ダブルソード 第三章 ~サリア帝国編~

磊蔵(らいぞう)

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第79話 告白

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「…………」

「…………」

部屋に戻った和哉とギルランスは無言のまま向かい合っていた。
ベッドに背を預けて片膝立ての恰好で床に座るギルランスの向かいで、和哉も同じく床に胡坐をかいて座り、彼をじっと見つめていた。

和哉はギルランスが話し出すまでいつまでも待つつもりであった。
待っている間、和哉は先程のトイレでの一件を思い返していた。
まさかギルランスからあんな場所であんなキスをされるとは思わなかったからだ。

(まあ、驚きはしたけど……正直めちゃくちゃ嬉しかったけどね……)

ギルランスは今まで自分から積極的に行動を起こす事が無かった。
いつも受け身で、和哉から求めない限りは自ら行動する事など無かったギルランスからあんな風に求められて嬉しくないはずがなかった。

(……でも……あのまま続けてたら、僕のアソコ、ちょっとヤバかったかも……)

実際少し反応してしまった事を思い出して、頬が熱くなる。
あの時のギルランスを思うと嬉しさと恥ずかしさで顔から火が出そうだ。

(まさか夢だったんじゃ……)

思わず自分の頬をつねってみたが、しっかり痛かった。
そんな和哉の様子に気付いたのか、ギルランスが小さくフッと笑ったような気配がした。
先程まで随分落ち込んでいたように見えたので、何だか安心したような嬉しいような気持ちになる。
すると、今まで押し黙っていたギルランスがその重い口をゆっくりと開いた。

「……俺は……お前に話さなきゃならねぇ事がある……」

「……うん」

和哉は静かに頷き、先を促すようにギルランスを見つめた。

「……俺の中にいるモノについてだ……」

そう言うと彼はポツリポツリと話し始めた。
今までの事、師匠に言われた言葉、そして、ソバリエ渓谷での出来事――全てを聞いた。

(ああ、これがさっきカエサルさんが言ってた『あちら側』と『こちら側』の意味だったのか……)

しかし、それを聞いても和哉は特段に驚く事はなかった。
むしろ納得がいったくらいだ。
今まで時折見て来た彼が豹変した姿、それはやはり彼の中に眠っていた何かだったのだ。
だが、不思議と恐怖は感じなかった。
それはやはり、今目の前にいるギルランスの瞳の奥に、彼の優しさを見い出せるからだろう。

「……そうか……うん、分かったよ……」

和哉が静かに頷くと、ギルランスは予想外のその反応に驚いたようだ。

「驚か、ないのか……?」

「うーん……まあ、驚いてはいるんだけどね……」

和哉は苦笑して答える。

「でも、前にも言った事あると思うけど……たとえ君が何者だろうと、僕にとってギルはギルだ、それ以外の何者でも無い……僕の大事な人だって事に変わりないよ」

そう言って和哉がニッコリと笑いかけると、ギルランスは一瞬目を見開いてキョトンとした後、思わずといったように口を開いた。

「おま……俺が怖くねぇのかよ?」

「怖い?なんで?」

首を傾げる和哉にギルランスは戸惑うように続ける。

「なんでって、お前……今の話、聞いてなかったのかよ?いつ俺がまた魔物のようになって人間を襲ったり……最悪、お前を喰っちまうかもしれねぇんだぞ!?」

どこか苦し気に訴えるギルランスの表情を見て、和哉は少し分かったような気がした。

(きっとギルは怖いんだ……)

自分自身がいつか理性を失い、大切な者を傷つけてしまうのではないかと――自分が『あちら側』へ堕ちてしまうのではないか――それが何よりもギルランスとしては恐ろしいのだろう。

「……お前は……それでも俺を受け入れられるって言うのか?」

ギルランスの問いに、和哉はしっかりと頷いた。

「うん、勿論だよ。僕は、どんな君でも受け入れる。約束するよ。それに――」

そこで一旦言葉を切り、真っ直ぐにギルランスを見つめる。

「――何度でも言うよ……たとえ君が何者であろうとも、僕の気持ちは変わらない」

その言葉に嘘偽りはない。
確かに多少驚きはしたが、それだけだ。
それだけしか感じなかったのだ。
ギルランスに対する和哉の気持ちは一ミリも揺らぐことはなかった。

和哉の言葉に驚いていたギルランスの表情が、やがて穏やかなものへと変わっていった。
だが、まだその顔は晴れない。

(まだ何か……?)

