上 下
38 / 49
第四章 学園の闇を暴け! 百合王子の禁じ手!

百合王子の介抱

しおりを挟む
「傷は回復したわ。でも、リハビリはなさってね」
 恐る恐る、店員は腕を確認する。たしかに、 動くようになっていた。

「ありがとうございます! よかった!」
「なんとお礼を言っていいか! すぐに治療費をお支払い致します」

 店員姉妹が、抱き合って感謝を述べる。

「結構よ。それより、街のためにおいしいアップルパイを焼いてくださいな。元気になってからでいいから」
 欲のないソフィが、何も受け取らずに立ち去ろうとした。

「それでは、わたしたちだけが得をしてしまいます。そうだわ。ではお二方、学生証を提示願えますか?」

 言われるまま、ソフィとツンが学生証を見せる。

「確認致しました」

 店にひっこんだ少女は、すぐに戻ってきた。
 手に小さなチケットを二枚持って。

「こちらのチケットをどうぞ。これを提示すれば、一生ここのパイを食べ放題になります」

「いいの?」
 受け取ったチケットを、ソフィたちは改める。

「これでも安いくらいですわ!」

「ありがとう。では、遠慮なくいただきます」

 言った瞬間、ソフィがヒザを崩す。
 魔力が尽きてしまったのだ。

「おっと」
 オレは、ソフィの身体を抱きかかえる。

「気を失っているな。ムチャしやがって」

 男性にお姫様抱っこされているという状態なのに、ソフィは起きてこない。
 自分の身体も消耗している上に、大治療である。
 おまけに、慣れない治癒魔法のコントロールだ。
 神経をすり減らさない方がおかしい。
 ここまでよくがんばった。

「すまんがツン。肩掛けをソフィに被せてくれないか?」

 両手が塞がっているままなので、ソフィに頼む。

「はいっ!」
 ツンディーリアが、ソフィの身体をフワフワの生地で覆う。

「女子寮まで送っていこう。あとはツンに任せていいか?」
「承知しましたわ!」

「では諸君、失礼する」
 ソフィを抱え上げたまま、お店を後にした。

「王子、ありがとうございますわ」
「オレは、何もしていない」

 治療したのは、ソフィたちである。
 それに引き換え、オレは現場を離れた。
 自分のことしか考えていない。

「キミたちこそ、見事な働きだった。街のモノを代表して、感謝する」

「いえいえ。王子がみんなを守ってくださらなかったら、我々もこの場にいたかどうかわかりませんわ」
 食い気味に、ツンは反論してきた。

「あなたはご存じないかも知れませんが、みんな王子を慕っているのですわよ?」
「どうだろう? オレには、実感がないが」

 首をかしげながら、オレは自分の行いを省みる。
 どう考えても、単に百合を守っているに過ぎない。

「オレは当たり前のことをしているだけだ。百合が潤えば、みんなが潤う。オレは、ただ自分が潤いたいだけだよ」

「そういうところですわよ、王子」
 口を尖らせながら、ツンは流し目でオレを見た。

 赤レンガの建物が見えてくる。

「ではこれで」
 ソフィをツンに預けた。

「キミも、気をつけるんだ。魔力をソフィに与えて、消耗しているはずだから」

「いえ。かえって活力が湧いてきていて、たまりませんの。わたくし今夜は、眠れなくなりそうですわ」

 部屋に戻ったら、押し倒してしまわないだろうな?

「あの、王子?」
 帰ろうとしたオレを、ツンが呼び止めた。

「どうした、ツンディーリア?」

「王子は、その……本当にソフィを慕っていませんの?」

 いきなり何を言い出すのか。

「ソフィだって、王子が人のために尽くしていることを知っています。わたくしも。王子なら、ソフィも」


「めったなことを言うんじゃない」 

 ツンが言おうとしていたことを、オレは言わせなかった。

「嫁になるかどうか。それは、ソフィが決めることだ。オレから頼むなんてできないよ」

 ソフィは魅力的だ。妻として、これ以上ないと言えるだろう。
 それでも、オレと一緒にいたいのかは別の話だ。

 結婚が、ソフィにとって幸せなのかどうかもわからない。
 オレから要求するわけには、いかなかった。

「なにより、好きな女性の腕で健やかな寝息を立てているような女性に、『付き合ってくれ』なんて言えないさ」

「王子、感謝致しますわ」
 ツンは安心したように、ソフィを抱き寄せる。

「さすがに重いだろ? 早く戻った方がいい。おやすみ。ツン」

「おやすみなさいませ、王子」

 二人が幸せなら、オレはそれでいい。
 
 
 次の日、シスタビルがションボリした顔で帰ってくる。
 ヴァイオリン教室がつまらなかったのだろうか?

 オレは夕方から動こうとしたので、昼間は出歩かず休養していた。

「どうした、シビル?」
「チエリちゃんが、おやすみしたのです」

 それは、気の毒に。
 オレもついていってあげればよかったな。すまぬ妹よ。

「病気か?」

 シビルは首を振った。なんでも、家の用事だとか。
「エミネお兄さまも、用事だとかで」

「気になるな」
「レストラン限定の辻斬りとかいう、物騒な事件もありますし」

 今回は大事を取って、大臣がついて行った。
 無事で帰ってきてなによりである。

「最近、子ども向けの変なレストランができていました」
「食べに行ったのか?」

 ブンブンと、シビルは全面拒絶の姿勢を見せた。
「あまり楽しそうでは、ありませんでした」
しおりを挟む

処理中です...