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第56話 『サリア』へ
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――コンコン
和哉とギルランスのキスで盛り上がっていた部屋の扉が控えめにノックされた。
その音にギョッとしつつ慌ててベッドから降りた和哉は、思わず別に乱れてもいないはずの身なりをアタフタと整える。
当のギルランスはと言えば、そんな和哉を見ながら笑いを堪えるように肩を揺らしている。
つい先程までのキスでまだ気持ちが上ずったままの和哉とは対照的に、余裕のある態度をみせるギルランスに少しムッとする和哉だったが、すぐに気を取り直すと、なんでもない風を装って扉を開いた。
「はい――あ、デフォーさん」
そこにはデフォーが意識を取り戻したのであろうクロエを連れて立っていた。
部屋に入るなり彼は彼少し申し訳なさそうに眉を下げ頭を掻きながら言った。
「お寛ぎのところすいません、クロエが目を覚ましまして……お二人に直接お礼が言いたいと言うもので連れて来ました」
デフォーの言葉を受け、和哉が彼の後ろに立っているクロエに目を向けると、彼女は深々と頭を下げた。
「あの……この度は命を救っていただき、本当にありがとうございました」
感謝の言葉を告げるクロエは、アミリアやルーラともまた違った感じの美しい容姿をしていた。
少し勝気そうに見えるきりりとした眉に大きな青い瞳、少しぽってりとした厚めの唇がまた妙な色っぽさを感じさせる。
(こんなに魅力的な人なのに男っ気がないなんて不思議だなぁ……)
などと失礼な事を考えてしまいながら和哉は「いえ、気にしないで下さい」と返すと、クロエの体調を気遣う。
「それより、体のほうは大丈夫ですか?」
「はい、おかげさまで、すっかり良くなりました」
そう言いながら笑顔を見せるクロエの様子からはもうどこにも危惧すべき要素は見受けられなかった。
(良かった~)
和哉が安堵の息を吐いていると、クロエは「あらためまして――」と自己紹介を始めた。
「クロエといいます。よろしくお願いします」
「あ、僕は和哉っていいます。ご丁寧にどうも」
ぺこりと頭を下げるクロエに応えるように和哉も名乗り、挨拶を交わした。
軽く会釈をする和哉に、クロエは微笑みを返した後、和哉の後ろへと視線を移した。
どうやらギルランスの返答を待っているようだ。
「……ギルランスだ」
ベッドに胡坐をかいて座ったまま、相変わらずのぶっきらぼうな態度で自己紹介をするギルランスに和哉は苦笑いを浮かべるしかなかった。
しかしクロエはそんなギルランスの態度にも気を悪くした様子は無く、寧ろ嬉しそうに微笑んでいる。
不愛想なギルランスに対する彼女のリアクションに若干の違和感を感じながら和哉が見ていると、「失礼します」と言いながら四人分のお茶を乗せたトレーを手にメイドがやって来た。
このタイミングでお茶を持ってこさせたということは、つまり彼らはこのままここで話を続けるつもりでこの部屋を訪れたということなのだろう。
メイドがお茶をテーブルに並べ、退室したのを見送ると、和哉はデフォーとクロエを席へと促した。
そして二人が席についたあと、和哉はギルランスが座っているベッドの端へと腰を下ろし、彼らへと向き直る――この部屋には椅子が二脚しかないのだから仕方がない。
すると、和哉が腰を落ち着けるのを待っていたかのようにデフォーが「さて――」と咳払いを一つすると話を始めた。
「まずは娘の命を救ってくれたこと、心より御礼申し上げます。あと、お急ぎの旅の足を止めてしまい誠に申し訳ありませんでした」
そう言うと、デフォーはクロエと共に頭を下げる。
「そんな、お気になさらないで下さい。クロエさんが助かって良かったですし」
和哉が慌ててそう告げると、デフォーは顔を上げふっと相好を崩した。
「ありがとうございます――ああ、それでですね。娘の件もあるのですが、実はあなたがたに折り入ってお願いしたいことがあるのです」
(お願い?)
