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第6章 ユフ大陸の創世7神 編
第 304 話 哀惜の宴
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「おふたりの帯剣許可は取ってますから……こちらの許可帯を……見やすい位置につけておいて下さい」
馬車に戻ると、エルグレドは篤樹とスレヤーに薄緑色のリボンを渡した。スレヤーは腰に巻く帯剣ベルトに、篤樹は肩掛け型の帯剣ホルダーにそれぞれリボンを結びつける。
「『 哀惜の 宴』に武器所持ですか……」
スレヤーはリボンを結びつけ終わると、顔をエルグレドに向けた。
「ガザルが新たに攻撃を仕掛けて来るのが、我々の予測通りとは限りませんからね。それに、王国史上初の王位禅譲という状況に、疑念を抱く不穏分子も少なからずいるでしょう。まだ『平時』とは言えない状況ですから……念には念をという事です」
「……いっぱい人が死んだのに……なんで宴なんかを開くの?」
エシャーがポツリと尋ねた。
「家族や、友だちや……大切な人がいっぱい死んだのに……」
短い沈黙の後、エルグレドが静かに応じる。
「区切りをつけるためです」
「区切り?」
聞き返したエシャーの言葉を受け、エルグレドは静かにうなずいた。
「種族や地域……個々人の考えによって違いはありますが、死者を 弔う時を誰かと共有することで、生者が歩み出すための『区切り』をつけるんです。その『時』を経なければ、生者でありながら……死者と共に葬られた様な日々がいつまでも続きます」
「生き残ったからにゃ……」
エルグレドの言葉を受け、スレヤーも口を開いた。
「生き残ったからにゃあ、俺らには『こっち』でまだやらなきゃならねぇ事が有るってことだ。 逝ってしまったヤツラをどんなに想ってても、戻っても来ねぇし、時も止まっちゃい 無ぇ。どっかで踏ん切り付けて、立ち上がって歩み出さなきゃなんねぇからな……」
スレヤーは 馬繋場に 灯り始めた 篝火に視線を向ける。
「『哀惜の宴』は……先に逝っちまったヤツラとの、最後の宴なのさ……」
エルグレドとスレヤーの応答に、エシャーは小さくうなずいた。
「それじゃ、私たちも広場へ行きましょうか? ゼブルン王とミラ王妃も御着きになられたようです」
エルグレドの視線の先に、木々の合間から、渡島橋を渡る王族馬車の列が見える。
「あの……」
移動を始めようとしたエルグレドに、篤樹が呼びかけた。
「ん? どうかされましたか?」
「あ……その……ルメロフ王……前のあの王様は……」
「ああ……」
エルグレドは歩を止め、篤樹に顔を向ける。
「ゼブルン王とオスリムさんが、禅譲後のルメロフ前王の処遇については厚遇を考えていましたよ。私の意見も取り入れていただきました。ルメロフ前王は、もう、東部の保養宮へ移られているはずです」
「大丈夫ですの?」
その説明にレイラが反応した。エルグレドはその真意を理解し応える。
「警護は万全のはずです。オスリムさんの組織の方々が要職を固めていますし、魔法院評議会も、もう動くことは無いでしょう。トップのヴェディスさんをオスリムさんとウラージさんが抑えていますからね」
幼児のように 屈託のない笑顔を見せるルメロフを、篤樹は思い出していた。 江口伝幸と 磯野真由子が描いた「不老不死と死者の再生」という「命への執着」が生み出したエグデン王国の歴史……その闇の中で繰り返されて来た王族の悲劇、歴史の影で苦しめられてきた人々を思う。
区切りの宴かぁ……
宴の会場となる島中央部広場へ向かいながら、篤樹は心から願った。ゼブルンとミラによる新しい国造りによって、自分の級友らが築いた 呪縛が解かれることを……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「結局、人間種ってのは権威主義ってことね!!」
レイラが、不愉快な思いを隠そうともせず不満を口にする。
「こんなんじゃ、新しい王制なんてのも、たかが知れてるわ!」
