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第18話 ローブの男
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和哉とギルランスの二人はリリアナ家のリビングにいた。
並んでテーブルにつく二人を目の前には淹れたてのコーヒーが置かれており、テーブルの向かい側には、着替えを済ませ身ぎれいになったリリアナが項垂れたように座っている。
少し離れた所で鼻歌まじりにお絵描きをしながら遊んでいるミーシャの可愛い歌声だけが聞こえてくる中、和哉とギルランスはリリアナが話し始めるのを静かに待っていた。
リリアナは今迄の経緯を全て記憶しているようで、操られていたとはいえ、自分のしてきた事を後悔し恥じているのか、俯いたままなかなか話を切り出せずにいた。
沈黙が三人の間に流れる――その重い空気を紛らわすように、和哉は取り敢えずコーヒーに手を伸ばした。
(この世界にもコーヒーってあるのか……)
などと、どうでもいいことを考えながらカップに口をつける。
和哉が久しぶりに味わったコーヒーの口に広がる苦味と芳醇な香りを楽しみながら飲んでいると、ようやくリリアナが重い口を開いた。
「あの……本当にありがとうございました……」
そう言って深々と頭を下げるリリアナに和哉は慌てて手を左右に振りながら答える。
「……い、いえ、気にしないで下さい!たまたま通りかかっただけですし、それに――」
和哉はチラリとミーシャに目を向けた後、続ける。
「とにかくミーシャちゃんを助けることができて本当に良かったです」
その言葉にリリアナは再度深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。それと、成り行きとは言え……こんな事に関わらせてしまって、ごめんなさい」
申し訳なさそうに目を伏せるリリアナに、和哉は出来るだけ明るく振る舞った。
「気にしないで下さい、別に怪我をしたわけでもないですし……」
和哉の言葉に彼女は少しホッとしたような素振りを見せた。
だが、やはり自分のしてきた行いを悔いてはいるのだろう、リリアナの表情は曇ったままだ。
「でも、あなた達にご迷惑を……そして、なによりミーシャには本当に悪い事をしてしまったわ。ホントにダメな母親だった……」
彼女は涙ぐみ俯いてしまっている。
そんなリリアナを気遣いながらも、和哉は控えめに問いかけた。
「……あの、一体何があったんですか?差支えなければお話しいただけますか?」
なぜ、あんな印がリリアナに付いていたのか?それが気になったのだ。
隣で同じ疑問を持っていたであろうギルランスも相槌をうって先を促す。
リリアナはしばらく躊躇っていたようだったが、やがてポツリポツリと話し始めた。
「……実は……数か月前に夫に先立たれまして……」
そう言ってリリアナは遠い目をしながら窓の外を見つめる。
和哉はその表情に胸を痛めながらも、静かに彼女の言葉に耳を傾けた。
リリアナの話によると、夫に先立たれた彼女は、ほとんど蓄えも無い中、ミーシャを抱えながらもなんとか日々の生活を繋いでいたそうだ。
だが、手に仕事もない中、僅かな蓄えはあっという間に底をつき、やがて明日食べる物すら危ういほどの困窮に追い込まれ途方に暮れていたのだという。
そんなある日、山菜を採りに入った森の中で、突然現れた黒いローブの男に声を掛けられたらしい。
その男が言うには自分は魔導士で、強力な魔法の実験をしていて、その魔法の研究を手伝ってほしいとのことだったそうだ。
もちろん、リリアナとしてはそんな怪しい話に乗る気などなかった。
だが、断るリリアナに対して男は”協力料”として破格の値段を提示してきたのだ。
明日をもしれない生活に疲れていたリリアナは、その金額に目が眩み、遂に承諾してしまったのだという。
「――それで、その男の言う事を聞いてしまったんですね?」
和哉の問い掛けにリリアナは、力なく頷き返す。
「はい……ですがまさか隷属の首輪を使うなんて思わなかったんです!あれは術者の命令に逆らえなくなる物なんです!」
リリアナは目に涙を浮かべ訴えた。
「つまり、命令されて嫌々従った結果、あんな事になったと?」
「そうです……その男が私の首に手を当て、何かを呟いたその後はもう……自分が自分ではないような感じになって……」
(なるほどな……でも、その男の研究って、いったい……?)