改まって告げられた言葉に、首を傾げながら和哉はデフォーに問い返す。
「お願いですか?それはどんな内容なんでしょうか?」
その促しにデフォーは少し遠慮がちに口を開いた。
「いや……お二人が冒険者さんだということで、ひとつ依頼したいことがあるのです――」
そう切り出したデフォーの言葉を引き継ぐようにクロエが話を続けた。
「父から明日お二人がサリアへ行かれる予定だと伺いまして……明日私も用事で『サリア』に行くのですが……その……2日間だけ私の護衛をお願い出来ないかと……」
それを聞いて思わずギルランスと顔を見合わせてしまう。
「えっと、つまり僕達がサリアへ行くついでにクロエさんの護衛を頼みたいという事ですか?」
「はい、そうです」
クロエは大きく頷いた。
「でも何でまた直接僕達に?ギルドへ依頼を出せば対応してもらえるはずですが……?」
疑問に思った和哉が尋ねると彼女は困ったように眉を寄せた。
「それが……ギルドに依頼を出したところ、最近魔物の数が急激に増えたとかで人手不足らしく誰も引き受けてくれなくて……」
(なるほど、そういう事か)
確かに最近は魔物の数が増えているらしいとは聞いていた。
その為、今冒険者ギルドでは討伐依頼の対応に追われているとも聞いた気がする。
恐らくそのせいで依頼を受けてくれる人がいないのだろう――。
和哉の心中を察したかのようにデフォーが口を開く。
「娘はサリアの港町での買い出しと薬草摘みを予定していますが、その薬草の採取場所が魔物が多く出る場所なので、できれば腕の立つ方に同行してもらいたいと思っていたところにお二人がいらしてくれたわけで――それでぜひお願いできないかと思いまして」
「あぁ、なるほど」
納得しつつ和哉はちらりと隣に座るギルランスに視線を送る。
和哉的には困っている彼等の事を考えると依頼を受けても別に構わないと思うのだが、問題は隣の人物だ。
この旅はギルランスの目的のための旅なのだから、当事者である彼の意見無しには決められない。
「……」
ギルランスは難しい顔で腕を組んだまま無言で彼らの話を聞いていたが、窺うように見つめる和哉の視線に気付き、少しの逡巡の後、面倒臭そうながらも首を縦に振った。
「……まぁ、俺等もそこまで急いでいるわけじゃねぇし……報酬さえもらえりゃ、二日くらいなら付き合ってやってもいいぜ?」
ギルランスの言葉を受け、デフォーは不安げだった表情を一気に明るくさせた。
「ありがとうございます!もちろん船の渡し賃は無料にしますし、それに上乗せで依頼料もお支払いしますので!」
深々と頭を下げるデフォーの隣で、クロエもまた安堵の表情で「あいがとうございます」と頭を下げた。
――その後、四人で明日の行動予定を話し合ったり雑談したりなどしていたのだが……その間、何度もクロエがチラチラとギルランスの方を見ている事に和哉は気付いた。
(もしかして……)
何となく気になってそれとなく観察していると、やはり彼女はギルランスを気にしているようで、たまに彼と目が合ったりすると少し頬を染めて微笑んだりしていた。
それを見て和哉は確信する。
(クロエさんはギルのこと、好きなんだな……)
ギルランスへ熱い眼差しを向けながら笑顔でアピールをしているクロエの様子から、彼女はなかなかに積極的なタイプのように見受けられた。
少々モヤる気持を抱きながら和哉はそっとギルランスの様子を窺う。
しかし当のギルランスはといえば、そんなクロエの好意にまったく気付いていないのか特に気にした様子もなく、相変わらず興味が無さそうにいつもの仏頂面のまま黙って座っているだけだ。
そんな二人のやり取りを見ているうちに段々と不安になってきてしまう。
(本当に大丈夫なんだろうか……?)
