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第1章 旅立ちの日 編
第 9 話 再会?
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村の 長シャルロを先頭に、ルロエと 篤樹、そして、当然のようについて来たエシャーの4人は、 湖に向かっていた。
道中、エシャーはまるでピクニックにでも出かけているかのように長に話しかけ、篤樹にちょっかいをかけたりと楽しそうだ。
なんだかのんびりした気分だなぁ……
篤樹も、さきほどまでたかぶっていた 鼓動も落ち着き、散歩に出かけているような気分になっている。
湖岸まで下り、湖を周回している道を左周りに進む。湖岸そばには、昨日訪れた 特徴的な尖がり屋根のシャルロの家が見える。
道中、何人かのルエルフ村人と出会ったが、どうやら皆「伝心」とやらである程度の事情を理解してくれているようだ。昨日のように「 不審人物」を見るような目つきではなく、どちらかといえば 友好的、中にはあからさまに「 哀れみ」の眼差しを向ける人もいた。
半時も経たず、一行は湖岸の中ほどにある 桟橋まで 辿り着いた。橋の入口には腰に剣を帯びた若いルエルフが立っている。
「 御苦労様」
シャルロが声をかけると、若いルエルフもにこやかに応じた。
「こんにちは長、ルロエさん……もう行かれますか?」
若いエルフは篤樹をチラッと見た後、シャルロに 尋ねる。
「もうぼちぼち良い 頃合じゃろ」
シャルロは右手を 額にかざし、影を作って空を見上げた。 澄み 渡った碧い空の真ん中に太陽が昇っている。シャルロは若者に向き直り右手を差し出した。若者は自分の首にかけていた黒い 紐の輪を外しシャルロに差し出す。
「さてアツキ、こちらへ」
篤樹は言われるままシャルロの前に進み出た。
「これは『 渡橋の証し』じゃ。橋には目に見えぬが『制約のルー』が 施されてある。万が一許可を得ずに渡る者がおっても、湖神様の元へは行けんようにな。誰かが間違って、何の備えも無く湖神様にお会いしてしまったら大変なことになってしまうからのぉ」
シャルロはそう言うと篤樹に「ウインク」をして見せた。
黒い 皮紐の輪に何か小さなペンダント状の「渡橋の証し」とやらが通してあるようだ。篤樹はシャルロの前に 屈み、それを首にかけてもらう。
そうだ……今から俺は下手すりゃ死ぬかも知れない場所に1人で行くんだった!
篤樹は湖神様について聞いた話を思い出した。ビビったら負け。質問攻めにあって最後は死んでしまうんだった(ルロエさんは「木霊になる」って言ってたけど)。無意識に首からぶら下げられた「渡橋の証し」をグッと 握りしめる。
「良いな、アツキよ。 伺うべき事だけを考えよ。他の事は一切思い浮かべるな。そなたが……湖神様にお伺いしたいことは何じゃ?」
お伺いしたいこと? そんなの決まってる!