「ちょ、ちょっと……レイラさぁん……」
スレヤーはレイラをなだめようと必死だ。しかし、レイラの視線は、100メートル以上離れている「 貴賓席」に向けられたまま動かない。その視線の先には……ゼブルン新王とミラ王妃が正面に座し、王前最前列の席にはビデルやヴェディス、軍部大将ヒーズイット等、要職者らのテーブルが設けられ、さらに貴族の面々も席に着いている。その一席に、ウラージとカミーラも座っていた。そして、ウラージの横には、にこやかに微笑むエルグレドの姿があった。
「私が言いたいのはねぇ……」
レイラは視線を篤樹たちに戻した。
「あの馬鹿隊長だけが、なんであんな 上座に座ってんのかってことよ!」
「もう……レイラぁ。仕方ないじゃん。席が決まってたんだから……」
エシャーはいい加減にウンザリした声でレイラを 諭す。
哀惜の宴は、島中央部の広場―――王宮や従王妃宮が撤去された更地に設けられていた。上座となる東側には「貴賓席」のテーブル席が整えられ、西に向かって下座と位置付けられている。王族や国家要職らの「貴賓席」に続き、王都のおもだった名士らの席まではテーブル席となっている。
貴賓席へエルグレドが案内された後、「探索隊」はテーブル席のさらに西側、地面にシートが敷かれただけの「従者席」へ案内されていた。
「お断りすれば良いだけのお話よ! それをあの馬鹿……私たちを置いてとっとと上座に行くなんて……自分だけ申し訳ないとはお思いにならないのかしら! ちょっと、苦情を申し立てて来ますわ!」
シートから立ち上がったレイラを、篤樹たち3人は呆れたように見上げただけで、引き止めようとはしなかった。面倒の責任はエルグレドに負ってもらえば良いやと、互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「まったく……」
貴賓席方面に向かい歩き去るレイラの背を見送り、スレヤーが溜息をつく。
「よほどこの席が気に入らなかったみてぇだなぁ……レイラさん」
篤樹は周囲を見渡した。貴族や要職者らの従者と思われる人々が、それぞれに割り当てられたシートに車座に腰を下ろし、運ばれて来た料理やお酒を飲み食いしながら語り合っている。
哀惜の宴という名に相応しく、哀しみに涙を流しているグループもあるが……大部分はまるで「お花見の席」のような談笑をしている姿に、篤樹は何となく 釈然としない気持ちでいた。
「スレヤーさま。お酒は足りておられますか?」
投げかけられた突然の声にハッと篤樹が振り返ると、スレヤーのそばにミラの侍女ユノンが立っていた。幼い顔立ちながらも「仕事」に 勤しむ侍女の面持ちで、重そうな酒樽を両手で抱えている。
「おお、ユノンちゃん。今夜は給仕のお役かい? んじゃ、1杯もらおうか」
スレヤーが破顔で応じ、銅製の杯を差し出した。ユノンは酒樽を傾け、注ぎながら答える。
「昨日から正式に復帰させていただきました。身内の者の埋葬も済みましたので……」
「ユノンの家族にも……犠牲者が?」
思わず篤樹が語りかけると、ユノンは注ぎ終わった酒樽を持ち直す。
「母の叔父に当たる方が……御一家6名全員……。私も幼い頃にお世話になった御家族でした……」
まだ10歳になったばかりというユノンの「幼い頃」って何歳の頃だろうと、一瞬、篤樹は的外れな疑問が浮かんだが、エシャーの「大変だったね……」という言葉に共にうなずくことで、無用な質問をせずに済んだ。
「お? こりゃあ珍しい酒だなぁ?」
スレヤーのひと言に、ユノンはハッと反応する。
「これは、キボクで新たに作られたものです。蒸留酒ですが……えっと……じょうじょうす? のような……その……旨味と甘味が……」
給仕者として教えられた説明の言葉を頭の中で整理しながら、ユノンは空の一点を見つめたまま一生懸命に語り出した。
「確かに 醸造酒みてぇな甘味もあるけどよ、ほぼ透明じゃねぇか。蒸留酒でここまで透き通ってる酒は、初めて見たぜ!」
杯をのぞき込みながら、スレヤーは満足そうに感想を述べる。
