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第一章 辺境、廃城・ゴーストタウン・悪役令嬢つき

第2話 東洋の伯爵令嬢 リユ

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 伯爵令嬢だというのに、リユという少女は単身魔物を相手にしていた。しかも、恐ろしく強い。肉弾戦のみならず、魔法も多少こなす。技術は荒削りだが、単純な火力は彼女のほうが上だろう。

「そこの飛んでるのん! おめえも、街を襲いに来たんか? つか、おめえがボスか?」

 リユ嬢が、僕を見つけた。

 東洋・エィヒム地方の方言か。きれいな顔立ちだが、訛りが強すぎる。

「違う違う、リユ嬢とやら! 僕はディータ。冒険者だ」

 僕はショートソードを振り回して、魔物の群れに竜巻を食らわせた。

「これで信じてくれた?」

「援軍かいな。ほったら、ちいと手伝ってくれえっ! あのブヨブヨが切れん!」

 少女が指さしたのは、真っ黒いスライム状のモンスターだ。監視塔より大きく、家畜を取り込んで食べている。いつ人を襲うようになっても、おかしくない。

「こっちが【ファイアーボール】を打っても、すばしっこい上に当てても跳ね返されてまう。厄介な相手じゃ」

「あいつは、【メタリックジェル】だ。魔法は通じない」

「ほうか。めんどくせえのう」

「でも、手はあるよ」

 もう敵は、あの一匹だけだ。街に多少の被害はでるかもだが、やるしかない。

「こっちだ【フリーズフィールド】!」

 氷魔法を地面に放ち、魔物の足元を狙う。

「こちらは、リユ嬢、【滑走】だ!」

 僕はリユ嬢のブーツに、氷魔法のエンチャントを施す。

「なんじゃ?」

「それで移動してみろ」

「おお、スイスイ動けるけん!」

 リユ嬢がダッシュする度に、足元に氷が張る。

「これやったら、あの速さにも負けんぜ!」

 リユ嬢が、氷の上を滑っていく。壁や屋根も気にしなくていい。すべて足場にして移動できる。

 反撃の雷撃を、黒いスライムが放ってきた。

 あれだけすばしっこかったスライムに、リユ嬢はあっという間に追いついた。

「今だ。ファイアーボールを」

「魔法は効かんのでは?」

「いいから。足元に撃つんだ!」

「おっしゃ」

 ドンドンと、少女が大剣を振って火球を撃つ。

 だが、火炎魔法は当たったそばから地面へ跳ね返った。

「ほれ見い。跳ね返っとるじゃろうが」

「いいんだ。攻撃を続けて」

「ようわからんのう!」

 ドスンドスン、魔法を放つ。

 よくあんなすさまじい火力を、息切れしないで撃てるものだ。とんでもないぞ。

 あの剣は、杖の役割もしているのか。だとしたら、「効率が悪い」な。後でアドバイスしてみるか。

「これでホンマに、倒せるんんか?」

「ダメージは出ないよ」

「なんじゃと!? ムダ撃ちかいな!」

「ムダじゃない。やつはすばしっこい。だが、それが弱点になった」

 ズルン! と、メタリックジェルがすっ転んだ。身体を滑らせて、宙を舞う。

 メタリックジェルは、体格に似合わない高速移動が得意だ。それゆえに、バランスを失うと立て直しが難しい。

 氷と炎の応酬で、地面は水浸しになっていた。そこへ高速移動なんてしたら、ただの小石に当たってもすっ転ぶ。

「今だ!」

「おおおおお!」

 無防備になったメタリックジェルめがけて、リユ令嬢が突撃した。剣を構え、コアに向かって突き刺す。

 ブルブルン! とメタリックジェルが苦しそうに振動して、爆発した。

「ぬお!」

「わっと!」

 リユ令嬢の身体が、僕の方へ吹っ飛んでくる。

 ウインドクッションも間に合わない。腕で抱きしめるしかなかった。柔らかい。あんな強いのに、綿みたいにフワフワだ。なにより……。

「どこ触っとる……」

「ごめん!」

 うっかり、おっぱいを揉んでしまう。

「これは不可抗力で」

「ええけど! おっと!」

 リユ嬢が、壁に剣を突き刺す。

 あやうく、時計塔に激突するところだった。

 だが、速度が落ちない。

「ウインドクッション!」

