引っ越しのマカイ ―家出令嬢、臆病パンダ娘と引越し業者でスローライフを送ります―

椎名 富比路

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第一章 家出少女と、客を寄せ付けないパンダ

第2話 ようこそ、引っ越しのマカイへ

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 私をかばってくれた女性は、引越し業者の社長を名乗った。
 船員が、乗員名簿をチェックする。

「名簿に、社員の名前が書かれていませんが?」
「さっき拾った、孤児の子やねん。骨董に詳しいっていうさかい、品物のチェックを頼んどったんよ。堪忍したってや」

 ワニーナ語だ。この人、ワニーナ語を使ってる。もしかすると、この人が友人の言っていた業者の人か?

「嬢ちゃん、名前は?」
「アンパロです」

 名字は名乗らない。あくまでも、孤児を演じる。

「ほなアンパロ、これなんや?」

 ジュディ社長が、古めかしいステッキを私に見せた。

 ライオンの頭をかたどった持ち手に、ビッシリとホコリが溜まっている。

「約二五七万年前に付着した、ホコリの化石です」
「ホコリじゃなくて、ステッキに価値があるんじゃないのか?」

 船員が、私に疑問を投げかけた。

 やはり素人は、そう思うだろう。

「いえ。この商品は、杖よりホコリのほうが貴重なんです。杖の周りにフィルターがしてあるでしょ?」

 持ち手で魔力石を砕いた後、ホコリとともに固着してしまったのだ。それが、化石となっている。

「このホコリには、二五七万年前まで生存していた微生物が化石になっています。顕微鏡でないと見られません。調査したら、当時流行した、『亜人だけにかかる病原菌の始祖』なんだそうです」

 病原菌を、魔力石とともに封印したのが、この杖なのだ。
 使い手も杖を持ったまま死んでしまって、そのまま化石になった。

「見事や。ようわかったな」
「ええ。ちょっと事情がありまして」

 事情も何も、これを掘り起こしたのは……。 

「そういうことでしたら。失礼いたします」

 船員が去っていく。

「部屋に、いこか」

 酒瓶と軽食を買って、ジュディは私を自分の部屋へ連れて行った。

「改めて、ウチはジュディ。『引っ越しのマカイ』を運営する魔族や」
「アンパロ・ヒメネスです」
「ははーあ。あんたヒメネス商会の」
「はい。次女です」

 ヒメネス商会は、世界でも有数の骨董品店だ。

 トレジャーハンターだった祖父の代から、脈々と続いている。
 が、が、祖父の欠点は女好きだった。自分の子どもにまでそんなカンジ。
 一二歳で夭折した娘ばかりかわいがり、幼い頃の父をまったく顧みなかったという。

 そのせいで父は商品の本当の価値がわからず、金儲けに走ってしまった。

 今はもう、成金しか集まらない。

 私は生前の祖父から「お前は死んだ娘に似ている」と、可愛がられていた。

 それも、父は気に食わなかったらしい。
 ずっと私にだけ、当たりがきつかった。

「でも、あなたが業者だと言う証拠はありますか?」
「なんや? ウチの商売に、ケチつけるんか?」
「さっきの杖ですが、あれを掘り起こしたのは祖父です!」

 元トレジャーハンターだった祖父が、見つけたものである。

「それだけじゃない。あの品は全部、ウチの商品じゃないですか!」

 この業者が手にしている物品はすべて、ヒメネス商会から持ち出されたものだ。

 つまり、盗品。

 それに、持ち出した人物もわかっている。

「持ち出したのは、ウチのメイドですよね? 家に火まで付けて逃亡した」
「せやで」

 ジュディ社長が、一連のことを肯定した。

「出といで」

 ドアを開けると、そこにはメイドさんが。

「ど、どうして!? どうしてこんなマネを!?」
「手切れ金です。奥様に旦那さまとの関係がバレたらポイとか。冗談ではありません」

 あんなに優しかったメイドさんの口調が、やけに刺々しい。

「店に火を付けたのは?」
「証拠隠滅のためです。一番懐いていたあなたに罪をなすりつけるのが、もっとも効果的だと思いました。地下倉庫の開け方も、あなたの目を盗んで知っていましたし」

 私は、メイドさんをぶん殴ろうとした。

「家族が死にかけたんだ! あんたは、なんとも思わないのか!」

 振り下ろそうとした拳を、ジュディ社長が止める。

「放して! この人のせいで、私の家族はバラバラに!」
「もう、なってるじゃないですか!」

 激昂して、メイドさんが言い返してきた。

「あんな体裁を取り繕っただけの家、どこがいいんです? あなただって、家族が死ねば清々なさるでしょ? 違いますか?」

 再び殴ろうと、私はジュディ社長の手を振り払おうとする。

 しかし、いくら力を入れようと、ビクともしない。

「あんたは、こんな奴の手を貸すんですか?」
「ウチは一切手伝ってない。ウチはあくまで、引越し業者や。お客を引越し先まで送るんが、仕事やねん」

 大陸が見えてきた。あそこが終点である。

 荷物を受け取り、このメイドはまんまと逃げおおせるつもりだ。

「あなたもあんな家を捨てて、新天地で励めばいいんです。あんな家にいたら腐ってしまう」

 メイドが、船を降りて、馬車に乗り込もうとした。

「待たんかい」

 ジュディ社長が、メイドの肩を掴む。

「なによ?」

 流し目を送ってくるメイドに対して、ジュディ社長は睨み返した。



「あんたの引越し先は、この街とちゃうで。ブタ箱や」



 港には、警察官が多数待機していた。みな武装した馬車から、ピストルを構えている。

「どうして……」

 手錠をかけられて、メイドがジュディ社長を睨む。

「盗品なんか運ばせるからや。すぐ足がつくなんて、わからんかったんか?」

 船から船員に、ずっとライトで信号を送らせていたらしい。盗品を積んだ船がこちらに向かっていると。

「それに、荷物の質や認証印ですぐわかった。ヒメネス商会の品やってな」

 貴族でもない一般人が、こんな大量にヒメネスの品を引っ越しの荷物として持っていけるはずがない。

 ちょうどいいところに、私がこれを盗品と見破った。

 私は、ダシに使われたのか。

「ではあなたは最初から、私の計画に乗ったフリをして」
「せやで。無報酬やさかい、割に合わんけどな。ウチらは信用が大事なんや」

 メイドが、連行されていった。

「あなた、家を出たんでしょ? 私の弁護しない?」

 去り際に、メイドが捨て台詞を吐く。

 今度は、ジュディ社長も私を止めない。

 一発いいものをもらって、メイドは口も聞けなくなるくらいにおとなしくなった。

「おおきに。危うく、ウチも犯罪者になるトコロやった」
「いえ。私は」
「気に食わんやろ? ウチのこと」
「そんなことは」

 盗品を乗せた船が、私の住んでいた街へ帰っていく。

「乗らんで、よかったんか?」
「私は、前の家に帰りたくないです」

 とはいえ、これからどうしようか。

 さっきのメイドの言葉が、頭をよぎる。
 悔しいが、あいつのいうとおりだ。 

「せや。ウチで働いてくれへんか? 立ち上げたばっかりで、従業員がおらんねん。魔法で荷造りとかしとったんやけど、体力が続かへん」
「いいんですか?」
「ええって。ようこそ、引っ越しのマカイへ!」
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