カスハラ客を追い出してクビになったオレを、クラスのお嬢様が雇ってくれた。雇用条件は、彼女のオタ活を充実させること

椎名 富比路

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第一章 ビジホでバイトしていたら、クラスのお嬢様がオーナーだった。

第1話 高嶺の花に、雇われる

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「失せろ! てめえなんか客じゃねえ!」

 従業員をいじめるハラスメント客に向かって、オレは小麦粉を振りまいてやった。
  オレのセリフは、アメリカ式の追い出し文句だ。

 コンビニの店員にイチャモンとか、ヒマもいいところだろ。

 レジに横入りしてきたテメエを、注意しただけだろうに。
 どうして後輩ちゃんが、泣かなければならないのか。
 ふざけんなよな。
 
「なんだ!? お客様は神様だろうが! 言うことを聞きやがれ!」

「黙れ! てめえは祟り神なんだよ! 消えろ酔っぱらいが!」

 さらにモップで、中年客の腹を押し出す。

 警察まで出張ることとなり、トラブルはようやく収まる。

「ち、ちくちょう! 覚えてやがれ!」

 男性客は、悪態をついて去っていった。

 ホンットにここの客は、態度が悪いな。

「おまたせしましたー」

 レジはオレが引き継ぎ、後輩ちゃんには引っ込んでもらう。

「あの、八代ヤシロ先輩! ありがとうございますっ!」

 後輩の新人店員が、頭を下げる。

「いいから、仕事に戻ってね」

「はいっ」

 だが、仕事終わりに速攻クビを言い渡されることに……。
 ぶちまけた売り物の小麦粉も、弁償させられる。


 数日経って、オレは教室で伸びていた。
 
「んあー」

「大変だったな、信郎ノブロー

「よっす、ケン

 クラスメイトの斎藤サイトウ ケンが、オレの頭の上から声をかけてくる。

「バイト先から呼び出し食らったって?」

「ああ。始末書とか、色々と」

 あの客は、アルコールが入っていた。
 下手に出ると、堂々巡りになる恐れがあり、あえてオレが悪者になったわけだが。

「相手さんも、バイト先に来たんだって?」 

「それが、相手の方が謝罪してきてさ」

「警察を呼ばれたか?」
 
「それもあるんだけどな」

 現在、カスタマーハラスメントは社会問題になっている。
 うちのトラブルも、刑事事件に発展したのだ。

「……なんでも」

 賢に、耳打ちしとうよしたときである。

「おーい。お前ら席つけー」

 
 オレが言いかけて、先生が教室に入ってきた。
 いつもは女っ気のないジャージ姿なのに、今日はタイトスカートのスーツ姿でバシッと決めている。
 何事か?

「始業式の前に、転校生を紹介するぞ。入りなさい」

 先生に呼ばれて、一人の女子生徒が教室に入ってきた。

 ウチは関西地方で、スカートが長い。
 そんな学校でさえ、おしゃれに着こなしている。
 彫刻が制服を着ているような、美しく、それでいて無機質な印象を受けた。

黄塚こうづか 萌々果モモカです。よろしく」

 全員が、息を呑んだ。
 
 黄色い歓声すら挙げられないほど、黄塚は美しい。それでいて、ハイエンドのシャープなロボットみたいな、クールさを秘めていた。
「ピーキーすぎてオレら庶民には手出しできません」というオーラが、黄塚には漂っている。

