クイズ「番組」研究部 ~『それでは問題! ブタの貯金箱の正式名は?』「資本主義のブタ!」『はあっ!?』~

椎名 富比路

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第七問 甘酒は、夏の季語である。○か×か? ~僕たちの行く末は、○×なんかでは決められない~

決着!

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「お待たせ致しました。では津田さんに問題です。カモノハシには乳首がある。○か×か」

 観客が黙り込む。誰もが、嘉穂さんの解答を見守っていた。

「さて、津田さんが選んだのは、×のレスラーだ。果たして正解かどうか」

 レスラーが嘉穂さんを抱え、泥に接近する。
 一瞬、嘉穂さんの顔がこわばった。しかし、次の瞬間にはマットの上に。

「正解です。カモノハシはほ乳類ですが、乳首はありません。お腹の袋の中でお乳を飲みます」

 これで、また一つ命を繋げた。
 先輩の手番である。

「問題。ヴァンゲリスが音楽を手がけた映画で、海外で先に放映されたのはどっち? A・炎のランナー。B・ブレードランナー。さあどっちでしょう?」

 余裕がなかった聖城先輩が、笑みを浮かべる。
 先輩は、迷わずBへと向かった。自信があるのだろう。

「さて、これで先輩が正解なら、四巡目となります。果たして、正解しているのか、はたまた、泥の海に沈むのか?」
 
 悠々と、レスラーはマットと泥の間まで突き進む。
 聖城先輩が、勝利を得たように笑う。
 
 湊とのんは身を乗り出し、やなせ姉は祈りのポーズを取る。

 レスラーが、マットの前に立ち止まる。

「ああ」と、嘉穂さんが口から声を漏らす。

 誰もが、「これまでか」と感じていたに違いない。

 だが、青いレスラーは、赤いレスラーを呼んだ。

「なんだ、なんだ?」といった困惑した声が、ギャラリーから漏れ出す。

 ざわつく観衆をよそに、赤のレスラーが、青のレスラーと頷き合う。赤レスラーが先輩の両脇を、青が両足側を掴む。そのまま、先輩の全身をゆっくりと揺らし始めた。
 揺れは、徐々に大きくなっていく。

 最高潮に達したとき、二人のレスラーは、泥の方角へ先輩を投げ込んだ。
 何が起きたのか分からない、といった表情を見せながら、先輩は泥の中へと沈む。
  
「あーっと、ここで始めて、聖城頼子先輩が泥まみれに!」

「って、いう事は?」
「ワタシ達の?」
「勝ち?」

 番組研の面々が、顔をつきあわせた。不安まみれだった顔が、段々と、歓喜の表情へと変わっていく。

「おめでとうございます! この勝負、クイズ番組研究部の勝利です!」

「やったーっ!」

 僕が宣言すると、番組研のメンバーが飛び上がって喜びだした。

「よかったのだ! 嘉穂がいなくならなくて済んだのだ!」
「助かったぁ。笑ってくれる役の人がいなくなると悲しいなって思ってたんだよ」
「おめでとう、嘉穂ちゃん!」

 番組研に励まされ、嘉穂さんがペコペコと何度も頭を下げる。

「ありがとうございます! 皆さんがいてくれたから、わたし、わたし……」

 喜びと安堵が入り交じり、嘉穂さんが涙ぐむ。
 
 聖城先輩が浮かんでこない。

「あれ、先輩?」

 泥から、プクプクと泡が立つ。

「なんでよ!」

 ドーン! と勢いよく、聖城先輩が浮かび上がった。
 その表情は、泥ですっかり見えない。だが、瞳は怒りでギラついている。
 泥まみれという情けない姿すら、先輩はまるで気にしていない。