「どうすれば元の世界……自分の家に帰れるかです」
「ウム……ではその事だけを考え、そのお伺いのみを心からの言葉で発せよ。さすれば何らかの答えを受けられようぞ! ……さあ、行くが良い」
篤樹は右手で「渡橋の証し」を強く握り締め、桟橋の 端に左足をかけた。ふと、 視界の端にエシャーの姿が 映る。心配そうな顔でこちらを見ている……篤樹は渡橋の証しを握り 締めていた右手を開き、 微笑んでエシャーに手を上げて見せた。「大丈夫。もう、泣きゃしないよ」そう思いながら右足も湖岸の端から 離し、桟橋の上に二歩目を踏み出した 瞬間、辺りの景色が突然変わった。 勢いで踏み出していた左足での三歩目を止めて後ろを振り返る。
そこには、たった今離れた湖岸は無く、長い長い橋がどこまでも続いていた……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あっ!」
エシャーは息を 呑んだ。目の前でたったいま右手を上げて微笑んだ篤樹が、忽然と消えてしまったのだ。 反射的に体が動く。エシャーの突然の 駆け出しを誰も止め切れなかった。
「エシャー!」
ルロエが 叫んだ時には、エシャーは 桟橋の中ほどまで駆けていた。ゆっくり 歩をゆるめ立ち止ると、不安そうな顔で湖岸へ振り返る。
「……戻っておいでエシャー。大丈夫じゃ」
シャルロが投げかけた言葉に応えるように、エシャーは一歩、二歩と桟橋を戻り始めた。 岸に辿り着くまでの間も、まるで何か落し物でも探すように、桟橋の上や両側の湖面をエシャーは見回す。
「アッキーは……?」
岸に戻ると、涙を一杯に浮かべた 瞳でルロエに尋ねる。ルロエは首をゆっくり左右に振った。
「ねえ……アッキーは? いなくなっちゃった! 帰ってしまったの? どこに行ったの?」
動揺する孫娘に、シャルロが答える。
「湖神様の元へ行ったのは確かじゃ。しかし、その後どうなるのかは……ワシらには分からん」
「ここに帰ってくるの? もう帰ってこないの? どっちなのおじいさま!」
エシャーは 屈みこむと、シャルロの両肩に自分の手を置いて尋ねた。
「普通の臨会ならば、ひと時もせずに戻ってくるはずじゃ……普通の……ルエルフのお伺いならのぉ。今回は、本当にワシにも全く予想は出来ん。待つしかないのじゃ」
エシャーは 中腰に屈んでいた状態から、そのままペタリと地面に 膝をつき、力無く座り込む。ちょうどシャルロの目線とエシャーの目線が同じ位の高さになった。シャルロは孫娘を 愛おしそうに両手で抱き寄せる。
「大丈夫じゃ。きっとアッキーは湖神様とお会いして、何らかの答えをいただいて戻ってくる。しばらく待とうなぁ……」
シャルロは 爪先立ち、孫娘の首を両腕で抱き寄せると、 優しく「トントン!」と頭を 叩き慰める。
外輪山のように村を 囲むルエルフの森。その南の空にポツンと現れた一つの「黒い点」に、まだ誰も気づいていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
篤樹は振り返ったまま、しばらく 呆然と立ち尽くしていた。
一瞬の出来事……遠くで聞こえていた鳥や動物の鳴き声も、 湖面を流れていた風の音も、エシャーも……まるでカードが手の中で 一瞬の内に消えるトランプ手品のように「消えた」のだ。
思考がついて行かない。何秒か何分か分からないが、篤樹はとにかく「考えた」。パニックになって叫びだしたい気持ちを、グッと 抑える。
首からぶら下っている「 渡橋の証し」をまた無意識の内にギュッと 握りしめていた。
そうだ……ここは別の世界……不思議な事が 普通に起こる世界……だからきっと、これも普通のことなんだ。みんなが消えたけど……きっと何か意味があるんだ! そうに 違いない……びびるな、びびるな俺!
