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第38話 覚醒
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二人が洞窟の中に入ると、そこには地下へと続く階段が続いていた。
迷わずそのまま駆け下りていくギルランスの後を追うように、和哉も続く。
細く薄暗い階段を下りていくギルランスの背中を見ながら和哉は先程の事を思い返していた。
(さっき……なんであんな事に……)
至近距離で見たギルランスの瞳は息が止まりそうな程に美しく、その琥珀の瞳に吸い込まれてしまいそうだった。
(いや、実際あのままだったらきっと……)
そう、まるで磁石に引かれるように……そして――。
そんな風に考えた和哉は、体がカッと熱く火照るのを感じた。
(いや、あれは事故だから!わざとじゃないから!!)
もはや誰に言い訳しているのか自分でも分からない状態だったが、和哉は心の中で必死に自分に言い聞かせた。
だが……ただ、気になるのはあの後のギルランスの態度だ。
彼は何事もなかったかのように振る舞っているが、明らかによそよそしくなったように和哉は感じていた。
実際、あれから一度も目を合わそうとしないし口数も減ったようにも思えるのだ。
やはり嫌……だったのだろうか……?そう思うとなぜか和哉の胸の奥はズキンと痛む。
(ギルがいくら優しい人だからって、やっぱり男の顔面があんな距離に迫ってたら気持ち悪いよね……はぁ~嫌われちゃったかな……?)
もし本当にそうだったらどうしよう――そんな不安に駆られながらも、今はそんな事考えている場合ではないと思い直す。
和哉は気持ちを切り替えるよう努めながら、先を走って行くギルランスに続いて階段を駆け下りていった。
階段を降りきると、そこは洞窟の中とは思えない程の大きな広間になっていた。
東京ドームよりも広いのではないかと思われるほど広大な空間だ。
天井は高く10メートル以上はあるだろうか?――その最上部に空いた大きな穴から差し込む光のおかげで思いの他明るかった。
そしてその穴から降り注ぐ光の中、こちらに背を向けリリスは立っていた。
その姿はまるで舞台上でスポットライトを浴びて立つ女優のような雰囲気を醸していた。
だが、それにしてもどうも様子が変だ。
そんなリリスの様子に二人は思わず足を止める――遠くから窺っていると、彼女はゆっくりとこちらを向いた。
そして涙を流しながら口を開く――。
「……に、逃げ……て……」
「えっ?」
リリスの言葉に和哉が聞き返した瞬間だった――彼女の体が激しく発光し、眩い光が包んだかと思うとすぐにその光は収束していった。
そして、その光の中から現れたのはリリスであってリリスで無い者だった。
そこに立っていたのは確かに姿こそリリスなのだが、その表情は先程とはまるで別人のように冷たく表情のないものだった。
いや、そもそも本当にあれはリリスなのだろうか……? そんな疑問と戸惑いを感じながら見つめる二人の前で、リリスが徐に口を開いた。
「そなた達は何者じゃ?」
その声はやはりリリスの声なのだが、口調や雰囲気が全く違うため違和感しかない。
(え……リリスさん?なに?この雰囲気は……)
予期せぬ状況に和哉が戸惑っていると、隣からリリスの問いに答えるギルランスの声が上がる。
「俺達は通りすがりの冒険者だ――お前、『グレイス』だろ?あの本に書いてあった1300年前の魔女『グレイス』じゃねぇのか?」
「……いかにも、妾はグレイス……1300年の時を経て憎しみの魂に従い世界を破滅へと導くために再びこの世に蘇ったのじゃ……」
そう言ってその瞳に憎悪と狂気の色を宿しながらグレイスは妖艶な笑みを浮かべた。
そこで和哉は漸く現状を理解することが出来た。
豹変したリリス――いや、グレイスにギルランスは続けて問いかける。
「お前、誰の力を借りて復活した?死者の復活なんて……しかも1300年も前の魔女ときたら、それ相応の力を持った奴じゃないと無理だぜ?」
その問いにグレイスの笑みが深くなった。
「さぁのう……知りたくば力づくで聞き出すがよい」
「ちっ!やっぱ素直に話す気はねぇか……まぁいい、どっちにしろお前を倒す事に変わりはねぇけどな」
言いながらギルランスは双剣を構え、グレイスを見据える。
だが、そんなギルランスにグレイスは全く怯む様子も見せず、むしろ楽し気に笑い声を上げた。
「ふふふ……生意気な小僧め……妾を倒すなど片腹痛いわ。やれるものならやってみるがいい!」
そう叫ぶと同時に彼女はバッと両腕を広げる。
すると床から黒い霧のようなものが湧き上がったかと思うと、二体の巨大な魔獣が現れた。
一体は真っ黒な毛並みをした頭が三つある犬のような魔獣で、もう一体はこちらも三つ首の全身が紫色の毒々しい色の蛇のような魔獣だ。
どちらも牙を剥き出し、涎を垂らしながらこちらを威嚇している。
その魔獣たちの大きさと禍々しさに息をのむ和哉の横で、ギルランスの思わずといったような声が漏れる。
「おいおい、無詠唱でケルベロスとヒュドラの二体同時召喚かよ……ったく、どんだけの魔力持ってんだよあの女……」
(ケルベロス!?ヒュドラ!!?)
