掻き乱された心 -キミのせいではありませんけど-

花縞まる

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【1話読み切り】掻き乱された心 -キミのせいではありませんけど-

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 カーテンの隙間から射し込む月明かりに目頭が熱くなった。
 気を紛らわせようと大きく口を広げ深呼吸をした途端に一雫の涙が頬を伝う。我ながら泣き虫だなと呆れるばかりだ。
 心の隙間に生じた僅かながらの嫉妬が胸を巣食い、いつになく自分の心を打たれ弱く、そして脆くもさせたらしい。
 昔馴染み兼恋人を奪おうとした男に対しての妬みが止まない。普段は面に出すことのない怒りが先行し、哀しみが音を立てて後を追うようにあふれ出した。なんとなしに関わっていただけであろう男に彼を奪われたくはない、その一心なのだ。
 寝床についてからもそれらは一切変わらなかった。
 隣に眠る彼、倉繁章人(くらしげあきと)は穏やかな寝息を漏らし深い眠りについている。対して外田翔吾(そとだしょうご)は一睡もできないまま、心を蝕む嫉妬心との戦闘を繰り広げていた。
 再度深く呼吸をしてもなお変わりはしない。
 荒んだ心から意識をそらし周囲に耳を傾けてみた。辺りでは章人の小さな呼吸音と時計の秒針がゆったりとした音楽を奏でている。普段であれば夢の世界へと誘うはずの音たちだが、今日ばかりは耳を塞ぎ遮断してしまいたくなるほど翔吾の心の門扉は閉じかかっていた。
 ただ唯一、現実世界と翔吾を繋げているのは章人の温もりあふれる手のひらだけ。彼の手が振り払われてしまったら最後、門扉を閉じ、誰の温もりであろうと再び触れることはないだろう。
 章人以外の温もりなど必要はない。幼い頃から共にしてきた実の弟のような存在に恋をしてから、翔吾にとっての世界の中心はただひとりだった。
 そんな世界に無理矢理入り込もうとした人間が現れた。
 そいつは容易く章人の名を呼び、親しげに微笑む。彼に応えるように章人も笑いいつの間にか肩を組んでいた。想像をしてもいなかった現実を直視した結果、溶岩のようにドロドロとした感情に苛まれてしまった。
 今後また男と顔を合わせた時には抑え切れないほどの大量の熱に侵され、全てを壊してしまいたくなる衝動に駆られてしまいそうだ。心を巣食っていた妬みだけで体をつき動かし、その男だけでなく章人もろともこの手で世界の淵に落としてしまおうとさえ考えてしまった。
 これで何度目とも知らないが、なんて女々しいのだろうと翔吾は自問を繰り返す。
 涙は止まらない。胸に秘めておかなければならないはずの妬みがあふれ返り容易く嫉妬をしてしまう自分の心と、章人が自分の手から離れてしまうかもしれないといった到底起こり得るはずのない小さな小さな不安に、心が押しつぶされてしまいそうだった。

「泣き虫か、──バカ」

 万が一章人を起こしてしまったら、間違いなく指摘されてしまうだろう。翔吾が何かある度に涙を流してきたことを彼は知っている。
 章人に意を決して告白した日でさえも心が恐怖で支配され、あっという間にこぼれ落ちていた涙。幾度となく腕で拭いながらも告げた感情は一生変わるはずがない。何があろうと彼を愛すると伝えたのだ。今なお変わりはしない。変わるものかと日々章人のことばかりを見つめている。
 そんな生活の中で不意に訪れた気前のいい男は愛する彼にいとも容易く触れたのだ。慣れ親しんでいるかの如く声をかけ、日常的な行為だと知らしめるかのように腕を回していた。

「僕のあきだったんになぁ」
「朔さん! 止めてくださいよ!」
「えぇやないの。僕のあきの仲やん?」
「はぁ? 俺はあんたとは別になんでもないですから!」
「だ~か~ら~そんなこと言わんでよ。裸の付き合いをしたぐらいの仲なんやからさぁ」

 ふたりの関係性がより一層分からなくなる男の態度に翔吾は言葉を失い、章人から話されるであろう真相を待つだけになってしまった。
 今まで意味もなく肩に腕を回している様子など見たことがない。恋人であっても人前であればある程度お互いに自重をし、周囲の人間関係に影響がないようなスキンシップを図っていただけだ。昔から自分自身が他人との距離を置き、意味もなく体を寄せ合い抱き合うなどといった行動を友人とも行ってきた記憶がない翔吾からすれば人前で腕を組む行為ですら考えものだ。
 ましてやそれが恋人である章人と見知らぬ男の間で繰り広げられている現状には声を出すことすらもできなかった。
 その間も一回り大きなその男は翔吾の頭からつま先まで事細かく見定めたかと思えば、ゆっくりと微笑み言ったのだ。