「はい! 真水のように透き通った色合いでありながら、 芳醇で、えっと……口の中に残るその香りは森の木々のように……」
「んなウンチクはもういいよ、ユノンちゃん。それ、樽ごとくれや!」
ユノンの解説途中でスレヤーは手を伸ばし、酒樽を奪うように引き取った。
「あっ……スレヤーさま!」
「ほら、アッキーも飲めよ!」
抗議するユノンを差し置き、スレヤーは篤樹に酒樽を寄せる。ユノンは「もう!」と頬を膨らませスレヤーをひとにらみした後、給仕場に戻って行く。
「あ……でも……僕、お酒飲んだこと無いし……」
スレヤーの勧めに、篤樹は辞退の意を示す。
「良いから飲んでみろって! 初めての酒がこんな極上品なんて、ツイてるぜ!」
「えっと……」
篤樹はしばらく考え、改めて断る事にした。
「こっちだと、大人と同じ扱いをしてもらえるのは嬉しいんですけど……僕の世界だと、20歳にならないとお酒は飲んじゃダメなんですよ……」
語りながら、ふと、父親と何気なく交わした会話を思い出す。
『20歳になったら、篤樹とも飲めるなぁ。20歳の誕生日には、一緒に飲もうな』
ほろ酔いで上機嫌な父が、まだ幼い日の篤樹に語った言葉……そうか……
「別に良いじゃ無ぇか、あっちはあっち、こっちはこっちでよ」
「最初に……」
さらに勧めるスレヤーの言葉を篤樹は遮る。
「最初のお酒は父さんと……20歳になったら一緒にって……約束をしてるんです。だから……」
帰れるかどうかは分からない……しかし、思い出してしまった父との約束が、改めて望郷の思いを駆り立てる。小さな約束事かも知れないが、それをここで破ることは出来ないと、篤樹の気持ちが固まった。
「そっか……初飲みは親父さんとが良っか……」
スレヤーは一瞬、驚きの表情を見せた後、寂しそうに小さな笑みを浮かべ、それからすぐにいつもの笑顔に戻った。
「ま、それじゃ無理には勧め無ぇよ。んじゃ、エシャーちゃんは……」
「私、お酒嫌い。飲んだこと無いけど、匂いが嫌いだから飲まない」
座に供されている果物を口に運びながら、エシャーはあっさり断りを入れる。スレヤーは苦笑いを浮かべ酒樽を横に置くと「しゃあ無ぇなぁ……」と呟きながら、自分の杯を口元に運んだ。
馬車に戻ると、エルグレドは篤樹とスレヤーに薄緑色のリボンを渡した。スレヤーは腰に巻く帯剣ベルトに、篤樹は肩掛け型の帯剣ホルダーにそれぞれリボンを結びつける。
「『 哀惜の 宴』に武器所持ですか……」
スレヤーはリボンを結びつけ終わると、顔をエルグレドに向けた。
「ガザルが新たに攻撃を仕掛けて来るのが、我々の予測通りとは限りませんからね。それに、王国史上初の王位禅譲という状況に、疑念を抱く不穏分子も少なからずいるでしょう。まだ『平時』とは言えない状況ですから……念には念をという事です」
「……いっぱい人が死んだのに……なんで宴なんかを開くの?」
エシャーがポツリと尋ねた。
「家族や、友だちや……大切な人がいっぱい死んだのに……」
短い沈黙の後、エルグレドが静かに応じる。
「区切りをつけるためです」
「区切り?」
聞き返したエシャーの言葉を受け、エルグレドは静かにうなずいた。
「種族や地域……個々人の考えによって違いはありますが、死者を 弔う時を誰かと共有することで、生者が歩み出すための『区切り』をつけるんです。その『時』を経なければ、生者でありながら……死者と共に葬られた様な日々がいつまでも続きます」
「生き残ったからにゃ……」
エルグレドの言葉を受け、スレヤーも口を開いた。
「生き残ったからにゃあ、俺らには『こっち』でまだやらなきゃならねぇ事が有るってことだ。 逝ってしまったヤツラをどんなに想ってても、戻っても来ねぇし、時も止まっちゃい 無ぇ。どっかで踏ん切り付けて、立ち上がって歩み出さなきゃなんねぇからな……」
スレヤーは 馬繋場に 灯り始めた 篝火に視線を向ける。
「『哀惜の宴』は……先に逝っちまったヤツラとの、最後の宴なのさ……」
エルグレドとスレヤーの応答に、エシャーは小さくうなずいた。
「それじゃ、私たちも広場へ行きましょうか? ゼブルン王とミラ王妃も御着きになられたようです」
