◆完結◆『3年2組 ボクらのクエスト~想像✕創造の異世界修学旅行~』《全7章》

カワカツ

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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 227 話 陰謀渦巻く王都の夜

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「おい! マミヤ! お前、どこに行って……たん……」

 内調部隊に与えられている休息室の扉が開くと同時に、サレンキーは大声で怒鳴ろうとし……慌てて口調を和らげる。

「お、おい? どうしたよ? なんかあったのか?」

 心配そうに尋ねるサレンキーの表情を、マミヤは呆然とした目で見つめる。

 エル……さん……。そりゃ……私達となんかじゃ……つり合いませんよね……

「マーミヤ! おいって! どうした? 泣くなよ! 誰かになんかされたのか?」

 サレンキーは慌てふためきながら、自分のポケットからシワの固まったハンカチを取り出す。マミヤは差し出されたハンカチに目を向け、視線をサレンキーに合わせる。

 不器用だけど……優しい人……。内調なんて仕事、本当は向かない人なのに……

「ありがとう……サレンキー。……大好きだよ」

 マミヤはサレンキーの胸板に飛び込み、感情を制御せずに泣き出した。

 サレンキーは今、どんな顔してんだろう? 困ってるのかな? 驚いてる?……恥ずかしがってる? ごめんね……もうちょっと……受け止めて……

 冷静に思考する自分と、感情のままに号泣する自分……その両者を認識している自分を感じながら、マミヤはサレンキーの腕に抱きしめられ泣き叫び続ける。

 エルさん……ありがとうございました……。やっぱり……大好きでした……


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「『あの女』の執念か……」

 ウラージは睨みつけるようにエルグレドと視線を合わせつつ呟いた。エルグレドは静かな笑みを浮かべ、その視線を受け止める。

「その話に何一つ嘘偽りの影が無い以上、それが事実だと認めるしかないか……。到底信じられぬ 虚言きょげんにしか聞こえんがな」

「……そう言ってもらえると救われます。あなたが今の私を『生み出した』元凶なのですから」

 変わらず笑みを浮かべたままエルグレドは応える。ウラージはしばらく黙っていたが、急に小さく笑みを浮かべた。

「短命で愚かな人間にも、エルフの血を汚す馬鹿共にも吐き気を覚えるが……人間でもロ・エルフでもない『化け物』になった貴様に対し、もはや敵意は無い。攻撃態勢を解いて話さぬか?」

「あなたのおかげで『気を抜く』ことの危険性を身をもって学びましたからね……。あなたが攻撃の気配を発しない限り、私からは放ちません。御安心を」

 エルグレドの全身に針の穴ほどの隙も無い事を感じ取ったウラージは、降参宣言とも言える和解案を提示し、エルグレドもそれを受け入れた。

「950年近く生きて来て『勝てぬ』と感じた相手は貴様で3人目だ。不意も突けぬなら僅かな勝機も無し……こちらからは仕掛けぬ。……と言っても信じはせぬのだろうな?」

 笑顔のまま首を傾げるエルグレドに、ウラージはもう一度確認するように語りかけた。エルグレドは頷き、口を開く。

「あなたに負けを認めさせた3人に選んでいただけたのは光栄ですね。……あとの2人はいつの時代のどなたなのですか?」

 ウラージはエルグレドを「倒す」事を完全に諦めた。

 エルフの脅威となる者は早期に排除しておきたいものだが……まあ、コイツは見逃しても良いだろう……

「例のガザル……ヤツとは直接対峙することも無かったが、数百キロも離れた地でヤツの力量は分かった。あれには勝てん。あの波長は……エルフに対する完全無慈悲な憎悪の塊だ。私がエルフであるがゆえに、ヤツには絶対に敵わぬと分かった」

「エルフへの?」

 エルグレドは、ウラージから飛び出したガザルの情報に興味を持ち聞き返した。

「ヤツが300年前の大群行直前、北のエルフの村を1つ滅した話は聞いておろう? 察するにヤツは、その時に完全なサーガに堕ちたと私は見ている。あの村はな、私の兄がまとめていた村だ」

