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第76話 新な転移者
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「えっと……つまり優斗は自分で望んでこっちの世界に来た……と……?」
和哉は混乱しながらも何とか状況を整理しようと頭をフル回転させながら目の前にいる男――高橋優斗を見つめた。
現在、和哉とギルランス、カエサルそして優斗の四人は公会堂の休憩室でテーブルを挟んで向かい合っている。
優斗は和哉の問いに懐かしい笑顔を見せながらうなずいた。
「うん、そうそう!さっきも言ったように俺の夢に黒い猫が出てきてさ『カズヤに合わせてやる』って言ってくれたんだ!」
「そ、そうなんだ……」
優斗の話によれば、夢の中に黒猫が現れて、和哉を元の世界に連れ帰る事を条件に『カズヤの所に連れていってやる』と言われたらしい。
そして、もし和哉を連れ帰る事が出来なければそのままこちらの世界に残る事――即ち元の世界に戻る事は出来ないという約束もさせられたのだという。
(――マジか……)
和哉は思わず頭を抱えたくなった。
そもそもなぜ自分が元の世界に帰る事が条件なのか分からなかったし、何より何故、そこまでのリスクを負いながらも優斗がそれを承諾してこちらに来たという事も理解できなかったのだ。
「ねえ、優斗……お前なんでこっちに来ちゃったんだよ?」
「え?」
質問の意味がわからないのか、キョトンと首を傾げる優斗に和哉は溜息混じりに言う。
「だってそうだろう!?……わざわざ戻れなくなるかもしれない危険を犯してまで来る必要は無かったんじゃないのか!?」
「ああ~それね!――」
そこで漸く理解したように優斗はポンと手を打ち、口を開こうとするが、どうにも分からないことだらけの和哉は続けざまに問い掛けた。
「それにさ!なんで僕が元の世界に帰る事が条件だったりするわけ!?意味わかんないし――もし、お前が帰れなくなったりしたら当然向こうの世界は大変な事になるだろ?家族や友達にも会えなくなっちゃうんだよ?それを分かっててお前はこっちに来たのか?」
立て続けに繰り出される和哉の質問に優斗は面食らった様子だったが、少し間をおいてから「うーん、まあそれはそうなんだけどさ……」と前置きをした後で、困ったような顔をしながら和哉に語りかける。
「――お前さ、向こうでは行方不明って事になってんだよ。そりゃもう、みんな心配しててよ……おじさんもおばさんも……特に美緒ちゃんなんか憔悴しきってて、見てられなかったぜ……?」
「……っ!」
途端に和哉の胸にずんと重いものが圧し掛かる。
(そっか……そうだよな。父さんも母さんも……美緒も心配してるんだろうな……)
そんな事は分かりきっていた筈なのだが、改めて聞かされるとやはり心が痛むものがある。
いつも明るくて笑顔を絶やさない母や美緒の顔、そして厳格ながらもその奥に優しさを秘めた父の顔――それがどれほど寂しげなものになっているのかを考えると申し訳ない気持ちやら寂しさやらで、鼻の奥がツンと痛み目頭が熱くなってきてしまう。
反論出来ないまま泣きそうになるのをグッと堪える和哉に、優斗の明るい声が続いた。
「それに、俺も和哉に会いたかったしな!」
「え?」
思わず顔を上げる和哉の前には、優斗の屈託のない笑顔があった。
「だって、俺たち親友だろ!?お前が帰りたがってるんなら何とか力になってやりたいと思うのが友達ってやつだろ!?」
そう言ってグッと親指を立ててみせる優斗を見て、和哉は思わず苦笑いを浮かべた。
「まったく……お前って奴は……」
(相変わらず能天気な奴だな……)
そう思いながらも、優斗の友情に嬉しさを感じてしまう自分がいる事も確かだった。
だが――それとこれとは話は別だ。
なぜなら、どんなに考えても和哉には『帰る』という選択肢が存在しなかったからだ――理由はただ一つ。ギルランスの存在があるからだ。
(――だって、僕には……)
和哉はチラリと隣に座るギルランスに視線を送る。