篤樹は目を閉じ、 深呼吸を3回繰り返した。
―――・―――・―――・―――
2年生の秋季大会代表選手選考の校内レース。1年生の後半から急に身長が伸びたせいか、篤樹は2年の夏には手足のリーチも伸び、 短距離のタイムもグングン良くなった。
面白いと思ってなかった部活も楽しめるようになっていた。タイムが 伸びるという「成長」を 素直に喜べた。だから「せっかくなら 成績も残したい!」という欲も出て来た。
校内選考レースの結果次第では代表に出してもらえる……先輩も後輩も無い「実力勝負」。そう考えると、期待と不安で 緊張してきた。緊張して……放課後の部活が始まるまで、その日は何度もトイレに 駆け込んだ。授業も耳に入ってこない。頭の中で何度もシミュレーションを 繰り返す。そして……
「じゃあ、アップが終わったら1年から順に短距離タイム 計るからな!」
顧問の岡部の声がグラウンドに 響いた時、篤樹は目眩がして座り込んでしまった。そんな様子を見ていた同級生の 高山遥が声をかけて来る。
「ど緊張じゃのう、若いの!」
「あ? なんだよ遥ぁ。茶化すな……」
遥は篤樹の横にしゃがみ、顔を覗き込む。
「朝から顔色悪かったぞ、おぬし」
「んな事ねぇよ!」
「ハハ! バレバレだってぇの。なに、賀川? 今回はマジレースやるんすか?」
「いっつもマジでやってるよ!」
遥が立ち上がる。
「良いなぁ、男子は! 胸が 邪魔にならずに走れて!」
「はぁ? お前、何言ってんの?」
「女子は結構大変なんだぞぉ。ほら、ウチは顧問がアレ1人だけだからさ。色々と女の子ならではの悩みも相談できないんよぉ」
篤樹は遥とは何となく馬が合う。ただ、マイペースというか天然というか、不思議な子なので 扱いに困ることも度々だ。この話し方もちょっと……特殊だ。
「んでなぁ……」
「ん? なに?」
遥は篤樹の手を取り立たせた。
「こうやるのだよ! 1回目、過去の自分を考える!」
遥は大きく深呼吸をして見せた。
「はあ?」
「2回目、今の自分を考える!」
遥はまた大きく深呼吸をして見せる。
「で、3回目な。何を考えるでしょ?」
え? 1回目が過去? 2回目が今……じゃあ、3回目は……
「……未来?」
篤樹の答えを聞くと遥は吹き出し、本当に楽しそうに声を出して笑った。
「 詩人だねぇ、賀川殿は。未来なんて分かるわけないでしょ!……なんも考えんのよ。なんもね!」
そう言うと、遥は大きく3回目の深呼吸をした。
「考えたってしょうがない! 当たって 砕けるか、当たって 突き 抜けるか、先のことは分からない! だから今までの自分を 発射台にして、どうなるか分からんけど突っ走るだけなのさ。ほら、深呼吸!」
篤樹は遥の 勢いに気圧されながらも、夕方のグラウンドで大きく深呼吸を3回やってみた。
何だか、今まで変に緊張してたのが馬鹿らしくなり、気持ちが楽になる。遥は「よっしゃ! 緊張はほぐれたな? ではまたな!」と言葉を残し、 倉庫に障害走組が使うハードルを取りに駆けて行った。
その直後の100m計測走で、篤樹は創部以来最高の選考タイムを出したということを、後から知ることになった。
―――・―――・―――・―――
よし……行くか!
篤樹は、どこまでも終わり無く続いて見える「橋の後方」を見るのをやめ、湖神様のもとへ向かう橋の 先端に向きを変えた。
湖面にはボンヤリとした 霧が漂っている。湖の岸はどこにも見えない。ただドライアイスのような霧が漂う、広い水の上に桟橋が一本道で浮いているだけだ。
木製の 橋脚に当たる水の音が、チャプンチャプンとやけにハッキリ聞こえてくる。
篤樹はもう一度「渡橋の証し」を 握った。鈴のような感触で重みはそれほどない。右手で握ったまま顔に近づけそれを確認してみる。見覚えのある形……重さ……かなり古い物のようだが、明らかに見覚えがあり、 触り覚えのある凹凸の感触……篤樹は 呆然とそれを見つめた。 飾り彫りになっている「中」という「漢字」……それは篤樹たち男子中学生が毎日着ている学生服のボタンだった。
「は? 何だ……これ?」
篤樹はせっかく落ち着いた思考が、再び混乱し始めていることを理性的に感じていた。「まったく……次から次に……」という理性的な思考と「え? なんで学ランのボタンが? それにこの古び方? なんなんだ!」という混乱。
とにかく、もう……いちいち考えてたってしょうがない!