いくらこの世界に無知な和哉でもその名前は知っている――ゲームや物語などによく出て来る超有名なモンスターたちだ。
ギョッとしつつギルランスに振り向く和哉の目に、ニヤリと口角を上げたギルランスの顔が映った。
だが、その額に微かに汗が滲んでいるのを和哉は見逃さなかった。
つまり、それほどまでにこの二匹の魔獣が強いという事なのだろうと悟る――。
(ちょっ……マジっすか……)
和哉は思わず天を仰ぎたくなった。
今にも襲い掛からんと威嚇の唸り声を上げながら立ち並ぶ二体の魔獣を前に、和哉がゴクリと唾を飲み込んだその時――グレイスの声が高らかに洞窟内に響き渡る。
「さあ、可愛い下僕たちよ!妾単語に仇なすあの者たちを者たちを血祭りにあげるのだ!」
主の命を受けた魔獣たちは咆哮を上げ、一斉に二人に向かって突進してきた。
(来たっ!)
勿論ギルランスは大きく跳躍をして軽々と回避するが――和哉はといえば、必死に逃げてなんとかその攻撃を躱すのが精いっぱいだった。
ドガァッ!!
先程までいた場所が大きく抉れる。
どうやら直撃すればひとたまりもないようだ。
(うひゃ!こんなのまともに食らったら即死じゃないか!?)
ドッと冷や汗をかく和哉の耳にギルランスの鋭い声が飛び込んできた。
「カズヤ!先に俺がこっちの犬っころをかたずける!!お前は逃げながらでいい、あっちの蛇野郎を引きつけておいてくれ!」
「わ、分かった!」
指示に従い、和哉はすぐさま逃げ回りながらも弓を構えた。
視線の先には、鎌首をもたげながら『シャーッ』と威嚇音を発している三つの頭を持った紫色の大蛇がいる。
ふいにその三つの首の一つと目が合った。
その瞬間――和哉は背筋がゾクッとするのを感じた。
それは恐怖によるものなのか、それとも別の何かなのか……分からないままに本能が警鐘を鳴らす。
慌ててその場から飛び退くと、一瞬前まで自分がいた場所に、ヒュドラが大きな顎門を開き食らいつくところだった。
和哉は飛び退きざまに矢を射かけ、反撃の一矢を放つが……。
ヒュドラの硬い鱗を貫くことは出来ず、甲高い音と共に弾かれてしまった。
(硬――っ!)
焦りを感じる和哉だったが、それでもヒュドラの攻撃をよけながら必死に打開策を考えていた――そして……。
(――そうだ!)
思いついた策を早速試すべく、和哉は弓を横に倒して構えると、二本同時に番え弦を引き絞った。
そしてタイミングを見計らい――放つ!
二本の矢は一直線に飛び、ヒュドラの三つ首のうち一つの頭の両目を正確に射貫いた。
「ギャオォオオオオオオオオ!!」
両目を潰されたヒュドラの凄まじい叫びが洞窟内に響き渡る。
(よっしゃ!)
いくら硬い鱗に覆われているとはいっても、やはり目だけは柔らかいようだ。
凄まじい絶叫を上げて悶え苦しむヒュドラの姿に手応えを感じた和哉だったが、そう簡単に終わらせてもらえるわけもなく――。
他の二つの首が怒りに満ちた目で和哉を睨みつけたかと思うと、一気ににこちらに突進してきた。
(げっ!?)