難しい顔をして考え込んでいるようであったが、その表情からは何を考えているかまでは分からなかった。
ギルランスは和哉がこのまま帰ってしまっても仕方ないと思っているのか、それとも残って欲しいと思っているのか?――いずれにせよ、和哉の気持ちは決まっていた。
(やっぱり僕は何を犠牲にしてでもギルの傍にいたい――)
たとえそれが家族を泣かせてしまう事だとしても、そして親友が自分の選択のせいで元の世界に戻れなくなってしまうとしても――それでも自分の気持ちに嘘を吐く事はできなかった。
和哉は前に座っている二人には気付かれないように、机の下でそっと手を伸ばし隣に座る最愛の人の手をギュッと握り締めた。
その瞬間、ギルランスは小さくピクリと眉を動かしたかと思うと視線は前に向けたままその手を優しく握り返してくれた――それだけで胸が温かくなった。
和哉は意を決して顔を上げ、真っ直ぐ優斗へと向き直る。
目の前の、『和哉は一緒に帰る』と、疑う事無く信じて明るい笑顔を見せている優斗の様子に、チクリと心を痛める和哉だったが、それでもここでハッキリと自分の意思を伝えなければならないと思い、息を一つ吸い込んで口を開いた。
「優斗……ごめん……優斗の気持ちはとても嬉しいし、このまま帰れなくなっちゃう君には本当に悪いと思うけど……僕は帰らないよ」
「え……?」
告げられた和哉の言葉に、優斗は大きく目を見開いた。
まさかそんな答えが返って来るとは思いもしなかったのだろう――驚いた様子で固まっていた。
そんな優斗の表情に和哉はズキリと胸の奥が痛むのを感じたが、それでも自分の意志を変えるつもりはなかった。
だが、和哉の決断に納得できないのか、優斗は声を荒げて食い下がろうとする。
「なんでだよ!!お前、帰りたくないのかよ!?家族に会いたくないのかよ!?」
「――そりゃあ会いたいよ!!……すごく……会いたいに決まってるだろ!……だけど――」
「だったら――!!」
「ごめんね……だけど……やっぱり僕は帰れないよ……全部僕の我儘だ……全部僕が悪いんだ……本当にごめん……!」
「――っ……」
和哉が机に頭が付くほど深く頭を下げ謝罪の言葉を口にすると、優斗はそれ以上何も言えなくなったのか唇を噛み締め黙り込んで俯いてしまった。
暫くの間重苦しい沈黙が続く――やがて、優斗は徐に顔を上げると何を思ったのか、今度はギルランスの方に向き直り、口を開いた。
「……あんた……ギルランスさんスよね?」
(――!?)
唐突に名前を呼ばれ、ギルランスは驚いたように顔を上げると眉間の皺を深くした。
それもそうだろう――今さっき会ったばかりの見ず知らずの男が名乗ってもいない自分の名前を知っていたのだから――。
和哉も優斗が突然ギルランスに話を振った事に驚き、ハッと顔を上げギルランスと優斗を交互に見やる。
(――な……何なんだ?)
一体何を考えているのか分からない優斗の行動に戸惑いながら和哉はギルランスに目をむけた。
彼は不機嫌さと困惑と怒りが入り混じったような複雑な表情をしたまま、優斗の問いに答えることもなく押し黙って優斗を睨み付けていた。
そんなギルランスの視線に怯む事無く優斗は真っ直ぐ見つめ返す。
「……そうっスよね!?……ホントに小説通りの見た目っスね、すぐに分かりましたよ」
「ああ?小説だぁ??」
ギルランスは益々わけが分からないといった様子で声を上げる。
その様子を見て、和哉は今までその小説の話をギルランスにして来なかった事を後悔した。
別に特に隠していたわけではなかった。
ただ、話すタイミングもなかったし、何よりもわざわざそんな話をしてギルランスを混乱させる必要は無いと思っていたからだ。
だが、その自分の判断のせいで今現在、より一層彼を困らせてしまっているようで、それが申し訳なくて仕方がなかった。
そんな二人にお構いなしの様子で優斗は話を続ける。
「すんません、ギルランスさんもそろそろ和哉を解放してくれないっスか?いくら和哉がギルランスさんに憧れているからって、こんな危険な場所に無理矢理連れてくるなんて――」
(――え?)