 今度こそ、風魔法が間に合った。ふわっと身体が軽くな……らないっ。また二つのおっぱいに、僕は顔をうずめることになった。

「ひゃん」

 リユ嬢が、小さく悲鳴を上げる。普段が勇ましいだけに、かわいい。

「ご、ごめんなさい」

 その後、僕はレビテイトを調節して、無事にリユ嬢を下ろす。

「助かった。ありがとう」

 ボクは、魔力石をリユ嬢に差し出す。

「ええんか?」

「いいよ。街を救ってくれてありがとう」

「こちらこそ、よく手伝ってくれた。でもスマン。大量の経験値じゃのに、独り占めを」

 モンスターを倒すと、魔力石という金属になる。装備として加工しても、潰して自分の力にしてしまってもいい。

「いいって。キミが強くなったほうがよさそうだ」

「ほうか。なら遠慮なく」と、リユ嬢が魔力石を潰した。

 魔力石から魔力が漏れて、リユ嬢に吸われていく。魔力石から出る魔力は【経験値】と呼ばれ、討伐者自身の強化に使う。特にメタル系は、魔力を膨大に溜め込んでいる。そのため、得られる経験値が高い。

 だが、とどめを刺した人間にほとんど独占されるのだ。

 僕たちが話していると、冒険者ギルドの職員たちがやってくる。

「ディータ様、ありがとうございます。この街はもうダメかと思いました」

 受付嬢が、僕にお礼を言ってきた。

 リユ嬢が一人だけ、事情がわかっていないような顔に。

「いや。いいんだ。僕は」

「お手紙は拝見いたしました。ボニファティウス家の方が、この地の領主になったと」

 ギルドの受付嬢が言うと、「なぬ!」とリユ嬢が返す。

「まってくれい。話が違うではないかの?」

「そうなんですよぉ。事情が変わったんです」

 どういうことか、受付嬢に尋ねてみた。

「で、この男が領主様とな?」

「はい。こちらの方はディートヘルム・ボニファティウス第四王子。ここシンクレーグの領主となった方です。といっても、我々は彼のことを【ノーブル・サベージ】のディータ様、とお呼びしておりますが」

「ほほう。ノーブル・サベージ。【高貴なる野蛮人】かえ」


 貴族なのに冒険者とは、と、よく言われる。

 僕にとって、冒険はほとんど趣味だ。新しい土地に行くのが、楽しくて仕方がない。未開の地を拓くのは、僕のあこがれである。

 誰に似たんだろう。やはり、母方の祖父だろうか。あの人はゼロから国を立ち上げたもんね。

「このまま領地をこの子が占領したら、どうなるの?」

「最悪、ボニファティウスとは戦争ですかね。不法占拠ですから」

「物騒だな、おい」

 僕たちが話し合っていると、急にリユ嬢が僕に膝をついた。

「どうしたの?」

「いやー、そのー。領主様。なんも知らんでこのシンクレーグを占領しようとして、すまんかったです」

「あ、いえ。その、こちらこそ、この街を助けてくれたのに、なんのお礼もできずにごめんなさい」

 僕が詫びると、リユ嬢は首を振る。

「かまわん。アタシは出ていきますけん。さいなら」

 大剣を担いで、リユ嬢は僕に背を向けた。

「あてはあるのですか? 放浪の旅でしょう?」

「答えは、風に吹かれてますきね」

 歩くリユ嬢の姿は、勇ましい。でも、どこか寂しそうだな。

「ああ。嵐で船がないんじゃった。どうやって帰ろうかのう」

 立ち止まって、リユ嬢はため息をつく。

「もうちょっと滞在しても」

「ええ。情が移ってまう。心配せんでも、また一人になるだけじゃ」

 あの娘は、ひとりぼっちなんだよな。僕と同じだ。

「不法占拠を咎めない方法とか、ないかな? 強制退去以外に」

 帰ったところで、国際問題になってしまう。どのみち東洋諸島が、我が国と戦になる可能性が高い。となれば、ウチも困る。いくら僕が追放された身といっても、この地を任されたからには、なんとかせねば。

 あ、そうか。

「しもうた。荷物がそのままじゃった。すぐに片付けるんで待ってくれ」

 リユ嬢が、朽ちた城に引き返す。

「そのままでいい。そこに住んでくれて」

「は?」

「それと、もしよかったら、僕と結婚してくれ」

「はあ!?」

 やはりというか、予想通りのリアクションをされた。
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