和哉はリリアナの話に頷きながらも、さらに疑問を深めていった。
すると、それまで横で黙って話を聞いていたギルランスが口を開いた。
「男は他に何か言ってなかったか?」
その問いにリリアナは少し考える素振りを見せた後、「お待ちください」と言い残すと席を立ち、奥の部屋へと消えて行った。
暫くすると蓋の付いた小さな壺のような物を持ち戻ってきた。
「これは、その男に渡された物です」
そう言ってテーブルに置かれたその壺は、直径10センチほどの円錐形をしたシンプルな造りの蓋つきのものだった。
「これは?……」
壺を眺めながら呟く和哉の問いに答えたのは、リリアナではなくギルランスだった。
「これはおそらく魔具だな」
「魔具って?」
「ひらたく言うと魔力を持った道具の事だが……こんなもんは見た事がねぇ……」
ギルランスは壺を凝視したまま顎に手をやり、むうと考え込んでいる。
(ギルでもよく分かんないような物なのか……)
和哉は再びリリアナに向き直ると、改めて問いかけた。
「えっと、その男はこの壺をいったいどういう目的であなたに渡したか、お分かりですか?」
その問いにリリアナは暫し話すのを躊躇っていたようだったが、小さく息を吸い一呼吸置いた後、意を決したように説明を始めた。
「これは……その……目的は分かりませんが、私がその男に指示された事は一つだけ……自分の体を使って採取した男性の……た、体液を……この壺に入れろと……」
(なっ!?)
予想だにしない内容に和哉は言葉を失った。
(体を使って!?体液って、それって……つまり……!?)
そう頭の中で考えた瞬間、和哉の顔は一気に熱くなった。
そして、リリアナもまた、顔を赤く染めたまま俯いてしまっている事から、和哉は自分の想像が当たっているであろう事を察し、ますます顔が熱くなるのを感じた。
顔を真っ赤にしたまま黙り込んでしまった和哉とリリアナの様子を眺めながら、ギルランスは訝し気な表情を見せていたが、それよりも壺の用途について考える方を優先したようだった。
和哉がチラリと横を見てみると、ギルランスは顎に手を当てながら壺を食い入るように見つめていた。
そして、暫くして何かを思い立ったのか、徐に口を開いた。
「ちょっとコレ確認させてくれ」
そう言って壺を手に取ったかと思うと、なんと、その蓋を開けて中を覗いたのだ。
(うげぇっ!!マジですか!?)
まさかのギルランスの行動に和哉は目を剥き心の中で絶叫した。
リリアナの話によれば、その壺の中には彼女が幾人もの男から採取した体液が入っているとの事だ――そんな物を平気で覗けるギルランスの神経に和哉は些か……いや、かなり引いてしまった。
だが、そんな和哉の心境などよそに、ギルランスは壺の中を確認すると、予想外の事を口にした。
「なんだ……なんも入ってねぇじゃねぇか」
「えっ!?」
和哉はギルランスの言葉に驚きの声を上げると、慌てて横から壺の中を覗き込んだ。
だが、ギルランスの言う通り、壺の中は空っぽで、ただ底面に何やら小さな魔法陣のような模様が描かれているだけだった。
リリアナがわざわざあんな恥ずかしい嘘を吐く理由は考えられない――これはやはり黒いローブの男がなにかしらの細工をしたのだろう。
どうやら鍵は壺の底に施された魔法陣のようだが、それがどのような物かは和哉にはさっぱりだった。
「ギル……これって?」
和哉からの問いかけに対してギルランスは思案気に答える。
「これは憶測だが……」
そう切り出したギルランスの話によると、彼は過去に一度だけこの魔法陣に似た物を見たことがあったらしい。
それは、空間転移魔法の類らしく、ギルランスの推測では何者かがその魔法を使ってリリアナが採取した物を別の場所へ転移させたのではないか、との事だった。
ギルランスの推察を聞いたリリアナも小さく頷いた。
「私もそんな気が……採取した物を入れると壺の中で霞の様に変化して、そのまま壺の底に吸い込まれて行くように消えて無くなってしまいますので……」
そこまで聞いて和哉にまた新たな疑問が浮かんだ。
「でも、もしそうだったとして、いったい誰がなんのためにそんな物集めてるのかな?」
「さぁな、それは犯人に直接聞くしかねぇとは思うが――まぁ、なんかの儀式に必要だとか、そんなところじゃね?」
ギルランスは肩を竦めながら言うと、リリアナに向き直り別の質問を投げかけた。
「その男の人相や特徴を覚えているか?」
ギルランスの問いにリリアナは記憶を辿りながら話した。
「……確か黒いローブを着ていて……フードを被っていたので顔はよく見えませんでしたが、声を聞く限りは中年の男性のようでした……あと、そのローブの胸の辺りに何かシンボルのような刺繍が施されていました」
「シンボル?」
リリアナの話にギルランスは怪訝そうな表情を見せた。
「はい……あまりはっきりと見たわけではないのですが、たしか蛇が自分の尻尾を咥えて円を作っていて……その輪の中に……このような……」
そう言いながらリリアナは指で机に何かを書く動作をした。
その指は丸に十字を描くように動かされ、見ようによっては女性を表す♀のマークにも見えた。
(蛇のほうはウロボロスだと思うけど……♀……?こちらの世界でもこれは女性を表すのかな……?)