しかし今更引き返す訳にもいかないので取り敢えず様子を見る事にする和哉だった。
****
****
――そして翌朝。
二人はデフォーの船に乗り込み、サリア帝国へと向かうためアドラディア王国を後にした――。
天気も快晴で波も穏やか、絶好の航海日和だった。
湖の上を滑るように進む船の上から和哉は眼前に広がる水面を眺めていた。
湖面に太陽が反射しキラキラと輝いている。
遠くには大小様々な船が浮かんでおり、時折水鳥が飛び交っているのが見えた。
そんな美しく幻想的な景色を眺めながら和哉は昨夜の事を思い出していた。
(ギルとキスしちゃった……)
思わず口元が緩んでしまう。
(ヤバい!顔がニヤけちゃうや!!)
慌てて両手で顔を覆うと自分の頬が熱を持って熱くなっているのが分かった。
(それにしても、まさか受け入れてくれるとは思わなかったな……)
思い切って言ってみた言葉に、拒絶されるどころか逆に受け入れられてしまった事に驚きはしたが、夢でも見ているのではないか思うほど本当に嬉しかった。
ギルランスの普段の態度から、嫌われていないとは感じていた和哉だったが、それでもやはり不安しかなかったからだ。
まだ自分自身、彼にはっきりと「好き」だと告白した訳ではないし、ギルランスも本当のところどう思っているのかまでは和哉には分からない。
だが、そんな状態の中でもギルランスから告げられた例の『条件三カ条』には、もう天にも昇る心地だった。
(こ、これって……少しは期待しても良いのかな……?)
そう思いたい和哉だが、やはり確信が持てない。
だが、とりあえず今はこれで充分だと自分に言い聞かせる。
(焦る必要はないよな……?)
これからもずっと一緒にいられるのだから時間はたっぷりあるはずなのだ。
少しづつでもいい、今以上にギルランスに好いてもらえるように頑張ろう――と、和哉は改めて決意する。
そしてまた、昨夜のキスを思い出しながら、一人でニヤけたり赤面したりしていると不意に後ろから声がかかった。
「おい、何ニヤニヤしてんだ?」
「うわっ!」
その声に驚いた和哉が振り返ると、いつの間にかすぐ後ろにギルランスが立っていた。
「び、びっくりした~、どうしたの?」
ドキドキを抑えつつ問い返す和哉にギルランスは怪訝そうに続ける。
「いや……なんかお前、一人でニヤニヤしてて気持ち悪りぃなと思ってよ……何か面白いもんでも見えるのか?」
「あ、うん……綺麗な景色だなと思ってさ」
「……ああ、まあ、確かにな」
そう納得したようにうなずきながらギルランスは和哉の隣に立つと、視線を前に向け同じように景色を眺め始めた。
しばらく黙って二人で湖面を見つめながら、和哉はギルランスに気付かれないようにそっと口元を綻ばせた。
(あぁ……幸せだなぁ)
そんな事を考えながらギルランスを横目でチラリと盗み見てみる。
その端正な横顔は、いつもより心なしか穏やかな表情で遠く視線を馳せていた。
湖に上を吹き渡る風に銀色の髪がそよぎ、太陽の日差しを浴びてキラキラと輝いている。
基本、険しい顔つきのギルランスは一見すると近寄り難い雰囲気があるが、こうやって時折見せる優しい表情や子供のように目を輝かせる姿など、意外な一面を見せる事もある。
そのギャップが和哉にとってはまた堪らなく可愛いのだ。
(あぁもう……好きすぎるよ)
そんな事を考えながらニヤける表情を必死に抑えつつ見つめる和哉の視線に気が付いたのか、不意に振り向いたギルランスと目が合う。
思わずドキリと心臓を高鳴らせる和哉にギ、ルランスはニヤリと悪戯っぽい笑みを向けた。
「何だ?俺に見惚《みと》れてたのか?」
「えっ!?い、いや、その……うん……そう、だね……」