篤樹は何も分からない状況に腹が立ちながらも、とにかく湖神様に会って話を聞くという目的に支えられ、ずんずん30mほど先にある「桟橋の端」に向かい進んで行った。
桟橋の端は 橋幅より広く、ステージのようになっている。
あ、そう言えば湖神様の「呼び出し方」って聞いてないけど……
篤樹は「ステージ」の手前で立ち止まった。
この後「湖神様」に会うんだ……とにかく落ち着こう。ビビッたら負け、ビビッたら負け。尋ねるべき事だけを考えて……
高山遥から以前教わった深呼吸を始める。
1回目。スー!
過去の自分……楽しみにしていた修学旅行……。バスの「事故」……転落して……「この世界」に自分一人だけが投げ出された……
フー……
2回目。スー!
今の自分…… 腐れトロルに追いかけられ、 辿り着いたルエルフの村……エシャーたちと出会い、自分が異世界にいることを知り……どうやれば元の世界に戻れるのかを湖神様に聞くため、ここにいる。
フー……
3回目。スー!
とにかく聞くべきことだけ考える。後の事なんか考えない。当たって 砕けるのか、それとも道が開かれるのか……よし! 楽しもう!
フー……
篤樹は「ステージ」へ足を 踏み出した。そのまま橋の一番端までゆっくりと進む。
いや……ホントに何か「呼び出しの 呪文」とか無かったっけか? 聞いてないよなぁ……この後、どうすりゃ良いんだろうか?
だが、篤樹の心配は湖面に起こった変化ですぐに消え去った。まるで空から 滴が落ちたような、一点の 波紋の中心から小さな泡が浮き上がり、やがてそれがゴボゴボと音を立て大きな泡へ変わっていく。
湖の底から何か浮き上がって来るのが見えた。光の 球のように見える。それは、ほんの数秒後には 泡立つ湖面を突き 破るように浮かび上がって来た。
弱まった光の中に 人影が見える。篤樹は光の 眩しさを避けるように細めていた目を、ゆっくり 慣らしながら開き、その人影をジッとみつめた。段々と 輪郭がハッキリと見え、その顔が識別出来るようになって来た。
「は? あ、あれ?」
篤樹は、よく知っているその人物に向かって驚きの声を洩らす。
「せ、 先生!?」
光に包まれて現れた「湖神様」は、篤樹のクラス担任、 小宮直子だった。
道中、エシャーはまるでピクニックにでも出かけているかのように長に話しかけ、篤樹にちょっかいをかけたりと楽しそうだ。
なんだかのんびりした気分だなぁ……
篤樹も、さきほどまでたかぶっていた 鼓動も落ち着き、散歩に出かけているような気分になっている。
湖岸まで下り、湖を周回している道を左周りに進む。湖岸そばには、昨日訪れた 特徴的な尖がり屋根のシャルロの家が見える。
道中、何人かのルエルフ村人と出会ったが、どうやら皆「伝心」とやらである程度の事情を理解してくれているようだ。昨日のように「 不審人物」を見るような目つきではなく、どちらかといえば 友好的、中にはあからさまに「 哀れみ」の眼差しを向ける人もいた。
半時も経たず、一行は湖岸の中ほどにある 桟橋まで 辿り着いた。橋の入口には腰に剣を帯びた若いルエルフが立っている。
「 御苦労様」
シャルロが声をかけると、若いルエルフもにこやかに応じた。
「こんにちは長、ルロエさん……もう行かれますか?」
若いエルフは篤樹をチラッと見た後、シャルロに 尋ねる。
「もうぼちぼち良い 頃合じゃろ」
シャルロは右手を 額にかざし、影を作って空を見上げた。 澄み 渡った碧い空の真ん中に太陽が昇っている。シャルロは若者に向き直り右手を差し出した。若者は自分の首にかけていた黒い 紐の輪を外しシャルロに差し出す。
「さてアツキ、こちらへ」
篤樹は言われるままシャルロの前に進み出た。
「これは『 渡橋の証し』じゃ。橋には目に見えぬが『制約のルー』が 施されてある。万が一許可を得ずに渡る者がおっても、湖神様の元へは行けんようにな。誰かが間違って、何の備えも無く湖神様にお会いしてしまったら大変なことになってしまうからのぉ」
シャルロはそう言うと篤樹に「ウインク」をして見せた。
黒い 皮紐の輪に何か小さなペンダント状の「渡橋の証し」とやらが通してあるようだ。篤樹はシャルロの前に 屈み、それを首にかけてもらう。
そうだ……今から俺は下手すりゃ死ぬかも知れない場所に1人で行くんだった!