和哉は自分の知識内で思いつく事を考えながらギルランスの様子を窺う。
「ギル、なんか分かる?その模様の意味とかさ」
だが、ギルランスもまた難しい顔をして唸っているだけだった。
「いや……分かんねぇな……こればっかりは情報が少なすぎて特定は難しいな」
「そっか……」
「まあ、今は考えても仕方がねぇだろ」
肩を落とす和哉にギルランスが慰めるように声を掛けた。
確かに、今考えてもこれ以上の情報は得られないだろう。
「だね……」
和哉もそれに同意して頷いた。
そんな二人の様子を見てリリアナは申し訳なさそうに口を開いた。
「あの……すみません……こんな事に煩わせてしまって」
「いえいえ、こちらこそ、これ以上お役にたてなくてすみません」
ブンブンと手を振り答える和哉の隣で、ギルランスは改めてリリアナに問いかけた。
「ところで、あんたはこれからどうするんだ?もう隷属の呪いは解除された、あとはあんた次第だ」
リリアナはしばらく考えていたがやがて顔を上げ言った。
「不本意ながら、ローブの男に貰った大金と……か、体を売って手に入れたお金もありますので、暫くは生活できます。その間にちゃんと仕事を見つけ、ミーシャと二人しっかりと暮らしていくつもりです」
そう言うと彼女は深々と頭を下げた。
「……本当にありがとうございました!なんとお礼を言ったらいいか……」
もう何度目になるか分からない感謝の言葉を受け、和哉は頭を掻きながら答えた。
「いえいえ!ホント、もういいですから!頭を上げてください」
和哉の言葉にゆっくりと顔を上げた彼女の表情はとても穏やかだった。
こうして、ひょんな出会いで偶然助けたミーシャから始まった思わぬ事件は一旦幕を下ろした。
だが、和哉はこの時まだ知る由もなかった――この件が今後自分たちが直面する事になる事態の一端に過ぎないという事を……。
****
****
「さてと……行こうぜ」
「うん」
和哉はギルランスと共にミーシャの家を後にした。
家を出ると、後ろからミーシャの元気な声が聞こえてきた。
「バイバーイ!カズヤお兄ちゃん!」
その声に振り向くとリリアナに抱かれ、大きく手を振っているミーシャの姿があった。
「バイバイ、ミーシャちゃん!お母さんにしっかり甘えるんだよ!」
和哉は笑顔で手を振り返す。
「はーい!ギルランスおじちゃんもありがとー!バイバイ!」
「るせぇ、俺はおじちゃんじゃねぇ!」
ミーシャの無邪気な言葉にギルランスは舌打ちする。
だが、ギルランスの本当の優しさをもう分かっているミーシャは、臆することなく再度別れの挨拶をする。
「また来てね~ギルランスおじちゃ~ん!」
「だから、おじちゃんじゃ――って、もういいわ……」
ギルランスは諦めたように溜息を吐くと苦笑いをうかべながら、背中を向け後ろ手に手を振った。
和哉はそんなギルランスにクスリと笑みを零すと、もう一度振り返る。
母親の腕に抱かれ、無邪気に笑っているミーシャの姿に和哉の顔には自然と笑みが浮かんだ。
(良かったね、ミーシャちゃん)
心の中で呟き、踵を返し歩き出した。
並んでテーブルにつく二人を目の前には淹れたてのコーヒーが置かれており、テーブルの向かい側には、着替えを済ませ身ぎれいになったリリアナが項垂れたように座っている。
少し離れた所で鼻歌まじりにお絵描きをしながら遊んでいるミーシャの可愛い歌声だけが聞こえてくる中、和哉とギルランスはリリアナが話し始めるのを静かに待っていた。
リリアナは今迄の経緯を全て記憶しているようで、操られていたとはいえ、自分のしてきた事を後悔し恥じているのか、俯いたままなかなか話を切り出せずにいた。
