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第一章 寄り道と大衆食堂とJK

第2話 シャケ皮食べるか問題

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 孝明こうめいは朝に入った店へ、夕方も向かう。

 この店の雰囲気は、好きだ。

 味はまあまあで、価格もリーズナブルだった。
 飾り気がなく、客がいないのがいい。
 近所にパチンコ屋でもあったら、賑わうのだろうけど。

 営業時間が、朝七時半から十時、昼は十四時から開いていて、なんと十九時には閉めてしまう。
 ここら一帯の従業員用に、開けているのかも知れない。

 あの大将は、人の多い場所を嫌っている様子がある。
 商売っ気ゼロだ。
 
 そこがいい。
 へたにフレンドリーだと、客も調子に乗る。
 店員がこちらに気づかない問題が発生するから。
 あれくらいの距離感がちょうどいい。

 毎日通ってもいいと思えた。

「ただなぁ」

 問題は、あの琴子ことことかいうJKである。

 馴れ馴れしいとは表現しがたい。それだと不快感になる。
 悪い気はしないが、ちょっと距離が近い。

 例の如く、引き戸を開ける。

 いた。いつものJK、琴子が。

 琴子がこっちを見る。
 これ見よがしに、シャケの身を白米に乗せ、白飯といっしょにいただく。
 食通ぶって目を閉じ、「はふぅ」とシャケの味わいに酔いしれていた。


 こんなの、頼むしかないじゃないか。


「シャケ定」

「あいよ」
 朝と同じ無愛想加減で、大将は調理を始めた。
 炭火ではなく、グリルか。

「はいシャケ定」

 あっという間にできあがる。

 メインのシャケの切り身、白い飯とパック入りの味付け海苔、豆腐の味噌汁、ドリンクのほうじ茶は熱い。

「いただきます」
 手を合わせ、シャケにしょう油をかける。

 しょう油差しも各種容器も安っぽい。
 だがこれでいいのだ。ここにそういう洒落っ気は求めていないから。

 切り身を丁寧にほぐし、白飯と一緒にいただいた。
 うん、普通味だ。けれど落ち着く。
 今度は、小皿にしょう油を垂らして、海苔をくぐらせる。
 それで白飯を包み込む。
 しょう油と飯の熱でフニャッとした海苔と、ホカホカの白米が融合し、独特の甘みが口の中に広がった。

 白米が大盛りなのもうれしい。実家に帰ったみたいだ。

 それはそうと、どうして琴子は、こんなところでメシを? 

「定食なら、牛丼屋があるだろ」

 表通りに、チェーン店の牛丼屋がある。
 そこに通えば、それなりのシャケ定食が食べられるはずだ。
 わざわざ路地裏になんて来なくても。

 よく行く牛丼屋の朝メニューより安かった。
 だが、JKの皿を見る限り、身はこちらの方が分厚い。

「ひとりで牛丼屋さんに入るの、怖いから。おっさんばっかりでさ」

 どういう神経してるんだ? こんなヘンピな場所の方が落ち着くとは。

「オレもおっさんなんだが?」
「おじさんは別。だって手帳、悪用しなかったし」

 変に信用しすぎだ。

 とはいえ、分からないでもない。

 ここは客がやたら少なかった。はやっている様子もないし。
 完全におっさんの道楽で開けているな、という店だ。

 シャケも本格的な焼き方じゃない。
 手が込んでいるわけでなく、添え付けの海苔もパック式だ。

「おっちゃん、御飯おかわり! 半ライス!」
 店の大将に向けて、琴子は空になった椀を差し出す。

「あい」と小さく返事をして、大将は飯を少量盛った。

「ありがと」と、少女は半ライスの椀を受け取る。かと思えば、また朝のようにこちらへとすり寄ってきた。
「さて、わたしもマネしよっと。いただきまーす!」
 手を合わせ、琴子は味付け海苔にしょう油をくぐらせ、飯と共にかきこんだ。

