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第3話:回り出す運命の歯車
しおりを挟む「あっ…」
カインは目の前の光景を見て、呆然としていた。
死んだジェーンの体が、次第に淡い蒸気を上げながら蒸発を始めたのだ。あの恐ろしい力を振るっていた彼女の肉体は、まるで存在したこと自体を否定するかのように、跡形もなく消えていく。その中で唯一残ったのは、彼女が身に着けていた衣服と、金属製の首飾りだった。
「…それじゃ」
男は首飾りを拾い上げると、重い戦斧を背中に再び担いで店を後にしようとした。
「待てよ!」
カインは咄嗟に声を上げた。全身が痛み、息も荒いが、黙って見送ることができなかった。
男は一瞬立ち止まり、首を少しだけカインの方に傾けた。
「お前…一体何なんだ?何者なんだ!?あの女も一体…!?」
カインの問いに、男は少しの間無言でいたが、やがて淡々とした口調で答え始めた。
「…超人だよ」
「…超人……?」
「普通の人間じゃない。人間をはるかに上回る身体能力を持ち、その中でも一部は超能力――つまり、人智を超える力を持ってる」
カインは混乱した。超人?超能力?何かの冗談にしか思えなかった。だが、目の前でジェーンが自らの体を金属化し、圧倒的な力で自分を蹴散らしたのは紛れもない事実だった。
「俺はその超人たち、特に犯罪者どもを狩ってる。それだけだよ」
男は簡潔にそう説明し、再び酒場の出口に向かって歩き出した。
「待てよ!そんな話、急に言われても理解できるわけないだろ!」
カインは必死に追いすがったが、男は振り返ることなく冷たく言い放った。
「アンタのために忠告してやる。俺たちに関わるな…!!」
その言葉には何か重みがあった。カインは一瞬、追いすがるべきかどうか躊躇した。だが、次の瞬間、自分の胸の中に湧き上がる熱い感情を抑えられなくなった。
「待ってくれ!!」
カインの叫びが、男の足を止めた。
「…俺の姉さんは…超人に殺されたかもしれないんだッ!!」
男はゆっくりと振り返り、大きな目でまっすぐカインを見つめた。その目の中には一瞬、興味の色が見えた。
カインは息を整え、全てを話し始めた。
「名前はレム…俺より四歳上で、三年前に失踪したんだ。」
その名前を口にする度に、カインの表情が一層陰りを帯びた。彼の瞳の中には、深い悲しみが漂っている。
「姉さんには恋人がいた。そいつと一緒にある日突然、消えた。」
「…駆け落ちでもしたんじゃないのか?」
男は拍子抜けしたように、ため息交じりに言った。
カインは力強く首を振る。
「…父さんと母さんは、そう考えてる。でも、同じ日に町のはずれで倉庫が燃えて、その近くの川からはギャングのバラバラ死体が見つかった…」
ギャングの死に様は恐ろしく不気味だった。
どの死体の断面も、定規で測ったかのように精確な凸凹が連続する面であり、切断面同士が綺麗に合致する様はジグソーパズルを連想させた。
「…そもそも、姉さんは駆け落ちするような不良じゃない」
カインの声には強い悲しみと懐かしさが滲んでいた。
カインの脳裏に、物静かそうに微笑むレムが鮮やかに浮かぶ。
記憶の中のレムは背が高く、いつも白いブラウスを着て、ブラウンのロングスカートを履いている。髪は夜の海のように濃い藍色のセミロングで、綺麗に整えられていた。
彼女は善人だった。いつも周りに気を配り、誰もが傷つくことなく幸せに人生を過ごすべきだと信じていた。
レムは、カインが街で悪さをしたときは猛然と注意したが、彼が善い行いをしたときは抱きつかんばかりに賞賛してくれる。
彼女は体が少し弱かったが、役場の窓口に立ち、街の人々の様々な悩み事を聞いていた。
「どうしたらいいかな…」
仕事を家に持ち帰り、ダイニングテーブルに向かって腕を組みながら頭を悩ませている姉を見て、カインは呆れつつも、心のどこかで誇らしく思わずにいられなかった。
そんな姉が、失踪した。
何の痕跡も残さずに、失踪した。
増していく胸の痛みから逃れようと、カインは目を強くつむる。言葉にも力がこもった。
「別に…駆け落ちしたならそれでいい。どこかで人生を楽しんでるなら…」
男はカインの話に静かに耳を傾けていた。
愛する家族の生死が分からない苦しみは、想像を絶する。
カインは姉が、どこかで生きていると信じて旅に出たのだ。
「この一年間、普通の手段じゃ何の痕跡も見つからなかった」
「でも今、あんたの話を聞いて、もしかしたら…姉さんが何か、超人の犯罪に巻き込まれたんじゃないかって思うんだ」
カインは必死だった。彼の目には深い悲しみと強い決意が宿っていた。
「だから…お願いだ!俺を連れて行ってくれ!!」
「あんたと一緒にいれば、何か答えを見つけられる気がするんだ!!」
男はしばらくの間、カインの言葉を黙って聞いていた。冷たい眼差しのまま何も言わない男の前で、カインはその場に立ち尽くしていた。
しばらくして、男は少しだけ口元を緩めた。
「…無茶なやつだな」
男のその言葉に、カインは胸を締め付けられる感覚に襲われた。やはり無理か、と落胆の表情を浮かべる――
「…分かった、一緒に行こう」
その言葉に、カインの目が見開かれた。男が続ける。
「アンタみたいな熱い奴が、俺は大好きなんだ」
男は笑いながら、カインに手を差し伸べた。
「俺はユウ。よろしく」
「…カインだ!!」
カインは力強く、差し出されたユウの手を握りしめた。その瞬間、二人の旅が静かに幕を開けた。
だが、この時、二人はまだ知らなかった。この旅が彼らを地獄へと導くことを――。壮絶な苦しみと、無数の涙が待つ悪夢の果てへと。
呪われた運命の歯車が、いま回り始めた。
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