篤樹は湖神様について聞いた話を思い出した。ビビったら負け。質問攻めにあって最後は死んでしまうんだった(ルロエさんは「木霊になる」って言ってたけど)。無意識に首からぶら下げられた「渡橋の証し」をグッと 握りしめる。
「良いな、アツキよ。 伺うべき事だけを考えよ。他の事は一切思い浮かべるな。そなたが……湖神様にお伺いしたいことは何じゃ?」
お伺いしたいこと? そんなの決まってる!
「どうすれば元の世界……自分の家に帰れるかです」
「ウム……ではその事だけを考え、そのお伺いのみを心からの言葉で発せよ。さすれば何らかの答えを受けられようぞ! ……さあ、行くが良い」
篤樹は右手で「渡橋の証し」を強く握り締め、桟橋の 端に左足をかけた。ふと、 視界の端にエシャーの姿が 映る。心配そうな顔でこちらを見ている……篤樹は渡橋の証しを握り 締めていた右手を開き、 微笑んでエシャーに手を上げて見せた。「大丈夫。もう、泣きゃしないよ」そう思いながら右足も湖岸の端から 離し、桟橋の上に二歩目を踏み出した 瞬間、辺りの景色が突然変わった。 勢いで踏み出していた左足での三歩目を止めて後ろを振り返る。
そこには、たった今離れた湖岸は無く、長い長い橋がどこまでも続いていた……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あっ!」
エシャーは息を 呑んだ。目の前でたったいま右手を上げて微笑んだ篤樹が、忽然と消えてしまったのだ。 反射的に体が動く。エシャーの突然の 駆け出しを誰も止め切れなかった。
「エシャー!」
ルロエが 叫んだ時には、エシャーは 桟橋の中ほどまで駆けていた。ゆっくり 歩をゆるめ立ち止ると、不安そうな顔で湖岸へ振り返る。
「……戻っておいでエシャー。大丈夫じゃ」
シャルロが投げかけた言葉に応えるように、エシャーは一歩、二歩と桟橋を戻り始めた。 岸に辿り着くまでの間も、まるで何か落し物でも探すように、桟橋の上や両側の湖面をエシャーは見回す。
「アッキーは……?」
岸に戻ると、涙を一杯に浮かべた 瞳でルロエに尋ねる。ルロエは首をゆっくり左右に振った。
「ねえ……アッキーは? いなくなっちゃった! 帰ってしまったの? どこに行ったの?」
動揺する孫娘に、シャルロが答える。
「湖神様の元へ行ったのは確かじゃ。しかし、その後どうなるのかは……ワシらには分からん」
「ここに帰ってくるの? もう帰ってこないの? どっちなのおじいさま!」
エシャーは 屈みこむと、シャルロの両肩に自分の手を置いて尋ねた。
「普通の臨会ならば、ひと時もせずに戻ってくるはずじゃ……普通の……ルエルフのお伺いならのぉ。今回は、本当にワシにも全く予想は出来ん。待つしかないのじゃ」
エシャーは 中腰に屈んでいた状態から、そのままペタリと地面に 膝をつき、力無く座り込む。ちょうどシャルロの目線とエシャーの目線が同じ位の高さになった。シャルロは孫娘を 愛おしそうに両手で抱き寄せる。
「大丈夫じゃ。きっとアッキーは湖神様とお会いして、何らかの答えをいただいて戻ってくる。しばらく待とうなぁ……」
シャルロは 爪先立ち、孫娘の首を両腕で抱き寄せると、 優しく「トントン!」と頭を 叩き慰める。
外輪山のように村を 囲むルエルフの森。その南の空にポツンと現れた一つの「黒い点」に、まだ誰も気づいていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
篤樹は振り返ったまま、しばらく 呆然と立ち尽くしていた。
一瞬の出来事……遠くで聞こえていた鳥や動物の鳴き声も、 湖面を流れていた風の音も、エシャーも……まるでカードが手の中で 一瞬の内に消えるトランプ手品のように「消えた」のだ。
思考がついて行かない。何秒か何分か分からないが、篤樹はとにかく「考えた」。パニックになって叫びだしたい気持ちを、グッと 抑える。
首からぶら下っている「 渡橋の証し」をまた無意識の内にギュッと 握りしめていた。
そうだ……ここは別の世界……不思議な事が 普通に起こる世界……だからきっと、これも普通のことなんだ。みんなが消えたけど……きっと何か意味があるんだ! そうに 違いない……びびるな、びびるな俺!