沈黙が三人の間に流れる――その重い空気を紛らわすように、和哉は取り敢えずコーヒーに手を伸ばした。
(この世界にもコーヒーってあるのか……)
などと、どうでもいいことを考えながらカップに口をつける。
和哉が久しぶりに味わったコーヒーの口に広がる苦味と芳醇な香りを楽しみながら飲んでいると、ようやくリリアナが重い口を開いた。
「あの……本当にありがとうございました……」
そう言って深々と頭を下げるリリアナに和哉は慌てて手を左右に振りながら答える。
「……い、いえ、気にしないで下さい!たまたま通りかかっただけですし、それに――」
和哉はチラリとミーシャに目を向けた後、続ける。
「とにかくミーシャちゃんを助けることができて本当に良かったです」
その言葉にリリアナは再度深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。それと、成り行きとは言え……こんな事に関わらせてしまって、ごめんなさい」
申し訳なさそうに目を伏せるリリアナに、和哉は出来るだけ明るく振る舞った。
「気にしないで下さい、別に怪我をしたわけでもないですし……」
和哉の言葉に彼女は少しホッとしたような素振りを見せた。
だが、やはり自分のしてきた行いを悔いてはいるのだろう、リリアナの表情は曇ったままだ。
「でも、あなた達にご迷惑を……そして、なによりミーシャには本当に悪い事をしてしまったわ。ホントにダメな母親だった……」
彼女は涙ぐみ俯いてしまっている。
そんなリリアナを気遣いながらも、和哉は控えめに問いかけた。
「……あの、一体何があったんですか?差支えなければお話しいただけますか?」
なぜ、あんな印がリリアナに付いていたのか?それが気になったのだ。
隣で同じ疑問を持っていたであろうギルランスも相槌をうって先を促す。
リリアナはしばらく躊躇っていたようだったが、やがてポツリポツリと話し始めた。
「……実は……数か月前に夫に先立たれまして……」
そう言ってリリアナは遠い目をしながら窓の外を見つめる。
和哉はその表情に胸を痛めながらも、静かに彼女の言葉に耳を傾けた。
リリアナの話によると、夫に先立たれた彼女は、ほとんど蓄えも無い中、ミーシャを抱えながらもなんとか日々の生活を繋いでいたそうだ。
だが、手に仕事もない中、僅かな蓄えはあっという間に底をつき、やがて明日食べる物すら危ういほどの困窮に追い込まれ途方に暮れていたのだという。
そんなある日、山菜を採りに入った森の中で、突然現れた黒いローブの男に声を掛けられたらしい。
その男が言うには自分は魔導士で、強力な魔法の実験をしていて、その魔法の研究を手伝ってほしいとのことだったそうだ。
もちろん、リリアナとしてはそんな怪しい話に乗る気などなかった。
だが、断るリリアナに対して男は”協力料”として破格の値段を提示してきたのだ。
明日をもしれない生活に疲れていたリリアナは、その金額に目が眩み、遂に承諾してしまったのだという。
「――それで、その男の言う事を聞いてしまったんですね?」
和哉の問い掛けにリリアナは、力なく頷き返す。
「はい……ですがまさか隷属の首輪を使うなんて思わなかったんです!あれは術者の命令に逆らえなくなる物なんです!」
リリアナは目に涙を浮かべ訴えた。
「つまり、命令されて嫌々従った結果、あんな事になったと?」
「そうです……その男が私の首に手を当て、何かを呟いたその後はもう……自分が自分ではないような感じになって……」
(なるほどな……でも、その男の研究って、いったい……?)