ギルランスとしては冗談で言ったつもりなのだろうが……照れながらも正直に答える和哉の言葉に、ギルランスは一瞬面食らったように目を見開いた後、すぐに顔を背けてしまった。
「なっ!?ばっ……!何言ってんだ!?お前、そんな事言う奴だったか!?いつもだったら顔真っ赤にして誤魔化してるトコだろ!?」
どうやら照れ隠しのようだ。
そっぽを向きながら慌てて早口で捲し立てるギルランスに和哉は思わず苦笑いを零した。
確かに以前の自分ならきっと彼の言う通り誤魔化していただろう――だが、昨夜の一件を経て何かが変わったのか、和哉は自分でも驚く程素直に言葉が出てきたのだ。
「うん、今まではそうだったかも……でも、これからはもう自分の気持ちは出来るだけ誤魔化さないようにしようって思うから……」
そっぽを向いたままでいるギルランスを見つめながら和哉は今伝えられる可能な限りの自分の気持ちを言葉にした。
「だからさ、その……ギルも変に意識したりしないで今まで通りに接してくれると嬉しいんだけどな。ダメかな?」
和哉のお願いに暫く黙っていたギルランスだったが、やがてゆっくりと向き直った。
その表情はいつもの無愛想なものに戻っていたが、それでも和哉にはどこか照れているように見える。
「……分かったよ」
ぶっきらぼうな口調でそれだけ言うとまたそっぽを向いてしまった。
(ああもう!本当に可愛いなぁ!!)
ギルランスの様子に和哉が内心悶えていると、そこへ後ろから声をかけられた。
「ギルランスさん、カズヤさん、そろそろ到着しますよ」
振り返るとクロエがこちらに向かって歩いて来るところだった。
「――そうか」
相変わらず素っ気ないギルランスの返事だが、クロエは嬉しそうに微笑むと、今度は少し頬を染めながら照れ臭そうに続けた。
「あの……もし、よろしかったら私の事は『クロエ』と呼んで下さい」
その言葉に和哉はクロエの積極性にあらためて驚いてしまった。
次いで、ギルランスの反応が気になり、チラリとそちらへ視線を向ける。
ギルランスは暫くの間無言のままだったが、やがて小さくため息を吐くと口を開いた。
「ああ……分かった」
素っ気なくそれだけ言うと再び前を向いてしまう――その様子からは特に照れも戸惑いも感じられない。
言ってしまえば『興味がない』とでも言いたげな態度だった。
そんなギルランスの様子にクロエは残念そうに肩を落としていたが、すぐに気を取り直したように笑顔をみせると、「見えてきましたよ」と言い舟の前方に視線をやった。
釣られて和哉たちもそちらに視線を向けると、前方に大きな街が見えてきていた。
「あちらがサリア帝国――ソルダンの港町です」
クロエの言葉に和哉はうなずいた。
事前にギルランスから軽く説明を聞いてはいたが、このソルダンの港町はサリア帝国の中ではかなり大きな町のようだ。
港にはたくさんの船が停泊しており、多くの人や馬車などで賑わっているのが見てとれた。
やがて、舟が岸壁に着き和哉とギルランスそしてクロエが下船すると、船上からデフォーが呼びかけてきた。
「では、クロエを頼みましたよ」
それに和哉とギルランスが軽く手を上げて応えると、今度はクロエへ向き直り注意を促した。
「じゃあクロエ、また二日後に迎えに来るからな。それまでくれぐれも気を付けるんだぞ?ちゃんと冒険者さんの言う事を聞いて絶対に無茶はするなよ?」
「はいはい、分かってるわよ父さん!じゃあ行ってきます!」
娘への過保護っぷりを発揮するデフォーに、クロエは少々辟易気味に苦笑いを浮かべながら手を振ってみせた。
(いい親子関係だなぁ……)
そんな二人の様子を、和哉は何となく元の世界にいる両親を思い出しながら見つめていた。
和哉とギルランスのキスで盛り上がっていた部屋の扉が控えめにノックされた。