 生徒達も、泥まみれになった先輩を茶化せないでいる。

「日本では、ブレードランナーが先になって公開されていたわ! 一九八一年よ?」

「確かに、日本では『ブレードランナー』は一九八二年七月三日に公開してます。対して『炎のランナー』の公開日は一九八二年八月二一日です」

「ほら見なさい、やぱり先なんじゃない!」

「で・す・が!」と、僕は強く主張した。

「炎のランナーは一九八一年三月三〇日にイギリスで、ブレードランナーが一九八二年六月二五日にアメリカで公開されています!」

 実に、一年以上の開きがある。

「よって、海外で先に公開されたのは、炎のランナーなんです!」

 スローモーションのように、聖城先輩が崩れる。背中からドサリと、泥のプールへと倒れ込んだ。

「さあ、これで、番組研チームの勝利が確定しました」
 
 先輩が這い上がる。眼鏡を外すと、パンダみたいになっていた。

「ふふふ、あははっ」

 手鏡を見て高らかに、聖城先輩が笑う。そのまま泥の中へ寝そべった。

 先輩は、嘉穂さんに顔を向ける。

「津田嘉穂さん、前の対戦で、コニサーを言い当てたじゃない?」
「はい。そうですね……?」

 質問の意図が読めないのか、嘉穂さんは首をかしげた。

「あの問題、私ね、あなたよりも早く答えられなかったの」

 嘉穂さんが目を見開く。
 ほんの一問だけだが、たしかに嘉穂さんは、聖城先輩に土を付けたのだ。
 
 あのとき、机を叩いて悔しがっていた先輩は、演技をしているわけでも、パフォーマンスでもなかった。
 本当に悔しがっていたのだろう。
 最大級、ギリギリの全力で、先輩は戦っていたのだ。

「これが、あなたたちの目指す。クイズ番組なのね」

 虚空を見上げながら、しみじみと聖城先輩は言う。

「あなたたちは、間違えた相手を責めない。人を追い立てない。急かさない。それは、お互いを尊重し合っているからなのね」

「はい」と嘉穂さんが返す。「わたしたちは、もし自分たちが間違えた場合、他の人に託せるんです。それが、番組研の強さです」

 嘉穂さんの言葉を聞いている聖城先輩の顔に、わずかばかりの悲しみが覗く。

「そうね。よく考えたら、私は自分の事ばっかり考えていたわ。これじゃあ、誰も付いてこなく当然よ」

「そんな事、ないと思います」

 嘉穂さんは、先輩に手を差し伸べる。

「もし、本当に聖城先輩が嫌われていたら、こんな大規模なクイズ企画なんて通そうとしなかったでしょう」

 誰も聖城先輩を好いていなかったら、水着を合わせようなんて思わなかったに違いない。
 やなせ姉だって来なかったはず。なのに、来てくれた。

「みんな、聖城先輩が本当は楽しいことが好きだって知っているから、来てくれたんだと思います」

 僕は、番組研の面々に向き直る。

「だよね、みんな」

 嘉穂さん、湊、のん、やなせ姉が、揃って肩を組んでいた。
 聖城先輩に、笑顔を向ける。
 そこには、先輩に対する敵意なんてない。

 いや。そんなわだかまりは、最初からなかったんだ。

 あったのは、意見の食い違いだけ。

 先輩は、しばらく立ち尽くしていた。

「そうね。張り詰めすぎていたみたい」

 まるで雪解けのように、安堵の顔が浮かぶ。

「見せてもらったわ。あんたたちの戦いを」

 嘉穂さんの手を掴んで、聖城先輩が立ち上がった。
 そこからは、もう氷のような冷たさは感じない。

「では皆さん、ここからが本番です!」

 僕は、高らかに宣言する。

 何事か、何が始まるんだ、と、辺りがざわつく。

「泥んこクイズですが、これで終わりではありません」

 周囲に緊張が走る。

「只今より、泥んこクイズは、全員の参加を許可いたしします! 参加したい方は一列に並んで下さい!」

 僕が発言をすると、生徒たちが一斉に並び出す。行儀良く並びはじめ、出題を待つ。

 壮観な光景を目に焼き付けて、僕は問題を読み上げる準備をした。

「では行きますよ、問題です!」

 さあ、楽しいクイズの時間だ。

(第七章 完)
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