慌てて転がるように避ける和哉の脇腹あたりを衝撃が駆け抜ける。
間一髪直撃は免れたものの、ヒュドラの鋭い牙がかすったのだろう――和哉は脇腹に走る痛みに顔を歪ませた。
見れば、服が裂け血が滲んでいる――。
だが傷自体は浅く、毒などの攻撃も受けていないようだ。
(あっぶなかった~)
ホッと胸を撫で下ろしながら視線をヒュドラに戻した和哉は、突っ込んだまま体勢を戻せていないヒュドラに気付く。
ここぞとばかりに素早く三本の矢をまとめて弓に番えると、今度は一ヵ所に狙いを集中させて射ち込んだ。
ザシュッ!!
矢の数を増やし一点に集中させて威力を増したおかげで、ついに敵の硬い鱗は砕け、深々と突き刺さった。
「グギャァアア!!」
ヒュドラは苦悶の叫び声を上げ、激しく身悶える。
(よしっ!イケるかも!)
そう思い油断してしまったのがいけなかった――さらに追い打ちをかけようと和哉がヒュドラとの間合いを詰めたその瞬間だった。
ヒュドラの尾が横から凄まじい勢いで迫ってくるのを和哉は視界の端で捉えた。
(しまった――避けられない……!)
そう思った刹那――。
ドン!!
飛び込んできたギルランスに体を突き飛ばされたかと思うと、ヒュドラの尾がゴウッと和哉の鼻先を掠めて行く。
と、同時にドガッ!という音と共に目の前のギルランスの姿は掻き消える――彼はそのまま尾の攻撃をまともに受けてしまい吹き飛ばされ、洞窟の壁に激突してしまったのだ。
洞窟の壁面が陥没する程の威力だ。
「ガハッ!!」
ギルランスの口から鮮血が飛び散り、大量の血が吐き出される。
「ギルっ!?」
ギルランスはそのまま下に落下し、ドサリと音を立てて倒れてしまった。
和哉はその光景をまるでスローモーションのように見ていた。
あのギルランスが、頭から、口から大量の血を流して倒れ伏しているのだ。
にわかには信じられない状態の和哉だったが、彼の周りに広がっている鮮血を見れば嫌でも現実を認めざるを得なかった。
しかも、それも自分の身代わりになって攻撃を受けてくれたせいで――だ。
その事実を理解するまで数秒かかった。
「う、うわぁぁぁあ!!!」
和哉は叫びながら立ち上がった。
頭の中が真っ白だった。
何も考えられなかった。
その瞬間、和哉の体に異変が起こった――。
和哉の底で眠っていた魔力の蛇がカッと目を光らせ覚醒したかと思うと、身体の中を渦を巻きながら一気に駆け上った。
途端、和哉の心臓はドクンと脈打ち全身が燃えるように熱くなる。
そして、同時に体の周りを魔力の嵐が渦巻き、バチバチと雷光を放ち始めたのだ。
自分の不甲斐なさも相まって、和哉の怒りはヒュドラへと向けられる――和哉はギリッと奥歯を噛みしめた。
「……お前ぇ……よくもギルを……!」
およそ自分の声とは思えないような声で唸るようにそれだけ言うと和哉はヒュドラに向け弓を構える。
渦巻く魔力の奔流もそのままに、矢をつがえギリリと弦を引き絞る――するとその矢にも雷光が集まりバチバチと火花を散らし始めた。
そんな和哉に向かってヒュドラは咆哮を上げ、三つの頭が同時に突進してくるが……。
「くらえぇぇぇ!!!」
和哉は雄叫びと共に、大きく口を開けたヒュドラの咥内に向けて矢を放った!!
ズバァン!という雷鳴にも似た轟音と共に稲妻を纏った矢がヒュドラの開いた口の中へと吸い込まれていく。
次の瞬間――。
「ギャオォオオ!!!」
ヒュドラはまるで落雷にでもあったかのようにバリバリと帯電した体を硬直させ断末魔の叫びを上げた。
そして、ブスブスと煙を上げたまま黒焦げになったその巨体はゆっくりと地面に崩れ落ち、動かなくなった。
その巨体の向こうには既に地に伏しているケルベロスの姿が確認できる――どうやら先にギルランスによって倒されていたらしい。
その光景に安堵しホッと息を吐く和哉だったが、自身の爆発したような魔力はまだ収まらなかった。
それどころか、どんどん強大になっていくような気がする。
(な、なんだよこれ!?)
和哉は焦りを覚えつつも、放電しながら暴れ回る自身の魔力を抑えようと必死で精神を集中させる。
だが、抑えようとするほど反発するように魔力が膨れ上がるのだ。
「う……くっ……!」
(……熱い……熱い!……く、苦しい……!)