「家にメシ、ねえの?」

 これは、朝質問しようとしていた話だ。

「塾がこの近くにあってさ。そこに通っていたときに見つけたの。家に朝も夕飯なくてさ」

 琴子の手には、千円札が一〇束くらいある。

「ほんとはもっとあるんだけど、持ち歩いているのは、毎日こんくらい」

「あんまり見せびらかすなよ」

「してないよ。だいたい友達と遊び行かないし」

 危なっかしいなと、孝明は思った。
 女子がこんな路地を一人で出歩いて。

「それにしても、キレイに食うんだな?」
 琴子の皿には、小骨と皮しかなかった。
 皮にへばりついた身すら残っていない。

「ちゃんとしつけられたから。お魚好きだし」

 若いのに感心する。

「ウチの学校だと、魚キライって結構いるよ。回るお寿司もツナばっか。で、プライドポテトとか頼んでるの」

「もったいないな」

 フライドポテトは、孝明もよく頼む。カリカリでうまい。
 寿司屋であることがもったいないくらいに。

 しつけができているなら、悪い遊びに付き合うといった心配はなさそうだ。
 しかし、寂しいだろうなと思う。
 こんな枯れたオッサンに話しかけないとイケナイくらいに。

 琴子の皿を見る。

 シャケの皮がなかった。

 見ると、シャケ皮は白米の上に載っている。

「シャケの皮、食うんだな?」

「うん。めちゃ好き」
 半ライスを、琴子はシャケ皮と一緒に口へ放り込む。
「うーん、これこれ!」
 まるで小さな子どものように、琴子はイスをガタガタさせながらはしゃぐ。

「イマドキのガキにしては、珍しいな。シャケ皮が好きなんて」

「あのね、『イマドキのガキ』ってカテゴリでくくんないでよね。あたしはあたしだから」

 琴子の視線が、オレのシャケ皿に移る。

「シャケ皮、食べないの?」
 ジーッと、シャケの皮とにらめっこしていた。

「おう。最後に取っておくんだ。大将、オレもおかわり。半ライスで」

 味噌汁と白米を一期にかき込み、孝明は空の椀を大将に差し出す。

 すぐに御飯がよそわれた。

 孝明はサッと受け取って、シャケ皮を箸で摘まむ。

 かじろうとしたが、琴子が口を開けたまま、悲しそうな顔をしていた。

「欲しいのか?」

 犬みたいに、琴子は何度もうなずく。

「そっか。ほらよ」
 わずかに飯の残った琴子のお椀に、孝明はシャケ皮を恵んでやった。

「え、いいの?」

「やるよ。朝は見ちゃイケナイもの、見ちまったし」

 唐突に、琴子が足の間に両手を挟み込む。
「ちょ、ヘンタイ?」

「違う! 生徒手帳っ!」

「あ、そっちか。別におじさんなら、いいかな?」

 なんだろう、その謎の信頼は。

「でも、フェアじゃないね。ほい」
 琴子はシャケ皮をかじり、半分だけ返してくれた。

「お前さんの口が付いたやつ」

「気にしない気にしない。おいしいかもよ」

 確かにうまいだろうと思うが。

「いだたきます!」
 ヤケになって、半ライスとシャケ皮をモリモリと口へ運ぶ。

 悔しいがうまい!

「ごちそうさん!」

「あたしもごちそうさんでした! さ、帰ろっかな」
 琴子がカバンを手に持つ。



「あ、そうだ。身分証ある?」



「なに?」



「だから、身分証を見せて」
 琴子が、手の平を上にして、催促する。



「おっさんの名前なんて、興味ないだろ?」
「あるよ! あたしだけ身分明かすなんて、フェアじゃないもん」

「ったく」
 孝明は、免許証を琴子に差し出す。


「いずみ、たかあきくん?」


「こうめいだ。いずみ、こうめい」


「この字さぁ、料理する人の名前だよね?」

 その通りだ。テレビの料理対決番に出ていた鉄人と同名だ。

「知ってるんだな」
「ママが高校の時にやってたんだよね?」

 孝明は、当時中学生だったっけと、当時を思い返す。

 その頃、よくこの名前でからかわれた。

 両親は、本当は諸葛孔明《しょかつこうめい》をもじって取ったのだが、「からかわれるかも」と漢字だけ変えたのである。


「孝明くんね。よろしく、コメくん」


「コメくんだぁ? まるでオレがお米大好きみたいじゃねえか!」


「だって、『コーメーくん』だと、ホントに諸葛孔明みたいじゃん。カッコ良すぎ」

 琴子にとって、孝明に格好良さなど不要らしい。

「社畜の割りには、結構早い夕飯じゃない?」

 現在、夕方の十八時だ。

「うるせえ。オレは社畜じゃねえし。サボリーマンと呼んでくれ」

「よけい悪いじゃん」

 何度でも言え。孝明はもう、不要な残業なんぞやめたのだ。

 会社から嫌われてしまったが、構わない。


「あばよ琴子」

「じゃあ、また明日も一緒に食べようね、コメくん」


 また明日もって、確定事項なんだな。
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