その音にギョッとしつつ慌ててベッドから降りた和哉は、思わず別に乱れてもいないはずの身なりをアタフタと整える。
当のギルランスはと言えば、そんな和哉を見ながら笑いを堪えるように肩を揺らしている。
つい先程までのキスでまだ気持ちが上ずったままの和哉とは対照的に、余裕のある態度をみせるギルランスに少しムッとする和哉だったが、すぐに気を取り直すと、なんでもない風を装って扉を開いた。
「はい――あ、デフォーさん」
そこにはデフォーが意識を取り戻したのであろうクロエを連れて立っていた。
部屋に入るなり彼は彼少し申し訳なさそうに眉を下げ頭を掻きながら言った。
「お寛ぎのところすいません、クロエが目を覚ましまして……お二人に直接お礼が言いたいと言うもので連れて来ました」
デフォーの言葉を受け、和哉が彼の後ろに立っているクロエに目を向けると、彼女は深々と頭を下げた。
「あの……この度は命を救っていただき、本当にありがとうございました」
感謝の言葉を告げるクロエは、アミリアやルーラともまた違った感じの美しい容姿をしていた。
少し勝気そうに見えるきりりとした眉に大きな青い瞳、少しぽってりとした厚めの唇がまた妙な色っぽさを感じさせる。
(こんなに魅力的な人なのに男っ気がないなんて不思議だなぁ……)
などと失礼な事を考えてしまいながら和哉は「いえ、気にしないで下さい」と返すと、クロエの体調を気遣う。
「それより、体のほうは大丈夫ですか?」
「はい、おかげさまで、すっかり良くなりました」
そう言いながら笑顔を見せるクロエの様子からはもうどこにも危惧すべき要素は見受けられなかった。
(良かった~)
和哉が安堵の息を吐いていると、クロエは「あらためまして――」と自己紹介を始めた。
「クロエといいます。よろしくお願いします」
「あ、僕は和哉っていいます。ご丁寧にどうも」
ぺこりと頭を下げるクロエに応えるように和哉も名乗り、挨拶を交わした。
軽く会釈をする和哉に、クロエは微笑みを返した後、和哉の後ろへと視線を移した。
どうやらギルランスの返答を待っているようだ。
「……ギルランスだ」
ベッドに胡坐をかいて座ったまま、相変わらずのぶっきらぼうな態度で自己紹介をするギルランスに和哉は苦笑いを浮かべるしかなかった。
しかしクロエはそんなギルランスの態度にも気を悪くした様子は無く、寧ろ嬉しそうに微笑んでいる。
不愛想なギルランスに対する彼女のリアクションに若干の違和感を感じながら和哉が見ていると、「失礼します」と言いながら四人分のお茶を乗せたトレーを手にメイドがやって来た。
このタイミングでお茶を持ってこさせたということは、つまり彼らはこのままここで話を続けるつもりでこの部屋を訪れたということなのだろう。
メイドがお茶をテーブルに並べ、退室したのを見送ると、和哉はデフォーとクロエを席へと促した。
そして二人が席についたあと、和哉はギルランスが座っているベッドの端へと腰を下ろし、彼らへと向き直る――この部屋には椅子が二脚しかないのだから仕方がない。
すると、和哉が腰を落ち着けるのを待っていたかのようにデフォーが「さて――」と咳払いを一つすると話を始めた。
「まずは娘の命を救ってくれたこと、心より御礼申し上げます。あと、お急ぎの旅の足を止めてしまい誠に申し訳ありませんでした」
そう言うと、デフォーはクロエと共に頭を下げる。
「そんな、お気になさらないで下さい。クロエさんが助かって良かったですし」
和哉が慌ててそう告げると、デフォーは顔を上げふっと相好を崩した。
「ありがとうございます――ああ、それでですね。娘の件もあるのですが、実はあなたがたに折り入ってお願いしたいことがあるのです」
(お願い?)