「ちょ……ちょっと待ってよ!なんでそんな話に――」
変に誤解してしまっているであろう優斗に慌てて止めに入る和哉だったが、それを遮るようにしてギルランスが声を上げる。
「……お前……さっきから一体何を言ってんだ?」
その声には明らかに怒気が含まれていた。
「いや……だから、もう和哉をこの世界に引き留めるのはやめてほしいんスよ!」
追加で言われた優斗の言葉を受け、ギルランスのこめかみにピキリと青筋が立つのが見えた。
(――!ヤバッ!)
和哉は慌てて仲裁に入ろうと口を開きかけるが、それよりも早くギルランスの怒号が室内に響き渡る。
「あぁ!?てめぇ、いきなりやって来て何を言ってやがる!?わけわかんねぇ事、抜かしてんじゃねぇぞ!!」
ギルランスの怒鳴り声に、優斗が一瞬ビクッと体を震わせたその時だった――それまで黙って話を聞いていたカエサルが軽く手をパンパンと叩き二人の注意を引いた。
「――二人とも、落ち着いて下さい」
「「――っ!」」
カエサルの声に我に返ったのか、ギルランスと優斗は気まずそうに視線を逸らした。
そんな二人に構うことなく、カエサルは冷静な口調で話を続ける。
「皆、言いたい事も思う事もあるでしょう。しかし、このままでは埒が明かない――情報も多くて混乱しているし――ここはひとつ、それぞれが持ち帰り、整理する必要があるんじゃないかな?今日の所はこれでお開きとしないかい?」
「「……」」
カエサルの提案にギルランスも優斗も反論はしなかった――いや、出来なかったようだ。
確かに、これ以上話し合っていても平行線を辿るばかりで結論が出るとは思えない。
それは双方とも理解していたのだろう。
「チッ……」
ギルランスが舌打ちをしながら立ち上がり、そのまま何も言わずに部屋から出て行こうとしたが――その背中にカエサルの声がかけられた。
「ギルランス君、待って下さい」
「あ゛ぁ!?」
これ以上はないという程の不機嫌な表情で振り返ったギルランスをカエサルは強い視線で見つめ返し、そして言った――。
「……さっき、君の瞳の奥を覗いて感じたよ……君は『こちら側』なのかい?それとも――」
「……!!」
その言葉を聞いた瞬間、ギルランスの目が大きく見開かれる。
それと同時に彼の表情からは先ほどまで見せていた怒りの表情が消え失せ、代わりに困惑の色が浮かび上がった。
(……え???)
和哉はギルランスのその様子にも、カエサルが言った言葉の意味も理解できずにただ呆然としていた。
カエサルはギルランスを見据えながら言葉を続けるが……それはあまりにも意外過ぎるものだった。
「返答次第では私は君をこの場で始末しなければならなくなるが……」
途端にカエサルの体から殺気にも似た気迫が放たれる――その圧倒的な迫力に、部屋の空気がビリビリと振動するような錯覚を覚えるほどだ。
その場にいた和哉と優斗はその圧力に気圧され、全身から冷や汗が流れ出るのを感じる程だった――だが、ただ一人ギルランスだけはそんなカエサルに怯む事無く睨み返していたが、フイッと視線を逸らすと踵を返しそのまま部屋を出て行ってしまった。
「あ、ちょ――ギル……!」
我に返った和哉は慌てて立ち上がると、急いでその後を追おうとする――だが、その前にカエサルが立ち塞がった。
「待ちなさい、和哉君」
「どいて下さい、カエサルさん!ギルを追いかけます!」
「……」
和哉の言葉にカエサルは一瞬何か言いたげな表情を浮かべたが、すぐに厳しい表情に戻り、静かに首を横に振った。
「ダメだよ」
「なんでですか!?」
「君は分かっていないようだが、ギルランス君は危険かもしれない……」
「……危険……?」
(どういう意味だ?)
