ダブルソード 第二章 ~アドラ編~

磊蔵(らいぞう)

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第39話 魔女グレイス

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(も、もう……ダメだ……)

限界を感じたその時だった――ふいに肩を掴まれ、和哉はハッと我に返った。
驚いて振り返ると、そこには満身創痍のギルランスが立っていた。
和哉の暴走した魔力のせいで肩を掴むその手はバチバチと音を立てながら黒く焦げてしまっているが、そんな事など気にもしていない様子だ。

「カズヤ……もう大丈夫だ……大丈夫だから、落ち着け……」

ギルランスは和哉を落ち着かせるように語り掛けながら、優しく微笑んだ。
すると不思議な事に、あれだけ荒れ狂っていた和哉の魔力が嘘のように治まっていったのだ。
和哉は自分の両手を見つめる。
あれほど荒ぶっていた魔力はもうすっかり落ち着きを取り戻していた。
ふと、肩に置かれたギルランスの手を見ると、彼の手には酷い火傷が出来てしまっているのが確認でき、和哉は焦る。

「ギ、ギル……手が――」

「――ん?ああ、これぐらい大丈夫だ」

ギルランスは何でもない事のように笑って言うが、その笑顔はとても痛々しかった。
(僕のせいだ……僕がもっとしっかりしていれば……もっと強かったら……)
自分を責めながらきっと泣きそうな顔をしていたのだろう――和哉の顔を見たギルランスは困ったように笑う。

「お、おい、泣くなよ……俺はこれくらいじゃ死なねぇって……俺は人一倍頑丈だし治癒力も高いんだ……だから大丈夫だって……な?」

慰めるように言うギルランスの言葉に、和哉の胸はかえって締め付けられる。
罪悪感でいっぱいになる和哉だったが、今の状況はそんな悠長なことを言っている場合では無かった。
どうやら、二体とも倒されてしまうとは思っていなかったようで、二人の様子を離れた位置から見ていたグレイスは驚きを隠せないような顔を見せていたが……やがて、徐に口を歪めるとニタリと嗤った。

「……その魔力、素晴らしいぞ……わらわ寄越よこすがよい……妾単語わらわの力となるのじゃ!」

和哉を見つめながらそう叫ぶグレイスの瞳は欲望に満ちており、口元からは涎を垂らしていた。

(この魔女……完全に正気を失ってる……)

その姿に嫌悪感を覚え、和哉は思わず顔を顰める。

「――お断りします!」

きっぱりと断る和哉の言葉に、グレイスは一瞬呆けた表情になった後、みるみるうちに怒りの形相へと変えていった。

「何故じゃ!?そなたをわらわの一部としてやろうと申しておるのだぞ!?何が不満なのだ!?」

グレイスが激昂げきこうして叫ぶと、部屋の空気がビリビリと震える。
あまりの威圧に少々すくみながらも、和哉はもう一度はっきりと拒絶の意を示した。

「そ、そんな事望んでいませんし、絶対にお断りします!」

そう断言した和哉の様子に、ますます怒り心頭に発したグレイスは激しく地面を踏みつけた。

「ええい!黙れ!いいから大人しく差し出すのだ!」

グレイスは叫ぶと両手をかざし呪文を唱え始めた。
途端に彼女を中心に大きな魔法陣が現れ、そこから無数の触手のような物が伸びてきた。

「なっ!?」

驚愕する和哉の目の前で、それらは一斉に襲いかかる――だが、それは寸でのところで阻まれる。

「――ふっ!」

ギルランスが和哉を庇うように前に立ち双剣を振るい全てを切り払ったのだ。
しかし切り払っても切り払ってもそれはすぐに再生してしまう。
しかも、ギルランスが対応している間に、さらに本数を増やして生えてきた別の触手が和哉に襲いかかる。
慌てて飛び退こうとするも、遅かった。
和哉は数本の触手に囚われ、そのまま宙に持ち上げられてしまった。

「うわっ!?」

「カズヤ!!」

すぐさまギルランスが反応し和哉に駆け寄ろうとするが、更に迫る何本もの触手に阻まれ近づくことが出来ないようだった。
その間にもギリギリと和哉を捉えている触手は締め付けを強くしていく。

「ぐ……」

息が出来ない程強く締め上げられ意識が遠退きそうになる。

(このままじゃまずい……!)