改まって告げられた言葉に、首を傾げながら和哉はデフォーに問い返す。
「お願いですか?それはどんな内容なんでしょうか?」
その促しにデフォーは少し遠慮がちに口を開いた。
「いや……お二人が冒険者さんだということで、ひとつ依頼したいことがあるのです――」
そう切り出したデフォーの言葉を引き継ぐようにクロエが話を続けた。
「父から明日お二人がサリアへ行かれる予定だと伺いまして……明日私も用事で『サリア』に行くのですが……その……2日間だけ私の護衛をお願い出来ないかと……」
それを聞いて思わずギルランスと顔を見合わせてしまう。
「えっと、つまり僕達がサリアへ行くついでにクロエさんの護衛を頼みたいという事ですか?」
「はい、そうです」
クロエは大きく頷いた。
「でも何でまた直接僕達に?ギルドへ依頼を出せば対応してもらえるはずですが……?」
疑問に思った和哉が尋ねると彼女は困ったように眉を寄せた。
「それが……ギルドに依頼を出したところ、最近魔物の数が急激に増えたとかで人手不足らしく誰も引き受けてくれなくて……」
(なるほど、そういう事か)
確かに最近は魔物の数が増えているらしいとは聞いていた。
その為、今冒険者ギルドでは討伐依頼の対応に追われているとも聞いた気がする。
恐らくそのせいで依頼を受けてくれる人がいないのだろう――。
和哉の心中を察したかのようにデフォーが口を開く。
「娘はサリアの港町での買い出しと薬草摘みを予定していますが、その薬草の採取場所が魔物が多く出る場所なので、できれば腕の立つ方に同行してもらいたいと思っていたところにお二人がいらしてくれたわけで――それでぜひお願いできないかと思いまして」
「あぁ、なるほど」
納得しつつ和哉はちらりと隣に座るギルランスに視線を送る。
和哉的には困っている彼等の事を考えると依頼を受けても別に構わないと思うのだが、問題は隣の人物だ。
この旅はギルランスの目的のための旅なのだから、当事者である彼の意見無しには決められない。
「……」
ギルランスは難しい顔で腕を組んだまま無言で彼らの話を聞いていたが、窺うように見つめる和哉の視線に気付き、少しの逡巡の後、面倒臭そうながらも首を縦に振った。
「……まぁ、俺等もそこまで急いでいるわけじゃねぇし……報酬さえもらえりゃ、二日くらいなら付き合ってやってもいいぜ?」
ギルランスの言葉を受け、デフォーは不安げだった表情を一気に明るくさせた。
「ありがとうございます!もちろん船の渡し賃は無料にしますし、それに上乗せで依頼料もお支払いしますので!」
深々と頭を下げるデフォーの隣で、クロエもまた安堵の表情で「あいがとうございます」と頭を下げた。
――その後、四人で明日の行動予定を話し合ったり雑談したりなどしていたのだが……その間、何度もクロエがチラチラとギルランスの方を見ている事に和哉は気付いた。
(もしかして……)
何となく気になってそれとなく観察していると、やはり彼女はギルランスを気にしているようで、たまに彼と目が合ったりすると少し頬を染めて微笑んだりしていた。
それを見て和哉は確信する。
(クロエさんはギルのこと、好きなんだな……)
ギルランスへ熱い眼差しを向けながら笑顔でアピールをしているクロエの様子から、彼女はなかなかに積極的なタイプのように見受けられた。
少々モヤる気持を抱きながら和哉はそっとギルランスの様子を窺う。
しかし当のギルランスはといえば、そんなクロエの好意にまったく気付いていないのか特に気にした様子もなく、相変わらず興味が無さそうにいつもの仏頂面のまま黙って座っているだけだ。
そんな二人のやり取りを見ているうちに段々と不安になってきてしまう。
(本当に大丈夫なんだろうか……?)