それでも何とか魔力を押さえ込もうとするが、体がいうことをきかない――和哉は暴走した自身の魔力に押しつぶされそうになっていた。
迷わずそのまま駆け下りていくギルランスの後を追うように、和哉も続く。
細く薄暗い階段を下りていくギルランスの背中を見ながら和哉は先程の事を思い返していた。
(さっき……なんであんな事に……)
至近距離で見たギルランスの瞳は息が止まりそうな程に美しく、その琥珀の瞳に吸い込まれてしまいそうだった。
(いや、実際あのままだったらきっと……)
そう、まるで磁石に引かれるように……そして――。
そんな風に考えた和哉は、体がカッと熱く火照るのを感じた。
(いや、あれは事故だから!わざとじゃないから!!)
もはや誰に言い訳しているのか自分でも分からない状態だったが、和哉は心の中で必死に自分に言い聞かせた。
だが……ただ、気になるのはあの後のギルランスの態度だ。
彼は何事もなかったかのように振る舞っているが、明らかによそよそしくなったように和哉は感じていた。
実際、あれから一度も目を合わそうとしないし口数も減ったようにも思えるのだ。
やはり嫌……だったのだろうか……?そう思うとなぜか和哉の胸の奥はズキンと痛む。
(ギルがいくら優しい人だからって、やっぱり男の顔面があんな距離に迫ってたら気持ち悪いよね……はぁ~嫌われちゃったかな……?)
もし本当にそうだったらどうしよう――そんな不安に駆られながらも、今はそんな事考えている場合ではないと思い直す。
和哉は気持ちを切り替えるよう努めながら、先を走って行くギルランスに続いて階段を駆け下りていった。
階段を降りきると、そこは洞窟の中とは思えない程の大きな広間になっていた。
東京ドームよりも広いのではないかと思われるほど広大な空間だ。
天井は高く10メートル以上はあるだろうか?――その最上部に空いた大きな穴から差し込む光のおかげで思いの他明るかった。
そしてその穴から降り注ぐ光の中、こちらに背を向けリリスは立っていた。
その姿はまるで舞台上でスポットライトを浴びて立つ女優のような雰囲気を醸していた。
だが、それにしてもどうも様子が変だ。
そんなリリスの様子に二人は思わず足を止める――遠くから窺っていると、彼女はゆっくりとこちらを向いた。
そして涙を流しながら口を開く――。
「……に、逃げ……て……」
「えっ?」
リリスの言葉に和哉が聞き返した瞬間だった――彼女の体が激しく発光し、眩い光が包んだかと思うとすぐにその光は収束していった。
そして、その光の中から現れたのはリリスであってリリスで無い者だった。
そこに立っていたのは確かに姿こそリリスなのだが、その表情は先程とはまるで別人のように冷たく表情のないものだった。
いや、そもそも本当にあれはリリスなのだろうか……? そんな疑問と戸惑いを感じながら見つめる二人の前で、リリスが徐に口を開いた。
「そなた達は何者じゃ?」
その声はやはりリリスの声なのだが、口調や雰囲気が全く違うため違和感しかない。
(え……リリスさん?なに?この雰囲気は……)
予期せぬ状況に和哉が戸惑っていると、隣からリリスの問いに答えるギルランスの声が上がる。
「俺達は通りすがりの冒険者だ――お前、『グレイス』だろ?あの本に書いてあった1300年前の魔女『グレイス』じゃねぇのか?」
「……いかにも、妾はグレイス……1300年の時を経て憎しみの魂に従い世界を破滅へと導くために再びこの世に蘇ったのじゃ……」
そう言ってその瞳に憎悪と狂気の色を宿しながらグレイスは妖艶な笑みを浮かべた。
そこで和哉は漸く現状を理解することが出来た。
豹変したリリス――いや、グレイスにギルランスは続けて問いかける。
「お前、誰の力を借りて復活した?死者の復活なんて……しかも1300年も前の魔女ときたら、それ相応の力を持った奴じゃないと無理だぜ?」
その問いにグレイスの笑みが深くなった。
「さぁのう……知りたくば力づくで聞き出すがよい」
「ちっ!やっぱ素直に話す気はねぇか……まぁいい、どっちにしろお前を倒す事に変わりはねぇけどな」
言いながらギルランスは双剣を構え、グレイスを見据える。
だが、そんなギルランスにグレイスは全く怯む様子も見せず、むしろ楽し気に笑い声を上げた。
「ふふふ……生意気な小僧め……妾を倒すなど片腹痛いわ。やれるものならやってみるがいい!」
そう叫ぶと同時に彼女はバッと両腕を広げる。
すると床から黒い霧のようなものが湧き上がったかと思うと、二体の巨大な魔獣が現れた。
一体は真っ黒な毛並みをした頭が三つある犬のような魔獣で、もう一体はこちらも三つ首の全身が紫色の毒々しい色の蛇のような魔獣だ。
どちらも牙を剥き出し、涎を垂らしながらこちらを威嚇している。
その魔獣たちの大きさと禍々しさに息をのむ和哉の横で、ギルランスの思わずといったような声が漏れる。
「おいおい、無詠唱でケルベロスとヒュドラの二体同時召喚かよ……ったく、どんだけの魔力持ってんだよあの女……」
(ケルベロス!?ヒュドラ!!?)
