛びかかった数体の小型竜。
 シンジは、震えることもなく踏み込み、木刀を一閃させた。

 パァンッ!!

 乾いた音が響き、小型竜たちが弾き飛ばされた。
 ただの打撃ではない。
 剣の軌道に合わせて、空間が「ねじ切れ」ていた。
 無意識の魔力放出と、源蔵譲りの剣技の融合。

「……なっ!?」
 源蔵は戦慄した。

 (こいつ……俺より鋭い!)

 教えた覚えのない「呼吸」。敵の殺気を読む「目」。
 それは、源蔵が一生かかってようやく辿り着いた境地に、この子はたった五歳で足をかけている証拠だった。

 ブラックドラゴンもそれに気づいた。
 巨大な瞳が、源蔵もおしんも捨て置き、小さな「混血児」に釘付けになる。

「……ソレだ。我ガ求メシ器ハ」
 悪寒が走るほどの執着。

 ブラックドラゴンの爪が、ゆっくりとシンジへ向けられた。

「逃げて!!シンジ!!」
 おしんが叫ぶが、封印の影響で動けない。

 動いたのは、源蔵だった。
 彼は最後の力を振り絞り、転移(テレポート)。

 シンジの前に立ち塞がった。
「……父ちゃん?」

「おしんッ!!」
 源蔵は、背後の妻に怒鳴った。

 その声には、悲壮感はなかった。
「今すぐシンジを飛ばせ!シンジを連れていけ!!」

 それは、最期の命令だった。
 ブラックドラゴンの巨大な爪が、光を帯びて迫りくる。

 源蔵は刀を構え、ニカッと笑った。
 それは、死を覚悟した強がりの笑みであり―― そして、「自分を超えていく息子」を見た、父親としての最高の喜びの笑みだった。

(嬉しいぞ、シンジ。……お前になら、託せる)

 ズドンッ!!
 閃光が炸裂した。

 同時におしんの転移魔法が発動する。
 空間に穴が開き、東京らしき夜景が覗く。

「源蔵様ッ!!シンジッ!!」
 おしんの絶叫が木霊する。

 だが、光の中に吸い込まれていったのは、小さなシンジだけだった。

 転移の光が収まった後。
 そこには、立ち尽くす源蔵の姿があった。

 だが、その胸からは、二本の刀と共に、心臓ごと命の灯火が消え失せていた。

 魔法が発動するコンマ一秒前。
 彼はすでに、息絶えていたのだ。

「……アァ。死ンダカ」

 ブラックドラゴンは、動かなくなった源蔵の亡骸を一瞥もしなかった。

 瀕死のおしんにも興味を示さない。
 その視線は、空間の裂け目の向こう――シンジが消えた「東京」の方角だけに向けられていた。

「逃ガサン。……アレハ、我ガモノダ」

 崩れ落ちるおしんの嗚咽だけが、荒廃した世界に響き渡っていた。


 伝説の剣豪・源蔵。

 その生涯は、歴史に残ることなく、異界の荒野で静かに幕を閉じた。
 ただ一つの「希望」を、未来へ遺して。
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