「でも、そうやなぁ……あのあきが…なぁ」

 どこか寂しそうな笑みを浮かべる男はおもむろに章人から身を引いていく。諦めているかのようにさえ感じ取れるその笑みを翔吾は知っていた。
 それは心の奥底に蓋をしているであろう感情が隠れ切れていない儚なげな笑顔。

「なんでこんなことになったんやろ……なぁ、あき?」

 話の流れは全く見えないながらも確実に生じてしまった妬みは消えやしない。どんな事情がこの男にあろうとも彼に触れた事実は消えず、どす黒い嫉妬の炎を向けてしまいそうになる。

「なにはともあれ、翔吾くん、やっけ? あきのことよろしく頼むわ」

 男からの突然の問いかけにまともな返答をする間もなく手を握られてしまった。握手をするかのような形で優しく握れ込まれると、信頼の証とでも言わんばかりに腕を上下に振られ続けた。
 やはり状況は飲み込めない。赤の他人の男とどうして握手を交わしているのか。いくつもの質問をしたいにも関わらず言葉としてまとめあげるには脳が働いていない。

「あっ、疑っとるかもしれんけど……安心してえぇよ。僕とあきは別に怪しむような関係やないからね」

 疑心的な視線に気が付いていたのかわざわざ釘を打つ彼にはやはり不信感しか抱いていない。
 胸に秘めた妬みを知られまいとしながらも、愛する人に容易く触れていた男が許せずにいたのだ。
 その男と別れ、「あの人とはなんでもないよ」と章人の口から直接告げられてもなお、夜中になるまで心中は一切変化がない。夜空は月を迎えながらも、翔吾の心は怪しい男の存在を快く受け入れることはできずにいた。

「泣き虫か」

 万が一章人を起こしてしまったらそう言われてもおかしくはない。けれども刺激を受けた感情は容易く涙へと形を変えるのだ。いい歳にもなった男がたかだか一度の嫉妬で涙を流してしまうなどバカバカしいとは自分自身も思っているが、目尻を何度袖で拭ってもなお止まらない。
 翔吾は昔からの泣き虫だった。幼い頃からの性格故に章人も理解してくれているが、この愛する者の手の温もりを奪おうとしていた奴がいた、というだけで悔しくて、悲しくて、そして妬んで涙したのだ。

「あきちゃん……こんなんじゃ……オレのこと嫌いになるよなぁ…」

 隣で眠る章人は気付けばひと回り以上大きく成長していた。今では自分のほうが小さな子どもに見える。
 ふたりで遠出をすると兄弟に見間違われることは多々あるが、毎度のように体が小さく一歩引いた位置にいる自分が弟として見られ、胸を張り何も迷いのないように歩く彼を他人(ひと)は兄だと判断するのだ。

『仲の良い兄弟ね』

 その言葉の後ろには必ずと言っていいほど翔吾を弟扱いする他人の言葉が続く。
 自発的に耳に入れているつもりはなく、否が応でも聞こえてしまう悪意なき他人からの話し声が心底不快にさせてくる。その都度何者の侵入も許さない深淵へと逃げ込み他人の存在を拒絶してしまう。
 彼らの言葉に引っかかりを覚えてしまうほど翔吾は体格だけでなく、その心までもが変貌を遂げていた。
 自分自身のほうが年上なこともあってか、今までは兄のような態度をとっていたにもかかわらず、今では数個下の章人に甘えては、彼という存在を取られたくない一心なのだ。

「……アイツとあきちゃんは別になんとも思ってないって……そう言ってくれたはずで、頭の中では分かってるはずなのに…………アイツ…あの男が……あきちゃんは自分のものみたいに近付くから……」

 偽ることのできない負の感情。消し去り拭いきることのない怒りがこの身を支配してしまいそうだ。
 あふれでた涙は渇かないまま仰向けで眠る章人の首に手をかけてしまいそうになる。

「オレの、バカ……」

 ──なに、してんだよ。

「あきちゃん、起きちゃったの?」

 突然かけられた声にハッとした。自分自身が漏らそうとした言葉と全く同じものが聞こえてきたのだ。
 心臓が今までにないほどの強さで脈打っていて焦りを隠せそうにもない。行き場の失った腕を勢いよく背中に隠しては、意味はないだろうが必死に冷静さを取り繕う。

「ごめんごめん、ちょっと眠れなくってさ。水、飲んでくるね」

 もしかしたら涙のわけを章人は既に悟っている可能性すらある。
なによりも決して知られたくもない事柄でも問われれば答えざるを得ない。何事も彼に対して秘密にしておくことなどできやしないのだ。過去にバカ正直者と言われたことがあるくらいだ。章人の意志が強く何もかもを見透かしているかのような瞳からは逃げることができない。

