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第三章 退魔師の中でも、ぶっちぎりでやべーやつ ~あいつ、あたしより病んでるじゃん~

これは罰

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 あおばは、パイプ椅子にくくりつけられていた。

 ここはおそらく、廃棄された工場であろう。壁も天井も抜けて、日が差し込んでいる。

「強情ね。これだけ痛めつけても、キリちゃすの居所を吐こうとしない」

 目の前には、斗弥生ケヤキ 天鐘テンショウと、姉の聖奈セイナがいた。『弥生の月』でも最悪と呼ばれた女で、世間からはSEINAとも言われていた女である。

「こんな目に遭ってまで、キリちゃすの居所を吐こうとしない。たいした忠誠心ね?」

 聖奈の配下である老婆に念力で両足と指を折られても、片腕の老婆から腹パンされても、あおばは話そうとはしなかった。

 二人の老婆も、おそらく本心であおばを痛めつけていないのだろう。命令で仕方なく殴っている様子だ。「口を割れば治癒魔法を施す」とまで、言われている。

 今のあおばは、顔も身体もアザだらけだ。全身に痛みが走り、四肢を動かすこともできない。いくら『泉州モーニングスター』の異名を持つあおばでも、両腕が機能しなければ。

「キリちゃすは、どこに逃げたの?」

 聖奈がこちらに顔を向けてきた。

 その薄汚い厚化粧な顔に向けて、あおばはツバを吐く。

 頬についた唾液を手の甲で拭った後、聖奈は裏拳をあおばに食らわせた。

 何もあおばは、不屈の闘志で口を割らないのでない。こいつの言いなりになりたくないだけだ。

「なんか、睨んでくるわね。私は、あなたに何かをしたかしら?」
「自分の胸に手を当てて、考えてみたら?」

 あおばは、声を絞り出す。

 SEINAこと斗弥生聖奈は、スキャンダルでキリちゃすを貶めた張本人である。こんなやつにどうして協力しなければいけないのか。

 おそらくこの場に天鐘だけなら、しゃべっていたかもしれない。父の一件もあり、あおばは男性が苦手だ。

「もう殺しちまえよ! キリちゃすなんてどうでもいい。ガキをいたぶるのは、趣味じゃねえんだよ!」

 やけになった天鐘が、あおばにオートマチック銃を向けた。逃亡が続いたためか、一晩ですっかり痩せこけている。キリちゃすのようなガキに手をかけて報復されたからか、少女に対してトラウマを抱えてしまったらしい。

「そう? こいつ、あんたに怯えているみたいだから、かわいがってあげたら? そしたら、案外あっさり口を割るかもよ?」

 まるであおばの弱点を調べたかのように、聖奈は的確にあおばの弱みを突く。

 あおばは、なるべく動揺しないように取り繕うしかなかった。

「足が震えてるわ。やっぱり男性に免疫がないみたい。やりなさい」
「冗談じゃねえ。そんな気分になれるか!」
「そうね。あんたは、もっと従順でおとなしい子をいじめるのが趣味だものね? 自分がゴミだから、見下されるのがイヤなのよね? このコの挑発的な目が、不愉快なのよね」
「うるせえババア! テメエから殺したっていいんだぜ! 斗弥生の面汚しが!」

 逆上した天鐘が、聖奈に銃を向ける。

 しかし、聖奈はまったく恐れない。どころか、天鐘に手をかざし、金縛り能力を発動した。

 呼吸すら止められ、天鐘がもがく。

「そもそもこうなってしまったのは、誰のせいだったかしら? 口のきき方に気をつけなさい。それに私はまだアラフォーよ。あんたなんかにババア呼ばわりされる筋合いはないわ」

