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第四章 学園の闇を暴け! 百合王子の禁じ手!

百合王子、床に伏せる

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「ぬううー、体じゅうが痛い」
 あれから数日、オレは寝込んでいた。テスト休み期間だから、学業に支障はないが。

 朝から床に伏していた。
 寝ても寝ても、疲れが取れない。
 メイからも、日課のトレーニングを控えろと言われた。
 やはり最強の武装を使った百合魔法二段がけは、身体への負担が大きかったらしい。

「兄様、ご無事ですか?」
 妹のシスタビルが、オレに寄り添ってくれた。

「無理だシビル。側にいてくれ」

「はい兄様。いいこいいこ」
 シビルはオレのために、小さいヒザを枕にしてくれる。

「ありがとうシビル。だいぶ、気分がよくなったよ」
 ヒザ枕をしてもらいながら、オレはシビルの頭を撫でた。

「兄様が元気になってくれたら、わたしもうれしいです」

 冗談抜きで、本当に癒やされていく。これが妹力か。

「お友だちとのお話を、聞かせてくれないか? なんでもいい。お友だちと遊んだこととか」
「チエリちゃんとは、ヴァイオリン教室で一緒になりました」

 うまく弾けないシビルに、チエリ嬢はレクチャーをしてくれたそうな。
 逆に、シビルは勉強と料理を教わったらしい。

「ほわあああ」

 不思議だ。シビルの話を聞いていると、段々と心がときめいていく。
 オレの魂は、彼女たちの世界へと時間移動しているぞ。
 見える、オレにも幼き百合が見える! 初々しい!

「兄さま?」
「あ、いや。なんでもない!」
「ひょっとして、兄さまのご趣味はソフィさまやツンさまではなくて……」

 穏やかだったシビルの表情が、青ざめたモノに。

「違う違う違う違う!」

 オレがチエリ嬢を好いているなんて、誤解もいいところだ!

「そうやって強く否定なさるってことは、まさか本当に」
「だから違うったら!」

「ライバラさまが狙いですのね!?」
 握りこぶしを作りながら、シビルが鼻息を荒くする。

「へ?」
「たしかに、ライバラさまは影があってニヒルで勇ましいですわ。チエリちゃんのお兄さんとしてがんばってる姿もオトコろらしくて。兄さまが夢中になるのもわかります。わかりみがすごいです!」

 こいつ、ソフィに毒されてきつつあるな。

「殿下、トーモス様が、お見えになっていますが?」
 ちょうどいいところに、大臣が。

「通してくれ。あと、シビルを自分の部屋へ戻してあげてくれないか?」

「承知致しました。ではシビル様、こちらへ」

 大臣に手を引かれ、シビルは部屋を出た。

「やっほ、シビルちゃん」
 シビルと入れ替わりで、トーモスが部屋に入ってくる。

「じゃあね、シビルちゃん」

「お見舞いありがとうございます、トーモスさま」
 丁寧に礼をして、シビルは去って行った。

「シビルありがとう。またな」

「おやすみなさい、兄さま」
 開いたドアの向こうで、シビルが手を振る。

「元気そうだな。でも、大丈夫か?」

 平気だ、と言いかけてノドが詰まるほどの痛みが全身を駆け巡った。

「ぎ、ぎいい。我ながら、情けない」
「無理するからだぜ」

 こんなにも貧弱だったろうか、オレは?

 メイが、トーモスにお茶を持ってきてくれた。
 我が友は、目の前にいるメイドがメイディア先生だと気づいていない。
「ドモドモー」と、呑気にお茶をすすっている。

「トーモス、あれから変化はあったか? 魔王の襲撃とか」
「ちょっとヤバいことが起きてな」
「なにがあったんだ?」
「辻斬り事件だよ」

 料理屋の店主が、立て続けに切り裂き魔に襲われているそうな。
 魔王が来る以前から発生していたらしく、魔王との関連付けも難しい。

「この三週間で、三件目だってさ。ウチは警備が厳重だから、問題はないが」

 トーモスの系列店も、警戒していた。

 話によると、東洋の刀を使った犯行だという。

「それって。もしかして!」
 立ち上がろうとして、オレは胸の痛みにうずくまる。

「落ち着けって。まだあいつが犯人だって決まったわけじゃない!」


「では、部活は?」
 せっかくの休みなのに、活動ができていない。支障が出ていないか心配だ。
「部活はしばらく、中止にしたぜ」

 ともあれ、部活どころの騒ぎではなくなった。
 百合を愛するモノを傷つけるなど、絶対にあってはならん。必ず捕まえて、成敗せねば。

「街に賊が潜んでいる可能性がある以上、遅くまで遊んでいられん。警戒を怠らぬようにするか」

 ソフィやツンディーリアなら、ムチャをしないと思うが。

「そういえば、ソフィはどうしている? ツンディーリアは?」

 優等生少女の姿が、見当たらない。ツンも。

「二人も、具合が悪いってさ」

 どちらも女子寮住まいなので、トーモスは入れない。
 イモーティファの方がお見舞いをしてくれるそうだ。

「なんと。お見舞いに行かなくては、ふおおお!」

 半身を起こす。それだけで、全身に痛みが駆け巡った。

「どっちも婚約者だもんな。行きたい気持ちはわかる。だが、オレにはお前が一番ダメージを負っている気がするぜ。今日は一日寝てろ」

 トーモスが、オレの肩に手を置く。

「二人には、ユリアンが心配してたぜ、って伝えておくから。ティファを通して」
「すまん」
「いいって。じゃあな」

 トーモスの姿がなくなった直後、オレは意識を手放した。

 やはり、オレは弱すぎる。
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