いくらこの世界に無知な和哉でもその名前は知っている――ゲームや物語などによく出て来る超有名なモンスターたちだ。
ギョッとしつつギルランスに振り向く和哉の目に、ニヤリと口角を上げたギルランスの顔が映った。
だが、その額に微かに汗が滲んでいるのを和哉は見逃さなかった。
つまり、それほどまでにこの二匹の魔獣が強いという事なのだろうと悟る――。
(ちょっ……マジっすか……)
和哉は思わず天を仰ぎたくなった。
今にも襲い掛からんと威嚇の唸り声を上げながら立ち並ぶ二体の魔獣を前に、和哉がゴクリと唾を飲み込んだその時――グレイスの声が高らかに洞窟内に響き渡る。
「さあ、可愛い下僕たちよ!妾単語に仇なすあの者たちを者たちを血祭りにあげるのだ!」
主の命を受けた魔獣たちは咆哮を上げ、一斉に二人に向かって突進してきた。
(来たっ!)
勿論ギルランスは大きく跳躍をして軽々と回避するが――和哉はといえば、必死に逃げてなんとかその攻撃を躱すのが精いっぱいだった。
ドガァッ!!
先程までいた場所が大きく抉れる。
どうやら直撃すればひとたまりもないようだ。
(うひゃ!こんなのまともに食らったら即死じゃないか!?)
ドッと冷や汗をかく和哉の耳にギルランスの鋭い声が飛び込んできた。
「カズヤ!先に俺がこっちの犬っころをかたずける!!お前は逃げながらでいい、あっちの蛇野郎を引きつけておいてくれ!」
「わ、分かった!」
指示に従い、和哉はすぐさま逃げ回りながらも弓を構えた。
視線の先には、鎌首をもたげながら『シャーッ』と威嚇音を発している三つの頭を持った紫色の大蛇がいる。
ふいにその三つの首の一つと目が合った。
その瞬間――和哉は背筋がゾクッとするのを感じた。
それは恐怖によるものなのか、それとも別の何かなのか……分からないままに本能が警鐘を鳴らす。
慌ててその場から飛び退くと、一瞬前まで自分がいた場所に、ヒュドラが大きな顎門を開き食らいつくところだった。
和哉は飛び退きざまに矢を射かけ、反撃の一矢を放つが……。
ヒュドラの硬い鱗を貫くことは出来ず、甲高い音と共に弾かれてしまった。
(硬――っ!)
焦りを感じる和哉だったが、それでもヒュドラの攻撃をよけながら必死に打開策を考えていた――そして……。
(――そうだ!)
思いついた策を早速試すべく、和哉は弓を横に倒して構えると、二本同時に番え弦を引き絞った。
そしてタイミングを見計らい――放つ!
二本の矢は一直線に飛び、ヒュドラの三つ首のうち一つの頭の両目を正確に射貫いた。
「ギャオォオオオオオオオオ!!」
両目を潰されたヒュドラの凄まじい叫びが洞窟内に響き渡る。
(よっしゃ!)
いくら硬い鱗に覆われているとはいっても、やはり目だけは柔らかいようだ。
凄まじい絶叫を上げて悶え苦しむヒュドラの姿に手応えを感じた和哉だったが、そう簡単に終わらせてもらえるわけもなく――。
他の二つの首が怒りに満ちた目で和哉を睨みつけたかと思うと、一気ににこちらに突進してきた。
(げっ!?)
慌てて転がるように避ける和哉の脇腹あたりを衝撃が駆け抜ける。
間一髪直撃は免れたものの、ヒュドラの鋭い牙がかすったのだろう――和哉は脇腹に走る痛みに顔を歪ませた。
見れば、服が裂け血が滲んでいる――。
だが傷自体は浅く、毒などの攻撃も受けていないようだ。
(あっぶなかった~)
ホッと胸を撫で下ろしながら視線をヒュドラに戻した和哉は、突っ込んだまま体勢を戻せていないヒュドラに気付く。
ここぞとばかりに素早く三本の矢をまとめて弓に番えると、今度は一ヵ所に狙いを集中させて射ち込んだ。
ザシュッ!!