エルグレドの視線の先に、木々の合間から、渡島橋を渡る王族馬車の列が見える。
「あの……」
移動を始めようとしたエルグレドに、篤樹が呼びかけた。
「ん? どうかされましたか?」
「あ……その……ルメロフ王……前のあの王様は……」
「ああ……」
エルグレドは歩を止め、篤樹に顔を向ける。
「ゼブルン王とオスリムさんが、禅譲後のルメロフ前王の処遇については厚遇を考えていましたよ。私の意見も取り入れていただきました。ルメロフ前王は、もう、東部の保養宮へ移られているはずです」
「大丈夫ですの?」
その説明にレイラが反応した。エルグレドはその真意を理解し応える。
「警護は万全のはずです。オスリムさんの組織の方々が要職を固めていますし、魔法院評議会も、もう動くことは無いでしょう。トップのヴェディスさんをオスリムさんとウラージさんが抑えていますからね」
幼児のように 屈託のない笑顔を見せるルメロフを、篤樹は思い出していた。 江口伝幸と 磯野真由子が描いた「不老不死と死者の再生」という「命への執着」が生み出したエグデン王国の歴史……その闇の中で繰り返されて来た王族の悲劇、歴史の影で苦しめられてきた人々を思う。
区切りの宴かぁ……
宴の会場となる島中央部広場へ向かいながら、篤樹は心から願った。ゼブルンとミラによる新しい国造りによって、自分の級友らが築いた 呪縛が解かれることを……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「結局、人間種ってのは権威主義ってことね!!」
レイラが、不愉快な思いを隠そうともせず不満を口にする。
「こんなんじゃ、新しい王制なんてのも、たかが知れてるわ!」
「ちょ、ちょっと……レイラさぁん……」
スレヤーはレイラをなだめようと必死だ。しかし、レイラの視線は、100メートル以上離れている「 貴賓席」に向けられたまま動かない。その視線の先には……ゼブルン新王とミラ王妃が正面に座し、王前最前列の席にはビデルやヴェディス、軍部大将ヒーズイット等、要職者らのテーブルが設けられ、さらに貴族の面々も席に着いている。その一席に、ウラージとカミーラも座っていた。そして、ウラージの横には、にこやかに微笑むエルグレドの姿があった。
「私が言いたいのはねぇ……」
レイラは視線を篤樹たちに戻した。
「あの馬鹿隊長だけが、なんであんな 上座に座ってんのかってことよ!」
「もう……レイラぁ。仕方ないじゃん。席が決まってたんだから……」
エシャーはいい加減にウンザリした声でレイラを 諭す。
哀惜の宴は、島中央部の広場―――王宮や従王妃宮が撤去された更地に設けられていた。上座となる東側には「貴賓席」のテーブル席が整えられ、西に向かって下座と位置付けられている。王族や国家要職らの「貴賓席」に続き、王都のおもだった名士らの席まではテーブル席となっている。
貴賓席へエルグレドが案内された後、「探索隊」はテーブル席のさらに西側、地面にシートが敷かれただけの「従者席」へ案内されていた。
「お断りすれば良いだけのお話よ! それをあの馬鹿……私たちを置いてとっとと上座に行くなんて……自分だけ申し訳ないとはお思いにならないのかしら! ちょっと、苦情を申し立てて来ますわ!」
シートから立ち上がったレイラを、篤樹たち3人は呆れたように見上げただけで、引き止めようとはしなかった。面倒の責任はエルグレドに負ってもらえば良いやと、互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「まったく……」
貴賓席方面に向かい歩き去るレイラの背を見送り、スレヤーが溜息をつく。
「よほどこの席が気に入らなかったみてぇだなぁ……レイラさん」
篤樹は周囲を見渡した。貴族や要職者らの従者と思われる人々が、それぞれに割り当てられたシートに車座に腰を下ろし、運ばれて来た料理やお酒を飲み食いしながら語り合っている。