しかし今更引き返す訳にもいかないので取り敢えず様子を見る事にする和哉だった。
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――そして翌朝。
二人はデフォーの船に乗り込み、サリア帝国へと向かうためアドラディア王国を後にした――。
天気も快晴で波も穏やか、絶好の航海日和だった。
湖の上を滑るように進む船の上から和哉は眼前に広がる水面を眺めていた。
湖面に太陽が反射しキラキラと輝いている。
遠くには大小様々な船が浮かんでおり、時折水鳥が飛び交っているのが見えた。
そんな美しく幻想的な景色を眺めながら和哉は昨夜の事を思い出していた。
(ギルとキスしちゃった……)
思わず口元が緩んでしまう。
(ヤバい!顔がニヤけちゃうや!!)
慌てて両手で顔を覆うと自分の頬が熱を持って熱くなっているのが分かった。
(それにしても、まさか受け入れてくれるとは思わなかったな……)
思い切って言ってみた言葉に、拒絶されるどころか逆に受け入れられてしまった事に驚きはしたが、夢でも見ているのではないか思うほど本当に嬉しかった。
ギルランスの普段の態度から、嫌われていないとは感じていた和哉だったが、それでもやはり不安しかなかったからだ。
まだ自分自身、彼にはっきりと「好き」だと告白した訳ではないし、ギルランスも本当のところどう思っているのかまでは和哉には分からない。
だが、そんな状態の中でもギルランスから告げられた例の『条件三カ条』には、もう天にも昇る心地だった。
(こ、これって……少しは期待しても良いのかな……?)
そう思いたい和哉だが、やはり確信が持てない。
だが、とりあえず今はこれで充分だと自分に言い聞かせる。
(焦る必要はないよな……?)
これからもずっと一緒にいられるのだから時間はたっぷりあるはずなのだ。
少しづつでもいい、今以上にギルランスに好いてもらえるように頑張ろう――と、和哉は改めて決意する。
そしてまた、昨夜のキスを思い出しながら、一人でニヤけたり赤面したりしていると不意に後ろから声がかかった。
「おい、何ニヤニヤしてんだ?」
「うわっ!」
その声に驚いた和哉が振り返ると、いつの間にかすぐ後ろにギルランスが立っていた。
「び、びっくりした~、どうしたの?」
ドキドキを抑えつつ問い返す和哉にギルランスは怪訝そうに続ける。
「いや……なんかお前、一人でニヤニヤしてて気持ち悪りぃなと思ってよ……何か面白いもんでも見えるのか?」
「あ、うん……綺麗な景色だなと思ってさ」
「……ああ、まあ、確かにな」
そう納得したようにうなずきながらギルランスは和哉の隣に立つと、視線を前に向け同じように景色を眺め始めた。
しばらく黙って二人で湖面を見つめながら、和哉はギルランスに気付かれないようにそっと口元を綻ばせた。
(あぁ……幸せだなぁ)
そんな事を考えながらギルランスを横目でチラリと盗み見てみる。
その端正な横顔は、いつもより心なしか穏やかな表情で遠く視線を馳せていた。
湖に上を吹き渡る風に銀色の髪がそよぎ、太陽の日差しを浴びてキラキラと輝いている。
基本、険しい顔つきのギルランスは一見すると近寄り難い雰囲気があるが、こうやって時折見せる優しい表情や子供のように目を輝かせる姿など、意外な一面を見せる事もある。
そのギャップが和哉にとってはまた堪らなく可愛いのだ。
(あぁもう……好きすぎるよ)
そんな事を考えながらニヤける表情を必死に抑えつつ見つめる和哉の視線に気が付いたのか、不意に振り向いたギルランスと目が合う。
思わずドキリと心臓を高鳴らせる和哉にギ、ルランスはニヤリと悪戯っぽい笑みを向けた。
「何だ?俺に見惚《みと》れてたのか?」
「えっ!?い、いや、その……うん……そう、だね……」
