◆完結◆『3年2組 ボクらのクエスト~想像✕創造の異世界修学旅行~』《全7章》

カワカツ

文字の大きさ
247 / 465
第5章 王都騒乱 編

第 238 話 偽の情報

しおりを挟む
 殺気も敵意も感じられないが、自分をこの屋敷へ「計画的に」引き入れた者達をエシャーは警戒する。チロルに従い 螺旋らせん階段を降り始めると、階下で待ち構えていた執事のコートラスが顔を上げた。

「遅かったな? あと30分位しかもたないぞ」

「お坊ちゃまが興奮されてたので……さ、彼について行って下さい」

 1階に降り立ったチロルは振り返り、最後の1段を降りたエシャーに告げる。

「……分かった」

 コートラスが少し早足で廊下を進み出す。エシャーはその後に付いて行った。ダイニングの扉の前には2人のメイドが立っている。通り過ぎるタイミングでコートラスはメイドの1人に声をかけた。

「戻るまで引き延ばせよ」

「寄宿舎改築の話を始めました。もうしばらくはもちます」

 エシャーはコートラス達の口調で確信した。

 自分をこの屋敷へと誘い入れた者……「情報」を巧みに用いる雰囲気……

「この部屋だ」

 最奥の扉の前でコートラスは立ち止まり、特徴的な間隔で扉を叩いた。内側から開錠する音が聞こえ、すぐに扉が開かれる。

「来たぞ」

 コートラスが扉を完全に開くと、印象的な黒い顎髭を揃えた男が目の前に立ち笑顔で出迎える。

「よう! いらっしゃい。ルエルフのお嬢ちゃん」

「やっぱりね……お化けのおじさんたちか……。ねえ? ミゾベもいるの? 今は……バスリムだったっけ?」

 エシャーはズンズン室内に入り、中を見回す。

「やっぱり……って、なんだよ! せっかく驚かせようと思ったのによ!」

 オスリムが口を尖らせ苦情を申し立てる。室内にいたのは「もう一人のお化けのおじさん」……

「さすがだね、エシャーさん」

 奥の壁に据え付けられている暖炉前に、ナフタリ・エベダを名乗るゼブルンが立ったまま出迎えた。


―・―・―・―・―・―・―


「分かった……嘘は いて無いんだね……」

 エシャーは、自分の目の前に顔を寄せているゼブルンとオスリムを交互に見つめ、納得してうなずいた。

「だぁからぁ、言っただろ? おじさんは嘘をつかねぇよ」

「これで分かってもらえただろ? 是非、君の力を借りたいんだ!」

 ゼブルンからの要請に、エシャーは無言のまま視線を逸らす。

 みんな……ホントに……私だけをのけ者にしてたんだ……

「さあ、こっちの手の内は全部見せたんだぜ? 」

 私だけ……何にも知らされないまま……学生の真似事を……

「もちろん、多少の危険はあるかも知れないが……しかし、この国を変えるための重大な作戦なんだ! どうか……」

「やる!」

 エシャーの真剣な表情を、ゼブルンもオスリムも作戦に対する不安な表情だと思っていた。しかしエシャーが抱えていた気持ちは……

「あったま来た!! お父さんもレイラも戻って来てるのに……エルの裁判だって予定より早く終わったのに、誰も迎えにも来ないし、そのことを誰も教えにも来なかったんだよ! 私だけのけ者にして……従王妃やおじさん達と……。行こっ! お城に! 今から!」

「いやいやいや! ちょ……ちょ待てよ! 話しただろ? 決行は明後日の夜だって……」

 エシャーの勢いに気圧されて、オスリムが慌てて答える。エシャーはすぐにでも飛び出して行きそうな雰囲気だ。

「作戦そのものは、彼らだって今日初めて……ちょうど今時分にミラから聞いてる頃なんだから……別に君をのけ者にってことでは無いんだよ」

 ゼブルンが、エシャーを落ち着かせようと説明する。

「この作戦は連携とタイミングがカギなんだ。お願いだから、先走った行動だけはしないでくれ。……『島』の内通者達にも、最終計画はこの後で伝える段取りになってるから……」

