クイズ「番組」研究部 ~『それでは問題! ブタの貯金箱の正式名は?』「資本主義のブタ!」『はあっ!?』~

椎名 富比路

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第三問 『ブタの貯金箱』の正式名称は? ~クイズ王 対 出題者の実姉~

幼なじみ同士の、クイズ特訓

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 休日の朝。
 ベッドから起き上がれず、僕は惰眠を貪っていた。時計を見る。もう九時を差していた。

 さすがに、ハードな収録が響いたらしい。
 朝早くから夜遅くまで、僕はクイズを作り続けている。
 連日のように、湊はボケ回答を繰り広げ、のんは天然解答を発揮した。
 嘉穂さんの正統派な姿勢が、どれだけ癒やしになったことか。

 疲れがドッと出てしまったのだろう。朝からまったく動けなかった。
 今日はクイズ作りをサボターシュして、このまま布団に埋もれて明日を待つのもいいか。そんな弱音まで浮かんでしまう。

 静寂をかき消すかのように、ドアホンが鳴る。
 姉は出てくれる気配がない。大方、朝からどこかへ出かけたか、僕より睡眠を満喫しているか。
 もぞもぞと置き上がり、ドアに向かう。

「おーす。しょうたー」

 ドアの外にいたのは、のんだった。制服姿ではなく、Tシャツに短パン姿である。

「どうした、こんな朝早くから」

「いやな、ちょっとオイラの特訓に付き合って欲しいのだ」

 言いながら、のんはイエローのリュックサックを見せびらかした。まるで遠足に誘ってきたかのように。

「特訓?」
「そうだ。クイズ特訓をするぞ」

 こちらがいいという前に、のんが家に上がり込む。
 冷たい麦茶を机に置く。
 のんがお茶を飲んでいる間、僕は早押し機を用意した。

「どうしてまた特訓なんて始めようと思ったんだ?」
「決まってるだろう。ツチノコのためだ」

 さも当たり前だと言わんばかりに、のんは持論を展開してらっしゃる。

「正確には、もう少し上位争いに食い込みたいのだ」

 なるほど、二人に感化されてクイズに興味を持ったらしい。

「けどさ、のん。僕たちはあくまでエンジョイ勢だ。特別な訓練とかは必要ないんじゃないか?」
「そうなんだけどなー」

 麦茶を飲み干し、のんは自分で手酌をする。ふう、と一息入れて、また語り出す。

「白熱するのだって、エンジョイの一つではないのかと」

 のんの意見は一理ある。

 誰が勝つか分かっている勝負は、つまらない番組の一つだ。
 そういった構成は、必ずマンネリ化を生む。
 安定した試合運びとも言えなくもない。安心を好む層だって少なからず存在する。
 けれど、「出来レース」という印象を見る側に与えてしまう。
 
「だからな。オイラが大穴としてちょっとでも上位を脅かす存在になれば、もっと面白くなるんじゃないかと思ったのだ。だから特訓しようと思ったのだ」
「そういえば、のんがトップになった翌日、結構クラスが盛り上がってたらしいな」

 のんはのんなりに、番組のことを思ってくれていたようだ。

「わかった。そこまで言うなら」

 僕は問題集を棚から出して、目を通す。

「クイズはまず知識だな。問題集とかは持ってるのか?」
「おー。ちゃんと新しい問題集を見つけてきたぞ」

 のんがカバンから問題集を取り出す。僕が先日説明したとおり、内容はやや専門的なクイズが多い。

「しかし、こうしてお前とクイズ特訓するのって久しぶりじゃないか?」
「そうだな。昔を思い出すなー」
 
 その後、僕たちは昔話に花を咲かせて、まったく勉強にならなかったけど。 
 その時の僕達は、中学の頃にタイムスリップしていた。



 ◇ * ◇ * ◇ * ◇

 中学当時の小宮山こみやま 志乃吹しのぶをひと言で表現するなら、「狂犬」というに相応しい。

 スポーツ特待生になれず、普通科に通わざるを得なかった彼女は、全てに絶望した顔で席に座る。

 誰も、声をかけられない。

 目がギラつき、触れるモノはすべて傷つけるかのような鋭さを誇っていた。

 とはいえ、KYな女というのはどの世界にもいるものである。
 物好きなその上級生は、下級生のクラスにまでズケズケと入ってきた。

「おいお前、あたしと一緒にクイズをやらないか?」
 
 小宮山志乃吹を見下ろしながら、上級生の少女が声をかける。

「……なんですか、いきなり?」

 当然、小宮山が心を開くはずがない。

「お前、うちの隣に越してきただろ? なのにシケたツラしてさ。この世の全てがくだらねえみたいな目をしてる。だから、面白い世界を見せてやろうって思ったんだ」

「そういうのいいんで」

 塩。どこまでも塩対応だった。この頃の小宮山は、こんなヤツだったのである。

「姉さん、やめろって」

 姉の凶行を止めるべく、僕は壁役になる。

「おい晶太、問題作れ」

「はあ?」

「あたしは、こいつと勝負する。きっと面白くなるぞ」

 今になっても、なぜかわからない。
 しかし、姉さんなら小宮山の荒んだ心を癒やしてくれるのでは、という確信があった。

 ◇ * ◇ * ◇ * ◇

 僕は姉の無茶振りに応じて、泥んこクイズのステージを学校に作った。
 といっても、○×が書かれた画用紙を立てて、テーブル上に枕と泥の入った箱を用意しただけだ。
 不正解に顔を突っ込んだら顔が泥まみれになる。
 床が濡れてもいいように、鉄棒のある砂場でプレイしてもらった。

 小宮山はなぜか、ブルマ姿である。制服が泥で汚れるのを嫌ったのだろう。

『問題。動画共有SNSアプリ「Instagram」は、一二歳以下でもユーザー登録できる。○か×か?』
 姉が問題を読み上げた。

 当然、×が正解だ。

 その後も順調に正解を当てていく。


『第三問、株式会社QuizKnockのCEOであるクイズ王の伊沢 拓司さんは……自動車運転免許の試験に落ちたことがある。○か×か?』

 小宮山は、×を宣言した。

「どうしてそう思われましたか?」
「クイズ王が、免許の試験なんかに落ちるわけないじゃん」

 僕の質問に、冷めたい言い方で返す。

「では顔を落としてください、どうぞ! あっと残念! 正解は○でした!」 

 顔じゅう泥まみれになって、小宮山は固まっていた。

「アハハ……ひどい顔だな」

 姉の発言を侮辱ととったのか、小宮山が嫌な顔をする。

「どうだ? クイズ王にだってできないことがあるんだ。一度くらいの失敗がなんだ? お前の経歴には傷が付いたかもしれない。しかし、顔に泥が付いた程度じゃないか」

 自分のハンカチを取り出して、姉は小宮山の顔を拭う。

「汚れたなら、拭けばいい。活躍する場所なんて、どこにだってあるんだ」

 最初は涙ぐんでいた小宮山は、徐々に笑顔を取り戻す。

 小宮山のん、誕生の瞬間だった。
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