和哉にはカエサルの言っている意味が分からなかった――だが、一つだけ自分にもハッキリ分かる事がある――それは、このままここで引き下がってしまえばダメだという事だ。
今、ギルランスを一人にしてしまっては取り返しのつかない事になる――と本能的に確信していたからだ。
和哉の覚悟はとっくの昔に決まっていた――。
「カエサルさん、退いてください」
「――!?」
キッとカエサルを睨み付けながら放たれる和哉の言葉を受け、カエサルの瞳が大きく見開かれた。
「僕はギルの傍にいます!」
「……」
黙って和哉を見つめるカエサルに対して更に言葉を重ねる。
「もし、カエサルさんが僕を力尽くでもここから出さないというなら、僕だって全力で抵抗するつもりです!」
カエサルと戦って勝てるなどと思ってはいなかった――それでも、これだけは絶対に譲る事は出来ないのだ。
身構える和哉を見て、カエサルは驚いたように目を瞠ると、眼鏡を押し上げながら大きな溜め息を一つ吐いた――それはまるで降参の意を表しているかのようだった。
「……やれやれ……分かったよ。いいでしょう……ただし、少しでも異変を感じられたら直ぐに彼から離れるんだよ――」
「はい、ありがとうございます!」
和哉はカエサルの言葉が終わるか終わらないかのうちに、礼を告げると駆けだして行った。
「……どうやら、私の入る余地など最初から無かったようだね……」
和哉の出て行ったドアを見つめながらカエサルは悲し気な表情で小さく呟いた――。
和哉は混乱しながらも何とか状況を整理しようと頭をフル回転させながら目の前にいる男――高橋優斗を見つめた。
現在、和哉とギルランス、カエサルそして優斗の四人は公会堂の休憩室でテーブルを挟んで向かい合っている。
優斗は和哉の問いに懐かしい笑顔を見せながらうなずいた。
「うん、そうそう!さっきも言ったように俺の夢に黒い猫が出てきてさ『カズヤに合わせてやる』って言ってくれたんだ!」
「そ、そうなんだ……」
優斗の話によれば、夢の中に黒猫が現れて、和哉を元の世界に連れ帰る事を条件に『カズヤの所に連れていってやる』と言われたらしい。
そして、もし和哉を連れ帰る事が出来なければそのままこちらの世界に残る事――即ち元の世界に戻る事は出来ないという約束もさせられたのだという。
(――マジか……)
和哉は思わず頭を抱えたくなった。
そもそもなぜ自分が元の世界に帰る事が条件なのか分からなかったし、何より何故、そこまでのリスクを負いながらも優斗がそれを承諾してこちらに来たという事も理解できなかったのだ。
「ねえ、優斗……お前なんでこっちに来ちゃったんだよ?」
「え?」
質問の意味がわからないのか、キョトンと首を傾げる優斗に和哉は溜息混じりに言う。
「だってそうだろう!?……わざわざ戻れなくなるかもしれない危険を犯してまで来る必要は無かったんじゃないのか!?」
「ああ~それね!――」
そこで漸く理解したように優斗はポンと手を打ち、口を開こうとするが、どうにも分からないことだらけの和哉は続けざまに問い掛けた。
「それにさ!なんで僕が元の世界に帰る事が条件だったりするわけ!?意味わかんないし――もし、お前が帰れなくなったりしたら当然向こうの世界は大変な事になるだろ?家族や友達にも会えなくなっちゃうんだよ?それを分かっててお前はこっちに来たのか?」
立て続けに繰り出される和哉の質問に優斗は面食らった様子だったが、少し間をおいてから「うーん、まあそれはそうなんだけどさ……」と前置きをした後で、困ったような顔をしながら和哉に語りかける。
「――お前さ、向こうでは行方不明って事になってんだよ。そりゃもう、みんな心配しててよ……おじさんもおばさんも……特に美緒ちゃんなんか憔悴しきってて、見てられなかったぜ……?」
「……っ!」
途端に和哉の胸にずんと重いものが圧し掛かる。