「そうそう! せっかく熟した機会を無駄には出来ねぇ。な? 落ち着けって!」

 悔しそうな、悲しそうな……それらを超えて「怒ってる」ことが一目で分かる紅潮した頬のエシャーを、ゼブルンとオスリムは必死になだめる。

「……分かった」

 目に涙を浮かべる仏頂面で、エシャーはようやく冷静を取り戻した。

「ふぅ……ま、気持ちは分かるぜ?『情報』が入ら無ぇって苛立ちはよ。だがこれからは安心しな! 俺は仲間にはキチンと情報を共有するってのがポリシーだからよ」

 オスリムが笑顔で同調を示す。

「……私はおじさん達に付いて行く。協力者にはなる。でも『仲間』にはならない!」

 しかしオスリムの言葉に、エシャーは仏頂面のままで答える。

「『情報』は『仲間』から聞きたい。アッキー達に会って……絶対に『みんな』の口から情報を聞きたい!」

 オスリムとゼブルンは顔を見合わせ、苦笑した。

「やれやれ……『情報通り』に気の強いお嬢さんだったか……。オーケー! それで良い。協力者として必要な情報は全て提供する。んだから、お嬢ちゃんもこっちとの協力関係だけは守ってくれ。な?」

 エシャーはオスリムに視線を合わせうなずき、ふと疑問を口にする。

「そういえば、どうして私が今夜来るって分かったの? 学舎にも『内通者』がいるの?」

「んあ? いやいや……学舎内には飛ばせ無かったんだ。まあ、でも、お嬢ちゃんを誘い出す手ぐらいはすぐに思いつくさ」

 オスリムは、子どもが覚えたての手品の種明かしをするように語りだした。

「『 内通者コウモリ』はいなくても情報は手に入れられる。サレマラって娘とお嬢ちゃんが『仲良し』だってこともな。んで、あの学長の性格や行動パターンは最初から分かってる。大口のスポンサーであるミッツバンさんから要請されれば、絶対にサレマラを選ぶだろうし、女学生2人って言っときゃ『一番の仲良し女学生』を選ぶだろう……ってな。ああ見えてあの学長、子どもらの関係だとか成長だとかを、いつも最優先に考えてるからな」

 へ……え……

 一流の情報屋であるオスリムが言うのだから、本当の事なのだろう。しかし、ミリンダのこれまでの言動からはイマイチ想像が出来ず、エシャーはポカンとした表情でオスリムを見つめた。

「とにかく……」

 ゼブルンが話を切り上げに入る。

「君が同行してくれると本当に助かる。島内の勢力図は混沌としてるからね。特に衛兵の協力者の中に、魔法院評議会やメルサの手の者がすでに紛れているらしい。城内で偽の情報を持ち込むヤツが来ても、君の『目』があれば、私たちも安心して行動できるからね」


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「……それで、この有様なわけ?」

 ベッドに横たわり苦笑しているエルグレドと、ベッド脇で身を縮めているスレヤー、その横で目を泳がせている篤樹……3人の顔を見比べるように一瞥し、レイラは呆れ声で尋ねた。

「まあ……でも、スレイとアツキくんが冷静に判断して下さったおかげで、こうして無事に済んだのですから……」

 レイラの気を静めようと口を開いたエルグレドだったが、それはかえって自らを攻撃対象に差し出すひと言となってしまう。

「『何事も無く』済んだ? エル! あなた馬鹿なの? 城内で『死んだ』のよ! 文化法歴省大臣補佐官が、宝物庫を狙った賊に襲われ、左脇腹を吹き飛ばされて死んだのよ! 『無事』なワケ無いでしょう!」