篤樹は目を閉じ、 深呼吸を3回繰り返した。
―――・―――・―――・―――
2年生の秋季大会代表選手選考の校内レース。1年生の後半から急に身長が伸びたせいか、篤樹は2年の夏には手足のリーチも伸び、 短距離のタイムもグングン良くなった。
面白いと思ってなかった部活も楽しめるようになっていた。タイムが 伸びるという「成長」を 素直に喜べた。だから「せっかくなら 成績も残したい!」という欲も出て来た。
校内選考レースの結果次第では代表に出してもらえる……先輩も後輩も無い「実力勝負」。そう考えると、期待と不安で 緊張してきた。緊張して……放課後の部活が始まるまで、その日は何度もトイレに 駆け込んだ。授業も耳に入ってこない。頭の中で何度もシミュレーションを 繰り返す。そして……
「じゃあ、アップが終わったら1年から順に短距離タイム 計るからな!」
顧問の岡部の声がグラウンドに 響いた時、篤樹は目眩がして座り込んでしまった。そんな様子を見ていた同級生の 高山遥が声をかけて来る。
「ど緊張じゃのう、若いの!」
「あ? なんだよ遥ぁ。茶化すな……」
遥は篤樹の横にしゃがみ、顔を覗き込む。
「朝から顔色悪かったぞ、おぬし」
「んな事ねぇよ!」
「ハハ! バレバレだってぇの。なに、賀川? 今回はマジレースやるんすか?」
「いっつもマジでやってるよ!」
遥が立ち上がる。
「良いなぁ、男子は! 胸が 邪魔にならずに走れて!」
「はぁ? お前、何言ってんの?」
「女子は結構大変なんだぞぉ。ほら、ウチは顧問がアレ1人だけだからさ。色々と女の子ならではの悩みも相談できないんよぉ」
篤樹は遥とは何となく馬が合う。ただ、マイペースというか天然というか、不思議な子なので 扱いに困ることも度々だ。この話し方もちょっと……特殊だ。
「んでなぁ……」
「ん? なに?」
遥は篤樹の手を取り立たせた。
「こうやるのだよ! 1回目、過去の自分を考える!」
遥は大きく深呼吸をして見せた。
「はあ?」
「2回目、今の自分を考える!」
遥はまた大きく深呼吸をして見せる。
「で、3回目な。何を考えるでしょ?」
え? 1回目が過去? 2回目が今……じゃあ、3回目は……
「……未来?」
篤樹の答えを聞くと遥は吹き出し、本当に楽しそうに声を出して笑った。
「 詩人だねぇ、賀川殿は。未来なんて分かるわけないでしょ!……なんも考えんのよ。なんもね!」
そう言うと、遥は大きく3回目の深呼吸をした。
「考えたってしょうがない! 当たって 砕けるか、当たって 突き 抜けるか、先のことは分からない! だから今までの自分を 発射台にして、どうなるか分からんけど突っ走るだけなのさ。ほら、深呼吸!」
篤樹は遥の 勢いに気圧されながらも、夕方のグラウンドで大きく深呼吸を3回やってみた。
何だか、今まで変に緊張してたのが馬鹿らしくなり、気持ちが楽になる。遥は「よっしゃ! 緊張はほぐれたな? ではまたな!」と言葉を残し、 倉庫に障害走組が使うハードルを取りに駆けて行った。
その直後の100m計測走で、篤樹は創部以来最高の選考タイムを出したということを、後から知ることになった。
―――・―――・―――・―――
よし……行くか!