「クラスの高嶺の花」というには、黄塚はあまりにも神々しい。



 結局放課後まで、誰一人として黄塚 萌々果と友だちになろうって人は現れなかった。
 男女問わず、高嶺の花子さんになっちまったっぽい。
 
「うわー。お近づきになりたいって思っていたけど、ちょっと近寄りがたいな」

 黄塚といえば、世界に名だたるお嬢様である。

 進学校とはいえ、こんな公立高校にいていい存在ではない。
 どう考えても、私立とか温室育ち女子校の生徒がお似合いだろ。

「どう血迷えば、地味な公立学校などを母校として選ぶんだ」

「知らねえし。黄塚家が落ちぶれたーって噂も、聞かないし」

 ますます謎だ。
 
「話すと、割といい人らしいけどね。マウント取らないし」

 賢といっしょにうなっていると、幼なじみの榎本エノモト 莉子リコが、オレの机の上に尻を乗せる。ミニスカでデーンと。

「お高く止まっているわけじゃ、ないってわけか」
 
「ここに入るくらいだから、それなりに学力は高いよね。でも、プライドまでは高くないみたい。けど達観しすぎていて、会話が続かないんだって」

 自分の卑しさを見透かされているようで、人が遠ざかっていくのだという。
 
「莉子も、そう感じるか? 仲良くなりたくないタイプか?」

「共通する話題があればいいんだけどね」

 なかなか、お話をするきっかけが掴めないらしい。

「どうも、女子同士で仲良くなるためっていうより、人を探しにこの学校へ来たっぽいんだよね。話をしてても上の空っぽくて」

 黄塚が、一人で教室を出ていく。

「ちょい、かわいそうだな」

 オレは、黄塚の後ろ姿を見送った。

 黄塚は凛々しく、まったく寂しさも感じず、むしろ当然という様である。
 不満とか、どうやって解消しているんだろうな。

 おっと。人のことなんてどうでもいい。

「帰る。バイトがあるんだ」

「がんばれ社畜ー」

「推し活民と、言えよな」

 からかってくる莉子をあしらった。

「待ってくれ、ノブさ。朝、なにか言いかけてたよな? クレーム客がどうのって」

 そういえば、話すのを忘れていたっけ。

「得意先を通して勤め先に文句を言われて、謝りに来たらしい」

「うわー。騒ぎをネットで拡散されたんかな?」

「かもしれん。じゃあ、行くわ」

 オレは新しいバイト先へ。

 このバイト先は、姉から紹介してもらった。
 アニメグッズを販売している姉の元に、とある営業筋から連絡が入ったらしい。
「ぜひともオレを雇いたい」と。

 なんだってんだ? オレは、なにかやらかしたか?

 看板を確認する。

【ビジネスホテル・OWO】か。

「このアルファベットで、草って読ませるのかよ?」

 アルファベットの「O」「W」「O」は、なにかの頭文字を取っているとかじゃないんだな。顔文字の「プギャー」みたいなもんか。

 ここって、「真壁ホテル系列」だよな。
 なのに、こじんまりとしていて、過ごしやすそうだ。

 真壁ホテルとは、リゾートホテル業務を専門に扱う会社だ。アニメとのコラボもよく行っているという。
 その真壁が、海外で働く人に向けて、ビジネスホテルに参入した。
 第一弾が、この「OWO」だ。
 ネットミームに詳しいオタク向けに作られた、ジョークを利かせたホテル名だという。


 カウンターに行って、話を通してもらう。
 
「あの、八代 信郎です」

「はい。こちらへ」

 受付のお姉さんが、廊下へ案内してくれた。

 海外客が多い。主に、アニメキャラを描いた、変Tを着た人が多いな。やっぱり、ネットミームを知っている人が利用するのだろう。

 スタッフルームの奥、そのさらに奥へと、オレは通された。
 たどり着いたのは、真っ白い部屋だ。
 
「あの。オレ……ボクは、ホテル業なんて初めてなんですけど?」
 
「ご心配なく。八代さんの職場は、こちらです。今、責任者をお呼びいたします」

 受付のお姉さんが、部屋をノックする。

「どうぞ」

 扉の奥から、声がした。

 この声、どこかで聞いたことがある。

 つい最近、学校で。

「失礼します」

 受付嬢が、部屋を開ける。

「ようこそ、八代 信郎くん。お待ちしておりました」

 そこには、変Tを着たクラスメイトが。

 高嶺の花と思われた美少女「黄塚こうづか 萌々果モモカ」が、アニメキャラのTシャツを着てグレープ味の炭酸を飲んでいた。
 テーブルには、ゲームのコントローラーが。据え置き用ゲームと、PCゲーム用の、複数のゲームパッドが置かれている。

「おお、ゲームキャラ公式VTuberの、【明兎ミント ハッカ】ちゃんのグッズじゃないか」
 
「よくご存知で。あの一番くじをムリヤリ買おうとしたから、あの顧客に激怒したのでしょう? オタクとして、すばらしき行いです」

 ウフフと、黄塚さんは笑う。

「あんた、オレの何を知って――」
 
「改めまして。黄塚萌々果といいます」

「あ、いや。知ってる」

「ですよね。クラスメイトですもの」

 学校でロクにあいさつができなかったので、ここに呼び出したらしい。

 オレになにをさせたいんだ? このお嬢様は。

「だよな。しかし、驚いた。お嬢様って聞いていたけど、ビジホで息抜きとか、すごいな」

 オレがいうと、黄塚さんはクスリと笑った。

「わたしが、このホテル・【OWO】のオーナーをやっていますわ」


 まじかよ。黄塚が、ここのオーナーだって!?
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