 物凄い剣幕でまくし立てるレイラを前に、さすがにマズいと思ったのか、エルグレドは笑みを消した真剣な表情になる。

「すみません……。確かに、大きな不注意でした。取り返しのつかない事態を招いてしまう所でした」

 エルグレドの本気の謝罪姿勢を感じ取り、レイラも気持ちを落ち着かせるように、ゆっくりうなずいた。

「ホントに……あなたが『 不死者イモータリティー』だということがバレてしまっていたら、どれだけの騒ぎになっていたかと想像するだけで……ああ! 恐ろしいですわ」

「ユノンも……一応は納得してくれたんで……大丈夫だと思います」

 篤樹は場の空気が「穏やか」になって来た事を感じ、追加の安心材料を提供した。


―・―・―・―・―・―・―


―――数時間前――― 

「生命反応が有りません! 無理です!」

 ユノンは涙を流しながら頭を横に振り続けた。

「違うんだよ、ユノン! エルグレドさんはいざという時のために『仮死状態魔法』を身につけてるんだ! だから急いで止血だけしてよ!」

 篤樹は必死にユノンの説得に当たる。スレヤーは王城地下に向かって駆けて来る足音に警戒していた。

「仮死状態魔法……? 何ですか? それは……」

 篤樹の説明にユノンがキョトンと聞き返す。

「死んだフリの魔法! 死んでる相手には誰も攻撃しないだろ? 敵を あざむくための魔法なんだってさ! だから死んでないの! でもこのまま出血が続いたら本当に死んじゃうから、今すぐ、出血だけはとめてくれ!」

「は……い?」

 理解を超えた説明だが、エグラシス大陸最強の魔法術士エルグレドなら、そんな事も有り得るのだろうか? と、不審に思いつつ、ユノンは止血魔法をようやく施し始めた。

「あとはアイリだ……」

 石廊に横たわっているアイリには、一見したところ怪我は無い。呼吸も落ち着いているが、どんなに呼び掛けて身体を揺らしても目を開かない。エルグレドが「意識を奪った」と言っていたから、しばらくはこのままなのかも知れない。

「何事だ!」

 宝物庫前石廊の端から姿を現した3人の衛兵が駆け寄って来る。スレヤーは篤樹に耳打ちをした。

「……俺が大将を連れて行く。アッキーは説明を考えろ! 何を話したかしっかり覚えながら話せ。でもアイリにやられたとは言うなよ? 賊のせいにしろ!」

「えっ……」

 突然の指示を篤樹が飲み込む前にスレヤーが衛兵に叫ぶ。

「宝物庫に賊が入った! エルグレド補佐官が負傷! すぐに処置に向かう! 賊は2名! 1名は逃亡、1名は『扉が』滅殺した! 後の事情はウチのアツキから訊いてくれ!」

「は? え……しかし……」

 3人の衛兵はスレヤーの怒声に近い指示に きょを突かれ、駆け寄る速度を緩めながら近づいて来た。

 もうひと押しかよ……

 スレヤーはエルグレドの「死体」を左腕で抱きかかえ、耳をエルグレドの顔に寄せた。

「えっ? 何ですか? 分かりました! おい! 文化法歴省大臣補佐官エルグレドさんからの指示だ! 1名は増援要請に走れ! 後の2名は現場保全と事情聴取! 良いな!」

 スレヤーからの指示に3人は戸惑い、顔を見合わせる。

「迅速に行動っ! 分かったか!」

「は……はいっ!」

 特剣3隊連の長を務めていたスレヤーは、衛兵らにとっても「格上」と記憶に刷り込まれている。しかも指示は「瀕死の大臣補佐官」からの めいとあれば、職務本能的に従う他ない。スレヤーは篤樹にサッと目配せを送り「上手くやれよ」と言い残すと、エルグレドの死体に演技の動作を加えつつ、現場から「持ち去って」行った。

 そ……そんなぁ……

「ア……アツキさま……」

 恐怖と不安に怯えて震え始めたユノンが、祈るように両手を組んで篤樹の名を呼ぶ。篤樹がユノンを両腕でギュッと抱きしめると、ユノンは せきを切ったように泣き始めた。
 現場に残った衛兵2人は、その状況を黙って見守る。

 ナイス、ユノン! よし、今の内に言い訳を考えないと……

 衛兵たちに声をかけられるまで、篤樹は泣きじゃくるユノンをしっかり抱きしめたまま、スレヤーが残して行った「偽の情報」をどう組み合わせれば自然な「証言」が出来上がるか頭の中で必死に組み立て始めた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

処理中です...