矢の数を増やし一点に集中させて威力を増したおかげで、ついに敵の硬い鱗は砕け、深々と突き刺さった。
「グギャァアア!!」
ヒュドラは苦悶の叫び声を上げ、激しく身悶える。
(よしっ!イケるかも!)
そう思い油断してしまったのがいけなかった――さらに追い打ちをかけようと和哉がヒュドラとの間合いを詰めたその瞬間だった。
ヒュドラの尾が横から凄まじい勢いで迫ってくるのを和哉は視界の端で捉えた。
(しまった――避けられない……!)
そう思った刹那――。
ドン!!
飛び込んできたギルランスに体を突き飛ばされたかと思うと、ヒュドラの尾がゴウッと和哉の鼻先を掠めて行く。
と、同時にドガッ!という音と共に目の前のギルランスの姿は掻き消える――彼はそのまま尾の攻撃をまともに受けてしまい吹き飛ばされ、洞窟の壁に激突してしまったのだ。
洞窟の壁面が陥没する程の威力だ。
「ガハッ!!」
ギルランスの口から鮮血が飛び散り、大量の血が吐き出される。
「ギルっ!?」
ギルランスはそのまま下に落下し、ドサリと音を立てて倒れてしまった。
和哉はその光景をまるでスローモーションのように見ていた。
あのギルランスが、頭から、口から大量の血を流して倒れ伏しているのだ。
にわかには信じられない状態の和哉だったが、彼の周りに広がっている鮮血を見れば嫌でも現実を認めざるを得なかった。
しかも、それも自分の身代わりになって攻撃を受けてくれたせいで――だ。
その事実を理解するまで数秒かかった。
「う、うわぁぁぁあ!!!」
和哉は叫びながら立ち上がった。
頭の中が真っ白だった。
何も考えられなかった。
その瞬間、和哉の体に異変が起こった――。
和哉の底で眠っていた魔力の蛇がカッと目を光らせ覚醒したかと思うと、身体の中を渦を巻きながら一気に駆け上った。
途端、和哉の心臓はドクンと脈打ち全身が燃えるように熱くなる。
そして、同時に体の周りを魔力の嵐が渦巻き、バチバチと雷光を放ち始めたのだ。
自分の不甲斐なさも相まって、和哉の怒りはヒュドラへと向けられる――和哉はギリッと奥歯を噛みしめた。
「……お前ぇ……よくもギルを……!」
およそ自分の声とは思えないような声で唸るようにそれだけ言うと和哉はヒュドラに向け弓を構える。
渦巻く魔力の奔流もそのままに、矢をつがえギリリと弦を引き絞る――するとその矢にも雷光が集まりバチバチと火花を散らし始めた。
そんな和哉に向かってヒュドラは咆哮を上げ、三つの頭が同時に突進してくるが……。
「くらえぇぇぇ!!!」
和哉は雄叫びと共に、大きく口を開けたヒュドラの咥内に向けて矢を放った!!
ズバァン!という雷鳴にも似た轟音と共に稲妻を纏った矢がヒュドラの開いた口の中へと吸い込まれていく。
次の瞬間――。
「ギャオォオオ!!!」
ヒュドラはまるで落雷にでもあったかのようにバリバリと帯電した体を硬直させ断末魔の叫びを上げた。
そして、ブスブスと煙を上げたまま黒焦げになったその巨体はゆっくりと地面に崩れ落ち、動かなくなった。
その巨体の向こうには既に地に伏しているケルベロスの姿が確認できる――どうやら先にギルランスによって倒されていたらしい。
その光景に安堵しホッと息を吐く和哉だったが、自身の爆発したような魔力はまだ収まらなかった。
それどころか、どんどん強大になっていくような気がする。
(な、なんだよこれ!?)
和哉は焦りを覚えつつも、放電しながら暴れ回る自身の魔力を抑えようと必死で精神を集中させる。
だが、抑えようとするほど反発するように魔力が膨れ上がるのだ。
「う……くっ……!」
(……熱い……熱い!……く、苦しい……!)
それでも何とか魔力を押さえ込もうとするが、体がいうことをきかない――和哉は暴走した自身の魔力に押しつぶされそうになっていた。
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