和哉がそう思った時だ――ギルランスの詠唱の声が聞こえ、それと共に彼の魔力が一気に高まるのを感じた。
苦痛に耐えながらも和哉が目の端で彼を捉えると、凄まじい形相のギルランスと目が合った。
ギルランスは『赤龍』を起こしていた。
ギルランスがゴウッと音を上げながら炎を噴き上げる『赤龍』を一振りすると、彼の周りを囲んでいた触手は一瞬で焼き尽くされ灰と化す。

「おのれぇえ!!小癪こしゃくな真似を!!」

グレイスが憎々しげに吐き捨てたその瞬間、ギルランスが地面を蹴る。
まるで弾丸のような速さでグレイスに向かい矢のように突っ込んで行った。
グレイスは舌打ちをすると短く呪文を詠唱し魔法障壁を張る。
だが、そんなものはお構いなしとばかりに、ギルランスは手にした剣を渾身の力を籠めて振り下ろした。
『赤龍』は炎の軌跡を描きながら眩く輝きを放ち、そのままグレイスに向かって真っ直ぐに伸びていく。
ガキィンッ!!という音と共に障壁とぶつかり合い火花が飛び散る。
しかし、それも一瞬の事だった。
ギルランスの剣から放たれた炎の斬撃は障壁を突き破り、グレイスへと直撃した。

「ぎゃぁあああ!!!」

耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。
それと同時にグレイスの片腕がボトリと音を立てて地面に落ち、炎に包まれ燃え上がった。
切り口から大量の血が噴き出し地面を真っ赤に染めていく。

「うぎゃあああ!!わ、妾の腕ぇえ!!」

グレイスは悲鳴を上げ、腕を押さえて蹲った。

「はぁ……はぁ……しぶてぇな!!」

肩で息をしながらギルランスが呟いた次の瞬間、落ちた腕の部分からブクブクと泡立ち、肉塊のようなものが盛り上がってきたかと思うと瞬く間に腕が再生された。

「よくも……よくもやってくれおったなぁ……!」

グレイスは怒りに満ちた声でそう呟くと、再生した腕をそのまま突き出し、ギルランスに向けて魔力を放出した。
その衝撃波に吹き飛ばされたギルランスは、そのまま壁に激突し瓦礫の山に埋もれてしまう。

「ギ、ギルっ!!」

和哉は触手によって捕らえられ動けないままギルランスの名を叫んだ。
だが、ギルランスからの返事はない。
そんなギルランスに追い打ちをかけるように新たな触手が彼に迫る。
それを見ている事しか出来なかった和哉だが、その時、ふと自分を拘束している触手の力が弱まったのを感じた。

(今だ!!)

その隙に逃げ出そうと身をよじ藻掻もがく。

「おや、逃がさぬよ」

その抵抗に気付いたグレイスがすかさず触手を操り、再度和哉の身体をきつく縛り上げるが――彼女は何かに気付いたような表情をして、少し考える素振りをみせた。

「……なるほど……蘇ったばかりでは、まだ妾の魔力は充分に回復していないようじゃな……」

グレイスは独り言のように呟くと、再び和哉に視線を向けニィッと笑みを浮かべる。

「――となれば、ますますそなたの力が欲しいのぉ……そなたのその魔力、妾に捧げよ……」

そう言って笑みを深くすると、呪文を唱えながら触手に捉えた和哉を自分の方へと引き寄せた。

「うっ……!」

「さあ、今こそ一つになろうぞ!」

グレイスがそう言った瞬間、和哉の全身に激痛が走った。
メキメキと骨が軋み内臓が押し潰されるような感覚に息が出来なくなり意識が遠退いて行く――。

(僕……死ぬ……のか……?)

薄れゆく意識の中で和哉が諦めそうになった時、突然グレイスの上空に光の渦が現れた。
和哉が思わず見上げたのは勿論のこと、グレイスもまた何事かと上を見る。
光の渦から現れたのは――なんとあのリリスのパートナーである、ジュールだった。
彼はグレイスが憑依したリリスに優しく語りかけた。

「……リリス……僕のリリス……愛しているよ……戻っておいで」

彼はそう言いながら彼女に手を差し伸べた。
すると今までグレイスの人格に支配されていたリリスの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
そして、先程までの恐ろしい表情が一変し、元のリリスの顔に戻っていく。
それと同時に和哉を拘束していた触手の力が弱まり、地面にドサリと落ちた。

「カハッ!――ゴホッ!ハァッ!ハァッ!」

和哉は地面に手を付き咳き込みながら必死に酸素を取り込む。
どうやらまだ死んではいないらしい――まだ生きている事が不思議なくらいだった。
涙目のまま顔を上げた和哉の目の前では、グレイスとリリスが彼女の体の中で激しく争っていた。
彼女の全身がボコボコと波打ち、その度に彼女は苦しそうな呻き声を上げる。

「うぐっ……!おのれぇ……!小癪な真似をしおって……!」

グレイスが憎々しげに呻く。
だが、彼女も余裕が無いらしくかなり苦戦しているようで、グレイスとリリスが代わる代わるに表へ出ては引っ込んでを繰り返している。
どうやら二人の意思の力が拮抗しているようだ。
そして、リリスに戻った一瞬だった――彼女は和哉に目を向け小さく「……殺して」と呟いた。

(――!)

