1 / 91
第一章 寄り道と大衆食堂とJK
第1話 お店で「いただきます」を言うかどうか問題
しおりを挟む
いい香りに釣られて、和泉 孝明は路地へ吸い寄せられていく。
今日は朝から、何も食べていない。いつもゼリーだけで食事を終えているが、今日はその買いだめさえ怠った。疲れているな。
だが、この日は違った。パンの焼ける匂いが、孝明の鼻をくすぐったのである。
路地をずっと進むと、一件の定食屋があった。
「こんな店、あったっけ?」
孝明は首をかしげる。
ここは飲み屋街のはず。
孝明の職場から近く、会社の飲み会を開いたこともあった。
しかし、こんな店の存在は知らない。
腹のうずきが、孝明の思考をやめさせた。何か、腹に入れなければ。
引き戸を開ける。
凹の字型カウンターの中央に、店長らしきオヤジが食パンを焼いていた。
客は、黒いブレザー制服を着たJKが一人だけ。
彼女は左奥の席で、ゆで卵の殻を白い手で剥いていた。
カワイイ顔立ちや服装のキュートさはともかく、品の良さが漂う。
『そうだ。オレはJKに用はない。モーニングに用があるんだ』
孝明はカウンター中央に腰掛ける。
「モーニング」
カウンターに置かれたメニュー表を見るでもなく、腹が要求する料理を告げた。
「あい」と、無愛想に店主は受け答えする。
改めて、メニュー表を見た。
チョコレートパフェもあるのか。今度、休憩時間にでも寄ろうかな。
「こっちいい?」
トレイを持って、JKがこっちに寄ってきた。
「は?」と、孝明は席を離れようとする。
有無を言わさず、JKは孝明の隣に腰掛けた。
「んだよ、気にくわなかったか」
「いや、こっちのことチラチラ見てたからさ。さみしいのかなって」
挑発的な言葉をJKが投げかけてきた。
「別に用事なんてねえよ」
「ウソだ。見てたじゃん」
「あれは食パンがうまそうだったからだ!」
朝からあんなうまそうなモン見せられたら、誰だって釘付けになる。
「おまえさんこそ、朝メシ食うならもっとオシャレな店とかあったのに、ここかよ」
正直に言って、この定食屋は女性一人ではいるには、勇気が要るのでは。
「あ、来たよ」
質問には答えず、JKはカウンターの向こうに視線を送る。
ホットコーヒーと一緒に、モーニングセットが用意された。
定食屋でモーニングっていうのも、ちょっと変わっていていい感じだ。
半分に切ったトーストには、バターが塗ってある。
添え付けは申し訳程度のトマトサラダ、ゆで卵、デザート代わりは一口ジャムだ。
「いただきます」
孝明は、料理に向けて手を合わせる。
「へえ、ちゃんと手を合わせるんだ」
珍しい物を見るように、JKは孝明の顔を覗き込む。
相手にせず、孝明はコーヒーをすする。うん。本格的ではないが、素朴な味だ。キライじゃない。
「お前さんだって、そうだろうが」
孝明も、玉子の殻を剥く作業に没頭する。
なぜ、孝明がJKに目を奪われたのか。
彼女が卵を剥く前、「いだたきます」をしていたからだ。
最近だと、
「金を払っているんだから、店や作った人に感謝をする必要なんてない!」
という意見が、さも当然のようにまかり通っている。
内心、孝明は憤っていた。
自分はお客さんだが、出されたモノには感謝したい。
パートナーにも作った人への敬意を押しつけるつもりはないが、できれば自分も、料理に対して敬意を払う女性と一緒になりたいと思っている。
そのことを両親に電話で真面目に話したら、呆れられたが。
「おっちゃん、トーストもう一枚!」
照れを隠すためか、JKがカウンターに高い声を響かせた。
「あい」と無愛想に返し、大将がトースターを起動させる。
朝からよく食うな、と孝明はトーストにジャムを塗ってかじった。
「ところで、お前さん。学校は?」
トーストを咥えるJKの顔が、徐々に青ざめていった。
「やっば! ごちそうさま!」
JKはカウンターに千円札を乱暴において、ガラリと引き戸を開く。
薄い学生カバンから、何かがポロリと落ちる。
が、JKはそれに気づかず、慌てた様子で店を出た。
「おいお前、忘れもん!」
孝明も会計を済ませ、落とし物をひっつかむ。
JKの影を追ったが、もう姿はなし。
彼女が落としたのは、生徒手帳だった。思わず、名前を見てしまう。
決して開いてみたわけじゃない。落ちた際に開いたのだ。
スマホや電子マネーの類いでなくてよかった、というべきなのか。しかし、これだって個人情報だ。拾い主が孝明でよかった。悪意のある人間なら、悪用しているだろう。
店に戻り、冷めたトーストを一瞬で頬張った。同じく温度を失ったコーヒーで流し込む。
「大将さん、すまんが預かってくれないか。本当は警察に行くべきなんだが、オレも仕事に行かねーと」
孝明が渡そうとした次の瞬間、また、店の前に人影が。
引き戸が再び開き、白い手が孝明の手に伸びる。
「ちょ、返して!」
JKが、孝明の手から生徒手帳をひったくった。厳密には取り返したのだが。
「じゃあな、実栗 琴子さん!」
JK・実栗琴子は、ぷくーと頬を膨らませ、引き戸をピシャンと閉めた。
今日は朝から、何も食べていない。いつもゼリーだけで食事を終えているが、今日はその買いだめさえ怠った。疲れているな。
だが、この日は違った。パンの焼ける匂いが、孝明の鼻をくすぐったのである。
路地をずっと進むと、一件の定食屋があった。
「こんな店、あったっけ?」
孝明は首をかしげる。
ここは飲み屋街のはず。
孝明の職場から近く、会社の飲み会を開いたこともあった。
しかし、こんな店の存在は知らない。
腹のうずきが、孝明の思考をやめさせた。何か、腹に入れなければ。
引き戸を開ける。