「しょうちゃん、どうした? 朔と会ってからなんか変だぞ」

 猶予すら与えてはくれないのだ。誤魔化す素振りをしてもなお意味を持たず立ち上がることさえも叶わない。
 返答をしようにもただ言い淀むばかりだ。自分自身の弱さを露呈させ、醜い感情すらもぶつけることになってしまうのだから前向きに話せるはずもなかった。
 愛する人だからこそ、落胆させるような真似をしたくない。嫉妬に狂い、手をかけようとしていたなどと告げられるがないのだ。
 
「……しょうちゃん、俺の目、見れる?」

 起き上がった翔吾に両肩を痛みがない程度に掴まれた。
向き直る姿勢になってしまい、一度ゆっくりと空気を嚥下した。視線をそらすことすらも許されない章人の力強い目力に圧倒され委縮してしまいそうだ。
恐怖ではない。章人に対して隠し事をしている自分自身が許されないような気持ちになってきてしまう。
この何でもかんでも見透かしているかのような瞳が昔から嫌いだった。翔吾の上手く言葉で言い表せない心の弱さに付け込まれているような気がしていた期間すらもあった。昔馴染みながらもこの瞳に何度自分の弱さを見透かされてきたことだろう。
それでもなお章人のこの目が好きだった。

「うん、よくできました」

 自分にはない力強さと何者にも怯むことのない意志。

「それじゃあ話すこともできるよね?」

 時折見せる笑顔を浮かべながらも有無を言わさない圧のある態度といい、本人は自覚がないようだが根の部分は間違いなくSだろうと翔吾は踏んでいる。
 また断り切れず彼に従い、高圧的な態度と瞳にその身が熱を持ってしまう自分は相性がいいのかもしれない。
 微笑み返答を促す章人にゆっくりと顎先に手を添えられた。僅かばかり冷えた指先がくすぐったい反面、飼い主に愛されている猫にでもなったような感覚だ。不思議と気分が高揚していく気がしてならない、頭の中が章人でいっぱいになっていくようだった。
 
「言ってみなよ、翔吾」

 離れていく章人の指先を惜しみながら、再度促され一度小さく頷くことで言葉を発するという脳に切り替えた。

「……オレ、嫉妬したんだよ。あの男に」

 伝えるつもりがなかった感情。知られたら最後、笑われてしまうと考えてばかりだった。ただそれだけのことで涙を流す年上の恋人など恥ずかしい存在だと捉えられてしまうかもしれない。
 隠し切れるはずがないと十分に理解しながらも、自分で墓穴を掘っていたかのようだ。想いを留め素直に寝てしまえばよかったものを今になって後悔した。

「朔に?」
「うん」

 そんな名前の男だったか、と心で呟いた。名前を覚えるつもりもなく、金輪際顔を合わせるつもりもなかった男の名前などに興味はない。
 章人に問いかけに頷くと、彼の瞳が少しずつ変化していったことに目が向いた。
 馬鹿にするように目が笑っているわけでも、呆れるように視線を落としたわけでもない。ただ静かに嬉しそうに微笑んでいたのだ。

「しょうちゃん、可愛い」
「はぁ!? か、可愛いって」
「可愛いよ。朔に嫉妬したんだね」

 え、と驚いている暇もなかった。不意に体を寄せ付けられたかと思えば、すっぽりと彼の腕の中に収まる形になっていた。
 章人のあたたかな温もりに心が静まる思いだ。今日抱えてしまった苛立ちと妬みら全てが吸い寄せられていくような感覚。

「何も心配しなくていいのに。昼間も言ったろ? 俺と朔の間にはなにもないから」
「それは……わかってるんだけど、あの人……わざわざ目の前であきちゃんと肩を組まなくたっていいのに」

 僅かに残る不安さえもが自ずと口から出て行く。

「アイツはあぁいう奴なんだよ、昔っから」
「昔から?」
「あ、いやすまん。別に変な意味はねーよ。アイツの弟と学校が同じだったからな、それで知り合っただけなんだけど、まぁ……アイツには既に恋人もいるし、俺のことなんて眼中にはねーから」

 未だに章人の全てを知っているわけでもない。思いも寄らない男の存在に心が揺れ動かされてしまうことすらある。
 けれどもただ確かなのは自分を強く抱き締めてくれる存在は彼だけだとういうこと。

「ごめんね、あきちゃん」
「いーよ。気にすんな」
「……ありがとう」

 吸い寄せられるように近付いてきた唇に、己の唇をゆっくりと重ね合わせた。
 
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