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第13話 最終話 さよなら勇者

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 ボクはブラオにシルヴィ先生を乗せて、ヴァンダ姫を抱きかかえる。崩れ始める塔から脱出した。

「どうしたんですか、シルヴィ先生!?」

「もう、限界だったようだ。ムリをして聖剣を操っていた、ツケが回ってきたのだ」

 王都に戻って、急いでみんなを治療院へ運んだ。

 姫は軽症で済んだが、先生は。

 長年のムリが祟り、先生の身体に負担が一気に押し寄せてきたようだ。

 治療院の人たちも、首を振っている。

「死なないで! もっと色々と教えてください! 先生はまだまだ、死ぬべき人じゃない!」

「泣くなフィオ、大げさだ。わたしが死ぬものか。まだまだ償わねば」

「もういいんですよ! 先生! すべてを先生が背負い込む必要なんて、ないです!」

 先生の身体が、だんだんと弱まってきた。

「そんな! なにか手はないんですか!? 薬草だろうと採ってきますよ!」

「不可能だ。こればかりは、どうにもならん」

「先生ぇ!」

 ボクは、弱々しくなる勇者を見ているしかない。


 ~◇ ◇ ◇~


 あれから、五〇年ほど経った。

 五歳の子どもが、木の剣を振り回す。

「フォフォフォ。まだ筋が甘いのう」

 ボクは、孫に稽古をつけていた。

『そらっ』

 孫の振るう剣を、ブラオがねこぱんちで軽く小突いて落とす。

『いい線いってるんだけどな。まだガキだな』

 小さい体で、ブラオが渋い声を放つ。ブラオは、以前の小さいネコになっている。しかし、言葉を話せるようになっていた。

 ボクの方は、顔がすっかり老け込んでいる。

「うーん、いつになったら、おじいちゃんみたいに勇者様って言われくらい強くなれるんだろ?」

 孫が、悔しがった。

「勇気があれば、なんでもできようぞ。勇者とは、人から褒められるためになるものじゃないわい」

 ボクは、長くなったヒゲをなでる。

「誰かのために剣を振るうなら、みんな勇者ぞ」

「おじいちゃんの言ってること、わかんないや」

「今は、わからずともよい」

 いずれ、彼にもわかるときが来るだろう。あの頃のボクのように。

「さて。ばあさんの様子を見に行こうかの」

 すっかり弱った腰を上げて、家へと戻っていく。

「おかえりフィオ」

「ただいま先生」

 年寄りらしく振る舞うのをやめて、ボクは背筋を伸ばす。

 老人の姿は、擬態だ。ヒゲも、貫禄をつけるためだけに伸ばしている。

「先生はよさんか。もう何年経ったと思ってる?」

 台所で、おばあさんになったシルヴィ先生がシチューを混ぜていた。


 
 あのとき、先生は妊娠していたのである。

 体の変調は、お腹に子どもができたことで起きていた。

 どうも先生は毎晩のように、魔法で寝かしつけたボクに手を出したらしく。

「こればかりは、どうしようもない」

 だよね、こればかりはホントどうしようもないよね。

「どうして寝ている間に?」

「処女だとバレたくなかったからだっ!」

 事情を聞かされて、ボクは呆れてしまった。



 
 今では三人の孫に囲まれて、のんびり暮らしている。

 子どもたちは、みんなそれぞれ店を持った。

『ホント、マジでぶっ飛んだ勇者様だぜ』

 当時を振り返って、ブラオがゲラゲラ笑う。

「ともあれ、この平和は、お前が勝ち取ったものだ」

「先生の導きがあったからですよ」

「だとうれしいな。ほら、じいさんや、子どもたちと孫を連れてきておくれ。食事だぞ」

「はーい」

 また腰を曲げて、ボクは外へ出る。

 平和な時代に生まれた子どもたちを呼びに。

 (おしまい)
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