凹の字型カウンターの中央に、店長らしきオヤジが食パンを焼いていた。
客は、黒いブレザー制服を着たJKが一人だけ。
彼女は左奥の席で、ゆで卵の殻を白い手で剥いていた。
カワイイ顔立ちや服装のキュートさはともかく、品の良さが漂う。
『そうだ。オレはJKに用はない。モーニングに用があるんだ』
孝明はカウンター中央に腰掛ける。
「モーニング」
カウンターに置かれたメニュー表を見るでもなく、腹が要求する料理を告げた。
「あい」と、無愛想に店主は受け答えする。
改めて、メニュー表を見た。
チョコレートパフェもあるのか。今度、休憩時間にでも寄ろうかな。
「こっちいい?」
トレイを持って、JKがこっちに寄ってきた。
「は?」と、孝明は席を離れようとする。
有無を言わさず、JKは孝明の隣に腰掛けた。
「んだよ、気にくわなかったか」
「いや、こっちのことチラチラ見てたからさ。さみしいのかなって」
挑発的な言葉をJKが投げかけてきた。
「別に用事なんてねえよ」
「ウソだ。見てたじゃん」
「あれは食パンがうまそうだったからだ!」
朝からあんなうまそうなモン見せられたら、誰だって釘付けになる。
「おまえさんこそ、朝メシ食うならもっとオシャレな店とかあったのに、ここかよ」
正直に言って、この定食屋は女性一人ではいるには、勇気が要るのでは。
「あ、来たよ」
質問には答えず、JKはカウンターの向こうに視線を送る。
ホットコーヒーと一緒に、モーニングセットが用意された。
定食屋でモーニングっていうのも、ちょっと変わっていていい感じだ。
半分に切ったトーストには、バターが塗ってある。
添え付けは申し訳程度のトマトサラダ、ゆで卵、デザート代わりは一口ジャムだ。
「いただきます」
孝明は、料理に向けて手を合わせる。
「へえ、ちゃんと手を合わせるんだ」
珍しい物を見るように、JKは孝明の顔を覗き込む。
相手にせず、孝明はコーヒーをすする。うん。本格的ではないが、素朴な味だ。キライじゃない。
「お前さんだって、そうだろうが」
孝明も、玉子の殻を剥く作業に没頭する。
なぜ、孝明がJKに目を奪われたのか。
彼女が卵を剥く前、「いだたきます」をしていたからだ。
最近だと、
「金を払っているんだから、店や作った人に感謝をする必要なんてない!」
という意見が、さも当然のようにまかり通っている。
内心、孝明は憤っていた。
自分はお客さんだが、出されたモノには感謝したい。
パートナーにも作った人への敬意を押しつけるつもりはないが、できれば自分も、料理に対して敬意を払う女性と一緒になりたいと思っている。
そのことを両親に電話で真面目に話したら、呆れられたが。
「おっちゃん、トーストもう一枚!」
照れを隠すためか、JKがカウンターに高い声を響かせた。
「あい」と無愛想に返し、大将がトースターを起動させる。
朝からよく食うな、と孝明はトーストにジャムを塗ってかじった。
「ところで、お前さん。学校は?」
トーストを咥えるJKの顔が、徐々に青ざめていった。
「やっば! ごちそうさま!」
JKはカウンターに千円札を乱暴において、ガラリと引き戸を開く。
薄い学生カバンから、何かがポロリと落ちる。
が、JKはそれに気づかず、慌てた様子で店を出た。
「おいお前、忘れもん!」
孝明も会計を済ませ、落とし物をひっつかむ。
JKの影を追ったが、もう姿はなし。
彼女が落としたのは、生徒手帳だった。思わず、名前を見てしまう。
決して開いてみたわけじゃない。落ちた際に開いたのだ。
スマホや電子マネーの類いでなくてよかった、というべきなのか。しかし、これだって個人情報だ。拾い主が孝明でよかった。悪意のある人間なら、悪用しているだろう。
店に戻り、冷めたトーストを一瞬で頬張った。同じく温度を失ったコーヒーで流し込む。
「大将さん、すまんが預かってくれないか。本当は警察に行くべきなんだが、オレも仕事に行かねーと」
孝明が渡そうとした次の瞬間、また、店の前に人影が。
引き戸が再び開き、白い手が孝明の手に伸びる。
「ちょ、返して!」
JKが、孝明の手から生徒手帳をひったくった。厳密には取り返したのだが。
「じゃあな、実栗 琴子さん!」
JK・実栗琴子は、ぷくーと頬を膨らませ、引き戸をピシャンと閉めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』
まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。
朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。
「ご主人様の笑顔が見たいんです」
その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。
全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!?
甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。
「作品への感想代わりの『いいね❤️』や『エール📣』、心よりお待ちしております。」
「【応援のお願い】『いいね❤️』や『エール📣』をいただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!」
「最後までお読みいただきありがとうございます。温かい『いいね❤️』が更新の支えです。」
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる