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第一章 オカルト刑事《デカ》と、女スラッシャー

指名手配

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 千石センゴクさんの運転で、青梅食堂へ。時刻は午後一四時になったので、遅めの昼食にしようとなった。

「署長が運転するなんて、珍しいですね?」
「まあ、たまにはね」

 ここまで、片道一時間半の道のりを走っている。
 帰りは緋奈子ヒナコが「運転する」と言ってくれた。
 とはいえ、民間人にパトカーを走らせるわけにはいかない。
 結局、帰りもオレが運転した。

 千石さんなりの労いだろうと、受け取っておく。

「まだお昼だから、お酒飲めないし。青嶋アオシマくんが代わってくれるなら、飲んじゃおっかな?」

 千石さんが、ゲラゲラ笑う。

「冗談やめてください。到着しましたよ」

 食堂脇の駐車場へ、車を駐めた。

「そうですねん! もうビックリや! 茶々号チャチャゴーちゃんが死んだだけでも、ショックやっていうのに!」

 青梅食堂では、ユズちゃんが聞き込みを受けている。

「お邪魔だったかい?」

 千石さんが気を使うと、捜査官たちは「いえ」とオレたちに頭を下げた。

「じゃあ、ボクらも聞いてていいかい?」
「どうぞ」
「座ろうか」

 カウンターに腰を落とす。

 手が離せないユズちゃんの代わりに、大将の奥さんからお水をもらった。

「お昼のセットを、ください。三つ」

 奥さんに注文をしつつ、耳はユズちゃんの方へ意識を向ける。

「ユズちゃんさん、大丈夫でしょうか?」

 緋奈子が、オレに問いかけた。

「推しが死んだんだ。精神的ショックはデカイと思うが」
「そうではありません。警備などしなくても、いいのでしょうか?」 

 だよな。あれだけタンカを切って、関係者が命を狙われたりしたら。

 オレだけで、この店を守れるだろうか。

「なんでしたら、機関に頼んで警護をつけます」
「大丈夫。さっき、福本フクモトくんから連絡があったよ。斗弥生ケヤキの私兵は全部、息子の警護に当たらせているみたいだ。こっちにまで刺客を回す余裕はないよ。」

 言い換えれば、それだけヤバいヤマに首を突っ込んだことになる。

「そこまで見込んで、断っても予防線は張っていたんですね?」

 緋奈子が、千石さんに質問をした。

「まあ、カンだよね。一応、警備はつけているけど」

 ひょうひょうと、千石さんは答える。
 本当に、この人は食えない。
 ある意味、スジもんを相手にするより恐ろしいだろう。

「まあ、協力はしたくないよね。もはやあの組織は『表向きは宗教法人の暴力団』じゃなくて、『表向きの方が組織暴力団』だもの」

 ちげえねえ。

 昼セットがやってきた。

 しょうゆラーメンのいい香りが店内に立ち込める。が、会話の内容は物騒だ。

笹塚ササヅカ 史那フミナさんからの注文は、あなたが受けたんですね?」
「はい。一七時五五分分くらいですね。出前の配達員さんが出はったんが、だいたい二〇時から三十分前後です」

「二〇時一三分だ」

 オレが話に割って入った。

 怪訝そうな表情が、捜査員の顔に浮かぶ。

「この現場にいたからな」

 ラーメンをすすりながら、オレは答えた。

「そうですか」

 捜査員が、軽く会釈をする。

「このヒトで間違いありませんね?」

 男が写った写真を、捜査員がユズちゃんに見せた。

「はい。その人、疑われてるんですか?」
「いいえ。事件とは無関係でした」

 彼が配達したとき、笹塚の部屋に変わった様子は特になかったという。普通の女子大生の部屋にしては、汚いと思ったらしいが。

 犯行は、深夜二時に行われている。
 そのとき配達員は、自分でも『貧乏大学生の日常』という雑談配信をしていたらしい。再生数はたったの一二と、雀の涙ほどだが。

「器などに薬物などの痕跡もありませんでした」
「当たり前やん! ウチをなんやと思ってるんよ!」
「失礼しました。ここからは、茶々号さんについてお伺いしても」

 茶々号の人柄についての質問に移った。

「配信中の笹……茶々号さんを、見ていましたか?」
「今日も学校やったから、消しました。二三時頃かな?」
「では、犯行の映像は、ご覧になってない?」
「はい。見とったら、もう学校どころやなかったと思います」