(そっか……そうだよな。父さんも母さんも……美緒も心配してるんだろうな……)
そんな事は分かりきっていた筈なのだが、改めて聞かされるとやはり心が痛むものがある。
いつも明るくて笑顔を絶やさない母や美緒の顔、そして厳格ながらもその奥に優しさを秘めた父の顔――それがどれほど寂しげなものになっているのかを考えると申し訳ない気持ちやら寂しさやらで、鼻の奥がツンと痛み目頭が熱くなってきてしまう。
反論出来ないまま泣きそうになるのをグッと堪える和哉に、優斗の明るい声が続いた。
「それに、俺も和哉に会いたかったしな!」
「え?」
思わず顔を上げる和哉の前には、優斗の屈託のない笑顔があった。
「だって、俺たち親友だろ!?お前が帰りたがってるんなら何とか力になってやりたいと思うのが友達ってやつだろ!?」
そう言ってグッと親指を立ててみせる優斗を見て、和哉は思わず苦笑いを浮かべた。
「まったく……お前って奴は……」
(相変わらず能天気な奴だな……)
そう思いながらも、優斗の友情に嬉しさを感じてしまう自分がいる事も確かだった。
だが――それとこれとは話は別だ。
なぜなら、どんなに考えても和哉には『帰る』という選択肢が存在しなかったからだ――理由はただ一つ。ギルランスの存在があるからだ。
(――だって、僕には……)
和哉はチラリと隣に座るギルランスに視線を送る。
難しい顔をして考え込んでいるようであったが、その表情からは何を考えているかまでは分からなかった。
ギルランスは和哉がこのまま帰ってしまっても仕方ないと思っているのか、それとも残って欲しいと思っているのか?――いずれにせよ、和哉の気持ちは決まっていた。
(やっぱり僕は何を犠牲にしてでもギルの傍にいたい――)
たとえそれが家族を泣かせてしまう事だとしても、そして親友が自分の選択のせいで元の世界に戻れなくなってしまうとしても――それでも自分の気持ちに嘘を吐く事はできなかった。
和哉は前に座っている二人には気付かれないように、机の下でそっと手を伸ばし隣に座る最愛の人の手をギュッと握り締めた。
その瞬間、ギルランスは小さくピクリと眉を動かしたかと思うと視線は前に向けたままその手を優しく握り返してくれた――それだけで胸が温かくなった。
和哉は意を決して顔を上げ、真っ直ぐ優斗へと向き直る。
目の前の、『和哉は一緒に帰る』と、疑う事無く信じて明るい笑顔を見せている優斗の様子に、チクリと心を痛める和哉だったが、それでもここでハッキリと自分の意思を伝えなければならないと思い、息を一つ吸い込んで口を開いた。
「優斗……ごめん……優斗の気持ちはとても嬉しいし、このまま帰れなくなっちゃう君には本当に悪いと思うけど……僕は帰らないよ」
「え……?」
告げられた和哉の言葉に、優斗は大きく目を見開いた。
まさかそんな答えが返って来るとは思いもしなかったのだろう――驚いた様子で固まっていた。
そんな優斗の表情に和哉はズキリと胸の奥が痛むのを感じたが、それでも自分の意志を変えるつもりはなかった。
だが、和哉の決断に納得できないのか、優斗は声を荒げて食い下がろうとする。
「なんでだよ!!お前、帰りたくないのかよ!?家族に会いたくないのかよ!?」
「――そりゃあ会いたいよ!!……すごく……会いたいに決まってるだろ!……だけど――」
「だったら――!!」
「ごめんね……だけど……やっぱり僕は帰れないよ……全部僕の我儘だ……全部僕が悪いんだ……本当にごめん……!」
「――っ……」
和哉が机に頭が付くほど深く頭を下げ謝罪の言葉を口にすると、優斗はそれ以上何も言えなくなったのか唇を噛み締め黙り込んで俯いてしまった。
暫くの間重苦しい沈黙が続く――やがて、優斗は徐に顔を上げると何を思ったのか、今度はギルランスの方に向き直り、口を開いた。
「……あんた……ギルランスさんスよね?」
(――!?)