和哉はリリアナの話に頷きながらも、さらに疑問を深めていった。
すると、それまで横で黙って話を聞いていたギルランスが口を開いた。
「男は他に何か言ってなかったか?」
その問いにリリアナは少し考える素振りを見せた後、「お待ちください」と言い残すと席を立ち、奥の部屋へと消えて行った。
暫くすると蓋の付いた小さな壺のような物を持ち戻ってきた。
「これは、その男に渡された物です」
そう言ってテーブルに置かれたその壺は、直径10センチほどの円錐形をしたシンプルな造りの蓋つきのものだった。
「これは?……」
壺を眺めながら呟く和哉の問いに答えたのは、リリアナではなくギルランスだった。
「これはおそらく魔具だな」
「魔具って?」
「ひらたく言うと魔力を持った道具の事だが……こんなもんは見た事がねぇ……」
ギルランスは壺を凝視したまま顎に手をやり、むうと考え込んでいる。
(ギルでもよく分かんないような物なのか……)
和哉は再びリリアナに向き直ると、改めて問いかけた。
「えっと、その男はこの壺をいったいどういう目的であなたに渡したか、お分かりですか?」
その問いにリリアナは暫し話すのを躊躇っていたようだったが、小さく息を吸い一呼吸置いた後、意を決したように説明を始めた。
「これは……その……目的は分かりませんが、私がその男に指示された事は一つだけ……自分の体を使って採取した男性の……た、体液を……この壺に入れろと……」
(なっ!?)
予想だにしない内容に和哉は言葉を失った。
(体を使って!?体液って、それって……つまり……!?)
そう頭の中で考えた瞬間、和哉の顔は一気に熱くなった。
そして、リリアナもまた、顔を赤く染めたまま俯いてしまっている事から、和哉は自分の想像が当たっているであろう事を察し、ますます顔が熱くなるのを感じた。
顔を真っ赤にしたまま黙り込んでしまった和哉とリリアナの様子を眺めながら、ギルランスは訝し気な表情を見せていたが、それよりも壺の用途について考える方を優先したようだった。
和哉がチラリと横を見てみると、ギルランスは顎に手を当てながら壺を食い入るように見つめていた。
そして、暫くして何かを思い立ったのか、徐に口を開いた。
「ちょっとコレ確認させてくれ」
そう言って壺を手に取ったかと思うと、なんと、その蓋を開けて中を覗いたのだ。
(うげぇっ!!マジですか!?)
まさかのギルランスの行動に和哉は目を剥き心の中で絶叫した。
リリアナの話によれば、その壺の中には彼女が幾人もの男から採取した体液が入っているとの事だ――そんな物を平気で覗けるギルランスの神経に和哉は些か……いや、かなり引いてしまった。
だが、そんな和哉の心境などよそに、ギルランスは壺の中を確認すると、予想外の事を口にした。
「なんだ……なんも入ってねぇじゃねぇか」
「えっ!?」
和哉はギルランスの言葉に驚きの声を上げると、慌てて横から壺の中を覗き込んだ。
だが、ギルランスの言う通り、壺の中は空っぽで、ただ底面に何やら小さな魔法陣のような模様が描かれているだけだった。
リリアナがわざわざあんな恥ずかしい嘘を吐く理由は考えられない――これはやはり黒いローブの男がなにかしらの細工をしたのだろう。
どうやら鍵は壺の底に施された魔法陣のようだが、それがどのような物かは和哉にはさっぱりだった。
「ギル……これって?」
和哉からの問いかけに対してギルランスは思案気に答える。
「これは憶測だが……」
そう切り出したギルランスの話によると、彼は過去に一度だけこの魔法陣に似た物を見たことがあったらしい。
それは、空間転移魔法の類らしく、ギルランスの推測では何者かがその魔法を使ってリリアナが採取した物を別の場所へ転移させたのではないか、との事だった。
ギルランスの推察を聞いたリリアナも小さく頷いた。
「私もそんな気が……採取した物を入れると壺の中で霞の様に変化して、そのまま壺の底に吸い込まれて行くように消えて無くなってしまいますので……」
そこまで聞いて和哉にまた新たな疑問が浮かんだ。
「でも、もしそうだったとして、いったい誰がなんのためにそんな物集めてるのかな?」
「さぁな、それは犯人に直接聞くしかねぇとは思うが――まぁ、なんかの儀式に必要だとか、そんなところじゃね?」
ギルランスは肩を竦めながら言うと、リリアナに向き直り別の質問を投げかけた。
「その男の人相や特徴を覚えているか?」
ギルランスの問いにリリアナは記憶を辿りながら話した。
「……確か黒いローブを着ていて……フードを被っていたので顔はよく見えませんでしたが、声を聞く限りは中年の男性のようでした……あと、そのローブの胸の辺りに何かシンボルのような刺繍が施されていました」
「シンボル?」
リリアナの話にギルランスは怪訝そうな表情を見せた。
「はい……あまりはっきりと見たわけではないのですが、たしか蛇が自分の尻尾を咥えて円を作っていて……その輪の中に……このような……」
そう言いながらリリアナは指で机に何かを書く動作をした。
その指は丸に十字を描くように動かされ、見ようによっては女性を表す♀のマークにも見えた。
(蛇のほうはウロボロスだと思うけど……♀……?こちらの世界でもこれは女性を表すのかな……?)