ギルランスとしては冗談で言ったつもりなのだろうが……照れながらも正直に答える和哉の言葉に、ギルランスは一瞬面食らったように目を見開いた後、すぐに顔を背けてしまった。
「なっ!?ばっ……!何言ってんだ!?お前、そんな事言う奴だったか!?いつもだったら顔真っ赤にして誤魔化してるトコだろ!?」
どうやら照れ隠しのようだ。
そっぽを向きながら慌てて早口で捲し立てるギルランスに和哉は思わず苦笑いを零した。
確かに以前の自分ならきっと彼の言う通り誤魔化していただろう――だが、昨夜の一件を経て何かが変わったのか、和哉は自分でも驚く程素直に言葉が出てきたのだ。
「うん、今まではそうだったかも……でも、これからはもう自分の気持ちは出来るだけ誤魔化さないようにしようって思うから……」
そっぽを向いたままでいるギルランスを見つめながら和哉は今伝えられる可能な限りの自分の気持ちを言葉にした。
「だからさ、その……ギルも変に意識したりしないで今まで通りに接してくれると嬉しいんだけどな。ダメかな?」
和哉のお願いに暫く黙っていたギルランスだったが、やがてゆっくりと向き直った。
その表情はいつもの無愛想なものに戻っていたが、それでも和哉にはどこか照れているように見える。
「……分かったよ」
ぶっきらぼうな口調でそれだけ言うとまたそっぽを向いてしまった。
(ああもう!本当に可愛いなぁ!!)
ギルランスの様子に和哉が内心悶えていると、そこへ後ろから声をかけられた。
「ギルランスさん、カズヤさん、そろそろ到着しますよ」
振り返るとクロエがこちらに向かって歩いて来るところだった。
「――そうか」
相変わらず素っ気ないギルランスの返事だが、クロエは嬉しそうに微笑むと、今度は少し頬を染めながら照れ臭そうに続けた。
「あの……もし、よろしかったら私の事は『クロエ』と呼んで下さい」
その言葉に和哉はクロエの積極性にあらためて驚いてしまった。
次いで、ギルランスの反応が気になり、チラリとそちらへ視線を向ける。
ギルランスは暫くの間無言のままだったが、やがて小さくため息を吐くと口を開いた。
「ああ……分かった」
素っ気なくそれだけ言うと再び前を向いてしまう――その様子からは特に照れも戸惑いも感じられない。
言ってしまえば『興味がない』とでも言いたげな態度だった。
そんなギルランスの様子にクロエは残念そうに肩を落としていたが、すぐに気を取り直したように笑顔をみせると、「見えてきましたよ」と言い舟の前方に視線をやった。
釣られて和哉たちもそちらに視線を向けると、前方に大きな街が見えてきていた。
「あちらがサリア帝国――ソルダンの港町です」
クロエの言葉に和哉はうなずいた。
事前にギルランスから軽く説明を聞いてはいたが、このソルダンの港町はサリア帝国の中ではかなり大きな町のようだ。
港にはたくさんの船が停泊しており、多くの人や馬車などで賑わっているのが見てとれた。
やがて、舟が岸壁に着き和哉とギルランスそしてクロエが下船すると、船上からデフォーが呼びかけてきた。
「では、クロエを頼みましたよ」
それに和哉とギルランスが軽く手を上げて応えると、今度はクロエへ向き直り注意を促した。
「じゃあクロエ、また二日後に迎えに来るからな。それまでくれぐれも気を付けるんだぞ?ちゃんと冒険者さんの言う事を聞いて絶対に無茶はするなよ?」
「はいはい、分かってるわよ父さん!じゃあ行ってきます!」
娘への過保護っぷりを発揮するデフォーに、クロエは少々辟易気味に苦笑いを浮かべながら手を振ってみせた。
(いい親子関係だなぁ……)
そんな二人の様子を、和哉は何となく元の世界にいる両親を思い出しながら見つめていた。
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