唐突に名前を呼ばれ、ギルランスは驚いたように顔を上げると眉間の皺を深くした。
それもそうだろう――今さっき会ったばかりの見ず知らずの男が名乗ってもいない自分の名前を知っていたのだから――。
和哉も優斗が突然ギルランスに話を振った事に驚き、ハッと顔を上げギルランスと優斗を交互に見やる。
(――な……何なんだ?)
一体何を考えているのか分からない優斗の行動に戸惑いながら和哉はギルランスに目をむけた。
彼は不機嫌さと困惑と怒りが入り混じったような複雑な表情をしたまま、優斗の問いに答えることもなく押し黙って優斗を睨み付けていた。
そんなギルランスの視線に怯む事無く優斗は真っ直ぐ見つめ返す。
「……そうっスよね!?……ホントに小説通りの見た目っスね、すぐに分かりましたよ」
「ああ?小説だぁ??」
ギルランスは益々わけが分からないといった様子で声を上げる。
その様子を見て、和哉は今までその小説の話をギルランスにして来なかった事を後悔した。
別に特に隠していたわけではなかった。
ただ、話すタイミングもなかったし、何よりもわざわざそんな話をしてギルランスを混乱させる必要は無いと思っていたからだ。
だが、その自分の判断のせいで今現在、より一層彼を困らせてしまっているようで、それが申し訳なくて仕方がなかった。
そんな二人にお構いなしの様子で優斗は話を続ける。
「すんません、ギルランスさんもそろそろ和哉を解放してくれないっスか?いくら和哉がギルランスさんに憧れているからって、こんな危険な場所に無理矢理連れてくるなんて――」
(――え?)
「ちょ……ちょっと待ってよ!なんでそんな話に――」
変に誤解してしまっているであろう優斗に慌てて止めに入る和哉だったが、それを遮るようにしてギルランスが声を上げる。
「……お前……さっきから一体何を言ってんだ?」
その声には明らかに怒気が含まれていた。
「いや……だから、もう和哉をこの世界に引き留めるのはやめてほしいんスよ!」
追加で言われた優斗の言葉を受け、ギルランスのこめかみにピキリと青筋が立つのが見えた。
(――!ヤバッ!)