和哉は自分の知識内で思いつく事を考えながらギルランスの様子を窺う。
「ギル、なんか分かる?その模様の意味とかさ」
だが、ギルランスもまた難しい顔をして唸っているだけだった。
「いや……分かんねぇな……こればっかりは情報が少なすぎて特定は難しいな」
「そっか……」
「まあ、今は考えても仕方がねぇだろ」
肩を落とす和哉にギルランスが慰めるように声を掛けた。
確かに、今考えてもこれ以上の情報は得られないだろう。
「だね……」
和哉もそれに同意して頷いた。
そんな二人の様子を見てリリアナは申し訳なさそうに口を開いた。
「あの……すみません……こんな事に煩わせてしまって」
「いえいえ、こちらこそ、これ以上お役にたてなくてすみません」
ブンブンと手を振り答える和哉の隣で、ギルランスは改めてリリアナに問いかけた。
「ところで、あんたはこれからどうするんだ?もう隷属の呪いは解除された、あとはあんた次第だ」
リリアナはしばらく考えていたがやがて顔を上げ言った。
「不本意ながら、ローブの男に貰った大金と……か、体を売って手に入れたお金もありますので、暫くは生活できます。その間にちゃんと仕事を見つけ、ミーシャと二人しっかりと暮らしていくつもりです」
そう言うと彼女は深々と頭を下げた。
「……本当にありがとうございました!なんとお礼を言ったらいいか……」
もう何度目になるか分からない感謝の言葉を受け、和哉は頭を掻きながら答えた。
「いえいえ!ホント、もういいですから!頭を上げてください」
和哉の言葉にゆっくりと顔を上げた彼女の表情はとても穏やかだった。
こうして、ひょんな出会いで偶然助けたミーシャから始まった思わぬ事件は一旦幕を下ろした。
だが、和哉はこの時まだ知る由もなかった――この件が今後自分たちが直面する事になる事態の一端に過ぎないという事を……。
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「さてと……行こうぜ」
「うん」
和哉はギルランスと共にミーシャの家を後にした。
家を出ると、後ろからミーシャの元気な声が聞こえてきた。
「バイバーイ!カズヤお兄ちゃん!」
その声に振り向くとリリアナに抱かれ、大きく手を振っているミーシャの姿があった。
「バイバイ、ミーシャちゃん!お母さんにしっかり甘えるんだよ!」
和哉は笑顔で手を振り返す。
「はーい!ギルランスおじちゃんもありがとー!バイバイ!」
「るせぇ、俺はおじちゃんじゃねぇ!」
ミーシャの無邪気な言葉にギルランスは舌打ちする。
だが、ギルランスの本当の優しさをもう分かっているミーシャは、臆することなく再度別れの挨拶をする。
「また来てね~ギルランスおじちゃ~ん!」
「だから、おじちゃんじゃ――って、もういいわ……」
ギルランスは諦めたように溜息を吐くと苦笑いをうかべながら、背中を向け後ろ手に手を振った。
和哉はそんなギルランスにクスリと笑みを零すと、もう一度振り返る。
母親の腕に抱かれ、無邪気に笑っているミーシャの姿に和哉の顔には自然と笑みが浮かんだ。
(良かったね、ミーシャちゃん)
心の中で呟き、踵を返し歩き出した。
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