気になりつつギルランスの様子を窺う和哉に応えるかのように、彼は再び口を開いた。

「……あと……やっぱお前……帰んなくていいのかよ……?」

ギルランスは気まずそうに視線を逸らしつつ呟いた。
どうやらギルランスは、和哉が元の世界に帰る手段がある事を知り、自分の存在が邪魔なのではないかと思っているようだ。

(なるほど……もう一つはこれか……)

和哉はギルランスを安心させるようにニッコリと微笑み掛けた。

「大丈夫だよ。たとえ帰る方法が見つかったとしても、僕は絶対に帰らないから」

和哉のこの返事に、見開かれたギルランスの琥珀が微かに揺れる。

「何でだよ……?だって……お前、元の世界に家族とか、追いかけてきた友達とか……いるだろ……?」

ギルランスは少し狼狽えているようだった。

「うん、そうだね」

「だったら!なんで……!」

(やっぱり……僕の事を心配してくれてるんだね……)

和哉はギルランスの優しさに、胸が温かくなるのを感じた。
おそらくギルランスは、自分の中の魔物の事、和哉の家族の事、そしてリスクを負ってまで迎えに来てくれた優斗の事、それら全てをひっくるめて和哉の傍に居ていいのかと迷っているのだろう。
それでも強く「帰れ」と言わないのは、きっと彼自身も和哉を求め、必要としてくれているからに他ならない――和哉にとってはそれだけで充分すぎるほどの答えだった。
しかし、ここで安心させなければギルランスは一生和哉に対して罪悪感を抱いてしまうだろう。

「ねえ、ギル……聞いて……僕はね、この世界に来て――君に出会えて本当に良かったと思ってるんだ……」

和哉は静かに話し始めた。

「君と出会って、色んなところに行って、色々な体験をして――時には喧嘩もしたけど、それも含めてすごく楽しかったんだよ……」

ギルランスは黙って耳を傾けている。

「突然この世界へ飛ばされて最初は不安もあったけど、右も左も分からなかった僕に、君は不器用ながらも優しく手を差し伸べてくれたよね」

「…………」

「だから僕は、この世界で――君と一緒なら何処までも行けるし、どんな困難だって乗り越えられると思ったんだ」

「…………」

相変わらず黙ったままのギルランスだったが、その瞳に少し柔らかな色が混じり始めた気がする。

(あともう少し――)

和哉はさらに言葉を重ねていく。

「君は僕の恩人であり、大切な人だ。君が何者であっても構わない、僕は君の傍に居たいんだよ……」

そこまで言うと和哉は一度言葉を切り、一呼吸すると改めて口を開く。

「……大好きだよ、ギル。誰よりも、愛してます」

それは今までどんなに伝えたくても言えなかった言葉――和哉からギルランスへの愛の告白だった。
唐突なその言葉に驚いて呆然としていたギルランスだったが、ハッと我に返るとみるみる内に顔が真っ赤に染まっていく。

「な!?お、前っ……!いきなり何言い出すんだよ!」

耳まで真っ赤になった顔で慌てふためくギルランスの様子を見て、和哉に笑みがこぼれる。
いつも余裕たっぷりな彼のこんな姿を見られるのは自分だけだと思うと、何だかとても嬉しかった。

「あはは、ごめんね。つい」

「ったく……こっちは真剣に話してたってのに……」

ギルランスは赤い顔のまま困ったように頭を掻いて、溜め息をついた。
そんな仕草さえも可愛く見えてしまい、和哉は思わずクスリと笑いを零した。
こうして照れたり、困ったり、笑ったりするギルランスを見ていると、不思議と心が温かくなる。
今までずっと一人で生きてきたであろう彼が、自分と居る事で少しでも楽しいと思ってくれたらいい――そんな願いと共に和哉はギルランスを見つめた。
すると、頭を掻いてそっぽを向いていたギルランスは和哉に向き直り、念を押すように問いかけた。

「本当に……いいのか?」

「うん、いいよ」

「……けど、もし俺がまた魔物化して暴走したら、お前はどうする気なんだよ?」

「その時はその時だよ。僕は何があっても君の傍を離れないし――それに君になら喰われてもいいしね」

嘘ではない。
実際そういう時のギルランスを目の当たりにした時に、何故かひどく興奮し、そのまま彼に捕食されてしまいたいと思った事があったのも事実だ――だが、それ以上に自分が傍にいれば大丈夫だという自信があった。
根拠はないが和哉には確信があった。

冗談めかして言う和哉の言葉に、ギルランスは大きく目を見開き息を飲んだ後、片手で口元を覆いながら何故か顔を背けてしまった。

(あれ?もしかして怒らせちゃったかな?)

そう思って様子を窺っていると、不意にこちらを向いた彼と視線が合う。

「……後悔しても知らねぇぞ」

「え……?」

その言葉に思わず聞き返す和哉に、ギルランスは少し苛立ったように眉根を寄せると、もう一度繰り返した。

「だから!……俺と一緒にいたら、もう元の世界に帰してやれなくなるんだぞ!俺に喰われちまうかもしれねぇんだぞ!それでも後悔しねぇのかって聞いてんだよ!」

どうやらこれはギルランスなりの忠告であり、和哉への最終確認といったところだろう。
しかし、そんな事は今更な話だ。

「うん、いいよ。大丈夫、絶対に後悔する事なんて無いしね!男に二言はないさ!!」

ニッと笑いながらで親指を立てる和哉を見て、彼は一瞬目を丸くし驚いたような顔を見せたかと思うと、それまで見せていたどこか苦し気だった表情を崩して笑い出した。

「ふはっ!!そうかよ……ったく、お前らしいな」

そう言って笑うギルランスの優しく細められた目じりに薄く涙が光っていたような気がしたが、それは和哉の気のせいだったのだろう――。
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