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第7章
第五話 開祖なババァ
しおりを挟む旧姓セディア・ファマス
エフィリス王国初代国王アベルの次男が降格した際に発祥したのがファマス侯爵家。これまで王の伴侶──あるいは王配を排出してきた名門中の名門である。
セディアはその侯爵家の次女として生まれ、幼い頃から非常に聡明であったという。十代に届く前より呪具への優れた才能を発揮。十代半ばに届く頃には、王城の中にある呪具研究部門に携わるようになった。
特に、既存の呪具の小型簡略化でセディアは大きく貢献しており、今現在に市井で出回っている一般家庭向けの呪具の開発についても彼女の手腕によるものである。それらの功績と知性、そして美貌からカイン王子との婚約が決まったのである。
──というのが、ラウラリスが獣殺しが知っている情報である。この辺りについては、獣殺しで亡国に纏わる資料を探っているついでではあるが一通り調べていた。
(私が十歳の頃といやぁ、ようやく躰の動かし方が分かり始めた頃かね)
調べた限りでは、カイン王が位を継いだ十年ほど前に結婚。二十歳に王妃となって間もない頃、第一子であるアベルを出産した。
「時にラウラリスさん。これは単に興味本位でお聞きするのですが──その若さでアイゼンが認めるほどの実力を有するとなると、さぞや一角の御仁を師事していたのでしょうね」
「ん? ああいや、私のはどこまで行っても我流ですよ。特別に誰かしらから教わったわけじゃないんですよ、これが」
これは言い訳の方便ではない。
当世の各所に密かに伝わっている『全身連帯駆動』は、元はと言えば前世のラウラリスが虚弱体質であった躰を万全に動かすため、必要に駆られて体得した身体運用が発端である。
言うなればラウラリス自身が開祖なのだ。
「そうですか……」
ラウラリスの、ある意味では偽らざる答えにセディアは残念そうであった。
「アイゼンが言っていました。ラウラリスさんはどれほどの待遇を用意したところで、どのような者の下に付く人柄ではないと。このような事態がなければきっと、王城に足を踏み入れることすら忌避していただろうと」
そこはかとなく棘がある評価だな、とラウラリスは出かかった言葉を飲み込んだ。
セディアの語ったアイゼンのセリフは一字一句その通りであった。エフィリス王家は悪虐皇帝ラウラリスを討ち果たした勇者の末裔であり、唯一の例外であろうが、逆にそれを除けば王族というものには近づきたくないというのは本音である。
ラウラリスの表情を見て何を思ったのか、慌てたように「こほん」と咳払いをし、セディアはあらためて口を開いた。
「実は……ラウラリスさんをお呼びしたのは、こうして落ち着いて話をしたかったのは確かですが、実はもう一つ理由がありまして」
「と、言いますと?」
「私の息子であるアベルについてです」
ラウラリスとアベルの縁は数奇なものであった。
お忍びで城下町を訪れていたアベルはその最中に護衛と逸れて治安の悪い裏路地に迷い込んでしまった。そこでお約束のように不貞な輩に絡まれていたところ、王都を訪れたばかりで道に迷っていたラウラリスが通りかかったのだ。
その時は一緒にお茶をした程度で分かれたが、次に会ったのは王城である。まさか偶然助けた少年が王子様とはラウラリスも予想外であった。
ラウラリスの武勇を聞いたアベルは是非とも指南をと懇願し、彼女はそれを承諾。ラウラリスなりに色々教えている所に、セディアが割って入りなし崩しに分かれることとなった。
アベルはその日以降も、ラウラリスからの教えを念頭に、熱心に鍛錬に励んでいたようだ。もちろん、勉学を疎かにするようなことはせず、むしろ今まで以上に集中するようになっていた。小言を言われずに存分に剣術に集中するための方便に近いかもしれない。
問題なのは、アベルに指導をできる人間は『存在しないこと』であった。
「あー、それは確かに……」
そりゃそうだ、とラウラリスは頷くことしかできなかった。
何せ、ラウラリスがアベルに教えたのは何を隠そう『全身連帯駆動』である。剣術や武術においては『奥義』とも呼ばれる動作を、常時に行うようなものであり、並の者が指導できる代物ではない。
そのことは城勤の指南役たちも理解していたようだ。誰も彼もが自分には教えきれないと、忸怩たる思いを抱きながらも辞退したのだという。アベルの剣の相手はできるが、アベルに剣を教えることはとてもではないができない、と。
「それで、私の師匠云々の話に繋がるわけですか」
ラウラリスを新たな指南役として迎え入れることはできない。であれば、その師匠であれば可能なのではないかと考えたのだ。ただ残念ながら、その目論見は根本から崩れていたわけである。
「いや、ご期待に添えなくて申し訳ない」
「すべてはこちらの我儘です。ラウラリスさんのおかげで、アベルは以前よりもずっと明るく快活になりました。指南役がいないのはこちらの不手際というものです」
ただ、と。セディアは続ける。
「ラウラリスさんのご好意に甘える形にはなりますが、一つだけお願いしたい事があります」
「……モノや程度に寄りますが」
ラウラリスと直に顔を合わせて話がしたかったというのも確かだろうが、最初からこの流れに持っていくつもりだったのだろう。セディアが口にした『願い』はラウラリスが想像した内容と相違なく、彼女は二つ返事で承諾した。
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