「ほう……御兄弟の……。珍しいですね? 生涯出生率が0人台のエルフ族で御兄弟とは」

「双子の兄だ。母胎となった女はその一度しか出産はしとらん」

 ウラージはエルグレドの関心には特に興味も無く、軽く説明を加えて本題に戻る。

「兄の村の娘と、サーガ化前のガザルの間に何らかの関係があったようだな。だが、その娘は宵暁裁判で死刑になった。ガザルの憎しみは限界を超え、村を滅し……サーガに堕ちた。それゆえ、ヤツのエルフに対する負の感情は異常だ。それがヤツの力を増大化させる。おかげで私も、ヤツには勝てん」

 ……宵暁裁判で死刑になったエルフの女性? ガザルとの関係者……。その件が、ガザルのサーガ化を強大なモノへと変えた……

「……なるほど……面白い推察ですね。北のエルフの村で行われたガザルによる大虐殺については、私も目撃者からの証言を伺いましたが……原因については考えもしていませんでした。情報をありがとうございます」

「目撃者? ああ……。あの『ロ・エルフ』のガキか……」

「ルエルフのルロエさんです。……それで、もう1人の 強者つわものというのは、どなたですか?」

 エルグレドはウラージの蔑視語を訂正し、話を進めた。

「それを貴様に聞きたかった。いや……そいつが気になったから山を下りたら、貴様というもっと興味深い『化け物』を見つけたのだがな。……あのピュートとかいう人間種のガキ……ヤツは何者だ?」

 ウラージの口から飛び出した思いがけない人物名に、エルグレドは真顔になる。

「あれは……『人間』か? 違うな……。人体だが人間ではない。貴様ら人間種は何を企んでおる? おっと! 貴様も人間種では無い化け物だったな……」

 エルグレドはウラージからの挑発にも応じる気が向かず、考えを巡らせた。

 確かに……ピュート君からは「人間」とは異質な波長……強大な力も感じましたが……。エルフの最長老をも超える力を、ウラージさん自身が彼から感じているとは……

「おい! 何とか答えたらどうだ? この化け物!」

 自分の挑発を完全に無視しているエルグレドに対し、ウラージは何となく敗北感を味わいながら問い直した。しかし、エルグレドは再び温かな笑みを浮かべる。

「あ、大丈夫ですよ。気にしてませんから。……そうですね……彼については私も全く情報を持っていませんので、これから調べてみます」

「ふん……」

 ウラージは鼻を鳴らし応えた。

「……憎くないのか? 貴様の人生を変えた原因であるこの私が」

「……憎かった……ですね。数百年前までは。でも、そんな憎しみ、今は全く残っていませんよ。……今夜は、あなたとこうしてお話し出来て、心から晴れやかな気持ちになりました。あの頃の私を知っている数少ない『友人』のようにさえ感じています。ありがとう御座いました」

 エルグレドは嘘偽りの無い視線をウラージに向け微笑んだ。

「……よせ。吐き気がする! この……化け物め!」

 ウラージの悪態の声にさえ、エルグレドは過去の友らに対するのと、同じ親しみを覚えていた。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ウラージとの対談を終えたエルグレドは、ミラの居室へ来ていた。
 ルメロフ王が自分の宮に招くつもりでいたところを、ミラが「是非に」と懇願したのだ。渋々ながらではあったが、ミラ従王妃宮賓客としてエルグレドを迎えることをルメロフも承知した。

 こうして、エシャーを除く探索隊4名とミラは居所に集まり、エルグレドの過去に関する情報以外を早速共有することになった。

「……メルサ正王妃と王宮兵団によるクーデター計画、グラバ従王妃と従者達による怪しげな儀式……市中に居ると思われるミゾベさん達のグループによる何らかの計画に……ミラ従王妃の王室制度改革……。サーガ大群行再来直後の王都に、よくもまあ、これだけの陰謀が渦巻いたものです」
 