 ユズちゃんが、自分を抱きしめる。

「茶々号ちゃん、あんなことになるなんて。やっぱり」
「と、いいますと?」

 キリちゃすと茶々号がモメていた事情を話す。
 とはいえ、ユズちゃんもネットで飛び交っているウワサ話を聞きかじっているにすぎず、大した情報は持っていなかった。

「ウチは、スキャンダルとか興味ないから、どうでもええと思ってます。茶々号ちゃんが、ウソついていたんやったら、ショックやけど」

 ユズちゃんは、ハンカチで目を拭う。

 信じていた人に裏切られたことに、怒るような子じゃない。ユズちゃんは、相手がどんなひどい人間だろうと、悼んでいる。

「優しい子ですね」

 ああ。だからオレは、この店が好きなんだ。

「食った食った。ごちそうさまー」

 空気を一切読まない千石さんは、カウンターにお金を置く。

「キミらもどう?  今ならおごっちゃうよ」

 爪楊枝をくわえながら、千石さんは捜査員に問いかけた。

「結構です。済ませてきましたので」

「あっそ」と、千石さんは店を出る。

「これからどうするんだい?」
「H県に行きます。キリちゃす、ですか。灯芯とうしん キリカの実家があるらしいので」
「わかった。駅まで送るよ」

 オレたちの乗せて、千石さんは新幹線のある駅まで送ってくれた。切符までもらう。

「すいません」
「いいよ経費だし。おみやげよろしくちゃん」
「アッハハ。期待してください」
 
   ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ 

 斗弥生の屋敷では、秘書の堂本ドウモトが当主の尚純ナオズミを見下ろしていた。

「逃げられましたね」
「想定内だ。警察に協力を要請したと知られれば、いよいよ日和ったと思われる」
「報復は、なさらないので? なんなら手配いたします」
「いや結構だ。私たちはヤクザではない。名誉はあれど、メンツでは生きていないのだよ」

 尚純は、スマホを手に取る。

『はい。こちら退魔協会です』

 中年女性の声で、応答があった。

「斗弥生だ……ハントを手配したい」

 退魔協会は、退治の対象に懸賞金をかけて、ハンティングを依頼できる。
 主に、一人では退治しづらいターゲットを相手にするときに、この制度は扱われる。

 織田信長に取り憑いた【魔王】を殺しそこねた際に、斗弥生はこの制度を提案して受理された。
 実に不名誉な制度だが、相手が魔王では仕方ない。

『ハントの対象は?』
「【魔王】だ。今は、【キリちゃす】という名で通っている。顔写真も送信しよう」

 電話越しから、中年女性が息を呑んだのが聞こえる。

『……懸賞金の額は?』
「八億」

 返事がない。

「どうした? 受けないのか? 八〇〇万ドルに変更して、海外の退魔師を雇ってもいいんだぜ?」
『……かしこまりました。手配したします』

 次に尚純は、約束通り八億を、指定の口座に振り込んだ。

「これでヤツは、日本中の退魔師から命を狙われることになる」

 痛い出費だが、仕方がない。

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 オレたちは、駅に到着した。

「んじゃ、気をつけなよ」

 そう言い残して、千石さんの車が去っていく。

「急ごう」
「そうですね……?」

 ふと、緋奈子が立ち止まる。駅にいる人々に、視線を向けた。

 いたるところで、スマホの着信音が鳴りだす。

 路上でギターを弾いている女性が、急に演奏を止めた。

 パンキッシュな男性が、配っていたチラシを投げ捨てる。

 中年のサラリーマンが、横断歩道で立ち止まった。

 友だちとワイワイしゃべっていた女子高生が、会話の列から離れる。


 みな、スマホを眺めていた。
 同時に着信が入ったかのように。


「どうした?」
「胸騒ぎがします」
「奇遇だな。オレも同感だ」

 新幹線に乗った瞬間、緋奈子のスマホも急に鳴り出す。
 メールが来ているようだ。

「なにがあったのか?」
「機関からです。キリちゃすの抹殺に、八億の懸賞金がかかったそうです」
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