 聖奈が術を解いた。天鐘が呼吸をしたタイミングで、みぞおちに蹴りを食らわせる。

 天鐘がうずくまり、盛大にむせた。

「仕方ないわね。誰か、新鮮なJKに興味ない?」

 護衛の男性たちに、聖奈は語りかける。

 しかし、護衛の者たちも顔を向け合いながら、乗り気ではない。

「なによ? ムードが出ないのは仕方ないとして、薬物でもなんでも持ってくればいいでしょ?」

 いくら女子高生でも、化粧が落ちてしまっていた。スッピンのあおばは、さしてキレイではない。
 おまけに顔が腫れてズタボロな状態では、相手も欲情しない模様だ。

 嗜虐心のない連中で助かった。
 全員が『泉州モーニングスター』の名を、恐れているようだ。

「どいつもこいつも。伝説の泉州モーニングスターを好きにできるチャンスだというのに! もういいわ」

 聖奈は、いまだ地べたを這いずっている天鐘から銃をふんだくる。銃口を、あおばの眉間に向けた。

 ここまでか。

 これは、罰だ。

 あおばは、キリちゃすの情報を警察に売った。

 警察にいる『オカルト課』なる部署に、「魔王を殺してもらう」ためである。

 キリちゃすは、ピという人物のせいでおかしくなった。
 精神は安定したが、執着が凄まじいおそらく彼女はピに操られているのだろうと、あおばは思ったのだ。ピ、こと魔王に。

 今、その報いを受けるときがきたのだ。

 自分は、役に立てただろうか? 結局キリちゃすを危険な目に遭わせただけだったら、死んでも死にきれないが。

 多分キリちゃすは、その事実を知っている。

 絶対に助けになんて来ない。絶対に……?

「最後にいいことを教えてあげる。あの魔王をこの世界に呼び出したのは私よ」
「だったら、あんたにも最後に教えてあげる」

 あおばも、聖奈に言い返す。聖奈の「わずか上」を見つめながら。

「なにを? ようやく、吐く気になったの?」


「キリちゃすは……後ろ」


 聖奈が振り返るより、キリちゃすが窓を突き破るのが早かった。アクション俳優のように着地する。

 身体にガラスの破片が刺さっているが、キリちゃすは無事だ。

 護衛の部隊が銃を構えるも、撃つヒマもなく首をはねられる。

 天鐘は、片腕の老婆に抱えられた。

 キリちゃすは気づいたようだが、念力使いの老婆に武器を止められる。

 あおばは力を振り絞って、痛みに耐えながら縄から腕を抜く。激痛が走ったが、聖奈に頭突きを食らわせた。

「このガキ!」

 聖奈が、あおばに銃を浴びせる。

 しかし、銃弾はキリちゃすが発動した結界によって弾かれた。
 それだけじゃない。あおばの傷も、みるみる消えていく。手足の骨も、元通りになった。この結界は、治癒の能力もあるらしい。

 弾切れになり、聖奈が銃を捨てる。

「なんで、助けに来たの?」
 自分は、キリちゃすをサツに売ったのだ。殺されたって文句は言えない。
「あんたの救出が目的じゃない。標的はヤツ」

 片腕の老婆に抱えられた天鐘が、遠くへ逃げていく。
 車で逃走しようとしたが、全車両が爆発した。
 キリちゃすが事前に、逃走用の道具を処分したのだろう。

「なんで居場所がわかったの?」

 立ちあがり、あおばはキリちゃすに尋ねる。

「ひょっとして、この足のせい?」
「そう。それで気配を探って、あんたに天鐘の場所まで案内してもらった」

 あおばは、キリちゃすから受け取ったぬいぐるみの足を制服のポケットから出す。見た目は黒くでデカいマシュマロを思わせた。

「食べなよ。アイツを殺す力が手に入るよ」

 もぞもぞと動いて、気持ち悪い。とはいえ、強力な魔力を感じるのは確かだった。それでも。

「返す」

 キリちゃすに、あおばは足を返した。

「なんで? やっぱキモい?」
「他人が使うと、あんた弱くなるんでしょ? 大事に使ったほうがいいよ」

 困惑していたが、キリちゃすは背中の魔王に足を戻す。

「さあ、天鐘がいなくなる前に早く!」

 あおばは、キリちゃすに追跡を促した。

「行かせないよキリちゃす、あんたは私が殺す!」

 聖奈が、キリちゃすを追いかけようとする。

 あおばが、聖奈の道を塞いだ。

「どきなさい!」
「あんたの相手はこっちだよ」

 こいつは、キリちゃすを破滅に追い込んだ張本人である。

「調子に乗って。小娘があ!」

 金縛りの術を、聖奈はあおばに仕掛けた。

 バク転を繰り返し、あおばは術を回避する。こいつの技は強いが、範囲が狭い。範囲一メートル以内でしか、発動しないのだ。

 あおばはカバンを回収する。中から、モーニングスターを取り出した。

 泉州モーニングスターの復活だ。
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