哀惜の宴という名に相応しく、哀しみに涙を流しているグループもあるが……大部分はまるで「お花見の席」のような談笑をしている姿に、篤樹は何となく 釈然としない気持ちでいた。
「スレヤーさま。お酒は足りておられますか?」
投げかけられた突然の声にハッと篤樹が振り返ると、スレヤーのそばにミラの侍女ユノンが立っていた。幼い顔立ちながらも「仕事」に 勤しむ侍女の面持ちで、重そうな酒樽を両手で抱えている。
「おお、ユノンちゃん。今夜は給仕のお役かい? んじゃ、1杯もらおうか」
スレヤーが破顔で応じ、銅製の杯を差し出した。ユノンは酒樽を傾け、注ぎながら答える。
「昨日から正式に復帰させていただきました。身内の者の埋葬も済みましたので……」
「ユノンの家族にも……犠牲者が?」
思わず篤樹が語りかけると、ユノンは注ぎ終わった酒樽を持ち直す。
「母の叔父に当たる方が……御一家6名全員……。私も幼い頃にお世話になった御家族でした……」
まだ10歳になったばかりというユノンの「幼い頃」って何歳の頃だろうと、一瞬、篤樹は的外れな疑問が浮かんだが、エシャーの「大変だったね……」という言葉に共にうなずくことで、無用な質問をせずに済んだ。
「お? こりゃあ珍しい酒だなぁ?」
スレヤーのひと言に、ユノンはハッと反応する。
「これは、キボクで新たに作られたものです。蒸留酒ですが……えっと……じょうじょうす? のような……その……旨味と甘味が……」
給仕者として教えられた説明の言葉を頭の中で整理しながら、ユノンは空の一点を見つめたまま一生懸命に語り出した。
「確かに 醸造酒みてぇな甘味もあるけどよ、ほぼ透明じゃねぇか。蒸留酒でここまで透き通ってる酒は、初めて見たぜ!」
杯をのぞき込みながら、スレヤーは満足そうに感想を述べる。
「はい! 真水のように透き通った色合いでありながら、 芳醇で、えっと……口の中に残るその香りは森の木々のように……」
「んなウンチクはもういいよ、ユノンちゃん。それ、樽ごとくれや!」
ユノンの解説途中でスレヤーは手を伸ばし、酒樽を奪うように引き取った。
「あっ……スレヤーさま!」
「ほら、アッキーも飲めよ!」
抗議するユノンを差し置き、スレヤーは篤樹に酒樽を寄せる。ユノンは「もう!」と頬を膨らませスレヤーをひとにらみした後、給仕場に戻って行く。
「あ……でも……僕、お酒飲んだこと無いし……」
スレヤーの勧めに、篤樹は辞退の意を示す。
「良いから飲んでみろって! 初めての酒がこんな極上品なんて、ツイてるぜ!」
「えっと……」
篤樹はしばらく考え、改めて断る事にした。
「こっちだと、大人と同じ扱いをしてもらえるのは嬉しいんですけど……僕の世界だと、20歳にならないとお酒は飲んじゃダメなんですよ……」
語りながら、ふと、父親と何気なく交わした会話を思い出す。
『20歳になったら、篤樹とも飲めるなぁ。20歳の誕生日には、一緒に飲もうな』
ほろ酔いで上機嫌な父が、まだ幼い日の篤樹に語った言葉……そうか……
「別に良いじゃ無ぇか、あっちはあっち、こっちはこっちでよ」
「最初に……」
さらに勧めるスレヤーの言葉を篤樹は遮る。
「最初のお酒は父さんと……20歳になったら一緒にって……約束をしてるんです。だから……」
帰れるかどうかは分からない……しかし、思い出してしまった父との約束が、改めて望郷の思いを駆り立てる。小さな約束事かも知れないが、それをここで破ることは出来ないと、篤樹の気持ちが固まった。
「そっか……初飲みは親父さんとが良っか……」
スレヤーは一瞬、驚きの表情を見せた後、寂しそうに小さな笑みを浮かべ、それからすぐにいつもの笑顔に戻った。
「ま、それじゃ無理には勧め無ぇよ。んじゃ、エシャーちゃんは……」
「私、お酒嫌い。飲んだこと無いけど、匂いが嫌いだから飲まない」
座に供されている果物を口に運びながら、エシャーはあっさり断りを入れる。スレヤーは苦笑いを浮かべ酒樽を横に置くと「しゃあ無ぇなぁ……」と呟きながら、自分の杯を口元に運んだ。
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