和哉はその言葉の意味を理解すると同時に、矢筒から矢を取り出し番えると彼女に狙いを定める――だが、それを放つ事が出来なかった。
このまま急所を狙って打ち込めば確実にリリスの命も奪ってしまうからだ。

(――くっ!どうすれば……)

弓を構えたまま葛藤していた和哉はふと、彼女の右の胸あたりに小さな文様が刻まれている事に気が付いた。

(――もしかしてあれは!?)

和哉の脳裏にリリアナの首に付いていた文様が浮かんだ。

(全然違う紋みたいだけど……でも!)

一か八かだったがのんびり悩んでいる暇はない――和哉は意を決して彼女の右胸の文様に狙いを定めると矢を打ち込んだ。
放たれた矢は風を切り裂き真っ直ぐに飛んで行き、吸い込まれるように的確にその文様の中央部分に突き刺さった。

「ぐあぁっ!!」

矢を受けたリリスはそのまま地面に伏し、胸を押さえて蹲った。

「うっ……くっ……!」

苦しそうに呻き声を上げる彼女の元に駆け寄った和哉は急いで抱き起す。

「リリスさん……!」

「……あ……あぁ……ありが……とう」

彼女は途切れ途切れになりながらも、懸命に言葉を紡ぐ。
すると突然リリスがカッと目を見開いたかと思うと彼女の口が大きく開き、そこから黒い煙のような影が勢いよく飛び出してきた。
それは洞窟の天井近くまで上がり渦巻きながら空中に浮かぶ――そこにはまるで女の幽霊のように半透明の人型のシルエットが現れた。
それはリリスに憑依していたグレイスの思念体だった。
黒い靄のような姿になった彼女は洞窟中を飛び回りながら和哉を睨みつけるが、なす術もないのだろう。

「おのれ……やっと……やっと妾《わらわ》とかわいい我が子の無念をこの世に晴らすことが出来ると思ったのに……ああ、口惜しい……口惜しいのぅ……」

それは憎悪と哀愁に満ちた声だったが、次第に小さくなってゆき、やがて思念体と共に消えて行った――。
和哉はふぅーっと長い溜息をついた。

(お、終わった……のか?)

周囲を見回せば、先程までの光景が嘘のように辺りは静まり返っていた。
どうやら全て片付いたようだ。
そして和哉は改めて抱き抱えていたリリスに目を落とすが、腕の中の彼女は既に息絶えてしまっていた。
和哉の矢が致命傷となったわけではなかった――おそらく、グレイスが憑依した時点で彼女の運命は決まってしまっていたのだろう。

(リリスさんを助けられなかった……)

和哉の目から涙が零れ落ちた。

「う……ごめん……リリスさん……」

肩を震わせ声を殺して泣いている和哉の肩に、そっと置かれた手があった。
振り返ると、そこには心配そうな表情をした満身創痍のギルランスが立っていた。

「大丈夫か?」

ギルランスが無事でいた事に安堵しつつも、和哉はまたしても彼に庇ってもらった自分への不甲斐なさと、リリスを助けることが出来なかった後悔から涙が溢れ出す。

「ギルっ……ごめんっ……僕のせいで……それに、リリスさんが……」

涙ながらに訴える和哉にギルランスは黙ったまま静かに頷くと、慰めるように優しく背中をポンポンと叩いてくれた。
すると、そんな二人の上に明るい光が降り注いだ。
見上げるとその光の中にリリスとジュールが立っていて、こちらを見下ろしていた。
ジュールは和哉とギルランスに微笑んで言った。

「ありがとう……あなた方のおかげで一時的にグレイスの魔力が弱まり、リリスを取り戻す事が出来ました。感謝します……」

リリスも隣で幸せそうな顔をしている。

「おかげで愛する夫に再び会う事が出来ました……本当にありがとうございました……お二人ともお幸せに……」

そう言い残すと彼らは収束する光と共に消えていった。

(……そうか……良かった……)

彼らの姿が完全に消えるまで見送ると、和哉はその場に座り込んでひとしきり泣いた。
ギルランスはそんな和哉の隣に座り、泣き止むまで黙って肩を抱いてくれていた――。

その後、グレイスに取り憑かれていたリリスの遺体は、街外れの共同墓地に埋葬された。
その埋葬の際、和哉はギルランスにリリスの胸元に小さく刻まれていた文様の事を伝えた。
ギルランス曰く、それは、復活したグレイスの依り代となるための刻印だという事だった。

今回の事件について二人の出した結論は次の通りだ。
――おそらくジュールの日記に書かれていた”道に迷っていた男”彼がこの事件の犯人で、その男が偶然出会ったリリスに目を付け、グレイス復活の刻印を刻み込んだ、というものだ。

男が何の目的でグレイスを復活させたかったのかは分からないが、恐らくリリスの体を使って何かを企んでいたのだろうと推測できた。
だが、今のところ二人に分かるのはここまでだった。
とにかくギルドに戻って報告をしなくてはならない。
二人は馬車に乗って急いで街へと戻った――。
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