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お茶漬けASMR

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「大丈夫ですか、サライ会長。顔色悪いですよ」
「どうってことないわよ。みんながんばっているのに、私だけ寝ていられないわ」

 確かに、日頃の激務と弁当作りで、ハードモードである。文化祭の準備も佳境に入り、アチコチでトンカチの音が聞こえてきた。

 今が正念場である。みんなには、英気を養ってもらわないと。

 しかし、疲労が蓄積しているのも否めなかった。身体は正直だ。今朝鏡をみると、目の下にクマができていたし。

 今日は、おにぎり弁当だ。ほうれん草のおひたしとキクラゲ入り酢の物、焼いたシャケの切り身とお新香が入る。なぜ香の物メインなのか。それは、おにぎりに込められている。

『見てなさい。最高の仕掛けを用意したわよ』

 作戦は、今のところ順調である。

 サライの思惑など知るよしもなく、タケルは漬物を奥歯でコリコリと砕く。

 香の物が放つ咀嚼音は、やはり格別だ。

「おいしいです。いつもすいません」
「いいのよ。今日はサッパリしたモノで攻めたわ。毎回油っぽいモノだと、どれだけ若くても疲れてしまうわ」

 アジフライやフライドチキン、ミンチカツと、少し揚げ物が続きすぎた。そこで、今日は趣向を変えている。

 サライは張り切りすぎていた。日頃から頭を使いすぎていると、自覚できるくらい。しかし、文化祭が近い以上は妥協できない。

 用意したのは、プラスチックの耐熱茶碗だ。

「これに、白いおにぎりを入れてちょうだい」
「はい。こうですか?」

 タケルが、真っ白なおにぎりを茶碗に載せる。他のおにぎりと違って、これには塩味すら付けていない。

「OKよ。ここに、ふりかけをサラサラと入れて」
 サライが、白米に市販のふりかけをまぶす。

「この後、白湯を注げば」

 ふわっとしたお茶の香りが、部屋中に広がる。

「わあ、お茶漬けだ!」

 サライが用意したのは、お茶漬けだった。味のないおにぎりをわざわざ用意したのは、お茶漬けにするためである。

「わーい。いただきます!」 
 タケルはサラサラと、熱々のお茶漬けをノドへ流し込む。

「これ、一度やってみたかったのよ」

 お茶漬け海苔メーカーの公式HPで見たCMを、再現してみたかったのである。熱いお茶漬けを男性がハフハフ言いながら食べる姿は、衝撃だった。あれこそ飯テロといえる。

 今まさに、タケルがその状態だ。

「焼いたシャケも載せてみて」

 焼き鮭がお茶漬けの中で解れて、白米と混ざり合う。それをタケルは、豪快にすする。

「うわあ、味が優しくなりました! なんか今日の鮭って塩辛かったなって思っていたら、お茶漬け用だったんですね?」
「そうよ。鮭の塩加減がお茶漬けに溶けて、辛味が薄まるの」

 鮭児けいじのような、塩漬けの高級魚をぜいたくに使う手もあった。まさに茶漬けにうってつけの。しかし、お茶づけ海苔の味が死ぬと思ってやめた。お弁当はチープに、しかし愛情込めて。これが、サライのモットーだったから。

「チューブわさびもあるけど、どうなさる?」
「ぜひ!」

 わさびが入ると、タケルは「くぅ~」と呻きながら、更に食べるスピードを増した。

「ふう、ごちそうさまでした」

 もう秋も深いというのに、タケルは汗を拭いている。

「いつもありがとうございます。あの、毎回お弁当を作ってきてくれていますが、アテにしてしまっていいのでしょうか」
「お気遣いは無用よ。私は咀嚼音を聞くために、しているだけなんだから。自分の欲求に従っているだけよ」

 日頃の激務で、サライはストレスがたまっている。正直、限界も近い。ただでさえサライは、後期生徒会長の引き継ぎがあった。そこに文化祭の準備である。
 極上のASMRが聴けるなら、弁当を作るくらいどうってことない。

「私の弁当作りに、他意はないわ。あくまでも、あなたの咀嚼音に興味があるの」

 たき火や川のせせらぎは、どこでも聴ける。なんなら、ゲームで発せられる「銃のマガジンをチェンジする音」でさえ拾ってくるくらいだ。

 作る音でさえ、サライにとって極上の音である。

 しかし、人の咀嚼音までは千差万別だ。タケルほどの音を出せる人だって、ネット上には溢れていた。サライは、家族にも料理を作ることも多い。家族も、自分のメニューをおいしいと言ってくれている。

 それでも、タケルは別なのだ。タケルには、人をゾワゾワさせる何か特別なモノがある。サライは、それを感じ取りたい。自分の料理を食べて、タケルが食べてくれる。

「私は、あなたがおいしそうに食べている姿を見ているのが好きなの。勝手にやっているだけよ。気にしないでちょうだい」

「気にしますよ! サライ会長、今日は特に具合が悪そうだし」

 そんなに心配されるほど、ひどい顔をしているのか?


「大げさよ。早く、授業、に」


 椅子から立ち上がった瞬間、強烈な立ちくらみに襲われた。

「会長!」

 床が目の前まで迫ったとき、誰かに身体を抱き留められる。きっとタケルがキャッチしてくれたのだろう。

「大丈夫ですか会長? サライ会長しっかり!」


『ああ、耳元でささやく声も素敵』


 意識を手放しつつ、サライが思っていたのは、こんな感情だった……。
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