篤樹は、どこまでも終わり無く続いて見える「橋の後方」を見るのをやめ、湖神様のもとへ向かう橋の 先端に向きを変えた。
湖面にはボンヤリとした 霧が漂っている。湖の岸はどこにも見えない。ただドライアイスのような霧が漂う、広い水の上に桟橋が一本道で浮いているだけだ。
木製の 橋脚に当たる水の音が、チャプンチャプンとやけにハッキリ聞こえてくる。
篤樹はもう一度「渡橋の証し」を 握った。鈴のような感触で重みはそれほどない。右手で握ったまま顔に近づけそれを確認してみる。見覚えのある形……重さ……かなり古い物のようだが、明らかに見覚えがあり、 触り覚えのある凹凸の感触……篤樹は 呆然とそれを見つめた。 飾り彫りになっている「中」という「漢字」……それは篤樹たち男子中学生が毎日着ている学生服のボタンだった。
「は? 何だ……これ?」
篤樹はせっかく落ち着いた思考が、再び混乱し始めていることを理性的に感じていた。「まったく……次から次に……」という理性的な思考と「え? なんで学ランのボタンが? それにこの古び方? なんなんだ!」という混乱。
とにかく、もう……いちいち考えてたってしょうがない!
篤樹は何も分からない状況に腹が立ちながらも、とにかく湖神様に会って話を聞くという目的に支えられ、ずんずん30mほど先にある「桟橋の端」に向かい進んで行った。
桟橋の端は 橋幅より広く、ステージのようになっている。
あ、そう言えば湖神様の「呼び出し方」って聞いてないけど……
篤樹は「ステージ」の手前で立ち止まった。
この後「湖神様」に会うんだ……とにかく落ち着こう。ビビッたら負け、ビビッたら負け。尋ねるべき事だけを考えて……
高山遥から以前教わった深呼吸を始める。
1回目。スー!
過去の自分……楽しみにしていた修学旅行……。バスの「事故」……転落して……「この世界」に自分一人だけが投げ出された……
フー……
2回目。スー!
今の自分…… 腐れトロルに追いかけられ、 辿り着いたルエルフの村……エシャーたちと出会い、自分が異世界にいることを知り……どうやれば元の世界に戻れるのかを湖神様に聞くため、ここにいる。
フー……
3回目。スー!
とにかく聞くべきことだけ考える。後の事なんか考えない。当たって 砕けるのか、それとも道が開かれるのか……よし! 楽しもう!
フー……
篤樹は「ステージ」へ足を 踏み出した。そのまま橋の一番端までゆっくりと進む。
いや……ホントに何か「呼び出しの 呪文」とか無かったっけか? 聞いてないよなぁ……この後、どうすりゃ良いんだろうか?
だが、篤樹の心配は湖面に起こった変化ですぐに消え去った。まるで空から 滴が落ちたような、一点の 波紋の中心から小さな泡が浮き上がり、やがてそれがゴボゴボと音を立て大きな泡へ変わっていく。
湖の底から何か浮き上がって来るのが見えた。光の 球のように見える。それは、ほんの数秒後には 泡立つ湖面を突き 破るように浮かび上がって来た。
弱まった光の中に 人影が見える。篤樹は光の 眩しさを避けるように細めていた目を、ゆっくり 慣らしながら開き、その人影をジッとみつめた。段々と 輪郭がハッキリと見え、その顔が識別出来るようになって来た。
「は? あ、あれ?」
篤樹は、よく知っているその人物に向かって驚きの声を洩らす。
「せ、 先生!?」
光に包まれて現れた「湖神様」は、篤樹のクラス担任、 小宮直子だった。
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そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
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