和哉は慌てて仲裁に入ろうと口を開きかけるが、それよりも早くギルランスの怒号が室内に響き渡る。
「あぁ!?てめぇ、いきなりやって来て何を言ってやがる!?わけわかんねぇ事、抜かしてんじゃねぇぞ!!」
ギルランスの怒鳴り声に、優斗が一瞬ビクッと体を震わせたその時だった――それまで黙って話を聞いていたカエサルが軽く手をパンパンと叩き二人の注意を引いた。
「――二人とも、落ち着いて下さい」
「「――っ!」」
カエサルの声に我に返ったのか、ギルランスと優斗は気まずそうに視線を逸らした。
そんな二人に構うことなく、カエサルは冷静な口調で話を続ける。
「皆、言いたい事も思う事もあるでしょう。しかし、このままでは埒が明かない――情報も多くて混乱しているし――ここはひとつ、それぞれが持ち帰り、整理する必要があるんじゃないかな?今日の所はこれでお開きとしないかい?」
「「……」」
カエサルの提案にギルランスも優斗も反論はしなかった――いや、出来なかったようだ。
確かに、これ以上話し合っていても平行線を辿るばかりで結論が出るとは思えない。
それは双方とも理解していたのだろう。
「チッ……」
ギルランスが舌打ちをしながら立ち上がり、そのまま何も言わずに部屋から出て行こうとしたが――その背中にカエサルの声がかけられた。
「ギルランス君、待って下さい」
「あ゛ぁ!?」
これ以上はないという程の不機嫌な表情で振り返ったギルランスをカエサルは強い視線で見つめ返し、そして言った――。
「……さっき、君の瞳の奥を覗いて感じたよ……君は『こちら側』なのかい?それとも――」
「……!!」
その言葉を聞いた瞬間、ギルランスの目が大きく見開かれる。
それと同時に彼の表情からは先ほどまで見せていた怒りの表情が消え失せ、代わりに困惑の色が浮かび上がった。
(……え???)
和哉はギルランスのその様子にも、カエサルが言った言葉の意味も理解できずにただ呆然としていた。
カエサルはギルランスを見据えながら言葉を続けるが……それはあまりにも意外過ぎるものだった。
「返答次第では私は君をこの場で始末しなければならなくなるが……」
途端にカエサルの体から殺気にも似た気迫が放たれる――その圧倒的な迫力に、部屋の空気がビリビリと振動するような錯覚を覚えるほどだ。
その場にいた和哉と優斗はその圧力に気圧され、全身から冷や汗が流れ出るのを感じる程だった――だが、ただ一人ギルランスだけはそんなカエサルに怯む事無く睨み返していたが、フイッと視線を逸らすと踵を返しそのまま部屋を出て行ってしまった。
「あ、ちょ――ギル……!」
我に返った和哉は慌てて立ち上がると、急いでその後を追おうとする――だが、その前にカエサルが立ち塞がった。
「待ちなさい、和哉君」
「どいて下さい、カエサルさん!ギルを追いかけます!」
「……」
和哉の言葉にカエサルは一瞬何か言いたげな表情を浮かべたが、すぐに厳しい表情に戻り、静かに首を横に振った。
「ダメだよ」
「なんでですか!?」
「君は分かっていないようだが、ギルランス君は危険かもしれない……」
「……危険……?」
(どういう意味だ?)
和哉にはカエサルの言っている意味が分からなかった――だが、一つだけ自分にもハッキリ分かる事がある――それは、このままここで引き下がってしまえばダメだという事だ。
今、ギルランスを一人にしてしまっては取り返しのつかない事になる――と本能的に確信していたからだ。
和哉の覚悟はとっくの昔に決まっていた――。
「カエサルさん、退いてください」
「――!?」
キッとカエサルを睨み付けながら放たれる和哉の言葉を受け、カエサルの瞳が大きく見開かれた。
「僕はギルの傍にいます!」
「……」
黙って和哉を見つめるカエサルに対して更に言葉を重ねる。
「もし、カエサルさんが僕を力尽くでもここから出さないというなら、僕だって全力で抵抗するつもりです!」
カエサルと戦って勝てるなどと思ってはいなかった――それでも、これだけは絶対に譲る事は出来ないのだ。
身構える和哉を見て、カエサルは驚いたように目を瞠ると、眼鏡を押し上げながら大きな溜め息を一つ吐いた――それはまるで降参の意を表しているかのようだった。
「……やれやれ……分かったよ。いいでしょう……ただし、少しでも異変を感じられたら直ぐに彼から離れるんだよ――」
「はい、ありがとうございます!」
和哉はカエサルの言葉が終わるか終わらないかのうちに、礼を告げると駆けだして行った。
「……どうやら、私の入る余地など最初から無かったようだね……」
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