俺にだけウザ絡みしてくる後輩と、付き合うことになった。

椎名 富比路

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第一章 ウザい後輩に弱みを握られ、交際を迫られた。

ウザ後輩と、ネコ 2

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「食い終わるまで待っててくれ。お前も昼飯進んでないじゃんよ」
「そうッスね! もぐもぐ」

 二人して、寡黙に昼食を取っている。なにをやってんだ、俺たちは? 告白されたのに、何の風情もない状況だ。

 弁当の空き箱を脇に置いて、斉藤クルミと見合う。

「斉藤クルミ」

「クルミでいいです! 交際してくれなくても、そう呼んでくださって結構です」

「じゃあ、クルミ」

「……ひゃい」
 俺が下の名前で呼ぶと、クルミは舌っ足らずな声で返事をした。自分が攻められると弱いんだな。

「あたしも、呼んでみます。リ、リ、リリ」

 クルミはモジモジしながら、俺の名前を声に出せないでいる。盗塁でもしたいのか?

「無理してるなら、もういいよ。クルミ」

「ごめんなさい。先輩。ちゃんと下の名前も呼べるようにしておくので」

 その努力が報われるといいな。

「でも、俺なんかでいいのか? もっといいやついるだろ? いいヤツ見つけて、自分を大切にした方が」
「ちゃんと考えたッス。その上で先輩がいいって思ったッス。だから、お付き合いをお願いしてるッス」

 入学式が終わって、二時間しか経っていないぜ。そんな短時間で出した決断が正しいなんてとても思えないが?

「もしお付き合いいただけないんでしたら」
「なんだよ?」
「秘密をバラすッスよ。先輩の猫好きを」


 俺は、顔が強ばった。


 クルミが俺のネコ好きを周囲に明かしたら、コワモテで通っている俺の面目が潰れてしまう。
 俺は普段、威厳のある人物で通っている。妙な噂を立てられ、からかわれること必至だ。卒業まで、ネタにされるだろう。

「分かったよ。付き合えばいいんだろ?」
「やったぁ」

「まあ、手始めに、ジッとしてろ」
 俺は、クルミの頬に手を添えた。

「目ぇ閉じてろ」
「ふえ! いきなり?」

 アタフタしながら、クルミが目をつむる。両手を胸の前に組んで、神にお祈りでもするかのようなポーズになった。

 俺は慎重に、クルミに顔を近づける。

 ネコが、好奇心旺盛な眼差しで、俺たちを見ていた。期待すんな。


「口にマヨネーズついてる」
 ポケットティッシュをカバンから出して、俺はクルミの口を拭く。


「な、なんだぁ」
 ヘナヘナと、クルミが脱力する。


「ふええ。先輩が、私の口から謎の白い液体を」
「誤解を招くような言い方するな!」
「一時は、唇を奪われるのかと」

 何を期待していたんだか、コイツは。

「初対面に近いのにいきなりキスなんかするか」
「そうッスよね。先輩がそんな強引なこと、するわけないッスよね」

 俺を絶対的に信頼しているような眼差しを、クルミは向けてきた。

 そんな目で見ないでほしい。

 俺は、こんな美少女を前にして冷静でいられるような男じゃないんだ。お前が変なキャラ付けしているから、まともに話せいているだけで。

「ありがとうございます、先輩。それじゃあ、今後ともお付き合いの程を」
 ベンチから飛び起きたクルミが、ペコリと頭を下げた。

「ああ。はあ……」


 波乱の一日だった。まだ昼になったばかりだというのに、どうして俺は疲れているんだろう?


 まさか、学園トップクラスの後輩と付き合うことになるとは。しかも、生徒会長の妹だ。ということは超社長令嬢である。ヘタをうつと、最悪でも死が待っているだろう。

 それにしても、どうして俺なのか?
 もっと顔のいいヤツや、優しいタイプの男はいるのに。

 助けた恩があるのか? だったら気にしないでほしい。学生生活ってのは、もっと自由であるべきだ。こんな中途半端に生きてるネコ好きに惚れて、人生台無しにすることもあるまいて。

「せーんぱい」


「ひゃあああ!」
 思わず、柄にもない悲鳴をあげてしまう。


「クク、クルミ?」


 いなくなったと思ったクルミが、目の前にいた。
 俺が大声をあげてしまったばかりに、クルミは呆然と立ち尽くす。


「先輩、今の、何スか? 超受ウケるンスが?」
 ゲラゲラ笑いながら、クルミは膝から崩れ落ちる。

「ああ悪かったな。俺はビビリなんだよ!」


 学校では隠し通しているが、とっさにビビり属性が出てしまう。

「ふーん。これで先輩の弱点をもう一つ知ることができたッス。辛くなったら。守ってあげるッス。グフフ」
 含み笑いで、クルミは言う。 

「ところで、用事はなんだよ。忘れ物か?」
「聞き忘れていたんですよ」

 蠱惑的な笑みを浮かべながら、斉藤クルミは俺の耳に顔を近づける。

「あたしのおっぱい、柔らかかったかにゃ?」

 入学式の光景が、俺の頭に浮かぶ。

「お、んまえなああああ!」
「へっへ。赤くなってやんの!」
「うるせええ!」
「はーあ、これで堪能しました。では、改めて、ありがとうございました」

 今度こそ、クルミは立ち去った。

「なんなんだよ、まったく……ん?」

 ベンチに座ると、カフェオレが置いてあった。フセンが貼ってある。

『今日は助けてくださって、ありがとうございました。あたしのアドレスを教え忘れていたので、送っておきますね。まさかガラケーなんていませんよね! グフフ』

 フセンに書かれていたのは、デフォルされた悪魔の顔文字と、スマホの番号だった。

 あいつの狙いは何なのか。

 俺には、まったく理解できなかった。
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