 エルグレドは情報を整理した紙を見直しながら、楽しそうに語り、一同を見回した。

「エグデン王国1000年の歴史が、今、大きく変わろうとしているのよ」

 ミラは決意を込めた硬い表情のまま、口の端に笑みを浮かべる。

「見せかけの平和の陰で苦しめられて来た王族なんて、想像もしなかったなぁ」

 スレヤーは両手を後頭部で組むと、ニヤニヤとエルグレドを見る。エルグレドはミラに気付かれないよう、しかめ面をスレヤーに返した。

「まあとにかく……いずれの動きも、今はお互いの様子見という感じですね。一番気をつけるべきはグラバ従王妃……次にミゾベさん達の動きですか……。何か事が起これば、すぐにでもメルサ正王妃達も便乗し動き出すでしょう……」

「じゃあ、先ほどのミラ従王妃からの要請は、正式に探索隊のお仕事、と考えてもよろしくて?」

 レイラが確認をする。エルグレドは頷いて答えた。

「滞在期間中の残り5日程ですが、その間、グラバ従王妃の動きに関して可能な限り情報を集めつつ、警戒するようにしましょう。個人的には、魔法院評議会と内調が組んで、どのような『研究』を行っていたのかも気になりますが……」

「私も別件で調べたいことがありますの。自由行動でよろしくて?」

 エルグレドの言葉に被せ、レイラが主張する。一瞬、エルグレドは唖然とした表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。

「『お散歩』されるのなら立場をわきまえ、時間厳守でお願いしますよ。レイラさん」

「んじゃ、俺はアッキーに剣術指導でもして過ごしますわ!」

 スレヤーからの突然の指名に篤樹は驚き顔を向けたが、微笑み頷き答える。

「……はい。よろしくお願いします!」

「分かりました。では、それぞれ『自由行動』としますが、情報収集にはしっかりとアンテナを張って下さい。それと、何かを見つけても個人で深入りはせず、必ず報告を行うこと。良いですね、特にレイラさん」

 エルグレドの注意に全員が同意を示す。レイラは特に満面の笑みで頷いて見せる。その笑顔に……経験則からの不安をエルグレドは強く抱いていた。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「拍子抜けの裁判だったな……」

 ボルガイルは机に両肘をつき、卓上のグラスに注がれている琥珀色の酒を見つめながら呟いた。
 応接セットのソファーに座り、両足をテーブル上に投げ出しているベガーラは短剣で自分の爪を整えていたが、部隊長の声に反応し顔を上げる。だが、意見を求められているワケでは無いと分かると、再び爪研ぎに意識を向けた。

「ウラージはお前に興味を持っていると思ったが……振られたな、ピュート」

「補佐官のほうが面白い。オレも彼には興味がある。あのエルフもそう思っただけだろ……」

 ボルガイルからの問いかけに、ピュートは壁を見つめ立ったまま答えた。

「まあ……エルフの長老大使ともあろうヤツが最高法院で偽証するくらいだから、我々の狙い通りの男なんだろう、エルグレド・レイは。……勝てるか?」

「さあね……。『やりたくない』とは感じたけど、『負ける』とも思わない。勝てるイメージも無い」

 ピュートは相変わらず壁を見つめたまま、無機質な声で答える。

「ありゃ、確かに『面白い』法術士ですよ。底も高さも広さも読めない」

 爪研ぎを終えたベガーラはそう言うと、背を向けて立っているピュートに向かって、おもむろに短剣を投げた。ピュートは瞬時に上体をずらすと、短剣が壁に刺さる直前でその持ち手を握り止める。

「借り物は丁寧に手渡しで返せ。もう、あんたには貸さない」

 ピュートは短剣を懐に収めた。

「テメェみてぇな『怪物』よりも、あの補佐官のほうが上なのかねぇ……」

 ベガーラはニヤニヤしながら首を傾げる。

「10時か……。ピュート、薬を飲んでおけ」

 ボルガイルの指示を受け、ピュートはポケットからケースを取り出し、中からカプセルを1つ手に取り口に入れた。
 
「エルグレドは5日間、王都に滞在することになったそうだ。ヤツの血と細胞のサンプルが欲しい……出来れば指1本分以上は欲しいな。……採れるか?」

 ピュートはカプセルを口中で噛み砕き飲み込むと、振り返ってボルガイルに顔を向ける。

「無理とは思わない。死体でも構わないんだろ? 父さんの研究材料は」




(第4章 『陰謀渦巻く王都編』完結)
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